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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第61話 綺麗な顔が潰れた日

 王都の朝は、相変わらず綺麗だった。


石畳には水が打たれ、劇場街の窓は朝の光をきっちり返し、行き交う人間はみな、それぞれの“ちゃんとした顔”を貼りつけて歩いている。


昨夜、どこの小部屋で誰が何を差し出し、どんな優しい声で追い詰められたのか。

そんなものは一枚下に隠して、平気な顔で今日も回っている。


ゼノは、その綺麗さが心底嫌だった。


だが今日は、その綺麗な顔を何枚か剥がせる日でもあった。


宿の小部屋で、ラウスが机に紙を並べていく。


契約書の抜粋。

夜間同行手当の記録。

劇場関係者名簿。

リサの言葉をまとめた聞き取り。

そして、酒場の店主とマリアから拾った、ソフィアの線。


紙の上に並ぶと、全部が異様に静かだった。

静かなまま、人を潰す形をしている。


「これで足りますか」

ゼノが聞く。


ラウスは最後の紙の端を揃えながら答えた。


「足ります」


「グレイスを潰すには?」


「十分です」


「カイルまで落とせますか」


「落ちます」

ラウスは淡々と言った。

「グレイスだけ潰れて済む位置には、もういません」


その言い方に、ゼノは少しだけ息を吐いた。


昨夜、リサが泣いた顔がまだ残っている。

“自分で選んだと思わないと立っていられない”

あの一言は、ゼノの中でもまだ生々しい。


あの涙を見たあとで、ただ報告だけして終わる気にはなれなかった。


「王子、怒りますか」


ラウスはそこで初めて少しだけ目を上げた。


「かなり」


「嬉しいですね」


「顔に出ています」


「出るでしょう」


ゼノは否定しなかった。


正直、かなり楽しみだった。

グレイスみたいな男が、綺麗な顔のまま落ちていけると思っているのが嫌だった。

カイルみたいな男が、自分だけ上手く足を抜けるつもりでいるのも嫌だった。


だから今日は、ちゃんと潰れてほしい。


立ち上がれないくらいに。


 ――


 レオニスの私的な執務室は、前に来た時と同じく静かだった。


広く整っている。

だが、そこにあるのは権威を見せつけるための豪華さではない。

必要なものだけが置かれ、いらないものはない。


その静けさの方が、むしろ怖い。


王子は机の向こうに座っていた。

侍従長が壁際に控えている。

空気は張っていた。

まだ何も言っていないのに、もう張っている。


「戻りました」

ラウスが言う。


「見れば分かる」

レオニスが答えた。


それから、ゼノを見る。


「お前も、ひどい顔だな」


「いい話ではなかったので」


「だろうな」


机を顎で示す。

ラウスが紙を置く。


王子は最初の一枚から黙って読み始めた。


部屋には、紙をめくる音しかない。


ゼノは、その沈黙が嫌だった。

怒鳴る方が楽だ。

静かなまま読んでいる時の方が、この人は本気で怒っている。


レオニスの視線が進む。


後援者との礼節。

非公開の協議。

柔軟な対応。

夜間同行手当。

リサの証言。


そこで、指が止まった。


本当に、一瞬だけだ。

でも、確かに止まった。


「これは本人が言ったのか」


ラウスが答える。


「はい」


「泣いたか」


「……はい」


王子はしばらく何も言わなかった。


それから紙を置く。

音は小さい。

だが、その小ささが逆に怖い。


「気分が悪いな」


静かな声だった。


「ええ」

ラウスが答える。

「かなり」


王子は次にグレイスの名が入った紙へ目を落とす。


「こいつが劇場側の人間か」


「表向きは面倒見の良い男という評判です」

ラウスが言う。

「歌い手の相談役、後援者との橋渡し、劇場の秩序維持。そのような顔をしています」


「顔、か」


レオニスが小さく繰り返した。


それからゼノを見た。


「お前はどう見た」


ゼノは迷わず答えた。


「歌い手を人じゃなく、“処置”の対象として見てる男でした」


部屋の温度が、一段落ちた。


「処置」


「はい」


ゼノは続ける。


「歌も、身体も、舞台に通る形に整えるための部品みたいに見てます。汚いことをしてるくせに、全部を必要だったって言えば綺麗になると思ってる顔でした」


レオニスの目が細くなる。


「大嫌いだ」


短い。

でも、その四文字だけで十分だった。


ゼノはそこで、少しだけ肩の力を抜いた。


ちゃんと怒っている。

そこが分かるだけで少し救われる。


「カイルは」

王子が聞く。


ラウスが次の紙を滑らせる。


「宴向けに歌い手を作る側です。

本人の歌を残すのではなく、貴族に受ける形へ整える。ソフィアの件でも、現在のリサでも、立場は同じです」


「本人は分かっているのか」

レオニスが問う。

「自分が何をしているか」


ゼノが答えた。


「分かっていて、正しいと思い込んでます」


「正しい」


「はい。

“未熟な才能は削らなければ通らない”

“王都では必要なことだ”

そう言ってました」


レオニスはそれを聞いて、小さく笑った。


笑ったが、楽しそうではない。

切る前の顔だった。


「なるほど」


低い声で言う。


「歌を削る側の人間ほど、育てている顔をしたがる」


侍従長が静かに口を開いた。


「殿下。処分の順としては、先にグレイスを切るのが妥当かと」


「当然だ」

レオニスは即答した。

「劇場の中で守る顔をしている男が、実際には歌い手を宴へ流していた。これが一番効く」


ゼノは、その言い方に少しだけぞくりとした。


王子は、怒る時ほど冷たい。

そして冷たいまま、一番折れる場所を選ぶ。


「カイルは?」

ゼノが聞く。


レオニスの目がこちらへ向く。


「急ぐな」


その一言で、ゼノは黙った。


「グレイスを先に落とす」

レオニスが言う。

「すると、カイルは勝手に浮く。あの男は自分の名だけで立っている顔をしているが、実際には劇場と後援筋の汚れの上に乗っている」


侍従長が頷く。


「土台が抜ければ、一人では立てません」


「そうだ」

王子は言った。

「そして、ああいう男は土台を失った時、自分だけ助かろうとする」


ゼノはそこで、小さく息を吐いた。


もう見えているのだろう。

カイルがどう動くか。


「リサは守れるんですか」

ゼノが聞く。


レオニスは迷わなかった。


「守る」


短い。


「契約は止める。

ただし“汚れた歌い手”という形では外へ出させない。表向きは体調管理と喉の保護だ。劇場から一度切り離す」


侍従長が補足する。


「王族預かりとまでは出しませんが、相応の保護下に移します。少なくとも、グレイスの手が届く位置には置きません」


ゼノは、その言葉で胸の奥に張っていたものが少し下がるのを感じた。


全部ではない。

でも、間に合うところが一つある。

それだけでも大きい。


「では」

ラウスが言う。

「動きます」


レオニスが頷く。


「今夜のうちに」


 ――


 夜。


劇場街の裏は、表の華やかさと違って妙に冷える。


表では馬車が止まり、灯りがつき、香油の匂いが漂う。

だが裏は、書類と焦りと隠しきれない汗の匂いがする。


グレイスは、執務室から呼び出された時もまだ、自分の綺麗な顔が通じると思っていた。


「これはどういう――」


その声は、最初の一歩目までは滑らかだった。


だが、通路の先にいた人間の顔を見た瞬間、色が変わる。


劇場側の監査役。

城からの文官。

侍従長付きの使い。

ラウス。

そして少し離れた位置にいるゼノ。


逃げ道のない顔ぶれだった。


「契約確認と内部調査です」

文官が言う。


「何の権限で」


「必要な権限で」


「私は何も――」


「後で聞きます」


丁寧な言葉だった。

だが、もう聞く耳はない。


グレイスが、そこで初めて表情を崩した。


「待ちなさい」

低くなる声。

「何か誤解がある」


「誤解なら晴れるでしょう」

ラウスが平坦に言う。

「何も問題がなければ」


その言い方が、一番怖い。

問題があれば終わらない。

そういう意味だからだ。


グレイスは周囲を見回した。

味方を探している顔だ。

だが、もう遅い。


裏方の男たちは目を逸らしている。

昨日まで媚びていた女は壁際で息を潜めている。

誰も助けない。


そして、その視線の先に、カイルが現れた。


早い。

聞きつけて来たのだろう。


上着は整っている。

髪も崩れていない。

だが、歩幅が乱れている。

綺麗な顔の下で、かなり焦っているのが分かる。


「グレイス!」


呼ぶ。


グレイスがその声にすがるみたいに振り向く。


「カイル、違う、これは――」


だが、カイルはその場で一瞬だけ止まり、そして、ほんの半歩だけ距離を取った。


その動きがすべてだった。


助ける気がない。

一緒に沈む気もない。

自分だけはまだ残れると思っている。


ゼノは、その姿を見て心の底から軽蔑した。


やっぱりだ。

こいつは昔から、そういう男だったのだろう。


ソフィアが潰れかけた時も。

ルシアンの音に自分の名を乗せた時も。

最後の最後では、自分だけ被害の薄い位置へ動く。


「最低だな」

ゼノが、思わず口に出す。


カイルの目が鋭くなる。


「何だと」


「今、切ったでしょう」

ゼノは言った。

「グレイスを」


「当然だ」

カイルが返す。

「私は劇場運営には――」


「関わってる顔して歌い手を囲んでたくせに、都合が悪くなったらそこだけ切るんですね」


そこへ、低い声が落ちた。


「その通りだ」


空気が、一段で変わる。


レオニスだった。


今日の王子は、表向きの顔をほとんど持っていなかった。

護衛は少ない。

だが、その少なさの方が逆に本気を感じさせる。


カイルの顔から、血の気が引く。


「……殿下」


「呼ぶな」


静かな声だった。

だが、その一言で、通路の空気が凍る。


グレイスが何か言い訳を探そうとする。

だが、王子の視線が先に落ちた。


「お前はもう喋るな」


それだけで、本当に黙った。


グレイスの喉が動く。

でも、言葉が出ない。


レオニスは、ゆっくりと二人を見る。


「私は、女を利用して回る人間が嫌いだ」


静かなまま言う。


「しかも、それを“必要だった”と飾る手合いは、もっと嫌いだ」


グレイスの顔が崩れる。


「殿下、誤解です。私は劇場を守るために――」


「守る?」

レオニスが初めて、少しだけ笑った。

冷たい笑いだった。

「歌い手を宴へ流し、断れない形で身体まで差し出させておいてか」


グレイスの唇が震える。


「それは……後援者との関係上、必要な――」


「必要」


王子がその言葉を切る。


「お前らは本当に、その言葉が好きだな」


通路が静まり返る。


「喉を削る時も必要。

身体を差し出させる時も必要。

女を黙らせる時も必要。

そして都合が悪くなれば、全部“誤解”で流す」


レオニスは一歩だけ近づいた。


大した距離ではない。

だが、それでグレイスははっきりと後ずさった。


「見苦しい」


その一言で、グレイスの膝がわずかに折れかける。


だが支えられる。

立たされたまま落とされる方が、もっときつい。


「お前は今日で終わりだ」

王子が言う。

「劇場から外す。後援筋にも照会を回す。二度と“歌い手の相談役”みたいな顔で人前へ立てると思うな」


グレイスが、そこでやっと本当に崩れた。


「お待ちください……っ」

声が擦れる。

「それでは、私は――」


「知るか」


王子の返答は短かった。


冷たい。

そして容赦がない。


「今までお前が切った女のその先を、私は知らん。

お前のその先も、同じだ」


グレイスの顔から、綺麗なものが全部落ちた。

汗。

怯え。

みっともないほどの焦り。


もう二度と、あの男は“綺麗な劇場人”の顔へ戻れない。

ゼノはそれを見て、かなり気分がよかった。


だが、本番はまだ終わっていない。


レオニスの視線が、次にカイルへ向く。


「お前は」


たったその言葉だけで、カイルの喉が詰まる。


「……私は」

カイルが言う。

「劇場の運営そのものには関与しておりません」


「そうだろうな」

レオニスはあっさり頷いた。

「お前はいつも、そういう位置に立つ」


カイルの表情が固まる。


「自分では手を汚さない」

王子が続ける。

「ただ、女を宴向けに整え、通る形に削り、綺麗な顔で横に立つ」

少しだけ間を置く。

「そして都合が悪くなれば、一番先に足を引く」


さっきの半歩を、見抜かれていた。


カイルの顔からも、綺麗な仮面が剥がれ始める。


「それは……誤解です」


「そうか」


レオニスは笑わない。


「では、誤解が晴れるまで、舞台にも宴にも出るな」


カイルの顔が変わった。


「お待ちください」


「待たない」


「私には関係ない」

カイルが言い募る。

「グレイス個人の逸脱です。私は歌い手の育成に――」


「育成」


ゼノは、そこで思わず笑いそうになった。

やっぱりその言葉を使うのか。


王子は笑わないまま言う。


「未熟な才能は削らなければ通らない、だったか」


カイルの喉が止まる。


「本人の好きなように歌わせて残れるほど、王都は甘くない」

レオニスが、淡々と続ける。

「通る形を教えているだけだ、だったな」


カイルの顔から、今度こそ本当に血の気が引いた。


誰が言ったか。

そんなものはもう問題ではない。

王子が知っている。

それだけで終わりだ。


「その通る形とやらが、どこの宴へ通っていたのか、これから調べる」

レオニスは言う。

「お前の推薦も、お前の曲も、お前の次の場も、全部止める」


「殿下……!」


「黙れ」


その一言で、カイルも止まった。


強かった。


王子は一歩も荒れない。

だから、逆に相手の逃げる余地がない。


「自分の名だけで立っている顔をしていたな」

レオニスが言う。

「だが、違う。お前は汚れた土台の上に、自分の綺麗な名を載せていただけだ」


侍従長が静かに補足する。


「今夜以降、推薦案件はすべて凍結します。

私的な宴席も、劇場経由の出演も、当面ありません」


カイルの口元が震えた。


「そんな……」


「そんな、何だ」

ゼノが言う。

「自分だけは残れると思ってたんですか」


カイルの目がゼノを刺す。

だがもう、昨日までの鋭さがない。

怒りより先に恐怖が出ている。


「お前……!」


「ソフィアの時も」

ゼノは低く言った。

「リサの時も、そうやって綺麗な顔で横に立って、最後だけ足引くんですね」


「黙れ!」


そこで初めて、カイルが声を荒げた。


だが遅い。

今さら怒鳴ったところで、もう何も戻らない。


レオニスはその姿を見て、冷たく言う。


「見苦しいな」


その一言で、完全に終わった。


カイルは立っていた。

だが、中身はもうかなり折れている。

顔だけではどうにもならない位置まで落とされたのが、自分でも分かっている顔だった。


ゼノは、その顔を見て思った。


もっとだ。

もっと潰れていい。


すると王子が、最後に決定的な一言を落とした。


「お前の名は、王都で使い物にならん」


静かなまま言う。


「曲も。

推薦も。

宴も。

後援も。

全部だ」


カイルが息を呑む。


「自分の名だけで立てない場所へ落とす」


レオニスは言った。

「そこでようやく、自分が何に乗っていたか知れ」


カイルの膝が、そこでわずかに揺れた。

崩れはしない。

だが、それが余計に惨めだった。


グレイスはもう半分潰れている。

カイルはまだ立っている。

でも、その立っているだけの方が、たぶんこれからきつい。


名で食ってきた男から、名の効力を剥ぐ。

王都でそれ以上の落とし方は、そうない。


《視聴者数:881,440》


〈コメント:うわあああああ〉

〈コメント:これもう終わっただろ〉

〈コメント:グレイスもカイルも立ててない〉

〈コメント:王子つよすぎる〉


《フィクサル:いい落ち方だ》

《エモーシア:綺麗な顔、剥がれたわね》

《リュケオン:最高だな》

《エルディア:失脚、確認》


通路の空気は、そこでようやく少しだけ動き出した。


文官が動く。

書類が回る。

グレイスは別室へ連れていかれる。

カイルも呼び止められ、そのまま勝手には動けなくなる。


ゼノは、小さく息を吐いた。


かなり気持ちがよかった。

だが、それで全部終わったわけではない。


「満足か」

レオニスが聞く。


ゼノは少しだけ考えてから答えた。


「半分くらいです」


王子が、ほんの少しだけ口元を動かす。


「欲張りだな」


「まだソフィアがいるので」


その名が落ちた瞬間、空気がまた少しだけ変わる。


レオニスは頷いた。


「忘れていない」


「グレイスとカイルで終わりじゃないですよね」


「当然だ」

王子は即答した。

「ソフィアは八年前に逃がされた。しかも、その線に今さら触れただけで向こうが嫌がる。なら、まだ奥に何かいる」


ラウスが低く言う。


「人の流れを握っていた側ですか」


「その可能性が高い」

侍従長が言った。

「表に立たず、名を消し、動線を握る側。グレイスやカイルより、むしろそちらの方が深い」


ゼノは、小さく息を吐いた。


やはりそうだ。

グレイスは女を食う男。

カイルは作る男。

でも、その後ろで人の流れを握っている誰かがいる。


そこにまだ届いていない。


その時だった。


外から、甲高い音が響いた。


ガラスが割れる音。


全員が同時に振り向く。


通路の先、小さな控え室の窓が割れ、石が一つ転がっていた。

そこに紙が巻かれている。


ラウスが先に動く。

拾い、紙を開く。


短い文だった。


「それ以上探るな」


部屋の空気が、また冷える。


ゼノはその紙を見たまま、小さく笑った。


「……焦ってますね」


レオニスの目が細くなる。


「グレイスでもカイルでもないな」


「ええ」

ラウスが答える。

「もっと後ろです」


王子は、しばらくその紙を見ていた。

それから、低く言う。


「やっと本命が怯えたか」


その言い方に、ゼノは少しだけ背筋が凍る。


やっぱりこの人は強い。


「ベルノア」

レオニスが言う。

「そこへ行け」


ラウスが頷く。


「はい」


「ソフィアは八年前、そこへ逃がされた可能性が高い」

王子の視線がゼノへ向く。

「今も生きているなら、黒幕が嫌がる理由は十分だ」


「行きます」

ゼノは即答した。


もう迷いはなかった。


グレイスは落ちた。

カイルも立てなくなった。

そして今、石が飛んだ。


なら次はベルノアだ。

ソフィア――いや、今は違う名かもしれないその女のところへ。


「ただし」

レオニスが言う。

「ここから先は、綺麗な答えを期待するな」


ゼノは、その言葉に静かに頷いた。


「はい」


もう分かっている。


グレイスとカイルを落としたって、ソフィアの八年は戻らない。

リサの傷も、これで消えるわけじゃない。

イグニスが知らないまま置いてきたものも、綺麗には返らない。


でも、それでも行くしかない。


ゼノは、割れた窓の外を見た。


王都の夜は相変わらず綺麗だった。

綺麗なまま、人を食い、綺麗なまま怯えている。


なら、もう一枚剥がすだけだ。


次はベルノア。

そこに、まだ消えていない名前の続きがある。


――――

次回

 第62話 青い布の町で、まだ死ねなかった歌

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