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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第28話 詠唱は、弱点じゃない

 街から戻った頃には、陽は傾き始めていた。


「どうする?工場に行くか?」

 

「いいえ。今日は皆んな帰っているので、明日から始めます」


「分かった」


魔石の包と、鈴の入った木箱を持って、家に入った。

 

《視聴者数:217,904》


〈コメント:なんだ作らないのか〉

〈コメント:どんな奴らがくるんだ〉

〈コメント:作れるのか?〉

 

(そう……問題は魔術)


ゼノが作るのは簡単。

でも任せれる奴がいなければ、回らない。


〈もし、出来なかったら、当分は俺が作るしかないよな〉


――次の朝


 買ったばかりの魔石と、鈴の箱を持って、工場へと向かった。


 元ガルドの物置き小屋――


かつて農具置き場だったそこは、今は別の顔をしていた。


床は掃き清められ、作業台が二列に並ぶ。


窓際には木箱。


壁には札を干す紐。


まだ未完成だが、確かに“工場”だった。


中に入ると、

緊張した面持ちの若者三人と、

落ち着いた女性が一人。


そして――


一人、壁にもたれかかっている男。


黒髪。

無精髭。

視線はどこか遠い。


鍛冶屋アルノフの息子、マギウス。

かつてギルドに所属していた魔術師。


パーティーは壊滅。


仲間は全滅。


生き残ったのは、彼一人。

 

アルノフの手伝いとして、村に来ていた。


だが目から光が消えている。


「皆さん、おはようございます。

今日は作り方の説明をします」


作業台の上に置かれた、魔石と100個の鈴。


「これは魔石。五つしかない。だから失敗はできない」


包みを解くと、魔石が淡く脈打つ。


「これは鈴。百ある。でも百個すべてが商品になるとは限らない」


箱を開けると、銀色の鈴がぎっしり並ぶ。


ゼノは全員を見回す。


「まずは基本から」


磨き。着色。箱。札。検品。


一つ一つ説明する。


ロイドは後ろで腕を組んでいる。


商人の目だ。


そして最後。


ゼノは、マギウスを見る。


「マギウス、あなたの仕事が、一番大事です」


マギウスの眉が動く。


机の中央に、音憶石を置く。


「これは“原響”を刻む石」


共鳴鈴を隣に置く。


「これは“写鳴”させる器」


マギウスの指先が、わずかに震えている。


「魔術は派手じゃない」


ゼノは静かに言う。


「精度に。心を揺らさず、雑念を入れないでください」


――


 ゼノは、実演用に磨かれた後、紅色に染められた鈴を一つ、掌に乗せた。


「まずは共鳴鈴から始めます。写鳴紋を刻む前に、象徴色に合った紋様を入れます」


マギウスがジッと鈴を見る。


「紋様は、

紅には花びら。

深緑には葉。

琥珀には波。

月白には月。

蒼には羽。

黒金には星。

薄桃には雫。」


深く息を吸う。


《生活魔法:構造認識》


鈴の内部が、透けるように視える。


厚み。

音の通り道。

共鳴核を置く余白。


「削るんじゃない」


静かに言う。


「“浮かせる”」


指先を鈴の表面に触れさせる。


《生活魔法:圧着固定》


ごく微細な圧をかける。


削らない。

傷をつけない。


鈴の表面、その分子の並びをほんのわずかに変える。


すると――


光が、鈴の表面を走った。


細い線が、ゆっくりと浮かび上がる。


花びら。


一枚。

二枚。

三枚。


風に舞う瞬間を閉じ込めたような、柔らかな曲線。


掘られているのではなく、盛り上がる。

光を受けると、陰影が立ち上がる。


「……削ってない」


ロイドが呟く。


「削れば音が変わる。厚みが変わると、共鳴も変わる」


ゼノは指先を離す。


鈴を軽く振る。


――チリン。


澄んだ音。


変わらない。


「紋様は、表面の“流れ”を整えるだけです。彫刻じゃない。調律です」


次に、深緑の鈴。


《自然順応加工》


鈴の表面に、葉脈のような線が静かに走る。


葉。


中央に一本の芯。

そこから左右へ細かい脈。


光の角度で、まるで本物の葉が揺れているように見える。


ガルドが息を呑む。


「……これは、売れるな」


ゼノは微笑む。


「まだ途中です」


琥珀。


波。


曲線が重なり、細く流れる線が三重に刻まれる。

荒々しくない。

湖面のさざ波のような柔らかさ。


月白。


《安全固定》


丸い輪郭が、ほんのわずかに浮き上がる。

満月ではなく、少し欠けた月。

余白を残す。


蒼。


羽。


細い羽根の筋が、鈴の側面をなぞる。

先端はほんの少しだけ立体感を持つ。


黒金。


星。


鋭い五芒。

だが先端は丸めてある。

刺さらない。

光を集める。


薄桃。


雫。


今にも落ちそうな一滴。

重力を感じる曲線。


七つの鈴が、机に並ぶ。


光を受け、それぞれ違う表情を見せる。


ロイドがひとつ手に取る。


「同じ鈴なのに、別物だな」


「象徴色と紋様は、選ぶ理由になります」


ゼノは静かに言う。


「人は音だけじゃなく、“意味”を持ち帰る」


《視聴者数:222,441》


〈コメント:来た、推し紋様〉

〈コメント:全部欲しい〉

〈コメント:雫やばい〉

〈コメント:黒金は刺さる〉


ゼノは最後に、指先で七つの鈴をなぞった。


《生活魔法:耐久付与(軽)》


紋様が、消えないように。


「これで、色も紋も褪せません」


軽く振る。


――チリン


「写鳴紋を刻めば、これが“声を持つ”」


ロイドが低く笑う。


「推しが、音になるわけか」


ゼノは鈴を見つめる。


〜前世で見た、無数のボトル。

シャンパンタワー。


あれは売上だった〜


これは――


「選ぶ喜びです」


静かな声だった。


「マギウス、やってみましょう」


マギウスに新しく磨き染められた鈴が渡される。


マギウスは、差し出された紅の鈴を受け取った。


指先で重みを確かめる。


「……俺は、無詠唱はできません」


低い声だった。


ゼノは頷く。


「知っています。だから、急がなくていい」


工場の中が静まる。


若者たちも、磨く手を止める。


マギウスは鈴を作業台に置いた。


両手を添え、目を閉じる。


詠唱魔術。


言葉が必要だ。


集中が必要だ。


そして――静寂が必要だ。


かつての戦場では、詠唱は弱点だった。


詠唱中に仲間が斬られた。

詠唱中に盾が割れた。

詠唱が間に合わず、命が落ちた。


喉がわずかに震える。


だがここは違う。


誰も急かさない。


誰も叫ばない。


「……行きます」


深く息を吸う。


静かな声で、詠唱が始まる。


「――形なき振動よ

 銀の流れを整え

 傷つけず

 削らず

 響きを乱さぬよう

 表層のみを静かに揺らせ」


魔力が集まる。


強くない。


細い。


だが丁寧だ。


ゼノが静かに見守る。


《視聴者数:238,771》


〈コメント:詠唱きた〉

〈コメント:戦闘詠唱じゃない〉

〈コメント:工場で詠唱するの新しい〉


マギウスの指先から、淡い光が鈴へ流れ込む。


銀の表面が、わずかに波打つ。


削れない。


歪まない。


浮き上がる。


花びらの輪郭が、ゆっくりと現れる。


一枚。


間を置く。


二枚。


息が乱れないように。


三枚。


最後の曲線を閉じる。


「……収束」


光が収まり、鈴が静かに落ち着く。


マギウスの額に汗が浮く。


戦闘よりも神経を使う。


ゼノは鈴を手に取り、軽く振る。


――チリン。


澄んだ音。


変わらない。


ロイドが息を吐く。


「……音、死んでない」


マギウスがゆっくり目を開ける。


「……大丈夫ですか」


「完璧です」


ゼノは即答する。


マギウスの肩が、ほんの少し落ちる。


次は深緑。


再び詠唱。


「――芽吹く線よ

 芯を定め

 左右へ分かれ

 流れを乱すな」


葉が浮き上がる。


戦場では、詠唱は足枷だった。


だが今は違う。


ここでは――

詠唱は精度だ。


詠唱があるから、制御できる。


詠唱があるから、乱れない。


一つ、また一つ。


波。

月。

羽。

星。

雫。


すべて、言葉で形になる。


工場は静かだ。


誰も喋らない。


皆、聞いている。


魔術師の声を。


《視聴者数:241,993》


〈コメント:詠唱工房いい〉

〈コメント:戦場じゃなくて工場〉

〈コメント:これが救いか〉


最後の鈴を刻み終えた時、マギウスは両手を台についた。


少し息が荒い。


だが目は違う。


「……俺の魔術、役に立ちますか」


ゼノは迷わず言う。


「あなたの詠唱があるから、精度が保てる」


一歩近づく。


「無詠唱は早い。でも揺らぐこともある」


マギウスの目が揺れる。


「詠唱は、揺らがない」


静かに言う。


「ここでは、それが強い」


――


「ここからが更に精密を必要とする」


ゼノは共鳴鈴を手に取る。


《生活魔法:構造認識》


内部構造を見せる。


魔力の流れ。


共鳴核。


写鳴紋。

 

「鈴の中の空洞部に写鳴紋を刻み、共鳴核を固定します」


そして先ほど紋様を入れた鈴をマギウスに手渡す。


「共鳴核は、力で作らない。形で作る。

詠唱は長くていい。急がなくていい。

まず、呼吸を合わせる」


マギウスは鈴を両手で包み、目を閉じる。


ゆっくり。


吸う。


吐く。


ゼノは続ける。


「魔術は命令じゃない。対話です」


深く、深く呼吸を落とす。


静かな声が、工場に響く。


「――空洞の器よ

 音を拒まず

 乱れを抱えず

 内に道を持て

 細く

 強く

 均衡を保て」


その瞬間、魔力が溢れる。


荒い。


戦闘用の癖だ。


乱れ、歪む。


ゼノは首を振る。


「焦らず」


二度目。


静かに。


ゆっくりと。


鈴の内部が震え、微細な溝が、形成されていく。

 

螺旋状の共鳴核。

細い、極細の道。

鈴の内壁に、細い紋様が走る。

  

鈴の核が光る。


ゼノは小さく頷く。


「そこです。止めずに固定する」


螺旋が閉じる。


共鳴核が、中心で光を持つ。


――チリン。


鳴った。


完璧ではない。


だが、形になった。


マギウスは鈴を見つめる。


そして、ほんのわずかに笑った。


《視聴者数:259,114》


〈コメント:詠唱特化型だ〉

〈コメント:無詠唱より安定してない?〉

〈コメント:工場が神殿みたいになってる〉


次は音憶石。


《生活魔法:構造認識》


石の奥を透かす。

記録の層。再生の共鳴点。魔力の循環効率。 

共鳴鈴よりも深い溝。だが繊細で強い。


「魔石は5つしかありません。

失敗は許されない」


ゼノが新しい魔石を手に取る。


淡い光が内部で脈打つ。


「これは原響を刻む石。歪めば全部が歪みます」


マギウスは黙って見ている。


目の奥に疲労が残っているが、視線は鋭い。


マギウスに魔石を手渡し。


「魔石は硬くもあり、もろくもあります。

少しの雑念が歪みを作る。共鳴鈴より溝を深く、

一定の間隔で、魔力で内部を削り進めます。」


マギウスは呼吸を更に整え、魔石に集中する。


「――結晶の層よ

 壊れず

 崩れず

 響きを宿す器となれ

 振動を道に変え

 層に定めよ」


魔力が石の内部へ沈む。


さっきとは違い、魔力を抑え、緩やかに微細な溝が、形成されていく。


「結晶の層に、振動を定着させる。命令じゃなく、誘導するように。次に、石の中を“撫でる”。押すんじゃなく。撫でる感じで」


マギウスの顔に汗が滲む。


魔石の内部で、細い溝が伸びていく。


だが、途中で揺れる。


わずかに。


ほんのわずかに。


ゼノはすぐ気づいた。


「止めないで」


低く言う。


「乱れは消そうとせず、整える」


マギウスの呼吸が静まる。


溝が、再び伸びる。


だが途中。


石の内部で、小さな抵抗。


層が硬い。


戦闘魔術なら、押し切る。


だがマギウスは止める。


「……硬い」


ゼノが静かに言う。


「押さない。

層に従わせない。

層の流れを読む」


マギウスは息を整える。


魔力を回す。


押すのではなく、流れを変える。


石の中の魔力の川を、ほんの少しだけ曲げる。


すると、溝が自然に伸びる。


「……通った」


汗が、顎を伝う。


ゼノは続ける。


「次は均衡」


石の内部で振動の偏りがゆっくりと揃っていく。


波が、水平になる。


「もう少しです」


溝が、閉じる。


「定着させて」


石の中心に、透明な輪が生まれる。


静かに。


――トン。


石の奥で、小さな音が鳴った。


マギウスが目を開く。


「……出来たのか?」


ゼノは石を指で軽く弾く。


澄んだ振動が返ってくる。


濁りがない。


「出来ています」


即答だった。


マギウスは石を見つめる。


その目に、かすかな光。


「……俺は、力で押すことしか覚えていなかった」


「違います」


ゼノは首を振る。


「壊さずに刻める人の方が、強い」


沈黙。


若者三人が、息を詰めて見ている。


女性二人も、目を離さない。


マギウスが小さく笑った。


マギウスは石をそっと置く。


指先はまだ震えている。


だが――震えは恐怖ではない。


集中の残滓だ。


「……詠唱、嫌いじゃなくなりそうです」


ロイドが笑う。


「やっと魔術師らしい顔になったな」


《視聴者数:271,502》


〈コメント:これは再生回〉

〈コメント:戦闘魔術より尊い〉

 〈コメント:戦場じゃなくて工場で救われる魔術師〉

〈コメント:泣くわこんなん〉


ゼノは並べられた鈴と石を見る。


百の鈴。


五つの魔石。


だがもう違う。


ただの素材じゃない。


刻まれた技術と、刻まれた想い。


「続けられますか?」


ゼノの問い。


マギウスは即答しなかった。


数秒。


鈴を一つ、振る。


――チリン。


「……やります」


その声には、迷いがなかった。


工場の中に、再び音が響く。


詠唱の声。


鈴の音。


削らない魔術。


壊さない精度。


ここはもう、農具小屋じゃない。


命を削らない場所だ。


マギウスの詠唱が、静かに続く。


――未来を、刻む声だった。


――――

次回

 第29話 歌姫団ミラベル、始動


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