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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第71話 勇者を迎える歌は、優しさだけじゃ足りない

 翌朝、音舞殿に集められた時点で、空気は少しいつもと違っていた。


早い。

しかも、呼び出したのがイグニス本人だ。


ゼノが中へ入ると、もうミラベルの七人は揃っていた。


舞台の前でエレナが譜面台を整え、セレスは腕を組んだまま鍵盤の方を見ている。

ミルファはそわそわと爪先を鳴らし、リーシャは小さく背を伸ばしていた。

ミュラは珍しく静かで、ナディアは「眠そうな顔してるくせに何かやった顔だな」と小声で呟き、リィナは薄く目を細めている。


後ろにはダリオ、リュシエル、ボルグ、カイルス。


全員の視線の先に、イグニスがいた。


鍵盤の前。

目の下にはうっすら夜の跡がある。

だが顔は死んでいなかった。


むしろ逆だ。

一晩で何かを決めた人間の顔をしている。


「来たか」

イグニスがゼノを見る。


「はい」

ゼノは少し笑う。

「寝ました?」


「少しはな」


「その顔で言われても」


「うるさい」


短いやり取りに、ミュラがくすっと笑った。

その小さな笑いで、場の張りが少しだけほどける。


イグニスの足元には、丸めた紙がいくつか転がっていた。

譜面台の上には、整えられた束が二つ。


「新曲だ」


その一言で、七人の目が変わる。

 

「二曲」


舞台の空気が、一瞬止まる。


「二曲!?」

真っ先に声を上げたのはミルファだった。

「え、二曲!? 一晩で!?」


「うるさい」

イグニスが言う。

「寝てないんだから響く」


「やっぱ寝てないじゃん!」


ナディアが吹き出す。

「お前、良い格好しただろ」


「してねえよ」


だが、口調の割に空気は悪くなかった。

昨日までの重さが、今日は少し違う。


イグニスは譜面を手に取り、一人ずつ配り始めた。


「一曲目」

エレナへ渡しながら言う。

「王都の空気を取るための歌」


セレスへ。

「二曲目は、勇者どもを立たせる歌」


リィナへ。

「だから役目が違う」


ミルファへ。

「ごちゃ混ぜにするな」


ナディアへ。

「一曲目で掴んで」


リーシャへ。

「二曲目で残す」


最後にミュラへ渡して、鍵盤の前へ戻る。


「曲名を言う」


全員の目が向く。


「一曲目」

イグニスが言う。

「――『おかえりより先に、笑って』」


ミュラの尻尾がぴくりと揺れた。

「好きにゃ」


ミルファが譜面の表題を見て、にやっと笑う。

「これ、絶対可愛いやつだ」


「勝手に決めるな」

イグニスが切る。

「可愛いだけで終わったら殺す」


「怖いなあ!?」


「二曲目」

イグニスが続ける。

「――『明日へ踏み出そう』」


今度は、さっきとは違う静けさが落ちた。


エレナが小さくその題名を繰り返す。


「明日へ踏み出そう……」


セレスが譜面を見たまま言う。

「柔らかいのに、逃がしていない題ですね」


「そうだ」

イグニスは頷く。

「“頑張れ”では弱い。“立て”だと強すぎる。だから踏み出そう、だ」


リィナが静かに目を細めた。

「一人で命じるのではなく、一緒に進む形ですか」


「そう」

イグニスが答える。

「女の子が歌うなら、そっちの方が通る」


その言葉に、ゼノは少しだけ笑った。


ちゃんと分かっている。

歌い手が誰で、どこに向かって、どう届くかを。


《視聴者数:1,071,208》


〈コメント:二曲きたあああ〉

〈コメント:役割分けてきたの強い〉

〈コメント:曲名どっちもいい〉

〈コメント:イグニス完全に作曲家の顔してる〉


《フィクサル:いい》

《ルヴェリア:一晩で二曲、悪くないわね》

《エモーシア:片方で笑わせて、片方で前を向かせる。賢いわ》

《ノクティア:まず本人に歌わせろ》


イグニスが、譜面を軽く叩く。


「最初に、俺が一回ずつ歌う」

半眼のまま全員を見る。

「流れと呼吸を掴め。綺麗に真似るな。骨だけ取れ」


「はい」

エレナが頷いた。


舞台が静まる。


イグニスが最初に選んだのは、一曲目だった。


「『おかえりより先に、笑って』から行く」


鍵盤が鳴る。


 ――コロン。


軽い。

けれど浅くない。

朝の光が跳ねるみたいな音だ。


そのままイグニスが歌い出す。


「♪うつむいたままの帰り道

  靴音だけがついてくる

  うまく笑えないそんな日は

  無理して笑わなくていいよ」


ミルファの顔が、みるみる明るくなる。

ミュラは譜面を持つ手に少しだけ力を入れた。


イグニスは続ける。


「♪泣いた夜ごと消さなくていい

  眠れない朝も連れてきて

  手ぶらじゃなくていいんだよ

  そのままでこっちへおいで」


そこから少し、リズムが跳ねる。


「♪笑えないなら 私が先に

  笑ってみせるよ ほら見てて

  言葉にできない気持ちまで

  今日は歌にしてあげる」


 そしてサビ。


「♪おかえりより先に 笑って

  うまく言えなくても 手を振って

  ほどけた心も そのままでいい

  ここから一緒に行こう


  おかえりより先に 笑って

  昨日の涙も連れておいで

  転んだ今日まで 抱きしめたまま

  きみと明日を鳴らしたい」


歌い終わる。


ミラベルの七人が、しばらく無言で譜面を見ていた。


「……好きです」

リーシャが最初に言った。

「明るいのに、ちゃんと泣いた後の歌になってる」


「サビ、すごい覚えやすいですね」

エレナが言う。

「でも、軽く歌うと駄目な感じがします」


「そうだ」

イグニスが頷く。

「可愛い顔して歌ってもいいが、薄くするな」


「難しいこと言うなあ……」

ミルファが笑う。

「でも、絶対これ楽しい!」


「一曲目で空気を掴むには、かなり強いですね」

セレスが静かに言う。

「王都の客にも入りやすい」


「入りやすいだけじゃないにゃ」

ミュラが言った。

「ちゃんと会いたくなる歌にゃ」


ゼノは客席から、その一言に小さく頷いた。


会いたくなる。

また来たくなる。

そういう歌だ。


イグニスは少しだけ間を置いてから、次の譜面へ手を置いた。


「二曲目」

声の温度が、少しだけ変わる。

「『明日へ踏み出そう』」


今度は最初の音から違った。


 ――トン。

 ――コロン。

 ――トン。


一曲目より少しだけ低い。

跳ねるけれど、もっと芯がある。


イグニスが歌い出す。


「♪うまく笑えない朝だって

  ちゃんと明日は来るでしょう

  ほどけた靴ひも結び直して

  もう一歩だけ 前へ行こう」


リィナが譜面を持つ指をわずかに止める。

ナディアの目が、少し細くなる。


「♪泣いたことまで消さなくていい

  迷った夜も連れてゆこう

  何も持たずに立てなくても

  そのままでいい 行ってみよう」


そこから旋律が少し開いた。


「♪強くなくてもいいよ

  綺麗じゃなくていいよ

  それでもきみが今日ここにいるなら

  明日はきっと変わる」


 そして、サビ。


「♪明日へ踏み出そう

  手を取って笑おう

  昨日の痛みも 置いてかなくていい

  抱えたままで進めばいい


  明日へ踏み出そう

  こわくてもいいよ

  ひとりじゃないって 歌ってあげるから

  きみはきみのままでいい」


最後の一音が消える。


今度の沈黙は、さっきより深かった。


明るい。

でも、一曲目みたいに跳ねる明るさではない。

こっちは、手を引いて前へ出す明るさだ。


「……こっちは、かなり勇者向きだな」

ナディアが言う。

「正面から背中を押してる」


「でも命令じゃない」

リィナが静かに続ける。

「“行け”ではなく、“一緒に行こう”なのがいいです」


「“こわくてもいいよ”が好きです」

セレスが譜面を見たまま言った。

「強くなくていい、綺麗じゃなくていい、と来て、そこで完全に逃がしていない」


エレナが顔を上げる。

「これ、勇者だけじゃなく、待っていた人にも刺さりますね」


「そうだ」

イグニスが言う。

「戦って帰ってきた側だけじゃない。待ってた側にも明日は来る」


ゼノは、その言葉に少しだけ目を細めた。


うまい。

かなりうまい。


一曲目は、会場を取る歌。

笑わせる歌。

ミラベルの熱をそのまま押しつける歌。


二曲目は、胸に残す歌。

派手ではない。

でも、終わったあと一番引きずるのは多分こっちだ。


《視聴者数:1,084,662》


〈コメント:二曲目つよ……〉

〈コメント:応援歌なのに押しつけがましくない〉

〈コメント:「こわくてもいいよ」良すぎる〉

〈コメント:これ二曲とも王都で刺さるだろ〉


《エモーシア:あら、いいわね》

《ルヴェリア:前へ出す歌になってる》

《フィクサル:二曲で取る気か》

《ラグゼル:王都で跳ねるぞ》


「で」

イグニスが鍵盤から手を離す。

「こっからはお前らの仕事だ」


「はい!」

ミルファが真っ先に返事をした。


「一曲目は可愛くていい」

イグニスが言う。

「でも可愛いだけにするな。相手をちゃんと連れていけ」


「はい!」


「二曲目は優しくていい」

今度はリーシャとエレナを見る。

「でも沈むな。励ます歌じゃなく、一緒に踏み出す歌だ」


「はい」

エレナが頷く。

「大丈夫です」


「セレスは引き際を見ろ。リィナは空気を作れ。ナディアは押しすぎるな。ミュラは最後の温度を上げろ」


「はい」

「ええ」

「了解」

「にゃ」


ダリオたちにも目を向ける。


「一曲目は跳ねさせる。二曲目は前に出しすぎるな。歌を押し上げる」

イグニスが言う。

「勇者に聞かせるとか思うな。帰ってきた人間を迎える場だ」


ダリオが口元を上げた。

「面倒な注文だ」


「いつもだろ」


そこからの練習は早かった。


まず一曲目。

『おかえりより先に、笑って』。


エレナの声が立ち、セレスが綺麗に重ねる。

ミルファがサビで跳ね、ミュラが笑顔の温度を乗せる。

ナディアは抑えめに押し、リーシャは柔らかく言葉を置き、リィナが全部を包む。


「ミルファ、笑顔が早い」

イグニスが止める。


「えっ」


「二番の後まで我慢しろ。今笑うとサビ前が軽い」


「そんな細かいとこまで!?」


「当たり前だ」


次に二曲目。

『明日へ踏み出そう』。


こっちは、七人の表情が自然と変わった。

無理に明るくしない。

でも下も向かない。


リーシャの声がよく合う。

エレナが前を向かせ、セレスが光を通し、リィナが深さを作る。

ナディアが言葉の芯を支えて、ミュラが最後に柔らかく上へ抜く。


「リーシャ、今のいいです!」

ゼノが思わず客席から言った。


リーシャがびくっとする。

「え、あ、はいっ……!」


「褒めるな。緩む」

イグニスが即座に切る。


「でも今のは良かったです」

ゼノが言う。


「分かってる」

イグニスは半眼のまま返す。

「だから次も出させる」


その言葉に、リーシャが耳まで赤くなった。

ミュラが横でくすくす笑う。


 昼前には、二曲とも骨は見えてきた。


エレナが譜面を下ろして、息を吐く。

「……強いですね」


「どっちも違う強さですね」

リィナが静かに言った。


「一曲目は、会場ごと連れていく」

セレスが整理するように言う。

「二曲目は、終わったあとに残る」


「そうです」

ゼノが頷いた。

「だからこの二曲なら、王都でちゃんと勝てます」


その言葉に、七人の目が変わった。


王都で勝てる。


それは単なる褒め言葉じゃない。

この先に向かうための実感だ。


「じゃあ、もっと仕上げよう」

エレナが言う。


「はい!」

ミルファが元気よく返す。


イグニスが鍵盤へ手を戻した。


「次、立ち位置込みでやる」

「一曲目は笑顔を作る」

「二曲目は最後に全員で前を見る」


「はい」


そして、また音が鳴る。


 朝だった歌舞殿は、もうすっかり“次の舞台”の空気になっていた。


ゼノは客席から、その景色を見上げる。


昨日まで重かったものが、全部消えたわけじゃない。

けれど、今日この場で、それを抱えたままでもちゃんと前へ出る歌が二つ生まれた。


それで十分だと思えた。


王都へ持っていくのは一曲じゃない。


笑わせる歌。

踏み出させる歌。


どちらも、今のミラベルに必要な歌だった。


《視聴者数:1,096,931》


〈コメント:二曲構成つよすぎる〉

〈コメント:王都編めちゃくちゃ楽しみ〉

〈コメント:ミラベル、完全に次の段階入った〉

〈コメント:これライブで聞きたい〉


《フィクサル:よし》

《エモーシア:ちゃんと前を向いたわね》

《ルヴェリア:育ったじゃない》

《リュケオン:王都、荒れるぞこれ》


ゼノは、小さく笑った。


王都が呼んだ。

なら、ただ行くだけでは終わらせない。


今度は、歌で持っていく。

綺麗なだけの王都に、温泉郷の熱をそのまま叩きつける。


ミラベルなら出来る。

イグニスも、もうそのつもりで鍵盤を鳴らしている。


だったら、こっちもやるだけだ。


歌舞殿の中で、二つの新曲が朝の光を押し上げていく。


王都へ向かう準備は、もう始まっていた。


――――

次回

 第72話 王都へ持っていくのは、歌だけじゃない

 

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