第3話 「神ミッション発生――家を建てろ」
村は穏やかさを取り戻し、人々が恐る恐る外に出てくる。
やがて誰かが叫んだ。
「本当に倒したの……!?」
その声をきっかけに、空気が弾けた。
歓声が広がる。
子どもたちが駆け出す。
大人たちが口々に俺を見る。
退治した猪の魔獣は長老の家まで運ばれ、
明日、その肉で俺の歓迎会をしてくれることになった。
(歓迎会って……俺、昨日来たばっかだぞ)
帰り道、ガルドがお礼も兼ねて、夕食に誘ってくれた。
奥さんのミレイさん、娘のカナンちゃんの3人暮らしで、ガルドも一度は街に出たが、男手の少ないこの村に戻り、今は農業で生計を立てているらしい。
テーブルに並んだ料理を見て、俺は言葉を失った。
湯気の立つスープ。
焼いた野菜。
香ばしいパン。
乾パンしか口にしていなかった胃袋が、一口目で降参する。
「……うまい」
思わず素が漏れた。
「ミレイさん。これ、反則です。心が……戻ってくる」
ミレイは柔らかく笑った。
〈コメント:波乱こい〉
〈コメント:そこで未亡人ルート〉
〈コメント:やれ〉
(この村、平和なのに視聴者が治安悪いな)
カナンが箸を握りしめたまま、俺を見上げる。
「おにいちゃん、つよいの?」
「強いっていうか……今日の俺は、運が良かっただけだよ」
――運。
そう言うと、画面が一瞬だけチラついた。
〈コメント:運(投げ加護)〉
〈コメント:自覚しろw〉
――
小屋に戻り、水を飲もうと水袋を手にすると、もう殆ど残っていなかった。
(ガルドの家で貰えばよかった……)
ふと、思いつく。
(……水、増えろ)
冗談半分で手を当てる。
水袋が、わずかに震えた。
次の瞬間――
内側から膨らむように、水が満ちていく。
「……は?」
無詠唱。
だが、この時の俺はそれが異常だとは知らない。
〈コメント:水だけで驚いてる〜爆笑〉
〈コメント:初心者すぎて、ウケる〉
(バカにされてるな……)
でも、少しだけ口角が上がった。
――
次の朝、長老の家に行くと、今はブラッドボアを捌くのが忙しいので、歓迎会の時に、話をしようとなり、ガルドの畑に向かった。
ガルドは収穫後の畑を耕していた。
「おはようございます。ガルドさん、何かお手伝いする事はありますか?」
「助かるよ。悪いが隣の畑をこの鍬で耕してくれないか」
「分かりました」
隣、というが、かなり広い。
鍬を振るう。
鍬は、想像以上に重かった。
土は、想像以上に固かった。
(まぢか……俺、こういう“地道”に弱い)
〈コメント:顔が死んでるw〉
〈コメント:ホストなのに土まみれ〉
『……うるせぇ。見てろ』
口に出した瞬間、空気が変わった。
柔らかな光が降りてくる。
危険じゃない。むしろ――“歓迎”だ。
《汝に加護を与える》
《生活魔法の加護を付与しました》
《創造補助を解放しました》
《魔力効率が上昇しました》
熱が、胸の奥に灯る。
(なるほど。“演出”が必要って、こういう事か)
俺は息を整える。
わざと、少しだけ間を取る。
空を見上げて、肩をすくめた。
(ただ耕すだけじゃ、つまらない)
(見せるなら、一発で分からせる)
畑は、力任せに掘る場所じゃない。
均す場所だ。
流れを揃える場所だ。
(だったら――生活魔法向きだ)
『――じゃあ、リクエストは?』
〈コメント:出たw〉
〈コメント:客扱いw〉
〈視聴者:174》
『はいはい。派手なのが好き、と』
俺は両手を地面に置いた。
柔らかい土。
ほぐれる感触。
畝が一直線に並ぶイメージ。
次の瞬間、土が波みたいに“整列”した。
畑が、勝手に息を吸って吐くみたいに耕されていく。
「……うそだろ」
ガルドが固まる。
「ゼノが……したのか?」
「した。“させた”って感じですが」
――
長老の家の近くの広場に、机と椅子が並べられ、
村の女性達が、ゼノの歓迎会の準備をしていた。
辿り着く前から、良い匂いが漂い、
湯気の立つ料理が次々と並べられていく。
焼いたブラッドボアの肉に香草のスープ。
干し肉ばかりだった村人達は、久しぶりのご馳走に喜んでいる。
その時――
長老とガルドが、両腕で抱えるほどの大きな木樽を運んできた。
「……酒ですか?」
長老は穏やかに頷いた。
「この村で仕込んだ果実酒じゃ。歓迎の席にはこれが一番ふさわしい」
栓が抜かれると同時に、甘く深い香りが広場に広がった。
村人達がどよめく。
「ああ、この匂い……!」
「やっぱりたまらないわ」
「前に飲んだの、いつだったかしら……」
ゼノがカップを受け取りながら尋ねる。
「村で、お酒を作っているんですか?」
長老は静かに答えた。
「今は細々と、だがな」
ガルドが苦笑する。
「俺が子供の頃は、山に果実が溢れるほどなってたんだ。仕込んでも仕込んでも追いつかないくらいにな」
女性の一人が続ける。
「収穫の季節は村中が甘い匂いでいっぱいだったのよ」
長老の表情がわずかに曇る。
「……だが魔獣が山に入り込んできての。果実を食い荒らされ、木も倒され、収穫は十分の一以下になってしまった」
ゼノは眉をひそめた。
「酷い……」
「だが、王宮にだけは、今も納めておる。」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
《コメント:伏線》
「今も?」
「今は量はわずかだが、『この酒だけは絶やすな』と、王宮にだけ出荷しているんじゃ」
村人の一人が少し誇らしげに言う。
「祝いの席には欠かせないらしいのよ」
ガルドが肩をすくめた。
「だから他に回す分がほとんど無い。俺達ですら滅多に飲めないんだ」
長老は樽に手を置いた。
この一本も、本来なら王宮に納めるはずの酒だったが……今日は特別じゃ。村を救ってくれた礼だからな」
ゼノは一口飲む。
濃い果実の甘み。澄んだ後味。
思わず息が漏れた。
(……うまい)
(……これは売れる)
ただの酒じゃない。
村の誇りで、
王宮に届いていて、
しかも今は量が少ない。
(値段じゃないな)
(“物語ごと”売れる)
〈コメント:王宮案件きた〉
〈コメント:これ絶対伏線〉
――
村長が、捌いた魔獣の皮をゼノの物だと、渡してくれた。街で売れば少しくらいの金になるらしい。
久しぶりの酒を味わいながら、ガルドは、今日畑で起きた出来事を村長に話した。
どこも男手がいないので、仕事になるかもしれないと、集まっている村人に、話してくれ、
隣村にも宣伝してくれると言ってくれた。
〈コメント:よっ耕し屋〉
〈コメント:仕事ゲットしたぞ〉
〈生活魔法の適性が微増〉
(悪くない流れだ)
気づいたのだが、この村の女や子どもは、妙に顔立ちが整っていた。
痩せた土地のはずなのに、
人の目だけは、不思議と死んでいない。
〈コメント:きたーハーレム〉
〈コメント:女たらし希望www〉
(おいおい……)
――
その夜、俺は整理した。
時々現れるガラスのように透き通った画面と、脳裏に浮かぶ文字。
《視聴者》
《コメント》
《投げ加護》
(完全に“配信”だよな、これ)
〈コメント:バレてるwww〉
「という事は、面白くすればいいのか?」
言ってから、少し考える。
「と言っても、金も無いし……仕事からかよ……」
――
村長が隣村にも声をかけてくれたおかげで、調子良く仕事の依頼が来た。
金銭だけでなく、食事をご馳走してくれたり、「お腹が空いたらいつでも、いらっしゃい」と村中の女性から声を掛けられた。
〈コメント:ハーレム希望〉
〈コメント:ヒロイン欲しい〉
(お前らは黙ってろ)
――
その夜。
横になった瞬間、視界が“固定”された。
逃げられない。
瞼を閉じても、文字が焼き付いてくる。
《神A:5000加護》
《期間限定ミッション発生》
《【3日以内に家を建てよ】》
《報酬:結界魔法》
《未達成:加護の一部剥奪》
『……いや、無理だろ』
そう言った瞬間。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
呼吸が、一瞬だけ浅くなる。
――さっきまで当たり前に巡っていた“熱”が、少しだけ引いた。
(……え? 今……持ってかけた?)
〈コメント:今の剥奪“予告”だな〉
〈コメント:脅し効いてて草〉
〈コメント:逃げたら終わるぞ〉
《視聴者:751》
(お前ら、盛り上がり方が最悪の文化祭なんだよ……)
俺は天井を見たまま、笑うしかなかった。
『……分かったよ。建てりゃいいんだろ』
笑って返したが、胸の奥は妙に静かだった。
追放された初日に、
村に拾われ、
仕事をもらい、
今度は神に家を建てろと言われる。
(上等だ)
(どうせやるなら、“ただの家”じゃ終わらせない)
〈コメント:よし〉
〈コメント:始まった〉
――
次の朝。
(家か……)
『とりあえず、屋根と壁があれば家だよな?』
〈コメント:適当すぎ〉
〈コメント:でた雑設計〉
――
ゼノはまだ気づいていない。
この家づくりが――
神々の間で“伝説の配信”と呼ばれることになるとは。
――――
次回
第4話 酒樽一つで家を建てたら、神々が祭りになった




