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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第51話 舞台の熱を、鈴に変える前夜

 音舞殿での新曲発表と、共鳴鈴の初販売を明日に控えた朝。

温泉郷の空気は、いつもと同じようでいて、どこか違っていた。


表面は静かだ。

湯気は今日もやわらかく立ち、湖面には朝の光が散り、商縁通りでは店先を掃く音がする。


けれど、その静けさの下で、みんな少しだけ落ち着かない。


何かが起きる前の朝だった。


ゼノは共鳴鈴工房にいた。


元ガルドの物置小屋を改装した工房の中には、磨き上げられた鈴が並んでいる。


紅。

深緑。

琥珀。

月白。

蒼。

黒金。

薄桃。

金。


象徴色に染めた鈴の表面には、それぞれの紋様が刻まれていた。


花びら。

葉。

波。

月。

羽。

星。

雫。

鈴。


どれも、ようやく売り物の顔になっている。


ゼノはその並びを見渡してから、箱の蓋を一つ閉じた。


「……悪くない」


独り言に近かったが、すぐ横にいたマギウスが聞き取って笑った。


「悪くない、で済ませる顔じゃないな」


「今さら浮かれても仕方ないので」


「浮かれてる時のお前の方が、逆に静かだろ」


それは少しだけ図星だった。


ゼノは答えず、出来上がった共鳴鈴の箱を順に見ていく。


箱の中には、象徴色に合わせた敷布。

その上に収まる鈴。

蓋の上には、ミラベルの名を入れた札。


最初の販売分としては、十分に整った。


ただし、整ったからといって安心できる段階ではない。


売り方を間違えれば、明日の空気が壊れる。


そこが問題だった。


《視聴者数:486,441》

〈コメント:前夜の空気すき〉

〈コメント:ついに売るのか〉

〈コメント:鈴、顔がいい〉


《ラグゼル(商運の神):形は整った。あとは、どう渡すかだ》

《エルディア(記録の神):初回販売。印象の固定率、高》

《リュケオン(娯楽の神):前夜のこういう空気、嫌いじゃねえ》


工房の奥から、手伝いの女の一人が箱を持ってきた。


「これで最後です」


「ありがとうございます」


ゼノは受け取りながら頷いた。


工房に詰めていた女たちも、村人たちも、ここ数日は本当によく動いていた。

もうただの手伝いではない。

この場の仕事として、みんな顔つきが変わっている。


マギウスが机に肘をつかずに寄りかかる。


「で、どこで売る」


「音舞殿の前です」


ゼノは即答した。


「ただし、舞台が終わった後」


その答えに、マギウスが小さく頷いた。


「先に売らないのか」


「先に売ると、歌より鈴に意識が寄る」


ゼノは箱を揃えながら言う。


「明日の主役は新曲発表です。

共鳴鈴は、その熱が残ってるうちに手渡す方がいい」


マギウスが鼻で笑う。


「商売人だな」


「知ってます」


ゼノはそう言ってから、少しだけ考える。


舞台が終わる。

客の熱が残っている。

そのまま販売へ流す。


流れとしては綺麗だ。

だが、売る側が慣れていないと混乱する。


そこでゼノは工房のみんなへ視線を向けた。


「明日の販売、マギウスとみなさんにお願いしたいんですが」


女たちが顔を上げる。


「私たちで?」

一人が聞いた。


「はい」


ゼノは頷く。


「売るのは舞台が終わった後です。

最初に客と接するのも、渡すのも、大事な役目です」


女たちは顔を見合わせた。


その中で、年長の女が少しだけ姿勢を正す。


「何をすればいいか、先に決めてもらえるならやります」


「決めます」

ゼノはすぐ答えた。


「六人とも、今日の午後に一度時間をください」


そこで、マギウスが口を挟む。

「値段もそこで決めるのか」


「今決めます」


ゼノは、作業台の上に置いた共鳴鈴を一つ手に取った。


月白の鈴だ。

セレスの月の紋様が、午前の光をやわらかく返している。


「共鳴鈴一個――銀貨五枚」


工房の空気が、一瞬だけ止まった。


若い村人が思わず言う。

「高くないですか?」


「高いです」

ゼノはあっさり認めた。


その返しに、逆に何人かが黙る。


「でも、安くは売りません」

ゼノは共鳴鈴を箱へ戻す。


「ただの鈴じゃない。

五曲入ってる。

しかも最初の販売です」


マギウスが腕を組む。

「……まだ世にないだろうしな」


「そうです」

ゼノは頷いた。


「気軽に全員が買う値段じゃない。

でも、欲しいと思った人が“買う理由がある”値段にはしておきたい」


年長の女が鈴を見た。

「安くしないのは分かります。

でも、買う方は迷うでしょうね」


「迷わせます」

ゼノは静かに言った。


「迷わず買える値段にしたら、逆に軽くなる」


《視聴者数:491,884》

〈コメント:銀貨五枚!?〉

〈コメント:強気だ〉

〈コメント:でも安売りは違う〉

〈コメント:迷わせます、好き〉


《ラグゼル:いい線だ》

《エモーシア(感情の神):迷って、迷って、それでも手を伸ばすから意味があるのよ》

《フィクサル:安売りするな。熱まで軽くなる》


その場にいた何人かが、そこでようやく納得した顔をした。


ただ安い物を売りたいわけじゃない。

思い切って手を伸ばす買い物にしたいのだ。


マギウスが小さく笑う。


「最初から絞る気か」


「最初だからです」


ゼノは答える。


「明日は“売れた数”より、“持って帰った時の価値”を作りたい」


工房の女たちの顔つきが、少しだけ引き締まった。


売るというより、渡す。

それに近い。


 ――


 昼過ぎ。


ゼノは工房を出て、音舞殿の周りを歩いていた。


販売の流れを頭の中でなぞる。


舞台が終わる。

余韻がある。

そのまま共鳴鈴の販売へ案内する。


だが、舞台を見終えた客を一気に工房へ流すわけにはいかない。

動線が悪いし、何より雰囲気が違う。


なら、販売場所は舞台の外、だが近い場所がいい。


「……ここだな」


音舞殿の横、果実酒広場に続く少し開けた場所で足を止める。


客が流れやすい。

音舞殿の出口から見える。

果実酒広場の人の流れともぶつかりにくい。


ちょうどそこへ、ロイドが来た。


「いたいた」


「どうしました?」


「販売の机、どこに置くつもりだ」


「ここです」


ゼノが示すと、ロイドはその場所を見てから頷いた。


「悪くないな。

舞台の客も流しやすい」


「先に売ると、歌より鈴に意識が行くので」


「それはそうだ」

ロイドは素直に同意した。


「で、値段は?」


「銀貨五枚」


 ロイドが少しだけ息を止めた。

「……強気だな」


「そうでもないです」

ゼノは言った。


「安く売っていい物じゃない」


「まあ、それは分かる」

ロイドは腕を組む。


「でも、村の連中には高く見えるぞ」


「村の人全員に買ってもらうつもりはありません」

ゼノの返答は、かなりはっきりしていた。


「明日は熱がある。

舞台を見て、歌を持って帰りたいと思った客に向ける」


ロイドが少し笑う。

「お前、本当にそういう線引きがぶれねえな」


「ぶれたら失敗するので」


《視聴者数:504,027》

〈コメント:導線確認回たすかる〉

〈コメント:先に売らないの賢い〉

〈コメント:ちゃんと舞台優先だ〉


《ラグゼル:数じゃない。初回は価値を固定しろ》

《エルディア:最初の価格は、後の印象を規定する》

《リュケオン:分かってんなあ》


 ゼノは音舞殿を見上げた。


明日、新曲を発表する。

そこで空気が変わる。

その空気ごと持ち帰らせるのが共鳴鈴だ。


安さで流すものではない。


 ――


 午後になって、工房の者たちが集まった。


今回は、工房の六人全員で販売に入ることにした。


初めての販売だ。

どれだけ人が来るかも、どこで手が足りなくなるかも、まだ読めない。


なら最初は、全員で回した方がいい。


ゼノは販売用の机を前にして、順に役割を振っていく。


「マギウスは全体の流れを見て、補充などの指示と警備をお願いします」

「分かった。どんな人たちが買ってくれるのか見れると作り甲斐にもなる」


「ラナさんとミアナさんとベルクさんは客の相手をお願いします。

共鳴鈴の種類や紋様を聞かれたら答えてください」


「分かりました」


「銀貨五枚。数だけは絶対に間違えないように」


「はい」


「ハインさん、ルークさんは補充と警備。

箱を切らさないこと。

後ろの在庫と前の机をちゃんと繋いでください。

もし、客が乱れる事があれば、声をかけてください。

それでも聞かない場合は、マギウスに対応してもらってください」


全員が頷く。


ゼノは一度、六人の顔を見渡した。


「今回は最初なので、全員で回します」


少し間を置いて、続ける。


「一度に人が来ても慌てない。

売り切れても謝らない。

ある分だけ、ちゃんと渡してください」


ラナが少し笑う。

「売り切れたら、怒る人もいそうですね」


「怒らせてください」


六人が、そこで揃って目を瞬いた。


ゼノは小さく息を吐く。

「欲しいのに買えなかった人は、次も来るので」


ラナが、なるほどと言いたげに頷く。


ミアナは無言のままだが、分かった顔をしていた。

ベルクが、少し遅れて感心したように笑う。


「……なるほど」


「あと、無理に勧めない」


ゼノは三人を見る。


「舞台を見て、欲しい人が来る。

こっちから押しに行かない。

欲しいと思った熱を、そのまま受けるだけでいいです」


 《エモーシア:押し売りは冷めるのよ》

《フィクサル:欲しい熱を切るな》

《ラグゼル:いい。“売る”より“受ける”だ》


ラナが言う。

「ただ売るんじゃないんですね」


「そうです」

ゼノは頷いた。


「明日は“初めての販売”です。

だから、値段も、売り方も、印象も、全部残る」


三人とも、今度はしっかり頷いた。


ミアナが少し笑った。

「まずはやってみる、ですね」


「そうです」

ゼノは頷く。


「最初から完璧にいかなくてもいい。

でも、崩しもしない。

その代わり、明日終わった後で必ず見直します。

販売だけで回す人手が何人要るのかを見て、ちゃんと募集する」


「明日は全員で補い合って、うまく回そう」

マギウスがみんなに向かって言った。


六人全員が一つになっている。


いい。

これなら任せられる。


 ――


 夕方。


歌舞殿では、ミラベルが最後の合わせをしていた。


明日の新曲披露。

共鳴鈴販売。

王都からの視線。

全部が近づいてきている。


それでも、今この場でやることは変わらない。


歌うことだ。


ゼノはしばらく客席側からその様子を見ていたが、イグニスに呼ばれた。


「ゼノ」


「何です」


「明日、鈴は舞台の後だな」


「はい」


イグニスは鍵盤に指を置いたまま言う。

「先に売るなよ」


 ゼノは少し笑った。

「分かってます」


「歌より先にそっちへ目を行かせたら潰す」


「怖いこと言いますね」


「本気だ」


眠そうな顔のまま、言葉だけは鋭い。


だがゼノは嫌いじゃなかった。

そこがぶれないから、イグニスの作る歌は強い。


「安心してください」

ゼノは音舞殿の奥を見た。


「明日の主役は、新曲です」


イグニスは、それ以上は言わなかった。


ただ一音だけ鳴らす。


 ――コロン。


短い音だった。

けれど、その一音だけで十分だった。


《視聴者数:517,550》

〈コメント:イグニス正論〉

〈コメント:歌より先に物販いったら終わる〉

〈コメント:ここぶれないの好き〉


《ノクティア(音律の神):そう。それでいい》

《リュケオン:先に物販へ目を飛ばしたら台無しだ》

《ルヴェリア(育成の神):歌を先に立たせなさい》

《フィクサル:芯はぶれるな》


明日が来る。


 ――


 夜。


温泉郷の灯りが水面に揺れていた。


村の女たちは、販売用の布を畳み、箱を整え、最後の確認を終えて帰っていく。

工房でも、音舞殿でも、今日はみんなそこで手を止めた。


明日に疲れを残さないためだ。


ゼノは一人、音舞殿の前に立っていた。


まだ客はいない。

椅子も、舞台も、静かなままだ。


だが明日には、ここへ人が集まる。


歌を聞きに。

新曲を見に。

そして歌を持ち帰るために。


ロイドが後ろからやって来た。


「まだいたのか」


「少しだけ確認を」


「確認魔か、お前は」


「多分」


ロイドは笑った。


それから、音舞殿を見て言う。


「明日、売れると思うか」


ゼノは少しだけ考えた。


「売れます」


「言い切るな」


「でも、売れすぎると困る」


「そっちかよ」


ロイドが肩を揺らして笑う。


ゼノも少しだけ笑った。


実際、その通りだった。

銀貨五枚。

高い。

けれど、明日の舞台がちゃんと刺されば、買う客は出る。


問題は、その時にどこまで静かに流せるかだ。


「六人、任せて大丈夫そうか」

ロイドが聞く。


「大丈夫です」


「ならいい」


少しの沈黙。


夜の温泉郷は柔らかい。

だがその柔らかさの下に、明日の熱がもう眠っている。


《視聴者数:522,118》

〈コメント:前夜きた〉

〈コメント:もう明日か〉

〈コメント:歌が商品になる日だ〉

〈コメント:絶対見逃せない〉


《ラグゼル:値段で売るな。熱で動かせ》

《エモーシア:迷ってそれでも買う。明日はそういう日になるわ》

《フィクサル:見せろ、ゼノ》

《リュケオン:祭りの前夜、最高だな》


ゼノは静かに音舞殿を見上げた。


『楽しみにしていろ』


新曲発表。

共鳴鈴の初販売。

王都からの視線。


全部、明日ひとつに繋がる。


ゼノは小さく息を吐いた。


「よし」


明日は、ただの発表じゃない。

歌が商品になる日だ。

そして、村で生まれたものが、村の外へ本当に出ていく日でもある。


灯りの向こうで、水面が揺れた。


前日が終わる。


あとはもう、見せるだけだった。


――――

次回

 第52話 開演前、王子は客席へ、厄介な男は舞台裏を見ていた


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