第32話 太鼓コンビ、加入
落ち着く間もなかった。
歌舞殿の外で、重い車輪の音が止まる。
ギィ……と木が軋む音。
ロイドが振り向いた。
「なんだ?」
次の瞬間。
――ドン。
低い音が響いた。
床が、わずかに震える。
ミルファがびくっと肩を揺らした。
「い、今の何ですか!?」
ダリオが眉を上げる。
「……太鼓だな」
ナディアが口元を吊り上げた。
「おいおい、面白くなってきたじゃねえか」
ゼノが扉を開く。
外には荷馬車。
その荷台に――
巨大な太鼓。
人の胸ほどもある胴。
張り詰めた革。
日に焼けた木の縁。
遠目でも分かる。
ただ大きいだけじゃない。叩き込まれてきた楽器だ。
木目には深い年輪のような筋が走り、革の表面には無数の細かな擦れがある。
何度も叩かれ、何度も運ばれ、何度も舞台に立ってきたのだと、一目で伝わった。
そして、その横には少し小さな太鼓。
荷台の横から、男が顔を出した。
筋肉質の腕。
日に焼けた顔。
背は高くないが、全身に無駄がない。体そのものが道具みたいに締まっている。
「音楽団の募集を見た」
低い声で言う。
「大太鼓だ」
その時。
荷台の反対側から、もう一人が顔を出す。
こちらは細身の男だった。
目つきが鋭く、身のこなしが軽い。
立っているだけで、いつでも動ける感じがある。
「小太鼓担当」
軽く手を上げる。
「二人組だ」
ミュラの尻尾がぴんと立った。
「二人!?」
ミルファが目を輝かせる。
「太鼓って二人なんですか!?」
ダリオが腕を組んだ。
「大太鼓は低音。
小太鼓はリズムだな」
ナディアがニヤッと笑う。
「つまり、舞台が騒がしくなる」
細身の男が肩をすくめた。
「騒がしく、じゃない」
ばちをくるっと回す。
「盛り上げる」
その言い方に、ゼノは小さく目を細めた。
悪くない。
自分の音を分かっている言い方だ。
そして、小太鼓を軽く構えた。
――タンタタン。
乾いた音。
次の瞬間。
大男がばちを振り下ろす。
――ドン。
低音が響く。
歌舞殿の空気が震えた。
ミルファが思わず声を上げる。
「すごい!」
リーシャが胸を押さえる。
「……体に響きます」
リィナも小さく頷いた。
「空気が揺れますね」
ダリオが低く言う。
「しかし、持ち込むとは思わなかったな」
ゼノは二人を見る。
「名前は?」
大男が答えた。
「ボルグ」
細身の男が続く。
「カイルス」
小太鼓を軽く叩く。
――タンタタタン。
「コンビだ」
ゼノは少しだけ笑った。
荷台の太鼓を見上げる。
大きい。
だが、それだけじゃない。
革の張り。
胴の木目。
ばちの当たる位置に残った細かな傷。
音を知っている楽器の顔だった。
「試すか?」
ゼノは少しだけ口元を上げる。
「もちろん」
そう言って、二人は太鼓を歌舞殿の舞台へ運ぶ。
ボルグは無駄な力を入れず、太鼓を抱える。
カイルスは軽い足取りで小太鼓を運び、舞台の中央でくるりと回って位置を決めた。
その動きだけで、エレナは小さく息を呑んだ。
舞台慣れしている。
客の前で音を出すことを、体で知っている動きだ。
ナディアも同じことを感じたらしい。
腕を組んだまま、少しだけ口角を上げる。
「場数、踏んでるな」
ダリオが小さく言った。
「それも、かなり」
ボルグとカイルスは、ばちを持った。
二人が目を合わせる。
言葉はない。
だが、次の瞬間。
――タン。
小太鼓。
乾いた音が歌舞殿に跳ねた。
すぐに。
――ドン。
大太鼓。
腹の奥に響く低音。
床が、わずかに震える。
ミルファが思わず声を漏らした。
「わっ……!」
小太鼓が続く。
タン、タン、タン。
軽い。
速い。
音が走る。
その隙間を――
ドン。
大太鼓が埋める。
低い。
重い。
空気を押し出すような音。
歌舞殿の空気が揺れた。
リーシャが胸を押さえる。
「……すごい」
小太鼓が刻む。
タンタンタンタン。
リズム。
走る音。
その背骨に。
――ドン。
大太鼓。
舞台が鳴った。
まるで見えない波が客席まで押し寄せたようだった。
リィナが目を細める。
「音が、前へ出ますね」
ダリオが小さく息を吐く。
「……いい」
ナディアが笑う。
「これだ」
ミュラの尻尾がぶんぶん揺れる。
「楽しいにゃ!」
エレナも感じていた。
歌っていないのに、体の内側が熱くなる。
これが背に入れば、きっと今までよりもっと遠くまで届く。
ミルファはもう、じっとしていられない顔だ。
「これで歌ったら絶対すごいです!」
カイルスが片口を上げる。
「だったら、仲間に入れてみろ」
軽い言い方だったが、自信は本物だった。
ボルグは無駄口を叩かない。
その代わり、一撃一撃が確かだった。
ゼノはそこも気に入った。
派手さと土台。
見せる人間と支える人間。
二人で一つになっている。
これは舞台で強い。
最後に。
二人が同時にばちを振り下ろす。
――ドン!
音が、歌舞殿いっぱいに広がった。
静寂。
ほんの一瞬の沈黙。
それから。
ゼノがゆっくり頷く。
「……いいですね」
《視聴者数:302,441》
〈コメント:太鼓コンビきた〉
〈コメント:ライブ感出るな〉
〈コメント:絶対盛り上がる〉
《神コメント:良い低音だ》
《神コメント:舞台が強くなる》
《神コメント:楽団っぽくなってきた》
その時。
ゼノの視界の端で、淡い光が弾けた。
《システム通知》
《投げ加護を受信》
《加護:リズム同期補助》
《効果:演奏同期率 微上昇》
ゼノは口元を上げる。
『今日もお気に召したか』
《神コメント:これは投げる》
《神コメント:太鼓は良い》
《神コメント:舞台が盛り上がる》
ゼノは肩をすくめた。
『お前ら、本当に好きだな』
弦。
笛。
そして――太鼓。
音が、揃い始めている。
後は――
「やはり鍵盤奏者と詩人、楽師は、募集だけでは難しいか」
ゼノがぽつりと呟いた。
その時だった。
「あの」
静かな声がした。
視線が向く。
笛を持ったまま、リュシエルが少しだけ手を上げていた。
「僕の前の楽団仲間に、鍵盤奏者がいます」
エレナがぱっと振り向く。
「鍵盤奏者!?」
リュシエルは頷く。
「腕は確かです」
少し間を置く。
「詩人と楽師とも付き合いがあります。
声をかければ、来てくれるかもしれません」
ナディアがニヤリと笑った。
「おいおい、全部まとめて連れてくる気か?」
リュシエルは小さく肩をすくめる。
「気分次第ですね」
ダリオがくくっと笑う。
「音楽家は大体そんなもんだ」
ミュラが嬉しそうに身を乗り出す。
「じゃあ、鍵盤もすぐ来るにゃ?」
リュシエルは少し考えるように空を見た。
「すぐ、とは言えません」
「でも、来る可能性は高いです」
リィナが静かに言う。
「あなたがそう言うなら、きっと信頼できる方なのでしょうね」
リュシエルは少しだけ目を細めた。
「少なくとも、音は信頼できます」
ゼノは少しだけ考える。
鍵盤。
詩。
曲。
それが揃えば――
ミラベルの舞台は、一段上に行く。
ゼノは頷いた。
「お願いします」
リュシエルは軽く頭を下げる。
「分かりました」
それから少しだけ空を見た。
「ただ……」
エレナが首を傾げる。
「ただ?」
リュシエルは苦笑した。
「ちょっと変わり者です」
ダリオが笑う。
「芸人は大体そうだ」
ナディアがすぐに乗る。
「まともな音楽家なんて見たことねえな」
ミルファが困ったように笑う。
「それ、褒めてます?」
ゼノは肩をすくめた。
「腕があるなら問題ありません」
《神コメント:鍵盤くるか》
《神コメント:これは楽しみ》
《神コメント:楽団が完成するな》
ゼノは天井を見上げる。
(また面白いのが来そうだ)
ミラベルの音は、まだ増える。
弦。
笛。
太鼓。
そして――鍵盤。
舞台は、まだ広がる。
――
ゼノは歌舞殿を出た。
村の夕暮れはまだ賑やかだ。
温泉郷の灯りと、人の笑い声。
そして――
まだ公園で遊ぶ子供たち。
そろそろ、この村も
次の段階が必要になってきている。
〈コメント:フラグきた〉
〈コメント:絶対あれだぜ〉
〈コメント:その話のった〉
――――
次回
第33話 エレナの母と、新しい学校




