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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第38話 ミラベルの始まり

 翌日、昼前。


歌舞殿の中には、まだ客を入れる前の静けさがあった。


高い天井。

空の客席。

舞台の上には、ミラベルの七人。


その脇に、ダリオ、リュシエル。

少し離れて、ボルグとカイルス。


そして鍵盤の前に、イグニスが座っていた。


ゼノは客席側に立ち、舞台を見る。


「全員、揃いましたね」

短い確認に、皆が頷く。


イグニスは椅子に座ったまま、紙束を指先で揃えている。

一晩かけて書かれた歌詞と譜面だ。


《視聴者数:235,173》


〈コメント:歌出来たかな〉

〈コメント:天才は成す〉

〈コメント:変わり者〉


ミルファが、落ち着かなそうに身を揺らす。

「その……完成、したんですか?」


「した」

イグニスは即答した。


ミュラの尻尾がぴんと立つ。

「聴きたいにゃ!」


「聴くために呼んだ」


ダリオが小さく笑った。

「相変わらず愛想がないな」


「必要か?」


「いらねえかもな」


ナディアが腕を組んだまま口元を上げる。

「で、どんな曲だ」


イグニスは答えず、紙を一枚だけ譜面台に置いた。


「聞かせてもらえますか?」

ゼノがみんなの代わりに言った。


イグニスは頷く。


「曲名はまだない」


リィナが静かに目を細める。

「まだ?」


「歌ってから決める」

 

それもイグニスらしかった。


鍵盤に指が置かれる。


歌舞殿の空気が、わずかに変わる。


最初の一音。


 ――コロン。


柔らかい。

だが、弱くない。


そのまま、二音、三音と重なる。


イグニスの鍵盤は、ただ旋律をなぞるんじゃない。

その中へ言葉を呼び込むような弾き方だった。


やがて、イグニスが低く、少し掠れた高い声で歌い出す。


「――灯りの向こうへ、声は集う」


エレナが、はっと息を呑む。


「――名もなき願いが、今、歌になる」


歌舞殿の中に、静かに旋律が広がっていく。


続く言葉は、昨日聞いた言葉と同じなのに、

鍵盤に乗ると全然違って聞こえた。


温泉郷の灯り。

湯けむり。

人が集まり、足を止め、心を向ける場所。

それが、歌になっている。


ミルファが思わず胸の前で手を握った。

「……すごい」


セレスは目を閉じて、その流れを聞いている。

リィナは無言のまま、だが表情が少しずつ変わっていく。

ナディアは腕を組んだまま、じっと舞台を見ていた。

リーシャは、どこか泣きそうな顔をしている。


短く一番まで弾き終えて、イグニスが言う。

「これが骨だ」


静寂。


最初に口を開いたのは、エレナだった。

「……これ、私たちの歌です」


イグニスは、半眼のまま見返す。

「そうだ」


ダリオが低く笑う。

「自信満々だな」


「普通だ」


カイルスが吹き出す。

「どこがだよ」


ゼノは小さく笑った。

「じゃあ、歌うか」


その一言で、空気が引き締まる。


イグニスは紙を七人へ配った。


「覚えるのは後だ。まずは音を感じる」


エレナが紙を受け取る。


そこに書かれた言葉を、ゆっくり目で追う。


 ――灯りの向こうへ、声は集う

 ――湯けむりの先に、まだ知らぬ明日がある

 ――ひとりの願いじゃ届かない

 ――だから今、ここで重なる


難しい。

でも、大丈夫。


セレスが呟く。

「ちゃんと、私たちのための言葉ですね」


リィナも頷く。

「ええ。景色が見えます」


ナディアは紙を見ながら言った。

「で、どこを誰が持つ?」


イグニスはすぐに答えた。

「最初はエレナ」


エレナが顔を上げる。


「お前が始まりの線を引く」


「はい」


「セレスは、その上」


「分かりました」


「ミルファは抜けろ。高く飛ばせ」


「はい!」


「ナディアは押す。飾るな」


「了解」


「リィナは深さ」


「ええ」


「リーシャは一番の後半で入れ。

すぐに泣くな」


リーシャが少し恥ずかしそうに頷く。

「……はい」


「ミュラは固さをほどけ」

 

「任せるにゃ」


ゼノは、その振り分けを聞きながら思う。


やはり上手い。


ただ曲を書くんじゃない。

七人がどう立てば、一番綺麗に一つになるかを最初から分かっている。


「じゃあ、一度通すぞ」


イグニスが鍵盤へ指を置く。


ダリオたちも、それぞれ構えた。


今度は楽団込みだ。


 弦。

 笛。

 太鼓。

 そして鍵盤。


新しい土台の上に、新しい歌を乗せる。


エレナが息を吸った。


最初の音を出す。


 ――だが。


少しだけ、遅れた。


イグニスの指が止まる。


「違う」


空気が固まった。


ミルファがびくっとする。


エレナも一瞬、表情を強張らせた。


「すみません」


「謝らなくていい。

今のは怖がって入った」


イグニスの言葉は、相変わらず容赦がない。


だが、間違っていない。


エレナは小さく息を吐いた。

「……はい」


ゼノは口を挟まない。

ここは、イグニスの仕事だ。


イグニスが鍵盤を軽く鳴らす。


 ――コロン。


「始まりの歌だ。

お前が引いたら全部引く」


エレナの目が、少しだけ揺れる。


その言葉に、ナディアが小さく笑った。

「その通りだな」


ミルファも頷く。

「エレナなら大丈夫です!」


リィナが静かに言う。

「最初に立つのは、エレナが一番似合います」


エレナは、皆を見た。


背に仲間がいる。

横にも、音がいる。


それなら。


もう一度、息を吸う。


「……いきます」


二度目。


イグニスの鍵盤が、流れを作る。

ダリオの弦が、その下に細い床を敷く。

リュシエルの笛が、空気を柔らかく広げる。

ボルグとカイルスの太鼓が、心臓みたいに脈を打つ。


その上に、エレナの声が立った。


今度は真っ直ぐだった。


セレスが重ねる。

リィナが深くする。

ミルファが高く抜ける。

ナディアが押し上げる。

リーシャが後半で感情を置く。

ミュラが最後に柔らかく場をほどく。


歌舞殿の空気が、一気に変わった。


誰も、すぐには言葉を出せなかったが、全員が分かった。

噛み合った。


まるでずっと一緒にいたかのように、

ずっと歌ってきたかのように。


歌が終わる。


余韻だけが、天井の近くに漂っている。


ミルファが、震える声で言った。

「……これ、すごいです」


セレスも、静かに頷く。

「歌っていて分かりました。

これは私たちの歌です」


リィナは少し目を潤ませていた。

「始まり、ですね」


ナディアが笑う。

「悪くないどころじゃないな」


リーシャは胸の前で手を握ったまま、小さく呟いた。

「……好きです」


ミュラの尻尾が大きく揺れる。

「これ、絶対人気出るにゃ!」


ダリオが、肩を揺らして笑った。

「妙に説得力あるな」


リュシエルは静かにイグニスを見た。


「……見事です」


イグニスはいつもの半眼のまま、短く返した。


「まだ荒い」


「これで荒いのかにゃ!?」

ミュラがすぐに噛みつく。

 

その声で、ようやく場が少し緩んだ。


ゼノは、舞台の上の全員を見渡した。


これでいける。


初めて、ミラベルに“自分たちの歌”が生まれた。


《視聴者数:302,144》


〈コメント:うわあああ〉

〈コメント:始まりの歌だ〉

〈コメント:これは泣く〉

〈コメント:ミラベルの代表曲きた〉


《神コメント:良い》

《神コメント:残る歌だ》

《神コメント:次は広げろ》


ゼノは、静かに息を吐いた。

『ああ。ここからだ』


そして、口を開く。


「次は、この歌を仕上げる」


皆の視線が集まる。


「舞台で育てる。

録る。

残す。

広げる」


ミルファが目を輝かせる。

「録音ですか!?」


「そうだ」

ゼノは頷いた。

 

「この歌は、一曲目になる」


イグニスが、そこで初めて少しだけ顔を上げた。


「題、決まった」


全員がそちらを見る。


イグニスは短く言う。

「――『ミラベル』」


一瞬、誰も声を出せなかった。


それは、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも強い名前だったからだ。


エレナが、小さく繰り返す。

「……ミラベル」


セレスも、静かに頷く。

「いい題です」


リィナが微笑む。

「この歌に、これ以上足すものはありませんね」


ナディアが笑った。

「覚えやすくていい」


ミュラはもう嬉しそうに両手を握っている。

「好きにゃ!」


リーシャは、どこか泣きそうな顔で笑った。

「……私たちの歌、ですね」


ゼノは、舞台の中央に立つ七人を見て、ほんの少しだけ目を細めた。


名前がついた。

歌ができた。

土台が揃った。


なら、次は――

本当に世に出す番だ。


歌舞殿の外では、昼の光が揺れている。


温泉郷は、今日も賑わっている。


だが、その賑わいの奥で、今、新しいものが確かに生まれた。


 ミラベル。

それは、歌姫団の名であり、

そして――

この場所から広がっていく最初の歌の名になった。


《視聴者数:319,801》


〈コメント:タイトル回収〉

〈コメント:ここで曲名そのままは強い〉

〈コメント:次は初披露だろ!?〉


ゼノは小さく笑った。


『そうだ。次は、聞かせる番だ』


――――

次回

 第39話 新しい学校と、無詠唱の魔法


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