鋼鉄の片隅に
名前のない企画書の構想段階での書き留め
先の大戦において、
大陸極東の島国は、
国家存続の危機にあたり、
自国防衛のため、
この戦争に、
介入した、
大陸を二分する勢力、
その一つが瓦解する前に、
大東洋の覇者、
東の帝国、
1914.7.28.スコッチ海峡海戦、
瑞穂皇国、大陸動乱へ、ついに同盟に基き武力介入、
大陸勢力両陣営に激震、
「不戦の国、介入せり」
まず戦を始めるにあたり、
自分の最も得意とする土俵で勝負せよ、
スコッチ海峡海戦、
氷室島沖海戦、
南方輸送航路確保、
これによりウラル山脈による西方進撃遅延中のウラル連邦の海軍東部方面艦隊戦力を撃滅、
海路を断つことにより陸路での輸送を余儀なくされ、進軍計画遅延はさらに決定的となった、
もっとも、ウラル連邦もすでに勢力下のアラル湾とカスピ湾を使用することで何とか間に合わせていた、
ビスケット湾海戦、
シベリア半島派兵、
シフラルダル海峡要塞攻略、
北方海域制海権確保、
これにより北からの敵軍をシベリア半島にて包囲に成功、永久氷河の国ハサラ国の戦力の進撃を押さえ込む、
さらにハサラ勢力下の大陸内海への更なる遠征が必要と判断、艦隊の増援を派遣、
さらに連合王国側の進軍速度を考慮し、作戦を自国勢力圏におけるボスニアン湾と白海の残敵掃討、
および連合王国の進軍経路確保へ、
ベーオ大平原会戦、
大陸の食料庫と呼ばれるこの穀倉地帯で、
張り巡らされた街道と点在するその中継都市をめぐる戦い、
史上最も範囲が広い大会戦となり、
そして、戦車と歩兵の戦いでもあった、
進軍速度を重視する瑞穂皇国陸軍の一方的な電撃戦でもあった、
テイレニア海海戦
ここまで来るといくら世界最大の海軍と呼ばれる皇国海軍でさえ息切れを始めていた、
戦線はすでに延びに延びている、連合王国の元の国境線まで戦線を押し戻すにはやはり連合王国自身の協力が不可欠だった、




