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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第49話 王族の席は、用意しない

 音舞殿の公演が近づくにつれて、温泉郷の空気も少しずつ変わってきていた。


商縁通りでは、いつもより早い時間から人が歩く。

温泉湖の周りでは、ミラベルの話をする客が増えた。

歌舞殿の前を通る旅人の目にも、明らかな期待が混じり始めている。


だが、まだ騒ぎではない。


熱はある。

けれど、まだ形を保っている。


ゼノは、その空気を嫌いじゃなかった。


膨らみすぎる前の熱。

崩れていない期待。

客が、まだ「楽しみ」に留まっている段階。


こういう時が、一番きれいだ。


共鳴鈴工房では、今日も朝から作業が進んでいた。


箱を組む音。

鈴を磨く音。

木札を揃える音。


机の上には、象徴色ごとに箱へ収められた共鳴鈴が並んでいる。


紅の共鳴鈴が入った箱。

深緑の共鳴鈴が入った箱。

琥珀の共鳴鈴が入った箱。

月白の共鳴鈴が入った箱。

蒼の共鳴鈴が入った箱。

黒金の共鳴鈴が入った箱。

薄桃の共鳴鈴が入った箱。

金の共鳴鈴が入った箱。


ゼノはそのうちの一つを手に取り、蓋を開けた。


布の畳み方。

鈴の向き。

木札の位置。

箱を開けた瞬間に見える色の出方。


売る以上、音だけでは足りない。

手に取った瞬間に「欲しい」が立つ形にしておく必要がある。


「中に入れている木札、箱の表にも貼ってもらえますか?」


近くにいた女が顔を上げる。


「そうですね。ミラベルの文字も象徴色ごとの色にしているので、その方が中の色が分かりやすいですね」


「はい。一目で分かる方が間違わないので」


「分かりました。次の分から揃えます」


マギウスが横から口を挟む。


「親父の追加分も、今のところは悪くないぞ」


「見れば分かります」


ゼノはそう言いながら、別の鈴を手に取った。


《生活魔法:構造認識》


内部の揺れ。

核の通り。

鳴りの癖。


問題ない。


アルノフは文句を言いながら、ちゃんといい物を出してくる。

職人として、そこだけは一度も外さない。


 その時だった。


外から少し早い足音が近づいてきた。


戸が開く。


「ゼノ!」


ロイドだった。


声の調子が少し違う。


ゼノが顔を上げる。

「どうしました?」


ロイドは工房へ入ってくるなり、後ろを一度だけ確かめてから言った。


「妙な男がいる」


マギウスが腕を組んだまま聞く。

「どんな?」


「旅人風だ。だが、聞いてることが妙だ」


ゼノはそこで手を止めた。

「何を聞いてるんですか」


ロイドが指を折る。

「共鳴鈴はどこで売るのか。

販売はいつからか。

音舞殿の席はまだ取れるのか。

当日はどういう客が来るのか」


少し間を置いて、続ける。


「しかも、聞き方が客じゃない。

買いたい奴の聞き方じゃなくて、場を見てる奴の聞き方だ」


マギウスが鼻を鳴らした。

「探りか」


「そう見える」

ゼノは少しだけ目を細めた。


ただの客なら、もっと別のことを聞く。


誰が人気か。

何時に行けばいいか。

宿は取れるか。

共鳴鈴はいくらか。


だが今の話は違う。


共鳴鈴。

席。

客層。

販売方法。


催しそのものを見ている。

しかも、自分から名乗らずに。


《視聴者数:463,871》


〈コメント:来たな〉

〈コメント:客じゃない質問だ〉

〈コメント:完全に下見〉

〈コメント:ロイドの嗅覚いい〉


《ヴァルシオン:王都側の事前確認、妥当》

《リュケオン:うわー来た来た、こういうの好き》

《エルディア:情報取得の優先順位が実務寄り》

《フィクサル:上の匂いがするな》

《ラグゼル:値段を聞かずに導線を聞く者は、買い手より管理側だ》


ゼノは小さく息を吐いた。


「……王都ですね」


ロイドが眉を上げる。

「そこまで分かるのか?」


「ええ」

ゼノは短く頷く。


「しかも、ただの王都じゃない。王族筋です」


工房の空気が一瞬止まる。


工房の女の一人が、思わず小さく息を呑んだ。


「王族……?」


マギウスは腕を組んだまま言う。

「いきなり大きく出たな」


「大きくはないです」

ゼノは落ち着いていた。


「王都に告知が届いて、すぐに動くなら、ただの好奇心じゃない。

前に湯楽郷へ来た王族が動かしたんでしょう」


ロイドが顔をしかめる。

「じゃあ、どうする」


「こっちから会いに行きます」


「向こうが名乗る前にか?」


「名乗る前だからです」

ゼノは鈴を机に置いた。


「探りに来てるなら、こちらが先に拾う。

 その方が話が早い」


 マギウスが少しだけ笑った。

「嫌いじゃない」


ロイドはため息をつく。

 

「お前、本当にそういう時迷わねえな」


「迷うところじゃないので」


《視聴者数:466,104》


〈コメント:迎えに行くの強い〉

〈コメント:待たない男〉

〈コメント:王都相手でも普段通りで好き〉

〈コメント:ゼノ、こういう時ブレねえな〉


《リュケオン:先に拾いに行くの最高》

《ラグゼル(商運の神):主導権を渡さない。正解》

《ヴァルシオン:先手安定》

《フィクサル:行け、ゼノ》


ゼノは工房を出た。


 ――


 商縁通りは、昼前の光を受けて明るかった。


通りの半ばでは、果実酒を手にした旅人が笑い、店先では新しく入った布が揺れている。

焼き菓子の匂い。

鉄を打つ音。

湯上がりの客のゆるんだ話し声。


その流れの中に、確かに“この村の空気じゃない男”がいた。


濃い色の上着。

立ち方に無駄がない。

目線が流れない。

周囲を見ているのに、きょろついてはいない。


その少し後ろに、護衛らしい男が一人。

さらに、書記のような女が一人。


ゼノはそれを見た瞬間、確信した。


当たりだ。


男はちょうど、商人の一人に頭を下げていた。


「ありがとうございます。参考になりました」


言葉も丁寧だ。

無礼に探っているわけじゃない。


だが、やはり客の動きではない。


ゼノはそのまま近づいた。


「何かお探しですか?」


男が振り向く。


その目が、ほんの一瞬だけ動いた。


気配で分かったのだろう。

目の前の相手が、ただの村人ではないと。


「失礼しました」

男はすぐに一礼した。


「少し、こちらの催しについて伺っていただけです」


「共鳴鈴と、音舞殿の席について?」

ゼノがそう言うと、男の表情がわずかに変わる。


「……聞いておられましたか」


「聞かされました」

ゼノは笑わなかった。


「あなた、王都から来た方ですよね」


男は答えない。

だが、その無言が否定ではないことはすぐに分かる。


ゼノはさらに言った。


「しかも、ただの見物人ではない。

王族筋の使いでしょう」


後ろにいた護衛の男が、一瞬だけ空気を張らせた。

だが、前に立つ男は手でそれを制した。


それから、静かに一礼する。


「……お見事です」


そこまでで、認めたのと同じだった。


「名乗った方がよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「王都より参りました。ラウスと申します」


ゼノは短く頷いた。


「やっぱり」

ラウスはそこで初めて、少しだけ息を抜いた。


「殿下のお言葉通りです」


「何がです?」


「“あいつなら気づく”と」


ゼノはそこで少しだけ笑った。


あの王子らしい。


《視聴者数:472,223》


〈コメント:当たりだった〉

〈コメント:一発で抜いた〉

〈コメント:王子の評価高くて草〉

〈コメント:ラウス有能そう〉


《エルディア:対面時の確認、完了》

《リュケオン:あいつなら気づく、好き》

《ヴァルシオン:想定通り》

《セレフィナ(審美の神):立ち居振る舞いは悪くない使者だ》

《フィクサル:で、用件は席だろ》


ゼノはラウスをまっすぐ見た。


「それで、聞き回っていた理由は?」


ラウスは、もはや隠す意味がないと判断したのだろう。


「音舞殿の公演について確認しておりました」


「席ですか」


「はい」

ラウスは真っ直ぐに答える。


「殿下がご興味を持たれています」


商縁通りの真ん中で、そこまではっきり言う。

だからこそ、ゼノは少しだけ感心した。


濁さない相手は嫌いじゃない。


「なるほど」


ゼノは少しだけ視線を外し、音舞殿の方角を見た。


もう席はほぼ埋まっている。

だが問題は、そこじゃない。


たとえ一席捻じ込めたとしても、それをやった瞬間、空気が変わる。


誰が来るか。

どこに座るか。

どんな顔で迎えるべきか。


客の意識が歌から逸れる。


ミラベルを見るために来た客の熱が、別の緊張で濁る。


それは駄目だ。


ラウスが口を開いた。

「もちろん、無理を申し上げるつもりはありません。

 ですが、もし特別に席を――」


ゼノは、そこでラウスをまっすぐ見た。


「それは、用意しません」


ラウスの表情が、ごくわずかに変わる。


後ろの護衛の男も、今度ははっきりと空気を固くした。


だがゼノは、まったく揺れなかった。


「席がないから、ですか」

ラウスが聞く。


「それもあります」

ゼノは頷いた。


「でも、一番の理由は別です」


ラウスは黙って聞く。


「王族が来ると分かった瞬間に、客が落ち着かなくなる」


商縁通りの音が、遠くなったように感じた。


「今の音舞殿に必要なのは、妙な緊張じゃない。

ちゃんと楽しみに来た客の熱です」


ラウスの表情は変わらない。

だが、否定も入れない。


「だから、王族用の席は用意しません」


その場に、少しだけ張った空気が落ちた。


《視聴者数:480,917》


〈コメント:言ったあああ〉

〈コメント:断った〉

〈コメント:ここで媚びないの強い〉

〈コメント:王族用の席は用意しません、強すぎる〉

〈コメント:ゼノ、場を守る方を取ったな〉


《ヴァルシオン:正解》

《ラグゼル:特別席は、場の温度を壊す》

《エルディア:優先対象を“空気”に設定》

《リュケオン:うわー好き、この断り方》

《フィクサル:それでいい》


だが、ゼノはそこで終わらなかった。


「ただし――」


ラウスの目が上がる。


ゼノは口元を少しだけ上げた。

「公演の後なら、話は別です」


護衛の男の肩から、わずかに力が抜ける。

ラウスも、そこで初めて呼吸をひとつ整えた。


「公演の後、ですか」


「ええ」

ゼノは頷く。


「舞台を見たいなら、まずは普通の客と同じように見てもらう。

席をねじ込んで空気を変えるんじゃなくて、終わった後に会うなら構いません」


ラウスは、そこで少し考えた。


「……殿下が来られる場合も、ですか」


「来るなら、なおさらです」

ゼノの返事は揺れない。


「歌ってる最中の空気は、誰のものにもしたくない」


ラウスはしばらく無言だった。


それから、静かに頭を下げる。


「承知しました。

そのまま、お伝えします」


ゼノはそこで、ようやく少しだけ笑った。

「助かります」


ラウスも薄く笑う。

「いえ。むしろ、納得しました」


「そうですか」


「ええ。

王族に席を用意しないと、そう言い切る方なら……殿下も、面白がるでしょう」


ゼノは心の中で、少しだけため息をついた。


やっぱりあの王子だ。


《視聴者数:486,552》


〈コメント:ただ断るだけじゃないの上手い〉

〈コメント:公演後に話しましょう、強い〉

〈コメント:王族も客席では特別扱いしないの好き〉

〈コメント:殿下これ絶対来るだろ〉


《リュケオン:あーこれ絶対来る》

《ヴァルシオン:来訪確率、上昇》

《ラグゼル:条件提示までが交渉》

《セレフィナ:線の引き方が美しい》

《フィクサル:舞台の後で話しましょう、か。悪くない》


ラウスは、胸元から小さな手帳を取り出した。


「念のため確認します。

席の確保は不要。

公演後の面会なら可能。

よろしいですね」


「はい」


「共鳴鈴の販売については?」


「予定通りです。公演と同日です」


「購入制限は?」


「最初はつけます」


ラウスの目が、少しだけ鋭くなる。


「理由を伺っても?」


「偏るからです」

ゼノは即答した。


「一部に買い占められると、欲しかった客の熱が切れる。

最初は広く行き渡る方を取ります」


ラウスはそこで、初めて少しだけ感心した顔になった。


「……なるほど」


「売れればいい、ではないので」


「分かります」


その返しで、ゼノはラウスを少しだけ見直した。

この男は、ただ運ぶだけじゃない。

相手のやり方を読んで持ち帰るタイプだ。


だからこそ、最初に会っておいて正解だった。


ラウスは手帳を閉じる。


「本日は、これで失礼いたします」


ゼノは頷いた。

「お気をつけて」


 ラウスが一礼し、護衛と書記を伴って通りの向こうへ去っていく。


その背中が見えなくなってから、ロイドがようやく近づいてきた。


「……断ったな」


「断りました」


「相手、王族だぞ」


「知ってます」


ゼノは商縁通りの先を見たまま答えた。


「でも、ここで席を作ったら、次から全部が揺れる」


ロイドは少しの間黙っていたが、やがて口元を歪めた。

「相変わらず怖いな、お前」


「よく言われます」


マギウスも遅れてやってきて、肩をすくめた。


「で、公演後に会うのはいいんだな」


「そこは別です」

ゼノは頷く。


「舞台を壊さないなら、いくらでも」

その言い方に、マギウスが笑う。


「本当に“場”で考えてるな」


「そうしないと、ここまで積んだ意味がないので」


《視聴者数:491,033》


〈コメント:場を守る男〉

〈コメント:今日のゼノかなり好き〉

〈コメント:王族でも例外にしないの信頼できる〉

〈コメント:でも公演後に会う余地は残すの上手い〉


《エルディア:判断、明確》

《リュケオン:神回の前の交渉回って感じして好き》

《ヴァルシオン:分岐、良好》

《ラグゼル:熱を守って利益へ繋ぐ。正しい》

《フィクサル:王族の席は、用意しない――か。覚えた》


ゼノは、小さく笑った。

『覚えなくていい』


けれど胸の内は静かだった。


もう迷いはない。


舞台は、舞台のために守る。

売り物は、客の熱が一番高いところで出す。

王族だろうが神だろうが、そこは曲げない。


音舞殿の公演まで、あと少し。


熱は、まだ綺麗な形を保っている。


だからこそ――

今はまだ、崩させない。


――――

次回

第50話 舞台の後で話しましょう

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