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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第36話 歌は生まれ、火種は残った

 最初に口を開いたのは、セラフィナだった。


「では、こちらも話を」

手帳を開く。


「私とオルフェンは、何度か組んで歌を作っています」


オルフェンが笑う。

「王都じゃそこそこ売れました。

今回も、歌い手に合わせて書くつもりです」


イグニスが椅子に座ったまま聞く。


「どんな詩と曲を?」


セラフィナが手帳をめくる。

「例えば、温泉郷を主題にした柔らかい抒情詩。

癒やしと安らぎを軸に――」


オルフェンが続ける。

「曲は流麗に。今の編成なら、笛と弦を中心に広げて、太鼓は抑え目に――」


最後まで聞かず、イグニスが一音鳴らした。


――コロン。


全員がそちらを見る。


「違う」

静かな声だった。


セラフィナの眉が動く。

「……何がです?」


「全部」


今度はオルフェンの笑みが薄くなる。


イグニスは鍵盤を見たまま言う。


「温泉郷だから柔らかい。癒やしだから静かに。

その考え方がもう古い」


セラフィナの目がきつくなる。

「言いますね」


「言う」

イグニスは構わない。


「この七人は、ただ癒やすだけの歌い手じゃない」


鍵盤を鳴らす。

――コロン、トン。


「前に出る声がある」


もう一音。

――コロン、トン。


「押し上げる声がある」


もう一音。

――コロン、トン。


「刺さる声も、包む声もある」


ゼノは黙って聞いていた。


イグニスはそこで、はっきりと言う。

「俺の方が、いい歌を作れる」


歌舞殿が静まり返る。


《視聴者数:261,354》


〈コメント:うわ言った〉

〈コメント:喧嘩始まった〉

〈コメント:天才すぎるだろこいつ〉


《神コメント:面白い》

《神コメント:揉めろ揉めろ》

《神コメント:でも本物っぽいな》


オルフェンが笑った。


だが、その笑みはさっきまでのものじゃない。

「へえ。

そこまで言うなら、聞かせてもらえます?」


「いい」

イグニスは即答した。


鍵盤に手を置く。


そして――弾いた。


最初の音から違った。


先ほどの試し弾きよりも、もっと深く、もっと真っ直ぐに空気を掴む。


短い旋律。

だが、その中にもう歌の居場所があった。


イグニスは少し高めで、掠れを帯びた声で歌う。


派手じゃない。

けれど、旋律の流れに言葉が自然に乗る。


即興だった。


即興なのに、ミラベルの七人の声が入る場所が見える。


エレナが息を呑む。

セレスが目を見開く。

リィナは無言のまま聞き入る。

ミルファは胸の前で手を握ったまま動けない。

ナディアの口元から笑みが消え、リーシャは小さく震え、ミュラはただ見つめていた。


曲が終わる。


短い。

だが、十分だった。


イグニスが言う。

「こうだ」


誰もすぐには言葉を返せない。


最初に口を開いたのは、ゼノだった。

「……いい」


セラフィナが手帳を閉じる。


オルフェンも、笑みを消したまま黙っている。


イグニスは二人を見ない。


「詩も曲も、俺がやる」

静かに断言する。


「一人で足りる」


〈コメント:言い切った〉

〈コメント:容赦ねえ〉

〈コメント:でも、今のは強い〉


ゼノはしばらく考えた。


場は冷えている。

だが、判断は単純だった。


いいものを選ぶ。

今必要なのは、それだけだ。


ゼノはセラフィナとオルフェンを見る。


「すみません」


二人とも顔を上げる。


「二人の力は本物だと思います。

でも、今のミラベルに必要なのは、たぶんあっちです」


イグニスを見た。


「今回は見送らせてください」


沈黙。


オルフェンが先に息を吐いた。

「……馬鹿にしてるのか。俺たちは、詩と楽曲だけで生きてる」


セラフィナも睨んでくる。

「こんな侮辱を受けたのは初めてです」


怒りを抑え、体が震えている。


「侮辱するつもりはありません。ミラベルはこれからの音楽を変える。そのための判断です」

ゼノは静かに言う。


イグニスは何も言わない。


オルフェンが肩を張る。

「俺たちには新しい音楽は作れないと?」


「今後は分かりませんが、今の状況ではそうです」

ゼノは静かに言った。


歌舞殿の空気が、ぴんと張る。


セラフィナの指先が、閉じた手帳の端を強く握りしめた。

白い指の節が、うっすらと浮く。


「……なるほど」

声は震えていた。


「聞く前に判断されたわけではない。聞いた上で、切り捨てると」


ゼノは答える。

「はい」


短く、はっきりと。


それが余計に、痛かった。


オルフェンが低く笑った。

だが、その笑いに明るさはない。

「ずいぶんだな」


彼は一歩前へ出る。


「俺たちは、遊びでここまで来たわけじゃない。

王都で名前を売って、客を掴んで、歌い手を見て、何度も歌を当ててきた」


視線が鋭くなる。


「詩も、曲も、それだけで食ってきたんだ」


セラフィナも続けた。

「言葉を書く人間にとって、否定されること自体は珍しくありません」


そこで一度、息を止める。


「でも、今のは違う」


彼女はイグニスを見た。


「最初から、こちらの言葉を最後まで聞く気もなかった」


イグニスは椅子に座ったまま、淡々としている。

「聞く必要がなかった」


その一言で、ミルファが息を呑んだ。

リーシャも肩を縮める。


セラフィナの目が、はっきりと怒りを帯びる。

「……そう」


オルフェンの口元から、完全に笑みが消えた。

「天才ってのは、そういう顔をするよな」


皮肉だった。


だがイグニスはまるで刺さらない。

「事実だ」


ナディアが腕を組んだまま、小さく眉を動かす。

ダリオも黙っていたが、さすがに少しだけ顔をしかめた。


ゼノはその空気を見て、静かに口を開く。


「二人とも」


セラフィナとオルフェンが、同時にゼノを見る。


「今回の判断は、あなたたちを軽んじたものではありません」


オルフェンが吐き捨てるように言う。


「でも、切るんだろ」


「切ります」

ゼノは迷わず答えた。


「今のミラベルに必要なものを選びます」


セラフィナが笑った。


それは怒りを押し込めた、薄い笑みだった。


「……徹底しているのね」


「半端なことはしたくないので」


ゼノは視線を逸らさない。


歌舞殿の中に、重い沈黙が落ちる。


ミュラも、さっきまでの軽い空気ではいられなかった。

尻尾の動きが止まっている。


エレナは胸の前で手を握りしめた。

苦しい。

でも、ゼノが間違っていないことも分かってしまう。

あの音を聞いてしまったからだ。


セラフィナが、手帳を抱え直す。


「分かりました」


声は震えていなかった。

むしろ、妙に落ち着いていた。


「こちらから、もう言うことはありません」


だが、その落ち着き方が、かえって悔しさを滲ませる。


オルフェンがゼノを見た。

「ひとつだけ覚えておいてくれ」


「何を?」


「俺たちは、潰れたわけじゃない」

真っ直ぐな声だった。


「今回、お前が選ばなかっただけだ」


ゼノは小さく頷く。

「はい」


オルフェンが続ける。

「次にどこかで会った時、後悔させるくらいの歌を、こっちは別の舞台で作る」


その言葉には、負け惜しみ以上の熱があった。


セラフィナも、静かに言った。

「言葉は、人を救うだけじゃない。

刺しもするし、癒しもする。

あなたがそれを必要とする日が来ても、その時は書かないわ」


ゼノは少しだけ口元を引き締めた。

「その時は、改めて頼みます」


セラフィナの目が、わずかに揺れる。

怒っている。

悔しがっている。

だが同時に、ゼノのこの返しが嫌いではないことも、どこかで分かってしまう。


だから余計に腹が立つ。


オルフェンが踵を返した。

「行こう、セラフィナ」


セラフィナも一礼はしなかった。

ただ、背筋だけは真っ直ぐだった。


二人はそのまま扉へ向かう。


足音が、歌舞殿に固く響く。


扉の前で、オルフェンが一度だけ止まった。


振り返らないまま言う。


「そこの鍵盤弾き」


イグニスが、ようやくそちらを見る。

「なんだ」


「次に会う時は、負けない」


 イグニスは一拍置いてから答えた。


「なら、次は最初から全部聞く」

それが返事だった。


オルフェンは鼻で笑う。

「上等だ」


セラフィナも小さく吐き捨てる。

「本当に、最悪な男」


イグニスは何も言わない。


二人はそのまま歌舞殿を出ていった。


扉が閉まる。


重い音が、場を切った。


 《視聴者数:272,961》


〈コメント:うわああ空気重い〉

〈コメント:普通に怒るよなこれ〉

〈コメント:でも去り方はかっこいい〉

〈コメント:オルフェンとセラフィナ、また出てきそう〉


《神コメント:燃えたな》

《神コメント:これは因縁になる》

《神コメント:嫌いじゃない別れ方だ》


エレナがようやく息を吐いた。

「……すごかったですね」


ナディアが肩をすくめる。

「修羅場だったな」


ダリオが低く言う。

「でも、あれで終わる二人じゃない」


リュシエルも静かに頷いた。

「ええ」


イグニスは鍵盤に指を置いたまま、まるで何事もなかったように言った。


「で、次は?」


その一言に、ミュラが思わず吹き出す。

「ほんとに空気読まないにゃ!」


だがゼノは、小さく笑っていた。


悪い別れ方じゃない。


悔しさを持って帰った者は、また強くなる。

そして強くなった者は、いつかまた舞台に戻ってくる。


それは敵じゃない。

物語の続きを作る相手だ。


ゼノはイグニスを見る。


「次は、あなたの歌をミラベルに落とし込む」


イグニスの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「いい」


歌舞殿の空気は、まだ揺れていた。


 新しい音が入る時、何も起こらないわけがない。


だが――


それでいい。


ミラベルは、ただ綺麗にまとまるだけの場所じゃない。

音がぶつかり、選ばれ、削られて、強くなる場所だ。



歌は生まれた。

だが同時に、次にぶつかる火種も残った。


――――

次回

 第37話 始まりの歌

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