第45話 厄介な応募者
工房へ戻る頃には、昼下がりになっていた。
共鳴鈴の器は、これで何とか繋がる。
だが、今日の話はまだ終わらなかった。
新校舎の教師募集の面接がある。
物も足りない。人も足りない。
広がるってのは、そういうことだ。
ゼノは新校舎に向かった。
新校舎に着くと、サラが控え室の前で待っていた。
「来たわね」
「応募は?」
「六人来てる」
そう言って、サラは少し疲れた顔をした。
「ただし、最初から当たりとは限らないわよ」
「分かってます」
ゼノは短く返す。
校舎の一室には長椅子が並べられ、教師希望者が六人、緊張した顔で座っていた。
数としては悪くない。
だが、学校は人手だけで回すものじゃない。
誰を中に入れるかで、空気ごと変わる。
「今日は来ていただき、ありがとうございます」
ゼノが室内に向かって言う。
「一人ずつ、話を聞かせてください」
そう言って、まず一人目の女を小さな面談室へ通した。
年は三十前後。
きっちりした服。
髪もまとめている。
姿勢がいい。
だが顔つきは、どこか硬い。
「お名前は?」
「メイナと申します。
以前、街で子どもに読み書きを教えておりました」
それだけ聞けば、かなり良い。
だが、次の言葉で空気が変わった。
「ただ、あらかじめ申し上げます」
女――メイナは、まっすぐゼノを見た。
「私は、物の分からない子どもは嫌いです。
飲み込みの悪い子どもに付き合うのは、時間の無駄だと思います」
ゼノは、表情を変えなかった。
だが、隣のサラが小さく眉をひそめる。
《視聴者数:336,114》
〈コメント:はい地雷〉
〈コメント:開始三行で終わった〉
〈コメント:子ども嫌いで教師来るな〉
〈コメント:ゼノ切れ、そこは切れ〉
《神フィクサル:学びの芽を選別から始める者は、教師ではなく監督官だ》
《ヴァルシオン(推命の神):初手で下位を切る者は、教育者に不適》
《エルディア(記録の神):対象理解ではなく選別思想が先行》
《リュケオン(娯楽の神):はい不採用~~~》
メイナは続ける。
「教える以上、覚える気のない子は切り捨てるべきです。
そうでなければ、出来る子が損をします」
ゼノはその女を見たまま、静かに口を開く。
「……なるほど」
「集団教育には、優先順位が必要です」
言い切り方に迷いがない。
この人は、おそらく教える能力そのものはある。
だが、切り捨てる線を自分で決める。
新しく立ち上げる学校で、それを最初にやられるのはまずい。
「うちの学校は、まだ始まったばかりです」
ゼノは言う。
「最初から切り捨てる学校なら、最初から作る意味がありません」
メイナの眉が、わずかに動く。
「理想論ですね」
「そうです」
ゼノはあっさり頷いた。
「最初は、理想で線を引きます。
そのあとで、現実に合わせて方法を変える」
サラが横で小さく息を吐いた。
半分、感心。
半分、呆れ。
メイナは少しだけ口元を硬くする。
「では、出来の悪い子に時間を取られても?」
「取ります」
「優秀な子が不満を持っても?」
「持たせないように組みます」
即答だった。
メイナは、その返しを面白くなさそうに受けた。
「……私とは方針が合わないようです」
「ええ」
ゼノは否定しない。
「今回は見送ります」
サラが少しだけ目を瞬かせる。
ここまで早く切ると思っていなかったらしい。
だが、ゼノは迷わなかった。
能力があっても、最初の教師としては危ない。
教室は技術だけでは回らない。
メイナは小さく一礼し、そのまま部屋を出ていった。
扉が閉まる。
サラが言う。
「早かったわね」
「早いですか?」
「普通は、もう少し迷った顔をするものよ」
「子ども嫌いの教師は、まあ、だいぶ厄介なので」
サラが笑いを堪えきれず、少し肩を揺らした。
「言い方」
「事実です」
ゼノは次を呼んだ。
「二人目、どうぞ」
入ってきたのは四十代前半の女だった。
服装は地味だが、清潔感がある。
手が少し荒れている。
家事仕事を長くしてきた手だった。
「お名前は?」
「レティアです」
座り方が控えめだ。
緊張しているのが分かる。
「読み書きを教えたいと聞いています」
「はい。
魔術は分かりません。でも、字と計算なら……簡単なところまでは」
サラが優しく補うように訊く。
「教えた経験は?」
「正式な仕事ではありません。
でも、近所の子に頼まれて、何人か見てきました。
商家の帳面をつける手伝いも少し」
ゼノは顔を上げる。
「帳面が分かるんですか?」
「難しいものは無理ですけど、数と名前がちゃんと読めないと困るでしょう?
そういうのは、子どものうちから覚えた方がいいと思って」
話しぶりは派手ではない。
だが、地に足がついている。
「覚えが遅い子はどうします?」
さっきと同じ問いを投げる。
レティアは少し考えてから答えた。
「何回でも言います。
その子に分かる言い方を探します。
私も覚えが早い方ではなかったので」
サラとゼノの視線が、そこで一度だけ合った。
悪くない。
「叱ることはありますか?」
ゼノが聞く。
「あります」
レティアははっきり言った。
「でも、出来ないことでは叱りません。
人を馬鹿にした時と、わざと壊した時は叱ります」
ゼノは少しだけ笑った。
「いいですね」
レティアが戸惑う。
「……いいんですか?」
「かなり」
きれい事だけ言う人より信用できる。
ゼノは数個、簡単な読み書きと計算の確認をした。
教える側として十分とは言えないが、基礎はある。
何より、子どもの目線に降りられる。
「候補に入れます」
ゼノが言うと、レティアの顔が少し明るくなった。
「ありがとうございます」
彼女が出ていったあと、サラが言う。
「一人目より、ずっといいわね」
「ええ。あの人は、教え方より見方がいい」
「見方?」
「出来ない子を、最初から下に見てない」
サラは静かに頷いた。
三人目は男だった。
名はバルク。
三十代半ば。
街で下働きをしていたが、安定した職を探していると言う。
「子どもは好きですか?」
サラが聞く。
「好きか嫌いかで言えば……まあ、静かな子なら」
その時点で、サラの笑顔がうっすら固まった。
バルクは続ける。
「正直に言いますが、私は教師そのものに情熱があるわけではありません。
ただ、新校舎なら今後は身分も安定するかと」
悪い意味で正直だった。
ゼノは聞く。
「教壇に立った経験は?」
「ありません」
「では、なぜ応募を?」
「食い扶持です」
迷いがない。
ある意味で珍しいほど、飾らない。
だが、学校は余った椅子じゃない。
「今回は見送ります」
ゼノが言うと、バルクは意外そうな顔をした。
「……即答ですか」
「はい。安定したいだけなら、別の仕事の方が向いてます」
男は不満そうではあったが、強く食い下がりはしなかった。
四人目は若い女で、字も計算もかなり出来た。
だが話を聞くうちに、目的が教師ではなく、歌姫団との繋がりだとすぐに分かった。
「授業のあと、歌姫団の方々と直接お話しする機会はありますか?」
「ありません」
「では、演奏の見学などは?」
「授業には関係ないので」
そこで女の熱が一気に冷めた。
五人目は年嵩の男だった。
昔、どこかの学び舎にいたらしいが、言葉の端々に貴族趣味が滲んでいる。
「平民の子らに高等な学問を与えすぎるのは危険ですな」
その一言で終わった。
「今回は見送ります」
ゼノが言うと、男は露骨に不快そうな顔をした。
「若造が」
「はい。若いので、今のうちに止めておきます」
サラが横で咳払いをしていた。
笑うのを誤魔化している。
そして、最後の一人が入ってきた。
神経質そうに見えた。だが、机に紙を並べる手だけは妙に迷いがなかった。
年は二十代半ば。
痩せていて、指が長い。
資料を抱えている。
「名前は?」
「ユリスです」
彼は椅子に座るなり、持ってきた紙束を机に広げた。
「私は教育には順序と効率が必要だと考えています。
この一覧は年齢ごとの習得目標、こちらは進度別の分類案で――」
話しながら、紙を並べていく。
書いてある内容は細かい。
かなり細かい。
サラが少し目を見張る。
「……準備はしてきたのね」
「当然です」
ユリスは即答した。
「子どもを教える以上、感覚では駄目です。
全員を同じ手順で揃えるべきです」
ゼノはその紙を見る。
確かに整っている。
だが整いすぎてもいる。
「質問です」
ゼノが言う。
「泣く子がいたらどうします?」
ユリスが一瞬止まる。
「……理由を聞きます」
「理由が言えない年齢だったら?」
「言えるまで待ちます」
「待ってる間、授業は?」
「規律のためにも、全体を優先します」
そこでゼノは紙から目を上げた。
この青年は頭が悪くない。
むしろかなり良い。
だが、子どもを“揃える対象”として見ている。
「逆に聞きます」
ユリスが言った。
「泣く子に毎回付き合っていて、教室は成立するんですか?」
「毎回は付き合いません」
ゼノは答える。
「でも、最初から切りません」
ユリスは口を閉じた。
「この学校、最初は年齢も理解度もばらばらです。
家で字を見たことがある子もいれば、鉛筆の持ち方からの子もいる。
そこを“全員同じ手順”で揃えようとすると、たぶん最初に折れるのは子どもです」
ユリスは不服そうだった。
だが反論はしない。
「あなたの組み立ては悪くないです」
ゼノは言う。
「ただ、今の学校には固い」
「では、不採用ですか」
「今すぐ教師として一人で任せるのは難しいです」
青年の目がわずかに落ちる。
だがゼノは続けた。
「ただし、補助ならありです」
「補助?」
「授業の記録、進度の整理、教材の順番作り。
そういう仕事は向いてます。
サラ先生の下で、まず教室を見てもらう形なら」
ユリスが顔を上げる。
その表情は驚き半分、戸惑い半分だった。
「……落とさないんですか」
「全部捨てるには、準備しすぎてるので」
サラが、今度は本気で少し笑った。
「確かに」
ユリスは迷ったあと、静かに頭を下げた。
「それで構いません」
面談が終わる。
全員を見送り、扉が閉まったあと、部屋にようやく静けさが戻った。
サラが椅子に背を預ける。
「思った以上に癖が強かったわね」
「建物を作るより、人を入れる方が難しいですね」
「今さら言う?」
「今さら実感しました」
サラが苦笑する。
「で、どうするの?」
ゼノは机の上の簡単なメモを見た。
「レティアさんは採る」
「ええ」
「ユリスさんは補助から」
「悪くないわ」
「残りは見送り」
サラは少しだけ考えてから頷いた。
「妥当ね」
ゼノは小さく息を吐いた。
六人いて、即戦力が一人。
補助が一人。
多いとは言えない。
だが、無理に増やすよりいい。
最初の教師は、数より空気だ。
ここで間違えると、子どもより先に教室が壊れる。
《視聴者数:337,912》
〈コメント:教師ガチャこわ〉
〈コメント:一人目やばすぎる〉
〈コメント:サラ先生いて良かった〉
〈コメント:ユリス補助採用うまい〉
〈コメント:ゼノ、人を見る目ついてきたな〉
ゼノは窓の外を見る。
新校舎の前では、まだ小さな子どもたちが石を並べて遊んでいた。
学校は、建てたら終わりじゃない。
むしろ、建ってからが始まりだ。
鈴もそうだ。
器があっても、中身が駄目なら鳴かない。
「……面倒なのが増えてきたな」
小さく呟く。
だが、口元は少しだけ上がっていた。
共鳴鈴も、学校も、止める気はない。
面倒なら、整えるだけだ。
――――
次回
第46話 録音の日、歌に名がつく




