5
俺が今よりもずっとガキだった頃・・・・・・今から七、八年前のことだ。
ミュージックスクールに通っていた俺は、通っている生徒の中で俺のギターが一番上手いと自負していた。父親の趣味でもっと幼い頃から練習していたし、才能もあると信じて疑わないでいた。
家が近所で親も交友のある藤森家。その一人娘である涼音もクラスは違うが同じスクールに通っていて、俺達は発表会ではよく組んで演奏していた。
当然いつも一番の評価で、俺達は二人でプロになるんだと息巻いていた。
そんな時だ。アリスと出会ったのは。
今からでは考えられないくらい引っ込み思案で、人見知りで、それを少しでも直そうとした習い事だったのだろう。しかし、その性格がチームの足を引っ張っているようでいじめられていたのだ。それを助けてから、それからちょくちょく話す機会ができた。
俺は兄貴分として色んなことを教えた、つもりだ。
音楽のこと、学校の勉強、同世代との人付き合いや喧嘩の仕方まで。
アリスはいつも笑顔で聞いてくれて、俺も気分が良かったのを覚えている。
そんなある時、俺は一人で歌う彼女の歌声を聞いた。
まるで電が落ちたような、そんな衝撃を覚えた。それくらいに彼女の歌声は美しかった。
俺はすぐさま一緒に組まないかとスカウトした。
俺達が三人組になったのはこの瞬間からだった。
「・・・・・・」
布団の中で懐かしい記憶を思い出す。
ぼけーっとしながら時計を見る。遅刻からはまだ遠い時間で、しかし二度寝すれば過ぎ去る予感。
よし。
まだ眠ったままの頭で起き上がる。
「・・・・・・アリスにちゃんと謝らないといけないからな」
だから遅刻するわけにはいかない。ちゃんと学校に向かわないと。
しかし、学校に行ってもアリスと会うことはなくて。
火曜日。
水曜日。
日付を重ねても、彼女は登校してこなかった。
「何か撮影が入ったらしくて、しばらく休むらしい」
そんな話をアニキからこっそり聞いて、俺は数週間ぶりに授業をサボった。
いや、別にサボろうと思ったわけじゃない。昼休みを屋上で時間を潰していたらチャイムが鳴ってしまったのだ。
「なんで俺一人じゃないのかはつくづく謎だが」
同じようにサボっている一誠と竜蔵を睨みつける。
「たまたまだよ、たまたま」
「偶然だ。偶然」
二人揃って似たようなことを言う。
「お前こそ久しぶりじゃん。ここにいるの」
「あ?」
「たしかに。最近はあの転入生に付きっきりだったな」
「そうかもな」
サボると涼音以上にうるさいし、暴力を振るってくるから――とは言えず、「偶然だけどな」なんて適当に流す。流したつもりだったのだが、
「ふむ、そして、その転入生は最近登校していない」
「俊太郎はこうしてサボり」
二人は顔を見合わせて。
「「痴話喧嘩?」」
「よーし、二人とも遺書書いて柵越えろ」
「いやいや、冗談だって」
一誠はそう言いながらも下世話な笑みを浮かべて、
「でもさ、俺のクラスでも話題になってたぜ。転入生が不良とべったりだって。仲は良かったんだろ?」
「ただの昔馴染みだよ。涼音と一緒だ」
「藤森嬢も仲が良かったみたいだからな。そんな気はしていたが、・・・・・・しかし何故転入生はここ最近学校に来ていないのだね?」
「知らねえよ」
撮影がある――とは言っていた。
けれども、なんだかんだ、というか、ほぼ間違いなく俺のことを避けているのだろう。
あの野郎、逃げているのだ。
「メールとかメッセージは送っていないのか?」
「・・・・・・送ってない」
「もしかしたら体調を崩しているかもしれない。何か一言連絡したほうがいいのではないか? できない理由があるなら話は別だが」
「できない理由というか、なんつーか」
そして、逃げているのは俺も同じだ。
避けている、というか、滅茶苦茶気まずく感じている。
気になるなら連絡すればいいし、涼音からも連絡してあげてほしいと言われた。それをすることができないのは何を言えばいいか分からないからだ。
「なんだよ、やっぱり喧嘩してるんか」
「それならば早めに謝っておいた方がいい。長引かせるほうが面倒だぞ」
「いやまて、なんで俺が悪い前提なんだよ」
「男女間の喧嘩ってのは、とりあえず男が悪いって相場が決まってんだ」
一誠の言葉に竜蔵も頷く。
彼女もろくにいない奴らから言われても信憑性は低いが、たしかに今回の喧嘩は俺が謝るべきなのだろう。でも、それをすんなり受け入れられない自分もいて「まあ、考えておく」と言うだけに留めておく。
それから放課後まで適当に時間を潰して過ごした。
各々読書したり、昼寝したり、くだらない雑談をして過ごし、そうして俺は双子二人の活動を見るために第二音楽室へ向かった。
「よお、早いな」
教室のドアを開けると、後輩の双子二人は揃っていて声を掛ける。
すると瞳はびくっと肩を震わせ、雫はいつも通りの雰囲気で俺を迎える。
「あ、こ、こんにちは、顧問代理」
「こんにちはー」
「ん? おう」
まあいいか。返事をしながら適当に椅子を出して座る。
いつも通り、これといって何もせず、ただただ二人の演奏をぼーっと見ているだけ――そのつもりだったのだが、
「あ、あの顧問代理!」
「どした?」
「その、えっと、彼女さんと喧嘩したというのは本当ですかっ?」
「ですかー?」
「・・・・・・何の話だ、雫」
「って、なんで雫に訊くんですか!」
「こういう話題が好きそうな瞳の言葉は当てにならん。で、どんな話だ」
「えっとですねー」
雫は彼女特有の間延びした口調で説明してくれる。
内容はだいたい一誠達が話していた通りのもので、俺は頭を抱える。
一誠や竜蔵も噂になっていると話していたが、まさか下級生にまで噂になっているのか? どこからそんな話が流れているんだ。
「転入生って、以前来た方ですよねっ! 実際のところどうなんですか!」
「どうもこうも。俺は誰とも付き合ってないし、アイツはただの幼馴染だ。涼音と同じ」
「え、顧問代理って彼女いないんですか」
「いねえよ。悪かったな」
「いえ、悪くはないですけど・・・・・・意外ですかね」
「意外ですねー」
「なんでだよ」
「だって、顧問代理って女子から結構人気ありますよ」
「は?」
初耳だった。
「・・・・・・まじで?」
「私達も結構友達とか同級生に訊かれますよ。顧問代理に彼女はいるのかって。ねえ、雫」
「はいー。でも、顧問代理もいちいち訊かれるのも鬱陶しいだろうと思って、二人で「いるんじゃない?」とか適当に返事してましたー」
「そりゃ助かるが」
しかしながら悲しいことに実際モテた事実はないし、彼女もできたことはない。二人の勘違いだ。
「まあ、顧問代理は孤高の不良って感じですから。そういうのに憧れってあるんでしょうね」
「俺は不良じゃないけどな」
「顧問代理的にはそうかもしれないですけど、この学校って大人しい人が多いですし、田舎ではあれど一応は進学校ですよ? 堂々とサボったり、先生に歯向かったり、やっぱり少ないですよ」
「いや、俺以外にも不良っぽいのはいるだろ。一誠とか」
「一誠さん? どちら様ですか?」
どうやら認知すらされていないらしい。
「あ、それと、他校の不良と喧嘩に明け暮れていたりなんて噂もありますよ。顧問代理」
「・・・・・・他校の不良と喧嘩したことなんてないからな」
たかが素行不良ってだけで知らない噂が付きすぎている。
「つーか、それなら涼音との方が噂になりそうだけど」
「藤森先輩とはずっと幼馴染って話をしているからじゃないですかね。もちろん裏ではって勘ぐっている人もいるとは思いますが、真面目な藤森先輩が、不良やってる顧問代理を許すわけがないってのは共通認識でありそうですよね」
「そんなもんかね」
「そんなもんです」
よくわからん。
「それよりも彼女でないのは分かりましたけど。その幼馴染さんとは喧嘩したままなんですか?」
「喧嘩つーか、俺が一方的に怒らせただけだよ」
この際だ、話しても別にいいか。
アリスがセイレーンであることだけ隠して、先日の出来事を二人に話す。
俺とアリスが一緒に音楽をやっていたこと。
俺が事故で演奏できなくなったこと。
今の彼女は音楽で大きな期待を背負っていること。
俺は一緒の道に進むと約束して、先に投げ出したこと。
彼女が投げ出そうとしたとき、俺はそれを止めたこと。
多少誤魔化しはしたが、話の本質は変わっていないはずだ。
「なるほどですね」
「なるほどー」
二人は俺の話に深く頷いて、それから顔を見合わせて頷く。
「一つ、仲直りのきっかけなら差し上げられる――かも! しれません!」
「あくまで、「かも」ですけどー」
「はあ、なんだよ?」
これといって期待せず訊き返す。
「ライブするんですよ! お二人で!」
「は?」
「幼馴染さんがどういった気持ちで待っていたのかはわかりません。けども、やっぱり一番は同じ舞台に立つことだと思うんです!」
「思いますー」
「それは、どうなんだ」
その通りだと簡単に頷くことはできない。
「それに同じ舞台なんてどうやるんだよ」
「あるじゃないですか。失敗したくらい何一つ問題なく、それでいて生徒であれば立場も関係ないうってつけな舞台が!」
「そんな都合のいい舞台――」
言いかけたところで、一つだけ思い当たる節が出てくる。
「・・・・・・お前達、文化祭の舞台ライブに出るつもりなんだっけか」
「はい! といっても前夜祭の方なんですけど。顧問と吹奏楽部の先輩も協力してくれるそうで! なんとかバンドみたくできそうなんです! でも・・・・・・」
「与えられた時間的には二曲程度できるんですけど、今の私達の技術的には一曲がせいぜいなのでー」
瞳の言葉に雫が補足する。
「・・・・・・そのうちの一曲分を俺達にってことか?」
「はい!」
「はいー」
「・・・・・・」
有難い申し出ではある、と思う。
アリスが何を望んでいるのか分からないが、何にしても一つ話をするきっかけにはなるかもしれない。
「・・・・・・でも、それは無理だ」
「無理、ですか?」
「失敗どころの話じゃない。さっきも言っただろ、俺は左の指が馬鹿になってる。ギターの絃を押さえられないんだ」
「右手」
「なに?」
「右手なら押さえられるんですよね? ギターの弦」
「ですよねー」
「なっ、なんで・・・・・・」
なんで知っているんだ。
誰にも話したことはない。誰にも見せたことはないはずだ。
・・・・・・いや、しかし、この場所で気づかないうちに覗かれていたとしたら――、
二人はニコニコと笑顔のままで。
「顧問代理! 私、見たいんです! 顧問代理の演奏する姿!」
「私も見たいですー」
「瞳、雫も・・・・・・」
できるかどうかわからない。
アリスが頷かなければ不可能だし、俺自身もまた本当に演奏できるかどうかは分からないのだ。しかも、文化祭までは一週間とちょっとしかない。
今から練習してちゃんと演奏できるようになるのか?
今更演奏したところで俺の音はアイツに届くのか?
いくつもの課題が浮かんでくる。
「・・・・・・悪いんだが、今日の同好会は中止でもいいか? 少し考えたい」
「自宅で自主練します! ね、雫」
「はいー」
「すまんな、いつか埋め合わせするわ」
そう言い残して、俺は音楽室から出た。
自宅に帰る道で何度も考える。
そうして帰宅し、着替えることもせずバッグを適当に置いて、ベッドへと身を倒した。
「ふうぅぅぅ・・・・・・」
深々と溜息。
「・・・・・・もう一度、なんて」
もう一度、ギターを演奏する。
したいのか?
できるのか?
考え続けて、しかし、何度考えてもポジティブな考えを持つことはできなかった。
「ちょっとは冷静になれよ。俺・・・・・・」
セイレーンの声はすべてを置き去りにする。
俺の奏でる音だってそうなるだろう。
仮に二人で舞台に立つことができたとしても、きっと何一つ変わらないまま終わるに決まっている。
もちろんアリスだってセイレーンの姿で、セイレーンと同じように歌うことはないだろう。だが、それでも今まで受けてきたオーディションと同じだ。俺の音は誰かに届くことはなく、誰かを感動させることもなく、きっとアリスに届くこともなく、そんな未来しか見えない。
「それなら」
やるだけ馬鹿馬鹿しい。時間の無駄だ。
部屋に戻ってきてポケットからスマホを取り出す。
後輩達に舞台には立たない旨をメッセージで送ろうとしたところで、それを止めるかのように電話が入ってきた。
掛けてきたのはアニキ。俺は溜息を零しつつ応答する。
「・・・・・・もしもし?」
『お、なんだよ。普通に電話出るじゃん』
「起きてるときに掛かってきたら出るだろ、普通」
『そうか?』
「で、何の用だよ、アニキ」
言いつつ、だいたいの要件は分かっていた。
『おう。山下姉妹から話を聞いてな』
予想通りの言葉から始まり、
『お前、前夜祭の舞台ライブに出るんだって?』
「・・・・・・ああ、それな。ちょうど断ろうとしたところだよ」
『断る? なんで』
「だってさ、意味ないだろ。・・・・・・今更何かやったところでアリスに届くとは思えない。アリスはセイレーンなんだ。何もかもを置いていく――俺の演奏する音なんて誰の耳にも届きやしないなら、いや、アリスに届かないならやらない方がマシだ」
『そんなことないだろうよ』
窘めるような声で、
『前にも言ったが、お前はもっと話すべきなんだ。お前にとってアリスはなんなんだ。ただの友達でも、幼馴染でもなかったはずだ。一緒に夢を追いかけたんだろ? パートナーだったんだろ?』
「それは、そうだが・・・・・・」
『だったらさ、伝えてやれよ。お前の気持ちってやつを。やめた理由、伝えられなかったこと、話すべきことは山のようにあるんじゃないのか。そういうの伝える機会にはなるだろ。この機会を逃したらお前達は本当に何も言えずに離れ離れだってありえるだろうが』
「・・・・・・ああ」
アニキの言う通りだ。
俺は俺の言葉を押し付けただけでアリスに何も伝えられていない。
『いい加減さ。立ち上がってもいいころだろ。俊太郎』
「立ち上がる・・・・・・?」
『ああ、そうだ』
「でも、でもさ、アリスはどう言うか分からないだろ」
『アイツなら絶対に乗るさ。お前と同じ舞台に、アリスが立たないはずがない』
「なんでそんなこと分かるんだよ」
『何年間年長としてお前らのこと見てきたと思うんだ。アリスも、俊太郎も、何を考えているのかくらい分かるっての』
「随分胡散臭いことを言うな」
『わかってるから、こうして電話してきてるんだろ』
「・・・・・・まあ」
それは確かにそうかもしれない。
『安心しろよ。お前の想像する舞台になっても、俺だって、涼音だって、お前に向けて拍手してやる。笑ってほしかったら笑ってやるし、煽ってほしかったら煽ってやるから』
「そこは煽るなよ」
『冗談だ。冗談。でもさ、ちゃんとお前の音を聴いてやるから。それはもちろん俺だけじゃない。涼音だってそうだし、山下姉妹も聴いてくれるだろうよ。それに、お前と舞台に立つアリスもそうだ』
「アリスも?」
「ああ。アイツがお前の音を聴かないわけがない。アイツが一番お前の音を望んでいるんだ」
「それは」
どうなのだろうか。
『ま、俺が言いたいことはそれだけだ。あとは頑張れよ! 実は仕事の途中なんだ!』
それだけ言い残して電話は切られる。
まったく、言いたいことだけ言いやがって。
だが、アニキの言葉が耳に残っていた。
『いい加減さ、立ち上がってもいいころだろ』
その一言が頭の中で回り続ける。
「立ち上がる、か」
俺が動いたってどうなるか分からないが、でも。
「・・・・・・そうだよな」
今が最悪なら、これ以上悪いことにはならないだろう。
「それなら、準備しておいて損をすることはないか・・・・・・」
そうと決まれば、だ。いくつかしなければならないことが頭に浮かんできて、順序立てしながら支度をして俺はアパートから出る。
まず向かう先は当時俺達の通っていたミュージックスクールだった。
ドアの前に立ち、ノックをしようと手を伸ばして、
「誰かと思ったら、悪ガキか」
後ろから、そう声を掛けられた。
「だ、大先生」
アニキの父親とだけあって顔立ちはよく似ている年配の男性。
「天ケ瀬の嬢ちゃんが戻ってきたって挨拶しに来たからな、お前もそろそろ来るだろうと思っとったわ」
「そ、そうすっか」
「ようやく取りに来たのか」
「・・・・・・はい」
事故に遭ってから、ずっとここに置きっぱなしだった相棒。・・・・・・俺のギターだ。
ずっとここに置いてもらっていて、それをここまで取りに来たのだ。
「また始めてみようと思うたんか?」
「それは、わからないっす」
まったくわからない。
「これっきりかもしれないし、また続けるかもしれない。・・・・・・でも、今きっと必要だと思ったんで」
「――そうかい、ちょっと待ってな」
大先生はそう言って建物に入っていき、しばらくして見覚えのあるギターバッグと共に出てきた。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます」
「一応謝っておく。すまんかったな」
「え、なんでですか?」
謝るべきは俺の方だ。ずっとギターを預かってもらっていたんだから。
「そのギターな。勝手に弄らせてもらった。・・・・・・絃を張り直して左利き用にな」
「それは・・・・・・」
「確認してみてくれ」
「え、あ、はい」
言われてギターバッグを開くと、中に入っていたのは懐かしい赤いエレキギター。
だが、確かに絃が全て逆に張られている。
――謝るなんてとんでもないことだ。
だってこれは、これから楽器屋に行って自分でしようと思っていた。これだけはどれだけ時間が掛かるか分からなかったし、間に合わなかったら音楽室のギターを使うことになる。だけど、これならこのギターを使って演奏できる。
「使えそうか?」
「はい、はい・・・・・・」
深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、大先生」
「無駄じゃねえならよかった」
「はい」
「・・・・・・おう。じゃあな。気を付けて帰れよ」
そう言って去っていこうとする大先生の背中に声を掛ける。
「あの、すみません! あと一つだけお願いがあるんすけど」
「なんだ?」
「一週間。日中でいいんです、ここでもう一度ギターの練習をさせてください」
またもう一度深く頭を下げる。
「日中って、お前授業はどうすんだ」
「来週から文化祭で。準備期間に入るんです。授業は午前中だけで終わるんで、それから今の生徒が来るまで使わせてもらえれば」
「なるほどな」
大先生はゆっくりと頷き、
「・・・・・・好きにしろ」
「はい! ありがとうございます!」
最後にもう一度頭を下げてギターバッグを背負う。
「俊太郎」
「え、はい」
「よく戻ってきた」
「はい」
お礼を言って、また歩き出す。
次の目的地は涼音の家。
涼音にはギターを弾くことを伝えたかった。
ドアホンを鳴らすと、気の良さそうな女性が出てきて、
「あら、俊太郎君じゃない! 随分久しぶりねえ」
「おばさん、ご無沙汰してます」
本当に久しぶりだ。
涼音がアパートまで押しかけてくるおかげで、彼女の家まで来ることなんてほとんどない。それこそ新年の挨拶をしたとき以来ではなかろうか。
「ギターバッグ背負っているあなたを見るのも久しぶりだわ。手の怪我はもういいの?」
「ええと、そうですね、よくはないんですけど頑張ってみようかなと」
「偉いわねぇ」
「いや、それほどでも。ああ、ええっと」
「あ、ごめんなさい。ついつい話し込んじゃったわ。涼音に用事よね?」
「はい、すみません」
おばさんは「ちょっと呼んでくるわね」と家の中へ戻っていく。
その後姿を見送り、俺はまた少し考え事をしようと目を瞑る。
今の自分のやっていることが本当に正しいのか。
アリスはどう思っている?
どうしてほしいのだ?
あの時――水族館での帰り道に言った言葉が独りよがりなら、そうだとしたら。
今やろうとしていることもまた独りよがりなのでは?
そんな気持ちが離れない。自問自答を繰り返す。
「俊太郎」
名前を呼ばれる。
「俺は、何をしてるんだろうな」
声の主に問いかける。
「わかりませんよ。私は俊太郎じゃないですもん」
「そりゃそうだ」
「でも、何しに来たか分からないなら、どうしてここに来たかもわからないんですか」
「いや」
違う。
「もう一度、ギターをやる」
はっきりと、そう言えた。
「はい」
「文化祭の前夜祭ライブで、一曲だけ。アリスと一緒に立ちたいと思った。それをお前に伝えようと思って」
「そうですか」
目を開くと目の前に涼音が立っていた。
「なんかしてみようって思ったんだ。いつまでも立ち止まっていちゃいけないというか、いられないというか。・・・・・・ごめん、俺も自分の中で上手くまとまってないんだけどさ」
「・・・・・・そうですか」
涼音は何故だか寂しそうな表情を浮かべて、
「で、あっちこっち顔出ししてると」
「まあ、そんなとこ」
「次はどこに行くのですか」
「次は・・・・・・」
行き先は決まっている。
「アリスの家だ」
「帰ってきてないかもしれませんよ?」
「それなら家の前で待つまでだ」
「その覚悟や良しですね」
言って、涼音は靴を履き「ちょっと出かけてきます」と屋内に向かって言うと、何か二、三言会話をして外に出てくる。
「お供しますよ。俊太郎」
「え、そ、そりゃありがたいけど、いいのか?」
「はい。私もアリスちゃんのこと気になってましたから」
俺たち二人はアリスの家に向かう。
ドアホンを鳴らすとアリスの母親が出てきた。
面識のある涼音が対応してくれて、
「どうだった?」
「結構ラッキーですよ、撮影は今日までらしくて。もうすぐ戻ってくるとは思うとのことです」
「それは確かにラッキーだな」
「上がって待っていても。と言われましたが・・・・・・」
「そこまでの迷惑はかけられないさ。ここで待つ」
「そういうと思って丁重にお断りしておきました。――でも、長くは待てませんよ。それはそれで迷惑になりますからね」
「ああ、わかってる」
まあ、そこまで待つことはないだろう。何故かそんな予感があった。
「でも、話す用があるならメッセージでも送ればいいのに」
「今の俺が何か言っても既読無視されるだろうよ」
「それは、そうかもですけど」
「だから待つ。それに」
「それに?」
「きっと、アイツの顔を見て話した方が冷静でいられそうだから」
「そうですか。・・・・・・でも、なんだかちょっとだけ昔を思い出しますね」
「あ?」
涼音の方へ顔を向ける。
「昔ってなんのことだよ」
「俊太郎がアリスをスカウトした時の話ですよ」
「・・・・・・ああ、そんなこともあったな」
懐かしい話だ。
俺はギター。
涼音はピアノ。
アリスは歌。
俺達がミュージックスクールに通う時間や曜日が違っていた。でも、どうしても俺はアリスと組みたかった。あの歌声に惚れた俺は、彼女が教室から出るのを今のように外でずっと待っていたのだ。
「懐かしいですね」
「・・・・・・そうだな」
目を閉じれば思い出せる光景だ。
あの頃は気弱で、引っ込み思案だったアリス。
そんな彼女に俺は手を差し出して――、
「・・・・・・きたか」
思考を遮るように車が止まる。
そして、後ろの席から見覚えのある少女が気だるげに現れた。
「よお、アリス」
「あ?」
アリスはギロリと視線をこちらに向けると、俺達の存在に流石に意外だったのだろう。驚いた様子で
「え、な、シュンタロー、涼音も・・・・・・」
「こんばんは、アリス」
「な、何しに来たんだよ!」
睨みつけられる。
こういうとき、昔はいつも怯えた様子だったと思うのだが、随分と勝気になったもんだ。
でも。足が一歩後ろに下がっている。根は変わらないのかもしれない。
「用があってきた」
「だから、何の用だよ」
「一週間後に文化祭があること、アリスも知ってるよな」
「・・・・・・え、お、おう」
「その前夜祭。二人でライブができる。――だから、俺と舞台に立ってほしい」
あのときと同じように俺は手を差し出す。
「もう一度、お前と音楽がやりたいんだ」
「・・・・・・音楽ってお前、もうギターは・・・・・・他の楽器でもやるつもりか?」
「まさか。俺の背負ってるものが見えねえのかよ」
「で、でもでも、どうやって!」
「おいおい。常識的に考えろよ」
「はあ?」
「俺には右手もあるんだぜ? たしかに左手では絃が押さえられないけどな、まあ、それだけなんだよ」
「自分で言ったよな? あと一週間だ。そんなことできるわけ・・・・・・」
「は? あと一週間もあるんだが?」
ただの強がりだ。あと一週間しかない。
でも、弱音は吐かない。
「ああ、それとも天下の歌姫様は喉の調子が不調かな?」
俺は煽るように言う。
これは勝負事じゃない。煽ったところで何の意味もないのだが、アリスは挑発に乗るかのようにニヤリと笑って、
「おいおい、そんなわけねえだろ。お前の音だって、あたしの歌の前では置いてけぼりだ」
「ああ、それを試してみようぜ。セイレーン」
「吠えずらかくなよ」
差し出した手が握られる。
あの頃はもっと普通に勧誘したはずだったが、今の俺達はこれでいい。この方がずっと俺達らしく感じられる。そうだ、俺達はずっと舞台で戦ってきたのだから。
「明日からはちゃんと学校来いよ。詳しい日程と時間はそこで教える」
「当たり前だろ。今日までは断れない撮影があっただけだ」
「そうかい。じゃあ、また明日だな」
「おう。涼音もまた明日」
「あ、ああ、はい。また明日・・・・・・」
最後ににっこりと笑って、アリスは自分の家へ入っていく。
俺達はそれを見届けると、
「ふう」
一仕事終えたぜ。そう思いつつ息を吐く。
だが、隣の女が今度は不機嫌だった。
「俊太郎?」
「あん?」
いったいどうしたというのだ。
「仲直りするつもりじゃなかったんですか」
「あ? だからしただろ。今」
「――これから反省会です。俊太郎」
「反省会って、いや、待てよ」
ギターの練習もしたいのだが。
「ほら、行きますよ」
「行くってどこに」
「あなたの部屋に決まっています」
涼音に引っ張られる形で自宅へと戻る。
部屋に入った途端、涼音は深い溜息を零した。
「どういうつもりなんですか、俊太郎」
「ど、どういうつもりって」
「アリスと仲直りするつもりじゃなかったんですか、言いたいことがあったんじゃなかったんですか」
「いやだから、仲直りはしただろ」
言いたいことは確かに言っていないが、それは別にすぐすぐである必要はない。
「あんなものが仲直りなものですか。あれじゃ喧嘩の延長線です!」
「そんなことはないだろ、多分」
俺の言葉にまた大きく溜息を零して、
「で、あんなこと言ってどうするつもりなんですか」
「どうも何も、普通に演奏するだけだ」
「普通にって、あなたはそれができなくなったんじゃないですか!」
涼音の懸念も分かる。普通ならどうしようもないだろう。
しかもあんな啖呵を切ったところだ。これで何もできることがなければ俺とアイツの溝は決定的なものになる。
「でも、何とかするさ」
部屋に立て掛けるように置いてあるギターバッグ。
その中から、絃を張り直して左利き用へと生まれ変わった相棒のギターを見せつけた。
「・・・・・・ギターの絃、逆になってますね」
「ああ、大先生が直しといてくれたんだ」
「そうですか・・・・・・」
「幸いこれから文化祭準備で授業もほとんどなくなるからな。その間はギターの練習に使えるんだ。舞台に立っても恥ずかしくはないくらいに仕上げてみせる」
「でも、結構無理しないといけないですよね」
「無理は承知の上だ」
「・・・・・・いいんじゃないですか、頑張らなくても」
「ああ?」
突然の彼女の言葉に眉間を寄せた。
「だって、今から練習したって一週間とちょっと。そんな期間で三年間のブランクは埋められると思いますか? それに手だって今までとは逆になっちゃってるんですよ? どんなに頑張ったって・・・・・・」
彼女の言いたいことは分かる。
サボりにサボってきた俺が、今から頑張ったところで世界に名高い歌姫の横に並ぶなんて無謀もいいところだ。
まだ上手く弾けるかどうかもわからないし、できたところで彼女と比べたらお遊戯――高校の文化祭レベルとしてはそんなもんですねと言ったところだろう。
「アリスちゃんだって、ちゃんと話せば分かってくれますよ。もう前みたいに演奏できないんだって、もう手が動かないんだって」
「・・・・・・かもな」
それはそれで怒られそうだけど。
「だったら――」
「でもさ」
割り込んで言う。
「これは最後のチャンスなんだって、そう思う」
「最後のチャンス、ですか?」
「きっとこの機会を逃したら、俺は本当に立ち上がれなくなる。前に進めなくなるって、そんな気がする」
「いいじゃないですか・・・・・・それなら進まなくても」
「そんなわけにはいかないんだよ。てか、いったいどうしたんだよ。さっきからまるで俺にギターやってほしくないみたいなこと言って」
ギターから目を離して、彼女へと視線を向ける。
「だって、演奏したら、またギターやるようになったら」
彼女は泣いていた。
「また、私から離れていっちゃう・・・・・・」
「離れるって、そんな」
「中学の時、勉強を理由にキーボードやめたの覚えてますか?」
「ああ」
本気でプロになれると思っていた頃。
俺のギター、涼音のキーボード、アリスの歌で日本だけじゃない、世界を目指してやっていくんだって。でも、それはとてつもなく難しいことも分かる歳だった。俺は彼女が抜ける気持ちも理解できていた。
「あれ、本当は違うんです」
「違う?」
「そう、あなたは鈍感だから絶対に気が付かないだろうなーって思っていました。最後まで気が付きませんでしたね。・・・・・・私、あなたとあの子が一緒に笑ってるところ見るのがつらかったんです」
頬を伝う涙を拭うことなく、笑顔を作っていた。
「私もあなたと同じ夢を見ていたかった。プロになって、同じメンバーでずっと音楽やっていくんだって。あなたの横で、あなたと一緒に、あなたとずっと同じ夢を見るんだって、でも、それが無理なんだって、三人でやっていく度に思えてきた」
「・・・・・・どういう、意味だよ」
「俊太郎、アリスちゃんの歌を聴いているときって、すっごく優しい顔をしているんですよ。あ、この人が好きなのは私じゃないんだって。私はただの友達で、あの子は特別なんだって、わかっちゃいました」
「そんなことないだろ」
だって、俺は誰かを特別だなんて思ったことはない。
「あります。だって、ずっと一緒にいたんだもん。あの子よりずっと長くあなたのこと見ているんですよ、私」
でも、そう言い切られてしまう。
たしかにアリスの歌は最高の声だと思っている。それでも、それは才能に対して特別だと思っているだけであって、個人に対してはいい友達だと思っていて。
「あなたがギターをまた始めたら、きっとまたあなたはあの子に手を伸ばす。今度こそ一緒に、同じ舞台に立とうって足掻くに決まってます」
「足掻くなんて、そもそもアイツと同じ舞台でやってくなんて無理だよ」
もう叶わない夢だ。
あまりにも距離が離れすぎている。
「私、酷い女だなって、最低だって思います」
涼音は顔を伏せて、
「私が俊太郎から夢を奪った。でも、私、あなたがギターを弾けなくなったって知ったとき、安心したんです。夢を追いかけなくなったら私とずっと一緒にいてくれるかもしれないって。そんなこと思っちゃいけないのに、その気持ちがずっと頭から離れなくて」
「安心、か」
「あなたがまた夢を追いかけるなら、私はきっと応援しなきゃいけないんだって思います、でも、そんなのできなくて・・・・・・」
「・・・・・・」
「ねえ、いいじゃないですか。頑張らなくたって」
「そういうわけには、いかない」
「私はいいですよ、今のあなたのままで。夢とか、目標とか、そんなこと考えなくて。だらだら過ごしているだけで。私がずっと養ってあげますから」
なんでだよ。
なんでそこまで献身的なんだよ。
「好きです。ずっと好きだったんですよ、俊太郎」
「涼音・・・・・・」
「お願いします。あなたの音を私にください。ずっと一緒にいてください」
なんで俺なんかにそんな告白するんだよ。
なんで俺なんか好きになるんだよ。
昔からどうしようもなく自分勝手なやつだっただろ。
俺の夢のために無理やり引っ張って、勝手に怪我して、勝手に拗ねて、お前が背負うものなんて何も、何一つ欠片もないだろ。
「・・・・・・」
そう口にするのは簡単だけど。
「・・・・・・一曲」
「え?」
「一曲やる、聴いてくれ」
それだけ言って、用意を始める。
押入れに入れっぱなしのアンプ内蔵スピーカーを引っ張り出して、それをギターに繋げた。ピックを握っていた手で絃を押さえる。
絃を押さえていた手でピックを握る。
絃を弾く。
音が奏でられる。少し調整をして、
「よし」
音が連なって一つの曲となっていく。
アイツが作って、アイツを世界へと至らせた最初の曲。
しかし。
へったくそな音だな・・・・・・。
思わず笑いそうになった。
コードはちゃんと覚えていたつもりだったんだが、久しぶりにやればこんなもんか。
簡単なところでミスって音が歪になる。
でも、演奏は止めない。歪な方が今の俺らしい。
俺は伝えないといけない。こんな俺でも立ち上がれたんだって、またもう一度歩こうとしているんだって。
そんな思いを込めて絃を弾き。
そして曲は終わっていく。
余韻を残して音が閉じていく。
「・・・・・・もう、弾けたんですね」
少しの間を置いて、涼音は呟くように言った。
「ああ」
「練習、してたんですか」
「第二音楽室に使ってない左利き用のギターがあっただろ、誰もいないとき、あれで隠れて練習してたんだ」
「どうして? なんで、黙ってたんですか」
「・・・・・・格好悪いと思った」
身勝手すぎると自分でも思う。でも、嘘はもうつけない。
「やめるっていったのに、ギターが手放せないことも。今まで弾けていたのにそれができなくなった姿を見せることも。指に肉刺ができて、それがつぶれて泣いてるところも。夢を捨てられないでもがいてる姿も。どれも格好悪くて、あんまりにもダサくて、誰にも見せたくなかった」
「・・・・・・そっか」
そう呟いて、
「ずっと立ち上がろうとしてたんですね」
「・・・・・・ごめん、黙ってて」
今まで一番俺のことを心配してくれていた。
ずっと俺のことを好きでいてくれたんだ。
これからもずっと俺の手を引いてくれようとしていたんだ。
「あーあ、やっぱり負けちゃいましたか・・・・・・」
涼音は努めて明るい声で。
「ヒモになって宣言って、結構男の人的にはくるものがあったと思うんですけど」
「負けたとか、そういうんじゃ」
「でも、私のことはフるんですよね」
「それは・・・・・・」
「いいんですよ。私のことそういう風に見れないんですよね」
「ごめん」
もう一度謝る。
どうして涼音の告白に頷けないのか、自分でも分からなかった。
彼女のことが嫌いなわけない。ずっと一緒にいたんだ。嫌いになれるわけがなくて。むしろ好きだと持っている。彼女が恋人だったら楽しい時間を過ごせるかもしれないなって思う。
――でも、涼音の気持ちに応えたらまるで嘘を付いている気がしたのだ。
「・・・・・・ねえ、俊太郎」
「なんだ?」
「私達、幼馴染ですよね」
「ああ」
「友達ですよね」
「もちろんだ」
告白したから、告白されたから、だからって関係が変わるわけない。
「アリスちゃんはどうですか」
「アリス?」
なんでアリスが出てくるんだ。
「さっき俊太郎が演奏した曲、セイレーンの曲ですよね?」
「あ、ああ」
「アリスちゃんがプロになって最初に作った曲。あなたへ贈った最初の歌。あなたの夢を応援して、二人の夢をいつかって、そう思って作った曲」
「俺に贈る?」
意味がよく分からなかった。
「アリスちゃんが言ってました。『あたしの歌は全部シュンタローのためにあるんだ』って。彼女が作る歌は全てあなたに贈られたものなんです」
「まさか」
にわかには信じられなかった。
「アリスちゃんの曲、全部聴いたことあります?」
「あ、ああ・・・・・・」
なんだかんだ発売したアルバムは全て買っている。
「でも、なんだ。・・・・・・別に俺なんて関係なかっただろ」
テーマだってもちろん知っている。しかし、どれも俺に当てはまるものなんてなかった。新曲の『恋人との再会』なんてまったく繋がりないじゃないか。俺とアイツはそんな関係じゃない。
「俺はただ一番練習した曲だから演奏しただけで・・・・・・」
「どうしてアリスちゃんの曲を一番練習したんですか?」
「それは・・・・・・」
「他にもいっぱいあります。簡単なものから難しいものまで。セイレーンだけがヒットソングじゃありません」
「それは、まあ、そうだな」
その通りだ。
それなのにどうして俺はセイレーンを選んだ?
アリスの曲だから?
いや、でも、俺はむしろセイレーンの曲を遠ざけていたくらいで。アルバムも幼馴染が出したものだし買っておくかと思っただけで。
「俊太郎」
「なんだよ」
「ちゃんと自分に正直になってくださいね」
「正直って?」
「はい。そうじゃないとフラれた私が報われないじゃないですか」
そんなこと言われても、何を正直になればいいのか。
「俊太郎にとって、やっぱりアリスちゃんは特別なんですよ」
「そんなこと」
ない。
ないはずだ。
だって俺とアリスは幼馴染で、友達で。一緒にやってきたパートナーってだけで。
「さーて、私はそろそろ帰りましょうかね」
「あ、ああ」
俺も立ち上がる。
「送ってく。もう遅いし」
「いえいえ、大丈夫です。近所ですから」
「そうかもしれないが・・・・・・」
「今日くらいは一人にしてくださいよ」
そう言われてしまうと引き下がることしかできない。
「俊太郎が、ずっと前を見ようとしていたんだって知れてよかったです」
「・・・・・・寄り道ばかりだったけどな」
その時間ばかり使っていた気がする。けども、
「これから頑張るよ、俺も」
拳を差し出す。
「はい、頑張ってください。親友」
「ああ、ありがとう。親友」
コツリと、俺の拳に涼音の拳が当たった。




