第4話 酒樽一つで家を建てたら、神々が祭りになった
ゼノは長老の家の扉を叩いた。
「長老。いますか?」
「どうした。ゼノ」
(小屋を直すだけじゃ足りない)
(見せるなら、一発で“違う”と思わせる方がいい)
「使っていない大きな樽を譲ってください」
「樽?……何に使う」
ゼノは迷わず言った。
「家を作ろうと思っています」
「家じゃと!?」
長老の口が、大きく開いた。
(前世なら、ここで入れ歯が飛ぶやつだ)
〈コメント:酒樽www〉
〈コメント:発想が蛮族〉
〈コメント:屋根あれば家理論きた〉
《神B、神Cが入室しました》
《視聴者数:2,980》
〈コメント:伝説の匂いがする〉
長老はゼノをじっと見つめ――
ふっと笑った。
「……面白いことをしそうな顔をしておる。よかろう、金はいらん。持っていけ」
「ありがとうございます。見たことない家にします」
なぜか長老は嬉しそうだった。
――
森の手前に、今は使われていない酒造所があった。
扉は半分外れかけ、押すとギィ、と鈍い音を立てる。
中に入った瞬間、古い木とわずかに残った酒の匂いが鼻をかすめた。
「……でかっ」
思わず声が漏れる。
天井の梁の下に、怪物のような大きな木樽がいくつも並んでいた。
(いやこれ、どうやって運ぶんだよ……)
横で長老も腕を組んだまま黙っている。
どう考えても、俺と長老の二人で外に出せる重さじゃない。
ゼノは、すぐに魔法を使わなかった。
樽を見上げ、わざと困った顔を作ってみせる。
〈コメント:詰んだ?〉
〈コメント:ここでチートだろ〉
〈コメント:来い来い〉
(ほら、そこで詰まると思うだろ)
(だから、次が映える)
ゼノはあっさり諦めたふりをして、荷運び屋のロイドの顔を思い浮かべた。
「長老、ロイドさんに馬を借りようと思います。人の手だけじゃ無理です」
「うむ……それがよかろう」
とはいえ、運び出すだけでも危険だ。
樽が倒れでもしたら、洒落にならない。
畑仕事の途中だったガルドにも声をかけ、三人がかりで運び出すことになった。
「しかしゼノ、お前こんな大樽で何をする気だ?」
「家にします」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
ガルドとロイドは、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
そんな二人を見て、長老はまた嬉しそうに笑った。
〈コメント:酒樽ハウス爆誕〉
〈コメント:建築士ゼノ〉
〈コメント:どうせチート建築〉
――
《神D、神E、神Fが入室しました》
《視聴者数:4,226》
……跳ね上がった。
〈コメント:増え方おかしいだろ〉
〈コメント:祭りだ!!〉
〈コメント:神呼んだなコイツ〉
〈古参神:だから言ったろ。コイツは伸びるって〉
《上級神が入室しました》
《視聴者数:5,107》
〈コメント:空気変わった〉
〈コメント:やばいやつ来た〉
〈コメント:古参神が黙ったぞ〉
(……VIP席の入場か)
ゼノは内心でそう思ったが、
神だろうが上級神だろうが、“見てる客”であることに違いはない。
――
ロイドが馬を止めた。
「ここに置くのか?」
酒造所の横には、草のまばらな広場があった。
昔、樽の積み下ろしに使っていた場所らしい。
酒造所の横より、明らかに開けている。
「今後を考えるなら、ここです」
「今後?」
ガルドが眉を上げる。
ゼノは、そこでまた一拍置く。
(焦らすと、勝手に想像してくれる)
「樽、まだ沢山ありましたよね」
二人が同時に黙る。
長老だけが、ゆっくり笑った。
「……なるほどの」
――
三人がかりで縄を外し、樽を転がす。
ゴロン。
地面が鈍く揺れた。
近くにいた子供が歓声を上げる。
「でっか!!」
「家より大きいじゃん!」
(いや、それは盛りすぎ)
ゼノは樽に触れた。
瞬間、視界が二重になった。
《創造補助:暴走注意》
地面が、わずかに波打つ。
ロイドが叫んだ。
「おい、地面が!」
(……やば、出力高すぎる?)
(見てる数が多い)
(加護が重い。押し込めば、そのまま暴走する)
だったら、抑える。
動かすんじゃない。
流す。
――建てるのは、力じゃない。
順番だ。
崩さず、通す。
一瞬で理解する。
今の俺は、“神が見ている状態”だ。
加護が通常より重い。
このまま出せば、酒造所ごと吹き飛ぶ。
ゼノは深く息を吸った。
(見せるのは派手さじゃない)
「……調律」
地面の揺れが止まる。
樽の下だけが静かに沈む。
〈コメント:制御した!?〉
《上級神:ほう》
ゼノは樽に手を当てる。
「固定」
次の瞬間——
ズン。
重い音と共に、樽が地面に沈んだ。
ロイドが目を見開く。
「……おい、今、地面まで固めたか?」
「え?」
足元を見る。
樽の周囲だけ、石のように変質していた。
(……ここまで出来るのか?)
〈コメント:基礎工事まで魔法ww〉
〈コメント:建築チート〉
⸻
「まずは入口だな」
木に触れる。
すると——
樽の表面が水面のように揺れた。
次の瞬間。
木が自ら裂ける。
滑らかな円形の扉が現れた。
「樽が口開けた!!」
(ちょっと俺もそう思った)
〈コメント:食われるぞw〉
(客席、ノリがいいな)
――
中へ入る。
一歩。二歩。
……十歩。
振り返る。
入口が、豆粒みたいに遠い。
(いや待て。樽の外径、こんなもんじゃないだろ)
(……神、盛ったな?)
ロイドが外から覗き込み、
「……え、奥行きどうなってる?」
〈コメント:出た異空間〉
〈コメント:神が好きなやつ〉
ゼノは考えるのをやめた。
(便利なら正義だ)
――
床をイメージする。
板が伸びる。
棚を思う。
木が曲がる。
ベッドを想像する。
――完成。
ロイドが呟いた。
「……これ、本当に酒樽か?」
長老が笑う。
「いや。もう家じゃな」
――
《神Gが入室しました》
《神Hが入室しました》
《視聴者数:9,884》
跳ね上がる。
〈コメント:都市開発配信きた〉
ゼノは内心で、少しだけ肩を竦めた。
(見物料、払ってくれよな。……そのうち)
まだ口には出さない。
だが、確かに分かった。
見ているだけの客は、もう客じゃない。
熱を持った時点で――価値になる。
(使える)
その芽は、もう出ていた。
――
長老が静かに聞いた。
「なぜ酒造所の横ではなく、ここに置いた」
ゼノは少し考えた。
「……並べたら、面白そうだなって」
長老がまた笑う。
ガルドが言う。
「まさかとは思うが……」
ロイドが続けた。
「町にでもする気か?」
ゼノは少し考えて。
小さく笑った。
「人が来る場所には、なりますよ」
その瞬間。
頭の奥に声が響いた。
《期間限定ミッション更新》
《【樽の家を三日以内に三棟建てよ】》
《報酬:領域結界》
《未達成の場合、加護を剥奪します》
《神A:15,000加護》
《視聴者数:10,325》
ゼノは空を見上げる。
「三棟……?」
酒造所の扉は開いたままだ。
暗闇の中、巨大な樽が並んでいる。
まるで……
次は俺だ、と言っているように。
天空では、既に地図が書き換えられていた。
辺境の小村。
その一角に、赤い印が灯る。
――観測指定地。
神々の視線が、収束する。
ある神が言った。
「……これは、都市になる」
別の神が笑う。
「いや。信仰の拠点だ」
ゼノはまだ知らない。
家を一つ建てただけで、
“神の経済圏”を生み始めたことを。
――――
次回
第5 話神ですら未来が見えない男




