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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第50話 舞台の後で話しましょう

 数日後。


ラウスは王都へ戻り、再び第一王子レオニスの前に立っていた。


同じ執務室。

前と同じ長机。

ただ、今は午後の光が差している。


窓の外では、王都の街が規則正しく動いていた。

荷馬車の音。

遠くの鐘。

城へ出入りする者たちの、寸分の乱れもない足音。


地方とは違う。

人も、物も、情報も、最初から“流れる前提”で置かれている街だ。


その中心で、レオニスは書類から目を上げるなり言った。


「どうだった」


短い。

だが、その一言に余計なものはない。


ラウスは頭を下げた。

「席は取れません」


部屋の空気が、ほんのわずかに張る。


横に控えていた劇場役人が、小さく息を呑んだ。

侍従長は表情を変えない。

だが視線だけは、静かにラウスへ向いている。


レオニスは、すぐには表情を変えなかった。


「ほう」


それだけだった。


怒りでもない。

不快でもない。

ただ、続きを促す声だ。


ラウスは続ける。


「王族用の席を作れば、客が落ち着かなくなる、と」


その瞬間、レオニスの口元が少しだけ上がる。


「言いそうだな」


まるで、その場に居合わせたような言い方だった。


劇場役人が戸惑いを隠せず口を開く。

「ですが、殿下。王族の席を設けぬとは、いささか――」


「失礼か?」

レオニスは役人を見た。


声音は穏やかだった。

だが、その穏やかさのまま人を黙らせる種類の目だった。


役人は一瞬言葉に詰まり、

「……いえ。ただ、普通ではあり得ぬ対応かと」と慎重に言い直す。


レオニスはそこで、ふっと笑った。

「普通の相手なら、そうだろうな」


その笑いには、怒気ではなく、面白がる色が混じっていた。


「だが、あいつは最初から“普通の対応をする相手”じゃない」


ラウスは黙っていた。

現地でそれを感じたのは自分も同じだった。


ただ断ったのではない。

場を守るために、王族を外した。


しかも、断られた側の気分が妙に悪くならない形で。


「ですが、門前払いではありません」


ラウスがそう言うと、レオニスが興味を持ったように顔を上げた。


「続けろ」


「正体が分からない格好で、ただの客として来るなら構わない、と」


侍従長が、わずかに目を細めた。


劇場役人は、今度は完全に黙った。


レオニスはそこで初めて、声を出して笑った。

「やはり、そう来るか」


その笑いには、不快さは少しもなかった。

むしろ、期待の方が強い。


「さらに、終演後に対談の時間を設けると申しておりました」


「対談まで」


「はい。舞台は舞台として守り、その後で共鳴鈴も見せる、と」


レオニスは椅子の背へ軽く身を預けた。


「綺麗に線を引く」

ぽつりと、そう言う。


「客を守り、場を守り、こちらの顔も潰さない。……本当に、気分のいい断り方をする男だ」


ラウスは頭を下げたままだったが、その評価には深く同意していた。


媚びない。

だが、無礼でもない。

こちらが上だと知った上で、なお場の優先を曲げない。


それをあれほど自然にやる男は、王都にもそういない。


レオニスは机の上に置かれた告知を指先で軽く叩いた。


「共鳴鈴、か」

小さく呟く。


「音を持ち帰らせる」


その発想が、もう王都のどこにもまだない。

少なくとも、ここまで“客の熱”と結びつけて形にしている者はいない。


「……あいつは、本当にやるな」


感心半分。

呆れ半分。

だが、確実に高く買っている声だった。


侍従長が問う。

「どこまで踏み込まれるおつもりですか」


「まずは見る」

レオニスは即答した。


「見て、聞いて、話す」


そこで少しだけ笑う。

「席をねじ込めなかった時点で、もうこっちの勝手は通らない。なら、向こうの流儀に乗った方が面白い」


劇場役人が慎重に言う。

「本当に、お忍びで向かわれるおつもりで?」


「そうだろうな」

レオニスは迷いなく答える。


「今の話を聞いた後で、席をねじ込むほど野暮じゃない」


侍従長が静かに息を吐く。

「では、準備を進めます」


「頼む」


ラウスは、そこでようやく少しだけ肩の力を抜いた。

任は果たした。

しかも、思った以上に面白い形で。


レオニスは告知の紙を丁寧に畳んだ。


「まずは客として見るか」

静かな声だった。


「あいつが舞台を守るなら、こちらも客として入るのが筋だ」


その一言で、王都は正式に動き出す。


湯楽郷ではまだ、誰も知らない。


歌を残し、鈴へ移し、音舞殿のために走り続けるその裏で、

王都の第一王子が、客として来ることを決めたことを。


ただの地方の催しでは、もう終わらない。

温泉郷で生まれた歌は、とうとう王都の足まで動かしたのだ。


 ――


 その頃、湯楽郷では。


歌舞殿の中に、鍵盤の音が静かに落ちていた。


イグニスが、いつもの半眼のまま鍵盤に指を置く。


 ――コロン。


澄んだ一音が、広い空間に転がった。


舞台の上には、ミラベルの七人。

その後ろに、ダリオ、リュシエル、ボルグ、カイルス。


ゼノは客席側から見ていた。


「最初から」

イグニスが短く言う。


エレナが息を吸う。

セレスが視線を上げる。

ミルファが小さく肩を回し、ナディアが足の置き方を変えた。

リィナは静かに胸の前で手を重ね、リーシャは自分の呼吸を整える。

ミュラは尻尾をぱた、と一度だけ揺らした。


歌が始まる。


最初の曲は、もう形になっている。

だから今やるのは、“歌う”ことじゃない。

揃えることだ。


エレナの声が立つ。

セレスがその上に重なる。

リィナが奥行きを作り、ミルファの高音が細く抜ける。

ナディアが押し、リーシャがそこへ感情を落とし、ミュラが最後を柔らかくほどく。


途中で、イグニスが止めた。


「ミルファ、そこ早い」


「えっ、あっ……ごめん!」


「謝る前に次を合わせろ」


「う、うん!」


くすりと、舞台の上に小さな笑いが落ちる。


だが空気は緩みすぎない。

皆、もう分かっているのだ。


今は楽しいだけじゃ駄目だ。

ここで揃えたものが、そのまま音舞殿へ出る。


《リュケオン:いいな、この空気》

《ルヴェリア(育成の神):未完成が削れていくのは見応えがある》

《エルディア:誤差、縮小》

《ノクティア(音律の神):ミルファ、半拍早い。だが直る》

《フィクサル:七人の輪郭が出てきたな》


「もう一回」

イグニスが言う。


今度は、ミルファの抜ける位置がぴたりと合った。


ゼノは客席から見ながら思う。


良くなっている。


歌そのものもそうだ。

だが、それ以上に、七人が“七人で歌う顔”になってきている。


セレスは、最初よりも一歩引くことを覚えた。

ナディアは押すだけじゃなく、支える強さを使うようになった。

リーシャは、自分の感情を出しすぎず、残す場所を選べるようになってきた。


エレナは前に立つ顔をしている。

リィナは空気を読む。

ミルファは跳ねるだけじゃなく揃えることを覚え始めた。

ミュラはその全部の温度を、最後に柔らかく落とせる。


「……いいな」


ゼノが小さく呟くと、横でロイドが笑った。


「顔が緩んでるぞ」


「そうですか?」


「そうだ」


舞台の上では、今度は新曲が始まっていた。


 『消えない想い』


イグニスの鍵盤は、前より少しだけ柔らかい。

その上を、エレナの声が真っ直ぐに滑っていく。


セレスが重なり、

リィナが深くし、

ミルファが細く光を足す。

ナディアが支え、

リーシャが胸の奥へ刺し、

ミュラが余韻を結ぶ。


歌い終わったあと、歌舞殿の中に静けさが残った。


さっきまでの練習の空気とは違う。

少しだけ、本番に近い沈黙だった。


イグニスが鍵盤から手を離し、短く言う。


「悪くない」


ミルファが、ぱっと顔を上げる。

「今の、けっこう良かった!?」


「けっこうじゃない」

イグニスは半眼のまま続ける。


「ちゃんと良かった。だが、まだ削れる」


ミルファは笑って、

「はい!」と大きく返した。


ナディアが口元を上げる。

「素直だな、お前」


「だって褒められたし!」


そのやり取りに、エレナたちの肩から少しだけ力が抜ける。


《リュケオン:ミルファ、見てて飽きねえ》

《ノクティア:今の新曲、二段目から良くなった》

《ルヴェリア:伸びている》

《セレフィナ:セレスの引き際が美しい》

《エモーシア(感情の神):リーシャ、後半の残し方が上手い》

《フィクサル:ここで崩れないなら本番も持つ》

 

ゼノは舞台を見上げた。


何も知らずに、前へ進んでいる。

王都が動き始めたことも。

第一王子が客として来ると決めたことも。


それでも、いや、だからこそ良かった。


今必要なのは、余計な意識じゃない。

ただ、歌を揃えることだ。


ゼノは静かに言った。


「もう一回いきましょう」


七人が一斉に顔を上げる。


「音舞殿では、今日よりもっと空気が熱い。

 でも、飲まれないでください」


エレナが頷く。

セレスも、リィナも、ミュラも。

全員の目が、もう客席ではなく、その先を見ていた。


「大丈夫です」

エレナが言う。


「ちゃんと、届けます」


その言葉に、ゼノは小さく笑った。


 ――なら、大丈夫だ。


王都が来ても。

客が増えても。

舞台の後に何が待っていても。


まずは、この歌だ。


音舞殿の公演まで、あと少し。


湯楽郷の熱は、まだ崩れていない。

だからこそ、そのまま連れていく。


舞台の後で話しましょう。

その前に、まずは――歌で黙らせる。

王都だろうが、神だろうが。


――――

次回

 第51話 舞台の熱を、鈴に変える前夜 


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