表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/63

第53話 新曲披露――そして、イグニスの過去が客席にいた

 音舞殿の灯りが、ゆっくり落ちた。


ざわめきが薄くなる。

息を呑む音まで、今日はよく聞こえた。


《視聴者数:574,903》


〈コメント:始まる〉

〈コメント:今日だ〉

〈コメント:完全体ミラベルきた〉

〈コメント:王都勢も混ざってるの熱い〉


《リュケオン(娯楽の神 ):この一瞬の張り、たまらねえ》

《エモーシア(感情の神):期待で喉が乾いてる顔ばかりね》

《神フィクサル:見せろ》

《ノクティア(音律の神):最初の一音で決まる》


舞台の中央へ、最初にエレナが出た。


その後ろに、リィナ、ミュラ、セレス、ミルファ、ナディア、リーシャ。


七人が横一列に並ぶ。


立っただけで、空気が変わった。


温泉湖の三人舞台とは違う。

人数の問題じゃない。


場そのものが、最初から一段深い。


客席の中ほど。

地味な上着に身を包んだレオニスが、わずかに目を細めた。


前に湯楽郷で見たのは、三人だけの舞台だった。

あれでも十分に良かった。


だが、今日こうして七人が同時に立つと、印象がまるで違う。


隣ではラウスも、自然に背筋を伸ばしていた。


そのさらに少し離れた席では、あの男が無言で舞台を見ている。


いや――舞台全体ではない。


まだ出てきていない男の位置を、正確に見ていた。


エレナが、一歩前へ出る。


「本日は、お越しいただきありがとうございます」


声が、音舞殿をまっすぐ抜けた。


「今日は最初に、皆さんへお伝えしたいことがあります」


客席が静まる。


エレナは小さく息を吸って、言った。

「これまで、私たちは“歌姫団”として歌ってきました」


そこで少しだけ間を置く。


「でも、今日からは違います」


視線が集まる。

誰もが、その次の言葉を待っていた。


「私たちの名は――『歌姫団ミラベル』です」


一瞬、場が止まる。


次の瞬間、拍手が起きた。


「ミラベル!」

「いい名前だな!」

「やっと正式に来た!」

「待ってたぞ!」


前から話題にはなっていた。

だが、本人たちの口から、舞台の上で名乗るのは初めてだ。


エレナが小さく笑う。


「今日は、その『歌姫団ミラベル』として初めての舞台です」


その一言で、今日の意味が立つ。


ただの公演じゃない。

名を持って立つ、最初の舞台だ。


《視聴者数:581,442》


〈コメント:うわ、これは強い〉

〈コメント:名前つく瞬間好き〉

〈コメント:正式ユニット化きた〉


《ルヴェリア(育成の神):ここまで来たのね》

《エモーシア:名乗りは大事よ。心が立つから》

《フィクサル:土台は出来た。あとは叩き込め》


エレナが下がる。


そして、舞台の脇へ灯りが伸びた。


鍵盤の前に、イグニスが座る。


客席の空気が、そこでまた変わった。


温泉湖では見ない男。

初めて見る鍵盤。

楽団まで含めて、全員が揃うのも今日が初めてだ。


ラウスが、思わず小さく言った。

「……これが、全員揃った形ですか」


レオニスも目を離さないまま答える。

「前は、まだ途中だったんだな」


イグニスが、何の前置きもなく一音鳴らした。


 ――コロン。


柔らかい。


だが、弱くない。


そこへ弦。

笛。

太鼓。


一曲目は、『ミラベル』。


名を持った七人のための、新しい始まりの歌だった。


エレナの声が前へ出る。

セレスがその上に重なる。

リィナが奥行きを作り、ミルファの高音が細く抜けた。

ナディアが下を支え、リーシャが感情を滲ませ、ミュラが最後に柔らかくほどく。


そして、その全部を、イグニスの鍵盤が一つに束ねて前へ押し出す。


客席の何人かが、最初の数節で息を呑んだ。


これまでの温泉湖の舞台は、歌が先に立っていた。

今日は違う。


歌の後ろに、ちゃんと景色がある。


ラウスは無意識に指を握っていた。


前に見た三人の歌は綺麗だった。

だが、これは綺麗だけでは終わらない。


七人の声に、楽団の音が噛み合った瞬間、歌そのものの重さが変わる。


『ミラベル』が終わる。


拍手。


だが、今日はここで終わらない。


二曲目。

三曲目。

四曲目。


既存曲が続く。


温泉湖で育ててきた歌たちが、今日は別の顔を見せていた。


弦が入るだけで輪郭が変わる。

笛が入るだけで空気が抜ける。

太鼓が入るだけで腹へ落ちる。

そこへ鍵盤が加わると、歌の行き先がはっきりする。


曲の合間には短い話も入った。


ミルファが笑わせ、

ナディアが客席を煽り、

ミュラが空気をほどき、

エレナが締める。


ただ歌を並べているんじゃない。

ちゃんと“ライブ”になっている。


客席も、もうすっかり持っていかれていた。


笑うところで笑い、

静まるところで静まり、

拍手の間も揃い始めている。


《視聴者数:592,418》


〈コメント:つよい〉

〈コメント:もう別物じゃん〉

〈コメント:鍵盤入るだけで景色変わりすぎる〉

〈コメント:これ、王都に見つかるわ〉


《リュケオン:いいぞ、いいぞ》

《ノクティア:鍵盤が全部を通している》

《エルディア(記録の神 ):既存曲の更新幅、大》

《ルヴェリア:育ったわね》


舞台袖で、ゼノは静かに客席を見ていた。


いい。


ここまでは、ほとんど崩れていない。


王子もいる。

王都の使者もいる。

共鳴鈴の販売も控えている。


それでも、今日の主役はちゃんと歌のままだ。


そこへ、イグニスが鍵盤の前で少しだけ目を開いた。


舞台の灯りを受けて、その顔つきが変わる。

普段の半眼が消え、くっきりした二重が浮く。


そして、その横顔を見た瞬間、あの男の表情が変わった。


驚きではない。

確信だ。


「……こんなとこにいたのか」


声は拍手に沈んで、誰にも届かない。


だがその目には、はっきりとした熱があった。


懐かしさじゃない。

好意でもない。


もっと濁っている。

もっと古い。


恨みだ、とゼノは思った。


男はイグニスを知っている。

しかも、良い形ではない。


《視聴者数:598,771》


〈コメント:うわ〉

〈コメント:こいつ絶対ヤバい〉

〈コメント:イグニスの因縁きた〉

〈コメント:客席で火種置くのうまい〉


《ヴァルシオン:過去接続、確定》

《フィクサル:面倒なのが混ざったな》

《エモーシア:嫌な熱だわ》

《リュケオン:でも面白くなってきた》


 舞台の上では、エレナが一歩前へ出る。


「次が、今日の最後の新曲です」


ざわめきが、すっと薄くなる。


最後。

新曲。


その二つだけで、客席の期待が一方向へ揃った。


イグニスが最初の一音を鳴らす。


 ――コロン。


やさしい。


だが、甘くない。


始まりの歌『ミラベル』とは違う。

もっと近い。

もっと一人に届く音だった。


エレナが歌い出す。

「――まだ帰れない、胸の奥が熱いから」


その一節だけで、場が止まった。


セレスが重なる。

「――消えない歌が、指先に残るから」


ミルファが細く抜け、

リィナが空気を深くし、

ナディアが押し、

リーシャが感情を置き、

ミュラが最後をやわらかくほどく。


歌は派手じゃない。


でも、逃がさない。


聞いているうちに、誰もが自分の中の何かを勝手に探し始める。


終わってほしくない夜。

会えなくなる人。

帰り道に一人で持ち帰る熱。

それでも消えてほしくないもの。


 レオニスは、無意識に息を詰めていた。


ゼノが面白い男だということは、前から知っていた。

場を作る男。

客を読む男。

先を見る男。


だが、この歌はそういう面白さとは別のところで強い。


純粋に、残る。


「……これは」


レオニスが小さく呟く。


ラウスが、その続きを引き取るように言った。


「心に響きますね」


その言葉に、レオニスは薄く笑った。


「ああ」


客席の中で、あの男だけは笑っていなかった。


ただ、イグニスを見ている。


鍵盤の音を。

間の切り方を。

歌を押し出す癖を。


そして、その目はだんだん冷えていた。


忘れたことなど一度もない。

自分の曲を奪い、自分の居場所を壊した男の音を。


 歌は、さらに深く入っていく。


「――灯りの名残を、ひとつ胸に抱いて」

「――あなたの明日へ、そっと連れてゆく」

「――会えない夜でも、声はここにある」

「――遠く離れても、まだ消えはしない」


最後は七人で重なる。


押しつけない。

叫ばない。

けれど、残る。


歌が終わった瞬間、音舞殿は静まり返った。


本当に、一瞬だけ。


誰もすぐには拍手できない。


余韻が、場を押さえていた。


それから。


拍手が爆ぜた。


前からでも後ろからでもない。

音舞殿全体が、遅れて一気に火がついたみたいに鳴る。


ミルファの目が大きくなる。

ナディアが笑う。

エレナは小さく肩の力を抜いた。

リィナが息を吐き、

ミュラの尻尾が揺れ、

リーシャは下唇を噛んでいた。


舞台袖で、ゼノは小さく笑った。


刺さった。


かなり深く。


《視聴者数:618,772》


〈コメント:うわああああ〉

〈コメント:勝った〉

〈コメント:これ売れるわ〉

〈コメント:消えない想い、強すぎる〉

〈コメント:もう欲しい〉


《フィクサル:勝ちだ》

《エモーシア:綺麗に残したわね》

《ラグゼル:ここから金になる》

《ルヴェリア:ちゃんと育った先の歌になってる》


ゼノは左の口角を上げて答えた。


『ああ。ここからだ』


拍手はまだ止まらない。


イグニスは、鍵盤から手を離したまま客席を見なかった。

褒められるために弾いていない顔だ。


その横顔を、あの男は見ていた。


そして、はっきり思っていた。


見つけた。

今度は逃がさない。


新曲は、確かに世に出た。


そして同時に、イグニスの過去もまた、今日この客席で目を開けていた。


次は――

この熱を、鈴へ変える番だった。


――――

次回

 第54話 王子が買ったのは、紅の鈴だった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ