第20話 とある夏の執務室にて
「そろそろ寝たらどうだ?アーサー」
「いや、そういう訳にもいかないんだ。お前は先に寝ててくれ、ダイナー」
「はいはい」
誰もいなくなった執務室には、羊皮紙の擦れる音だけが響いていた。
明日の3校戦。注目度も生徒たちのやる気も今までの3校戦とはまるで違う。勝てば賞金と名声が。おそらく各企業からのスカウトや協会、聖騎士団からの誘いもあるだろう。明日の試合にたくさんの生徒の未来がかかっているということは、昨年の学校行事の一環で聖騎士団からのスカウトを受けた自分が一番よく知っている。
可愛い後輩や同期たち。やはり無理だと断りの文章を何度も模索した。
「はい。もしもし……」
傍に置いていたスマホからの着信。表示されている名前を見てすぐに応答した。
国立中央病院。妹の入院している病院の名。
妹は生まれつき魔素生成障害で体が弱く、長い入院生活を強いられていた。
父と母が他界し、妹の医療費を払うために学校を辞めて働こうと思っていた自分を援助してくれた彼ら。
「……え?」
突然の電話口では、焦りを潜めた看護師が妹の状況を説明していた。
端的に言えば、最近は安定していた妹がいきなり不安定な状態になったと。分かりやすく言えば命が危ないとのことだった。しかし、妹を救うためには高額な魔法石の定期摂取が必要不可欠である。貴重な魔法石であるために、いくら国立の中央病院と言えど常備はしていない。
年々早くなる魔法石の摂取ペースに病院側も対応出来ていなかったのだ。予定ではあと半年は持つはずだったのに。
目に入れても痛くない妹がこのままではマズい。そう思った時にはもう先ほどまでの考えは消え去り、別の場所に電話を掛けていた。
「もしもし……お疲れ様です」
半ば追い出されるように執務室から出たダイナーは疲れが取れるハーブティーを持って執務室の前にいた。自分も副寮長として頑張っている寮長を放って休むことなど出来ないと思ったのだ。何とかうまく言いくるめて休ませようと脳内でシミュレーションを繰り広げているうちに目の前のドアが開いた。
「驚いた。そんなところで何してるんだ?ダイナー」
休めと言ったはずだろとため息をつくアーサーにダイナーはそっちこそと言い返す。
「俺は今から休むところだから」
「……は?」
「おやすみ」
「あ、お、おやすみ……」
さっきまでは何かを考えながら徹夜する様子だったのに。何かあったのだろうか。
「違う、俺も流石に休まないと」
時刻は0時を少し過ぎたころ。
自分だって3校戦の出場選手なのだ。深く考えている場合ではない、とアーサーのいつもと違う様子に違和感を感じつつも、ダイナーは自室へと戻った。
誰もいない廊下。
送られてきたメッセージを頼りに男は進む。
魔法で隠された扉の解除呪文。記された呪文を唱えようとした瞬間。
「えっと、ロドリゲス先輩……ですよね?」
振り返ると、例のモノクロコンビ。忙しくなる鼓動を取り繕う。
「……どうしたんだ?こんな時間に。夜間は外出禁止だったと思うが」
「すみません。でもそれは先輩もなのでは?」
「私たちは少し学園長に呼び出されてしまって。学園長室に向かうところだったのですけど……先輩ことこんな時間に何をしていらっしゃるのかしら」
「……俺はただ緊張して眠れなくて。気を紛らわせるために散歩してたんだ」
自分でも苦しさを感じる言い訳だが、これ以上思いつかなかった。
「そうだったんですね。では私たちはこれで」
「明日の試合頑張ってください」
「あ、あぁ」
何事もなかったかのように去っていく2人。落ち着きを取り戻してきた鼓動を感じていると、曲がり角の直前でシャーロットが振り返る。
「今ならまだ引き返せますよ?」
「……何のことだ?」
「いえ、なんでも。ではおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ……」
落ち着いていた鼓動が一気にスピードを上げる。
アーサーはすべて見透かされているような心地さえした。
しかし、迷いと同時によぎる妹の顔。
「俺は……」




