#1932 〈岩ダン〉に伝説の猫と伝説作りのハンナ現る
「相変わらずの大忙しだなここは」
時刻は夕方。場所は上級下位ダンジョンのランク6〈岩ダン〉の最奥だ。
そこにある〈ダンジョン商委員会〉の出張店、〈マッシュンエデン店〉が目的地。
だが相変わらずの大盛況で、夏至が過ぎたばかりで18時過ぎでもまだ明るいせいか、この時間でも列が長く長く伸びていた。ダンジョンは21時までのはずなのだが、これちゃんと今日中に列が捌けるんだろうか? 明日は学園在るぞ?
「あれ? ゼフィルス君?」
「え? ハンナ?」
と思わぬところで思わぬ人物と遭遇。
フードとローブを羽織って目立たないようにしていたが、ハンナ検定免許皆伝の俺には分かる。間違いなくハンナだ!
なぜハンナが上級下位ダンジョンに!?
「ゼフィルス君、どうしてここに?」
「いやそれは俺のセリフだって。なんでハンナがここに?? しかも1人か!?」
「私は届け物だよ。シレイアさんが新しい商品を開発したから、ここで戦ってる人に使ってみてほしくて、〈ダンジョン商委員会〉に協力を頼みにきたんだよ~」
「それなら〈エースシャングリラ〉でもよくないか?」
「そっちにはもう他のを頼んじゃってるから」
なんと、ハンナがここに居るのは実験のためだった。アグレッシブ!
そういえばハンナは中級上位の攻略者の証5つ持ってるんだよな。上級下位入ダンくらいなら顔パスです! 今は顔隠して赤ずきんちゃんになってるけど。
マリアと一緒に〈岩ダン〉くらい来たこともあるので、〈エンテレ〉使えば最奥にもひとっ飛び、というわけだ。
だからといってお届け物を、しかも生産職で上級ダンジョンにソロで来ようとするのはハンナくらいだと思う。
そこで、俺はとあることに気がついた。
「あ、その装備は……!」
「気が付いた? これね、マリー先輩に貰ったんだよ。いつものお礼にって」
「そいつは――〈究極アーリクイーン(精強)シリーズ装備全集〉じゃないか!」
フードの下のローブ、その中は――どこかで見たことがあるような黒のワンピース。
この俺が見間違えるはずがない。それは――俺たちが〈万界ダン〉の2層、〈クマアリクイ(最終形態)〉を倒して手に入れた、〈究極アーリクイーン(精強)シリーズ装備全集〉だったのだ!
マリー先輩ってばいつの間に!?
「ど、どうかな?」
「ブラボー! とてもよく似合ってるぞ! 1年生のときのハンナとの冒険を思い出すようだ~」
「え、えへへ~。私もね、これを着ていると、なんだか1年生の頃を思い出すんだ~」
ハンナの装備は、1年生の頃に装備していた〈アーリクイーン(黒)〉に酷似したワンピースだった。ただ、それだけじゃなく、手袋やリボン、ブーツなども〈クマアリクイ(最終形態)〉の素材を使った装備になっており、ぶっちゃけ見た目よりだいぶ性能は鬼強いと思われる。
これ、多分〈万界ダン〉のボス素材で作られた初の装備なんじゃないの?
でもハンナが嬉しそうなので、細かいことは気にしなくてもいいか~。
「ゼフィルス君は? どうしてここにいるの?」
「俺は、〈竜笛〉の回数回復と〈海ダン〉のお誘いのためだ」
「え? 〈海ダン〉? あ、マリアちゃんに?」
「いや、レンカ先輩もだ。聞いたぞハンナ、生産7人衆の話」
「ど、どこでその話を!?」
俺がこっそりと告げるとハンナがひゃって跳び上がって驚いたんだ。
良いリアクション!
「マリー先輩のお店で聞いた」
「は、恥ずかし~~」
「恥ずかしがることなんてないぞ? その分野でトップの実力者に与えられる称号、名誉なことじゃないか」
「だ、だって、それ半分くらい自称なんだもん~」
「え? 自称なの?」
そういえば誰かから貰ったとかそういう話は聞かなかったな。いや、賜ったって言ってたような? 気のせいか?
「うん。元々は〈エデン〉を支える各生産職の代表――みたいな意味だったんだけど、今はなんか各分野の生産職トップ、みたいな意味になっちゃって。いつの間にか話が大きく膨らんじゃってたんだよ~」
「なるほど~」
〈エデン〉と契約している生産職と、全生産職の中でもトップ、の称号ではまるで意味合いが違うからな。ハンナが恥ずかしがるのも理解できる。
マリー先輩たちはむしろ胸を張ってたが、ハンナにはまだそこまでするのは難しそうだ。
道理でハンナが俺に話さなかった訳である。
でもルーツが聞けてちょっと楽しい。これはハンナには秘密にしておこう。
「そういえばハンナはシレイアさんが作ったアイテムを持ってきたんだっけ? わざわざハンナが持ってくるなんていったいどういうものなんだ?」
「あ、そうそう、ゼフィルス君見て、これなんだよ!」
「これは――! まさか〈伝説猫作製レシピ〉から作られた、〈伝説の猫ゴーレム〉か!?」
「見ただけで分かるの?」
「も、もちろんだ!」
覚えているだろうか? 〈猫界ダン〉の30.5層レイドボス〈猫津波〉からドロップしたレシピである。
ハンナが取りだしたのは、ホルダーアクセサリータイプの黒猫。これは使用すると巨大化し、複数の猫ちゃんとなって津波を起こすゴーレム系アイテムだ。
見た目は和みの高い猫なのだが、使用すればとんでもない猫津波を生み出してしまう。あれ作っちゃったのか!? え? でも【アルケミーマイスター】じゃ作れないはず。どうやって作ったんだ?
「いやちょっと待てよ? あれって確か作製に【闇の魔女】の力も必要だぞ?」
「うん。だからシレイアさんがセルマさんに頼んだらしいよ。それで共同開発したんだって」
「! ほほう! セルマさんか、まさか最上級アイテムを作れるまでのレベルになっているとは!」
「私も素材をいくつか渡してたからね。LV65って言ってたよ~」
まさかセルマさんがそこまでレベルが上がっていたなんて!
〈伝説猫〉を作るにはもうしばらくかかるかなと思っていたのに、思ったよりもとても早かったぜ。
「なるほどな~……え? それでこの最上級の〈伝説の猫〉をどうするって?」
「使ってもらおうと思って」
「使う……のか。この〈猫津波〉を模した〈伝説の猫〉部隊を、上級下位ダンジョンのボスに使っちゃうのか」
俺はそっとボス部屋の方を振り向いて、密かに南無と呟いた。
この誰でも使えてしまうアイテムがあれば、そりゃここの最奥ボスくらい倒せる様になるだろうさ。
だってこの〈伝説の猫〉、六段階目ツリーの開放者に使うことが前提になっているゴーレムだからなぁ。LV100のキャラを倒すこともあるし、ここのボス程度なら解き放って呑み込めば数分で決着がつきそう。本当に使っちゃう気か?
錬金無双が留まることを知りません!
「ゼフィルス君、行こう!」
「まあ、学生のレベルが上がるのは良いことだよな!」
そう思うことにした。
ハンナと一緒に〈マッシュンエデン店〉に近づくと、ハンナはともかく顔を隠してない俺を見て周囲がざわざわと――別に特に起こらなかった。
「あ、ゼフィルスさん! 今日も回復?」
「おう、マリアもお疲れ! 頼めるか?」
「はいはーい、中に入って入って、レンカちゃんもいるから。そちらは?」
「えっと、えへへ?」
「え、ハン――!?」
「あ、マリアさん、しー!」
「おっとごめんごめん。すっごい人が来てびっくりしちゃったよ。とりあえず2人とも入って!」
「「はーい」」
客を捌いていたマリアに声を掛けると、中に案内された。
ちなみに売り子は別の子が担当している。見たことない子だけど、新しい従業員かな? 中に入ると、相変わらず回数回復に奔走しているレンカ先輩を発見した。
「レンカ先輩~」
「んあ!? あ! 仕事がさらに増えた!」
「俺の顔を見て最初の言葉がそれだと!?」
「ふふ。ゼフィルス君の顔を見てそんな反応をするのはレンカ先輩だけですよね」
「え? 今の声って」
「はい。ハンナです」
「ハンナちゃ~ん!?」
「俺にもこういうリアクションをしてくれたときがあったんだよ」
フードを脱いだハンナを見てどひゃっと驚くレンカ先輩。
くそう、俺にもそういった反応をしてほしいぞ!
「いや、ゼフィルス君はここに来すぎてみんな慣れちゃっただけだし!」
「くっ! その通りだ。俺は悲しい」
「なんで悲しがってるんだい!?」
そう、外の学生たちのざわめきが薄いのは、俺に慣れちゃったからなんだ!
初めて〈岩ダン〉に出向いたときのざわめきと注目が懐かしい。
最初ははしゃいだレジェンドレアでも、なんどもなんども遭遇すればありがたみは無くなっていく。つまりはそういうことだ。くっ!
しばらく世間話に興じて、場がこなれたところで本題に入る。
「それでレンカ先輩、今日は〈竜笛〉の回復もそうなんだけど、1つ話があってきたんだ」
「話?」
「今度〈エデン〉で〈海ダン〉行く予定なんだ。慰労にな。それで一緒に行かないか? ってお誘いだ」
「海!? 慰労!? いやいや、私はそんな〈エデン〉のみんなと比較できるような立派なスタイルは持ってないし、というか水着すらないし……!」
「水着代はこっちで負担するから大丈夫だ。レンカ先輩は選ぶだけでいい。ちなみに、生産7人衆は全員行くことが決まっている」
「お誘いっていうか強制だった!?」
「冗談だ」
「どこからどこまでが!?」
レンカ先輩と話すのも楽しい!
ノリがマリー先輩に近いからな。立派なツッコミ属性をお持ちなんだ。
「まあ、考えておいてくれ。ちなみに他の生産7人衆は、タネテちゃんだけまだ話はできていないが、他の5人は一緒に行くはずだぞ」
「そ、そうなんだ……!」
「面白そうな話をしていますね」
「お、来たなマリア」
振り向けば、メガネに手を掛けてクイッと持ち上げている、やや背の小さな女商人の姿があった。もちろんマリアのことだ。
「その話、私も行っていいんだよね?」
「もちろんだ。って、そういえばマリアはブリーフィングの時居なかったな。〈エデン〉に連なるメンバーはもちろん対象だぞ」
「海だー! 今年も遊びますよー! ね、レンカちゃん!」
「と、こんな感じのノリでレンカ先輩も参加してほしい」
「ノリはともかく、前向きに考えるよ!」
「それを聞いて安心したぜ! ――あれ? ハンナは?」
レンカ先輩のお誘いもほぼほぼ上手くいったと思ったら、なんかハンナがいつの間にか店の中から居なくなってた。いったいどこに?
そう思ってたらボス部屋の前が急に騒がしくなった。
「え、えええええええ!? もうボス部屋の扉が開いた!?」
「きゃつらが入場してから3、4分程度しか経ってないぞ!?」
「しかも勝利しているだと!? なんだその猫は!?」
「確かそいつら、見知らぬフード少女からその猫たちを受け取っているのを見たぞ!?」
「まさかその猫たちが!?」
…………。ハンナ発見。
ここで売っても、待ちの列的に買った人物が今日中にボス部屋に入れないと思ったのだろう。どうやらハンナは先頭の方に直接交渉しにいっていたようだ。
大成功で感想なんかを聞いているが、勝って戻って来た代表のリーダーは、心ここに在らずと言ったようにポカンとしていたんだ。
またハンナが伝説作ってるよ。




