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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第74話 王都の拍手を、最初に奪う歌

 本番当日の王都は、朝から妙に神妙な感じがした。


空が晴れているとか、風が弱いとか、そういう話ではない。

人の面持ちが違った。


通りを歩く兵も、使いも、屋敷へ出入りする従者も、みんな少しだけ背筋が伸びている。

今日は勇者たちを労う席がある。

王都の中枢に近い人間ほど、その意味を知っているのだろう。


勝って帰ってきた者たちを迎える場。


それは祝宴であると同時に、王都が“自分たちはこの勝利をきちんと讃えています”と外へ見せる場でもある。


大切な事ではあるが、偽善ぽい。


ゼノは朝、鏡の前で襟元を直しながら、そんなことを思っていた。


「顔、怖いです」

背後からエレナが言った。


「そうですか?」


「はい」

エレナは即答した。

「かなり」


振り返ると、エレナはもう衣装の上に薄い羽織をかけていた。

本番衣装を完全に見せるのは、会場に入ってからだ。


「ゼノさん、緊張すると無表情になりますよね」

 

「知りませんでした」

 

「見てれば分かります」


その返しに、ゼノは少しだけ笑った。


エレナも小さく笑う。

「でも、その方が少し安心します」


「何でです?」


「ゼノさんが慌ててない時って、だいたいそういう顔なので」


それは、褒められているのかどうか少し分からなかった。

だが悪い意味ではないのだろう。


「そっちは大丈夫ですか」

ゼノが聞く。


「緊張はしてます」

エレナは正直に言った。

「でも、歌えます」


その答えが、今日のエレナには一番似合っていた。


廊下へ出ると、もうミラベルのみんなも楽団も揃っていた。


リィナは静かだ。

セレスは目を伏せて呼吸を整えている。

ミルファは落ち着かない顔をしているが、昨日ほど無駄に騒がない。

ナディアは腕を組んだまま壁に背を預けている。

リーシャは少し硬いが、逃げる顔ではない。

ミュラは「終わったら甘いもの食べたいにゃ」と言って、ナディアに「今それか」と呆れられていた。


ダリオ、リュシエル、ボルグ、カイルスも、それぞれ準備を終えている。


イグニスだけは、少し離れた場所で鍵盤用の指慣らしをしていた。

昨日確認したあの王都の楽器を、今日からはもう自分のものとして扱う顔をしている。


「行くぞ」

イグニスが短く言う。


それだけで、場の空気が締まった。


 ――


 勇者たちを労う会場は、昨日より人の気配が濃かった。


同じ箱でも、中に人が入るだけで別物になる。

しかも今日はただの観客ではない。


前線から帰った勇者たち。

その隊にいた兵。

貴族。

役人。

王都の重い場所に立つ人間たち。


酒の匂いはある。

料理の香りもある。

だが、ただ浮かれた宴の空気ではない。


勝って帰ってきた。

けれど、無傷ではない。

そういう夜の匂いがした。


客席へ通されていく勇者たちは、思っていたより若い者もいた。

三十を越えた顔もある。

だが二十代前半にしか見えない男もいる。

女もいた。

肩に包帯を巻いたままの者。

笑っているが目だけは疲れている者。

座ってからも、手が無意識に剣の位置を探してしまう者。


戦場から帰った人間の身体は、そう簡単には宴に馴染まない。


ゼノは舞台袖から、それを見ていた。


この客は、温泉郷の客とは違う。

楽しみに来ているだけではない。

戻ってこられたこと自体に、まだ心が追いついていない顔が混じっている。


だからこそ、一曲目が大事だった。


《視聴者数:1,201,443》


〈コメント:始まる……〉

〈コメント:客層が重い〉

〈コメント:ここでおかえりより先に、笑って、効くぞ〉


《エモーシア:笑う準備がまだ出来てない顔が多いわね》

《フィクサル:だから最初が要る》

《ルヴェリア:立たせる前に、ほどけさせなさい》

《エルディア:感情緊張、高水準》


レオニスも来ていた。


今日はさすがにただの客の格好ではない。

だが王族として飾り立てすぎてもいない。

この席の主として必要なだけの姿で、中央寄りの席に座っている。


その横にはラウス。

少し後ろには侍従長。

王都側の重さが、そこに一つ固まっている。


レオニスは舞台を見ていた。

まだ無表情だ。

だが、その無表情の中に期待が混じっているのを、ゼノはもう知っている。


やがて、会場のざわめきが少しずつ落ちた。


進行役の声が響く。


「本日の慰労の席において、特別な歌が届けられます」


王都らしい、整った言い方だった。


「辺境温泉郷より、歌姫団ミラベル」


その名が、王都の会場へ初めて落ちた。


拍手はまだ控えめだ。

知らない名だから当然だ。

だが、無関心ではない。


誰もが見ている。


舞台袖で、エレナが小さく息を吸った。


「行きます」

ゼノが言う。


七人が頷く。


そして、舞台へ出た。


最初にエレナ。

その後ろにリィナ、ミュラ、セレス、ミルファ、ナディア、リーシャ。


七人が並ぶ。


王都の舞台は、温泉郷の音舞殿より静かだった。

だが、その静けさの方が逆に圧がある。

何者なのか。

何を見せるのか。

値踏みする目が、最初から客席の全面にある。


エレナが一歩前へ出る。


「本日は、お招きいただきありがとうございます」


声は、震えていなかった。


「歌姫団ミラベルです」


それだけ名乗る。

飾らない。

余計な自己紹介もしない。


いい、とゼノは思った。


ここで長く喋ると、王都の客は冷める。

歌で取るしかない夜だ。


 イグニスが鍵盤へ指を置く。


 ――コロン。


一曲目。

『おかえりより先に、笑って』。


最初の音が落ちた瞬間、会場の空気がほんの少しだけ変わる。

軽い。

けれど軽薄ではない。

王都の箱に合わせて少しだけ整えられたその音が、客席の上をまっすぐ走る。


エレナが歌い出す。


「♪うつむいたままの帰り道

  靴音だけがついてくる」


客席の前方で、若い勇者の一人がわずかに目を上げた。

その顔にはまだ固さがある。

だが、耳は確かにこっちへ向いた。


セレスが重なる。

リィナが空気を作る。

ミルファの高音が、張りつめた会場の上に少しだけ光を差す。


「♪笑えないなら 私が先に

  笑ってみせるよ ほら見てて」


そこで、勇者側の席のどこかから、小さく息が漏れた。


笑ったのではない。

だが、強張っていた何かが少しだけ解けた音だった。


サビへ入る。


「♪おかえりより先に 笑って

  うまく言えなくても 手を振って」


ミュラが笑顔の熱を乗せる。

リーシャの柔らかさが、言葉の棘を丸くする。

ナディアは押しすぎず、下からちゃんと前へ出す。


レオニスが、そこでほんの少しだけ口元を動かした。


取った、とゼノは思った。


完全ではない。

でも、客席はもう“見ているだけ”の場所から一歩出た。


歌い終わる。


一瞬の静けさ。


それから、拍手が来た。


まだ探る拍手ではある。

だが最初の控えめなものではない。

ちゃんと手を打っている音だ。


勇者席の後方で、包帯を巻いた男が小さく笑っていた。

その隣の仲間が、ようやく肩から力を抜く。


いい入りだ。


間を空けずに二曲目へ行く。


『ミラベル』。


ここで名を立てる。


一曲目でほどけた空気を、今度は“この七人の色”へ変える。

エレナが立つ。

セレスが光を通し、リィナが奥を作る。

ミルファが跳ね、ナディアが押し、リーシャが感情を残し、ミュラが最後に柔らかくほどく。


客席がもう、さっきとは違う。


王都の人間特有の、整った無関心の顔が少しずつ崩れている。


勇者たちの中には、最初の曲で笑えなかった者もいた。

だが今は、その目でちゃんと舞台を追っている。


王都側の貴族席では、どこかで「なるほど」と小さく漏れた。

いい意味でも、悪い意味でも、もう“ただの地方の歌姫団”では見られていない。


《視聴者数:1,229,917》


〈コメント:入った〉

〈コメント:一曲目で空気取ったな〉

〈コメント:二曲目でミラベルの格を見せてる〉

〈コメント:王都、ちゃんと食ってる〉


《ラグゼル:いい掴み方だ》

《フィクサル:そのまま押せ》

《エモーシア:勇者席、ほどけ始めたわ》

《ルヴェリア:ここで名を覚えさせなさい》


 三曲目から五曲目の既存曲は、もう安定していた。


音舞殿で何度も積み重ねてきた歌たちだ。

王都の舞台だからといって、急に別人の顔にはならない。


むしろ慣れているからこそ、その安定が王都の客には効いた。


上手い。

だけで終わらない。

ちゃんと場数を踏んでいる歌だと分かる。


勇者たちも、それぞれ少しずつ違う顔になっていた。


前の席にいる年嵩の勇者は、腕を組んだままだが、もう目を逸らさない。

若い女勇者は、三曲目の途中からずっと歌詞の一つ一つを追うように聞いている。

後列の男は、最初は笑う余裕もなかったくせに、今はミルファが跳ねるたびに口元が緩んでいた。


そして六曲目。


『笑って奪え』。


ここで会場の色が変わった。


最初の曲でほどけた。

二曲目で名を刻んだ。

既存曲で実力を見せた。


だから、ここからはもう遠慮が要らない。


イグニスの鍵盤が強く入る。

ダリオの弦が前へ出る。

ボルグとカイルスの太鼓が腹へ落ちる。


ミラベルの七人が、一気に王都の会場を奪いにいく。


セレスの抜き方。

ナディアの押し。

ミュラの甘さ。

ミルファの跳ね。

全部が観客の顔を上げさせるためにある。


会場の空気が、ようやく宴になった。


勇者席の一角で、誰かがはっきり笑った。

別の席では手拍子が入る。

貴族席ですら、もう探る顔だけではいられない。


レオニスが、そこで初めてはっきり笑った。


ラウスは何も言わない。

だがその視線には、これで勝ったと分かる温度がある。


ゼノは舞台袖で、小さく息を吐いた。


ここまでは完璧だ。


なら、最後だ。


 七曲目。

『明日へ踏み出そう』。


六曲目の熱のあとで、この曲をどう入れるかが勝負だった。

雑に落とせば、ただ“しんみりした締め”になる。

それでは弱い。


必要なのは、熱を冷まさずに前を向かせること。


イグニスが、最初の低い音を置く。


 ――トン。

 ――コロン。

 ――トン。


会場の空気が、一段静かになる。


そしてミラベルが歌い出す。


「♪うまく笑えない朝だって

  ちゃんと明日は来るでしょう」


エレナの声が、まっすぐ客席へ落ちる。

セレスが光を足し、リィナが深くする。

リーシャの声は、王都の箱の中でさっきよりさらに良かった。

ナディアの押しがそれを前へ出し、ミュラが柔らかく受ける。

ミルファの高音は、その全部の上に明日を置くみたいに抜けていく。


勇者たちの顔が変わる。


笑っている者もいる。

でも、それだけじゃない。


前の席で、若い男が無意識に拳を握っていた。

隣の女勇者は、泣きそうな顔をしているのに、下を向かない。

年嵩の勇者は、じっと舞台を見たまま、まるで自分の中の何かを動かされるのを止めるのを諦めた顔だった。


「♪明日へ踏み出そう

  手を取って笑おう」


王都の客席は静かだった。

だが、その静けさは値踏みの静けさではない。

飲み込まれている静けさだった。


レオニスは、そのサビで目を伏せた。

多分ほんの一瞬だけだ。

だが、その一瞬に、この曲がちゃんと届いたことが出ていた。


勇者を労う。

その題目に嘘はない。


けれどそれだけじゃない。

帰ってきた者。

待っていた者。

勝ったはずなのに、まだ何かを置いてきたままの者。


その全部に向けて、この歌は最後にちゃんと“行こう”と言っていた。


歌い終わる。


今度の静けさは、長かった。


ゼノはその沈黙を知っている。

温泉郷でも何度か見た。


いい歌のあと、人はすぐには拍手できない。

自分の中のどこに入ったのかが、まだ整理できないからだ。


それから。


拍手が来た。


大きかった。


一曲目の拍手とは違う。

二曲目とも違う。

途中の盛り上がりとも違う。


最後まで聞いた上で、ちゃんと立たせられた拍手だった。


勇者席の何人かは、もう笑っていた。

その笑い方は派手じゃない。

でも、“戻ってきた人間の笑い方”に少しだけ近づいていた。


《視聴者数:1,266,384》


〈コメント:うわああああ〉

〈コメント:ラスト勝った〉

〈コメント:勇者側の感情が刺さる〉

〈コメント:明日へ踏み出そう、つええ〉


《エモーシア:綺麗に残したわね》

《フィクサル:勝ちだ》

《ルヴェリア:立たせた》

《ラグゼル:王都の拍手、取ったな》


 舞台の上で、エレナが一歩前に出る。


言葉は短かった。


「ありがとうございました」


それだけだ。


でも、それで十分だった。

今は余計なことを喋らない方がいい。


七人が頭を下げる。


王都の拍手は、まだ止まらない。


 舞台袖へ戻ってきた瞬間、ミルファが息を吐いた。

「やば……!」


 ナディアが笑う。

「食ったな」


「最後、見ました?」

 リーシャの声がまだ少し震えている。

「前の方の人、泣いてた……」


「見た」

リィナが静かに頷いた。

「でも、泣くだけで終わっていませんでした」


「うん」

エレナが小さく言う。

「ちゃんと前を向いてた」


ミュラの尻尾が大きく揺れる。

「王都、奪えたにゃ」


セレスが少しだけ笑った。

「かなり綺麗に奪えましたね」


イグニスだけは、何も言わなかった。

だが、その顔は悪くない。


ゼノはその横顔を見て、小さく息を吐いた。


王都は静かに値踏みしてきた。

だったら、その静けさごと奪えばいいと思っていた。


そして、実際に奪った。


ゼノが舞台袖の幕の隙間から客席を見た時、ちょうどレオニスと目が合った。


王子は、ほんのわずかに頷いた。


それだけで十分だった。


王都での最初の夜は、確かにミラベルの勝ちだった。


そして多分、ここから先はもっと面倒になる。


歌は届いた。

名も売れた。

王都の拍手も取った。


だったら次は、その拍手のあとに寄ってくるものと向き合わないといけない。


ゼノは小さく笑った。


いい。

それでいい。


奪ったなら、その先も飲み込むだけだ。


――――

次回

 第75話 拍手のあとで、別の声

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