雷巡木曽の物語
旧式と化した5500トン級軽巡洋艦の強化改装試験、
これをコンセプトに私はドックに入れられたのは1941年8月25日である、
北上姉さんと大井姉さんは61cm4連装魚雷発射管を装備品として承れた、
しかし私は、資材の節約の問題でお姉さん達の53cm連装魚雷発射管、
合計八基を載せる事になった、
まずは第三煙突付近に二基ずつ、
さらに後部甲板の第五第六砲塔の横にも二基ずつ搭載された、
北上姉さん達との違いは再装填が出来る事、
さらに第五第六砲塔のところに射出機を載せ、
第一第二、第五砲塔は連装砲へ換装され、
第六砲塔は艦載機整備の為に下ろされた、
第七砲塔は四〇口径八九式十二糎七高角砲へ換装、
25ミリの単装対空機銃も所々に増設された、
その後私達は重雷装巡洋艦と艦種を変えた、
その年の暮れには小笠原諸島まで戦艦の護衛も行った、
後の真珠湾攻撃だった、
この時長門を筆頭に日本を代表する戦艦が勢ぞろいしていた、
金剛型は忙しい様なので参加してないけどね、
真珠湾への艦砲射撃は成功を収めた、
まずは真珠湾でエンタープライズを拿捕、
次にハワイ沖合でレキシントンと交戦し拿捕、
この時点で太平洋の米空母は殆どいないに等しかった、
北上姉さん達はそのまま本土に帰った、
軍部が言うには決戦兵器らしいから、
そして私は今………
「木曾ぉ~!!!」
「うわ、島風ちゃんは相変わらず元気だな」
「えへへへへ、で、今日も突撃するの?」
「んー?、見つかったらするんじゃないかな?」
「え~、ずる~い、たまには私も連れてってよぉ~」
「んー、ほら、神威さんは艦隊の目なんだからさ、守ってあげなよー、な?」
「つまんな~い」
「えー、神威さんが泣くぞー………」
そんな日常会話をしてた時、
スピーカーが軋み音をあげた、
「んー、艦内放送だ」
「突撃?突撃するの?ねぇねぇ?」
「いやまだわからないよ」
『北北東にて輸送船を確認、直ちにこれを拿捕せよ、全員国際法わきまえろよ』
「突撃だ~!!」
「んー、ハハハ、島風にはまいるよ、でも君が突撃するわけじゃないんだぞ」
「え~、お姉さん達ずる~い」
「君は妹さんと万が一のための陸戦隊載せてるだろ?我慢しなさい、」
「は~い………」
「はぁー、。………峯風ー、澤風ー、沖風ー、矢風ー、」
「はい!なんでしょうか!」
「ご用事ですか?」
「……(もぐもぐ)」
「今回は船団じゃないの?」
「んー、とりあえず、おっきかーぜちゃん♪その煎餅は何かなー♪この前私の部屋から煎餅が消えたんだけどなー♪わかる?」
「………(汗)」
「「「(やべぇよ、あの木曾さんがめちゃくちゃ笑顔で沖風睨んでるよ(汗))」」」
「んー、ハハハ」
「クッ、す、すいませんでした………」
「んー、まぁ、いいや、煎餅だし、独り占めしても美味しくないからさ、」
「あ、ありがたき幸せ………(汗)」
「それよりも、敵の輸送船見つかったぞ、今回も神威さんに感謝感激雨霰だね」
ハハハと木曾は笑い飛ばした、
たださっきの睨みがまだ効いているのか、
駆逐隊達は一言も喋らない、
「さぁ、突撃の時間だよ」
「「「「はい!」」」」
艦隊編成
・木曽
・峯風型駆逐艦
・神威
艦隊泊地
・ブルネイ
・シンガポール
艦隊展開海域
・インド洋
艦隊司令部
・中原義正
1942年4月18日本土へ整備のため帰還中にドーリットルに遭遇、
ホーネットとエンタープライズに雷撃を敢行するも取り逃がす結果に、
1942年5月珊瑚海海戦に参加し水雷突撃を敢行、空母ヨークタウン、重巡洋艦3を仕留めるも追撃を敢行したキンケイド少佐の巡洋艦4と乱戦になり神威の水偵空襲でなんとかギリギリで帰還、
1942年8月南雲機動部隊の各航空戦隊の整備完了に伴いミッドウェー海戦へ参加しミッドウェーへ一時的に常駐、
1942年9月ミッドウェー輸送隊との交代で南方へ転戦、ラバウルに入港、
1942年10月南太平洋海戦に参加、前回と同じく夜偵の情報を元に水雷突撃を敢行するも空母に止めをさした時点で包囲される、
1942年11月再びインド洋へ進出も艦隊編成は既に木曽、澤風、矢風、汐風、夕風、波風、神威の7隻にまで消耗、
1942年12月英機動部隊と嵐の中で遭遇し魚雷によるかく乱で海域を脱出、
1943年特務水雷戦隊消耗による定数割れのためついに解隊、神威と駆逐艦は護衛艦隊へ、木曽は北方へ、それぞれの講話終戦を迎える事になる、
1943年1月太平洋海戦終結、同時に独ソ戦へ参戦、ソ連と開戦
1943年2月第二次日本海海戦(木曽不参加)
1942年2月ウラジオストク艦砲射撃(木曽参加)
1943年3月カムチャッカ半島沖海戦(木曽参加)
1943年3月ベーリング海海戦(木曽参加)
1943年4月幌筵警備府開設(木曽編入)
1945年第二次大戦終結
以上、設定資料




