第2話 同接66人、生活魔法で初討伐しました
王都外縁で降ろされるまでの間、俺は御者からこの世界の事情を聞いた。
ルミナリア王国と、敵対するヴァルガルド王国。
最近は国境がきな臭く、万が一に備えて「王国直属特務騎士団」が人を募っている――そういう話だった。
(だから俺も試験に放り込まれた、ってわけか)
「落ちて良かったよ」
「ああー見渡す限り、草しかないし、
俺、ふかふかのソファーじゃないと座りたくないんだよ」
馬車から降りて、まだ2時間も経っていないが、
転生1日目。疲れもあり、仕方なく腰を下ろす。
「意外とふかふかじゃん」
草原。
風。
遠くに見える、低い山並み。
前世では行く事もなかったような場所。
魔物の咆哮も、荒廃した大地もない。
少なくとも、「即死ゾーン」ではなさそうだ。
「……さて」
案内してくれた女性から、預かった袋の中身を確認した。
袋の中身を地面に並べる。
銀貨が――七枚。
乾パンが――三日分。
水袋が――一つ。
「まぢか。詰んだ」
銀貨一枚の価値は、さっきの御者の会話からだいたい聞いている。
宿一泊が一枚前後。つまり、一週間持たない。
「そりゃそうだよな。誰が追放者に大金くれるんだよ」
吐き捨てて、ため息。
けれど、これでも「何も無しで放り出される」よりはマシだ。
「ふうー、くそ!今日は野宿かよ」
暗くなる前に、寝る場所を決めなければ、
暗闇の中、闇雲に歩くのは危険だ。
それ以前に、これ以上歩く事が出来ない。
(夜が得意だったんだけどな……)
「ホテルのベッドに横になりて〜」
取り敢えず、寝る場所は決まった。
が、まだ寝るには早すぎる。
座り込んだまま、周りを見渡す。
所々に今座っている草が生えている。
その草だけを集めて、マットレス、とまではいかないが、布団位までは集める事が出来た。
「ホテルのベッドに引けを取らないじゃん」
また空中に、ガラスのように透き通った画面が、弾けるように現れた。
《視聴者:26》
《コメント:セラフィアグラスだぜー。コイツもってる》
(だからなんだよそれ。もっと良いもん出してくれよ)
文字が消えるのと同時に、眠っていた。
翌朝、目が覚めると、昨日の疲れは全くなく。
それ以上に体が軽い。
「やっぱ若いって良いよなぁ。疲れが残らないじゃん」
《コメント:ばーか、セラフィアグラスの効果だよ》
間髪入れずに文字が出た。
「……お前ら、俺の独り言にツッコむの早すぎない?」
さらに追記が浮かぶ。
《セラフィアグラス:疲労回復/微量魔力回復/神獣の巣になりやすい》
「最後、物騒じゃね?」
(神獣が巣を作る布団とか、怖くて敷けねぇよ)
とはいえ、寝心地は本物だった。
「さあー、乾パンが尽きる前に、食べ物だけでも買える所に行かないとな」
また野宿する事を考えて、セラフィアグラスの敷き布団を、クルクルと巻いて左腕に挟んだ。
昨日とは違い、体も軽く、荷物が増えたが軽やかに道を進んだ。
野宿した場所から半日程歩くと、いくつか煙が見えた。
間違いなく、生活の気配がある。
――
煙の上がる方へ歩いていくと、小さな集落が見えた。
家は十数軒。
柵も見張りもない。
地味だが、静かで穏やかな良い村だ。
少し歩くと、畑で鍬を持って作業している、第一村人発見。
(おばあちゃんでも良いから、女が良かったぜ……)
俺は咳払いして声をかけた。
「すみません。少しお尋ねしたいのですが……」
男――ガルドは俺をじっと見た。
値踏みだ。
この目、前世で何千回も見た。
「どうした?旅人か?」
「追放されてきました」
少しだけ大袈裟に言う。
嘘ではない。必要な情報を一撃で通す言い方だ。
「……そうか」
ガルドは短く頷いた。
「最近は珍しくもない」
(珍しくないのかよ)
それはそれで世知辛い世界だ。
「仕事を探している。金も、寝る場所もない」
言い切る。
飾ると、弱さに見える。
ガルドは少し考えてから言った。
「俺はガルドだ。名前は?」
「ゼノ・ルミナークです」
昨日聞いたばかりの名前だったが、不思議と、この名前がしっくりきた。
ガルドは集落の端を指す。
「空き小屋がある。かなり痛んでいるがな。それで良ければ使っていい。仕事は……力仕事くらいしかないぞ」
「ありがとうございます。感謝します」
(力仕事か……した事ないぞ……)
――
案内された小屋は、確かにボロかった。
壁は隙間だらけ。
屋根も一部崩れている。
前世に住んでいた、デザイナーズマンションとは大違い。
だが―
(いつまでも野宿は無理だ)
「後で村の長老を紹介しよう。畑仕事が終わったら迎えに来る」
そう言ってガルドは去っていった。
一人で中を見回す。
湿っぽい土の匂い。
古い木の匂い。
腰掛ける場所もない……
「……取り敢えず、ベッドからだな」
部屋の隅にセラフィアグラスの布団を置き、整えた。
脳裏にまた文字が浮かんだ。
《拠点:廃屋》
《耐久度:低》
「……間違ってないけど、言い方ってもんがあるだろ」
苦笑が漏れた。
――
昼少し過ぎた頃に、ガルドが尋ねてきた。
「長老のとこに行こうか」
「はい」
(その集落を知るなら、まず長老に会え――だな)
小屋から歩いて十分ほど。
一軒一軒の間隔は広く、どの家にも前には畑があった。
その中でも一際大きな家がある。
(あれだろうな)
「長老、いますか?」
ガルドは扉を叩きながら大きな声で言った。
まだ幼さが残る女の子が扉を開けた。
「こんにちは。ガルドさん。おじいちゃんは隣の村の会合に行っていて、昼頃には戻ると言っていたので、
もう帰って来ると思います。」
「こんにちは。エレナ。そういえば、そうだったな。
帰って来るまで、前の椅子で待たせてもらうよ」
「はい。お茶で良いですか?」
「ああ。ありがとう。悪いな」
ガルドは、玄関横の椅子に腰掛け、椅子を軽く叩いて、隣に座るように合図した。
「この一年、行商人がどんどん減っているんだ……
隣村も、うちも人が少ないから、たいした売上にならないだろうから、仕方はないんだけど……」
「街までは遠いんですか?」
「半日以上はかかるんだ。どうしても足りない物は買いに出ているんだが、負担も大きいから、
隣村と交互でいく事に出来ないか、話合いをする事になったんだ」
「物資は生命線ですもんね……」
「ガルドさん、どうぞ」
「ありがとう」
「どうぞ」
エレナがお茶を渡してくれる時に、チラッとゼノに目をやり、目が合う前に視線を外した。
(人見知りか。警戒か。……まあ、両方だな)
「ありがとうございます」
「ガルドさん、ゆっくりしていってください」
ガルドから、村の状況を聞いていると、長老らしき男が帰ってきた。
「長老、おかえりなさい。話はどうでしたか?」
「やあ、ガルド、話は中でしよう」
俺は挨拶もしないまま、後を追って家の中に入った。
「待たせてすまないね。どうしたんだい?」
「魔術省から追放された……」
すぐに立ち上がって。
「はじめまして。ゼノ・ルミナークです。ガルドさんの、小屋に寝かせてもらえる事になって、仕事を探しています。」
「バルトだ。掛けなさい。」
椅子に座り直すと、エレナが新しいお茶を出してくれ、さっきのカップを取り、奥に戻って行った。
「数日で行くのかい?」
「まだ分かりません。ですが、持ち金も少なく、ガルドさんが迷惑でなければ、少し居させてもらいたいと思っています」
俺は正直に答えた。
「こんな小さな村だから、仕事もなく、ほとんどの男達は街に出ている。だから男手は正直助かる。
多くは払えないが、村の手伝いでもするか?」
「はい。ありがとうございます。何でもします」
ガルドと目が合い、互いに軽く頷いた。
「ところで長老。話はどうだったんですか?」
「向こうも負担になっていたらしく、お互い助け合おう、となったよ」
少し話していると、女性が入ってきた。
「ただいま。あら、ガルド、来てたの?」
チラッと俺を見て。
「そちらは?」
すぐに立ち上がり。
「ゼノ・ルミナークです。ガルドさんの小屋に寝かせて貰う事になりました」
女性はサラ。エレナの母親で元王国付きの魔術師の1人だったらしく、
今は村で子供達に勉強を教えているらしい。
「では長老、また」
「ゼノ、明日また家に来なさい」
「ありがとうございます」
そう言って長老の家をあとにした。
ガルドは、畑に戻るというので、
俺はそれまでの間、小屋で休む事にした。
――
小屋に戻ると、急に静けさが押し寄せた。
村は穏やかだ。
だが裏を返せば、刺激がない。
「……生き延びられるのか、俺」
布団に腰を下ろした瞬間、
また、空中にガラスのような画面が現れる。
《視聴者:32》
「増えてる……誰だよ、こんな辺境見てるの」
《コメント:新人にしては上出来》
《コメント:草ベッドw》
《コメント:生活魔法まだ?》
《コメント:投げ加護まだかよ》
「だから何なんだよ、その投げ加護って……」
次の瞬間。
――パリン。
小さな光が砕け、足元に落ちた。
「……え?」
拾い上げる。
透明な欠片のような石。
《加護の欠片を獲得しました》
《生活魔法の適性が微増》
「微増て……ゲームかよ」
だが、不思議と分かった。
頭の奥に、感覚だけが流れ込む。
――整える。
――組む。
――安定させる。
「……試すか」
小屋の隙間だらけの壁に手をかざす。
すると――
周囲に落ちていた藁や小石が、吸い寄せられるように動いた。
隙間を埋め、形を整え、固定される。
まるで最初からそこにあったかのように。
「おお……!」
《コメント:地味w》
《コメント:だが有能》
《コメント:村攻略始まったな》
「うるせぇ」
その時だった。
――ドンッ!!
空気が震えた。
一瞬遅れて、悲鳴。
「誰か来てくれ!!」
ゼノは反射的に、走り出した。
外に出ると、村の空気が変わっていた。
さっきまでの穏やかさが消えている。
畑が見えた瞬間、足が止まる。
黒い塊。
猪のような巨体。
だが、目が赤い。
「……魔物かよ?」
《神Aが入室しました》
《視聴者:36→ 38 → 46》
《コメント:神きたーー》
《コメント:これは推せる》
《コメント:新人ガチャ当たりか?》
《生活魔法:完全固定獲得》
《生活魔法:重量固定獲得》
《生活魔法:圧着固定獲得》
《生活術式:定着》
《コメント:初心者イベントきた》
《コメント:倒せ倒せ》
《コメント:無理だろw》
ガルドが鍬を構えている。
だが分かる。
勝てない。
「ゼノ!来るな!」
ガルドの鍬が弾かれて、土に転がった。
魔物の牙が、ガルドの肩口を狙う。
魔物が地面を蹴った。
速い。
重い。
一直線。
(やばい)
逃げろ――
そう思ったのに、体が動かない。
その瞬間、頭に浮かぶ。
さっきの感覚。
――整える。
――固定する。
ゼノは咄嗟に地面へ手を向けた。
「止まれ!!」
土が盛り上がる。
草が絡む。
魔物の足が――沈んだ。
《コメント:固定!?》
《コメント:生活魔法の使い方じゃねぇ》
「固定」
次の瞬間。
地面が石のように硬化した。
魔物がもがく。
動けない。
だが、固定だけでは足止めだ。
赤い目がこちらを向く。
唸り声。
(止めただけじゃ終わらない)
ゼノは地面に手を押しつけた。
「重量固定」
地面が沈む。
魔物の巨体が、さらに深く沈み込む。
《コメント:え、重力いじった?》
《コメント:生活魔法って何だよ》
「まだだ」
両手を地面へ。
「圧着固定」
土と石が、魔物の脚に絡みつく。
絡み、締まり、食い込む。
骨が軋む音。
魔物が咆哮する。
(暴れろ。暴れるほど沈む)
「定着」
最後の一言で、地面が石のように硬化した。
ブラッドボアの下半身は、完全に地中へ埋まった。
動けない。
だが、まだ生きている。
牙を振り上げ、前脚を叩きつける。
ゼノは一歩近づいた。
(ホストはな、客の目を逸らさない)
赤い目を、真正面から見返す。
「固定」
今度は首元。
土が跳ね、石が浮き、
魔物の顎を下から締め上げた。
牙が閉じる。
動かない。
「終わりだ」
ゼノは両手を重ねる。
「重量固定」
圧力が加わる。
地面が沈み、
巨体が音もなく押し潰されていく。
ゴキリ。
鈍い音が響いた。
数秒後――
動かなくなる。
静寂。
《コメント:やった》
《コメント:え、生活魔法つよ》
《コメント:新人当たりだろ》
《コメント:生活魔法で討伐は反則だろ》
ガルドは鍬を握ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
「……一人で……」
ゼノは息を吐く。
膝が震える。
だが、立つ。
《視聴者:66》
「増えすぎだろ」
空を見上げる。
「……払えよ」
《投げ加護を受信しました》
《生活魔法:耐久付与(軽)獲得》
ゼノの口角が上がる。
(悪くない)
――
ゼノはまだ気づいていない。
この瞬間。
ただの追放者ではなくなった。
天空ではすでに——
「見つけた」
神の一柱が、そう呟いていた。
――――
次回
第3話 「神ミッション発生――家を建てろ」




