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「んぁあ・・・・・・」
スマホで設定した目覚まし時計の電子音に起こされる。
まだ寝惚けたままの思考でベッドから起き上がり、欠伸をしながらテレビのリモコンを操作してテレビの電源を入れる。
そうして付いた番組は朝のワイドショー。昨日のニュースを簡単に解説しているところだった。俺は日頃からニュースなんて観ないし、「そいえばそんなこと聴いたな」程度の内容をぼけーっと眺めながら、
(あー・・・・・・準備しないとまずいか)
ニュースの内容は頭に入ってこないが、テレビ画面の左上――現在時刻七時四十三分という情報は不思議と理解できた。
これ以上時間を潰していると今日も遅刻だ。そろそろ内申点が心配になってくる。
「いや、今更か・・・・・・」
高校三年の秋――進学せずの就職組ならばとっくに内定を得ているだろう。
進学組ならばあと三ヶ月もしないうちに大学入学共通テストが始まる。今頃は勉強漬けになっているはずだ。誰しも将来のことに目を向けている。卒業できるかどうかなんて人間はそうそういない。
ちなみに俺は就職希望ではないし、進学希望というわけでもない。
つまりは少数派だ。マイノリティだ。何も考えず、何もせず、周りの焦燥も他人事のように感じる宙ぶらりんな状態だ。
・・・・・・とはいっても、さすがに高校留年なんてダサいことはしたくない。
よっこらせと年寄り臭い声を出しつつ、ベッドから立ち上がろうとしたところで――ニュースのコーナーが切り替わる。
次に始まったのはエンタメのコーナー。
俺には、いや誰しもが誰がピックアップされているのかは大方予想できていた。
絶対にあの女だ。
聴きたくない。
そう思うのに、テレビから視線を外すことができないでいた。
そして予想通り、画面の中に現れたのは可憐な少女の姿だった。
シンプルで気品のある白いドレス。
腰まで伸ばされた鮮やかな水色の髪。
同い年とは思えない大人びた表情。
「――――」
耳に入ってくるのは深く澄み渡ってくるような歌声。
あまりにも美しいその声は伴奏の音楽を置いていってしまう。
歌声と歌い手の姿だけが残る。
実際にはそんなこと有り得ない。歌のためのメロディはちゃんとある。
しかし、彼女の声に対してそれは耳に残らないのだ。
「――歌姫か」
『お聴きしていただいたのは先週発売された「セイレーン」のNEWアルバムは当然の如くオリコンチャート1位。今回もDL再生、CD売上ともに圧倒的な差となっております。世界中で絶大的な人気を誇っている彼女。まさに歌姫といったところでしょうか!』
演技なのかなんなのか興奮気味に話す司会者。
「・・・・・・歌姫。歌姫セイレーン、ね」
随分安直で尊大な名前とも思うが、彼女の歌声を表すにはふさわしいかもしれない。誰しもを虜にして離さないあの声はまさしく魔性――魔物のそれだ。
「まあ、いいけどな」
溜息を零しつつテレビを消して、今度こそ着替えようとベッドから立ち上がった。
これが俺――、相模駿太郎の一日の始まりである。
洗面台の前に立ち顔を洗う。鏡に映る黒髪の男の顔は何とも不愛想な表情をしていた。
体型は太くもなく、細くもなく。身長も百七十六センチと平均的な背丈だ。つまりいたって普通の高校生なのだが、この顔つきが問題なのかちょいちょい不良と勘違いされるのが気になるところである。俺は品行方正――ではないか。それは認める。
制服を着て学校へ向かう。
通う学校は私立藤ヶ峰高等学校。
普通科だけでなく、通信教育もやっており、俺の暮らす街ではそこそこ大きくて評価も悪くはない。とはいっても田舎に片足突っ込んだ街の学校だ。遊べる施設なんてものは近所にないから寄り道もできないという具合である。
住んでいるアパートからはそこまで離れているわけではない。せいぜい徒歩十分くらいのもので、俺が普通に起きられたら遅刻なんてそうそうない。今回もギリギリではあるが間に合うはず――と思ったが、しかし。授業に出るとは誰も言っていない。
いや、出ようとは思った。
出る気満々だった。
・・・・・・ちゃんと時間通り歩けていれば。
欠伸しながらだらだら歩いていたら、俺が学校に着いた時には既に正門は固く閉まっており、時代遅れの生活指導が好きなゴリラが門番の真似事をしていたとなれば、馬鹿正直に教室へ向かうことはできない。
「・・・・・・さて、と」
俺は泣く泣く諦めて、正門とは反対にある裏口近くの壊れた柵をこっそりと乗り越えて校内へと侵入した。
そして、今日はいつものサボり場で昼寝を決め込むことにする。
音を立てないように階段を上ること最上階。これまた音を立てぬように細心の注意を払いながら重い扉を開けて中に入る。
「お、よっすー」
「やあ、相模」
開けた空間――屋上には男二人の先客がいた。
「人がばれないように開けてんだから声かけるんじゃねえよ、馬鹿野郎共」
深々と溜息を零す。
「いやいや、もうチャイム鳴ってるし、ホームルーム始まってるし。こんなとこ誰もこねえだろって。鍵が掛かって立ち入り禁止ってことになってんだからな」
髪は茶髪。ブレザー代わりにグレーのパーカー。八割は私服であろう格好のあからさま不真面目な奴――白井一誠は笑いながら言う。
「そうとは限らんぞ」
一誠と違って制服着崩すことなく、髪の毛も染めるどころか弄っている気配すらない。いかにも真面目そうな男――山木竜蔵は眼鏡を上げながら言う。
「貴様らは相変わらず裏口から入ってきたかもしれんが、正門の方は登校時間が終わるなり、すぐさま締めてゴリラを配置したようだし。何やらいつもと雰囲気が違ったからな、学校内も警備が厳重かもしれん」
「ほへー、そうだったんか」
「警戒の必要無しということはあるまい。すまんな、相模」
「いいけどさ」
傍から見れば俺達は異質な組み合わせだ。
当の二人だってそう言われたら笑って頷くだろう。というか、今だって俺達は全員友達と思っていないまである。
俺達がつるむようになったのは些細なきっかけだった。
一誠は高校デビューに失敗して時間を潰せる場所を探していて、
竜蔵は親が厳しいらしく、何にも縛られずに過ごせる場所を探していて、
俺は・・・・・・まあ、適当にサボれる場所を探していて、
俺達は鍵のかかった屋上に行きついた。
そのドアの鍵が壊れていてコツを掴めば開けられることを知って、こうしてここに集まるようになっていったのだ。
ずるずるとつるむようになってから、もう二年以上も経つのかと考えてみると感慨深いが、これといって何かをしているわけではない。くだらない話をするだけ。俺自身も二人に友達という意識を持っていなかった。
「・・・・・・それよりもお前ら何やってんだよ。授業はどうした授業は」
今日は一人静かに過ごそうと思っていたのにそれが台無しだ。
そもそも俺が学校に着いたのは丁度ホームルームが始まった辺りだったはず。そんな俺よりも早く学校に着いているのならば、サボらず遅刻せず授業は出られたはずである。
「いやー、鞄忘れちまってさ。ほら現国の柏木って忘れ物に厳しいじゃん? だから今日は別にいいかなーって」
「お前何しにきてんだよ。鞄は普通忘れねえよ」
「私は白井とは違う。今日はのんびりと読書の気分だったのだ。体調が悪いから保健室へ行くと先生にも伝えてある」
「サボってる時点で同レベルだよ」
ドヤ顔で言うことじゃない。
「まったく、お前ら卒業できなくなっても知らねえぞ」
「それはこっちのセリフだぜー。これでもちゃんと計算してサボってるし。お前こそちゃんと就活してんのかよ」
一誠が言う。
「就職希望じゃない」
「それでは進学希望なのか。勉強や内申点は重要だぞ?」
竜蔵が言う。
「そっちも希望してない」
「だったらどうすんだよ」
「・・・・・・共通テストぼ出願は出したよ」
朝からげんなりする話題はやめてくれ。
俺は鞄を枕にしながらコンクリートの地面に寝っ転がる。
あー、今日も空は青い。もう秋だというのに肌寒くもないし良い昼寝日和じゃないか。
「昼寝ってほど日も高くないけどな」
「うるせえよ。心の中を読むんじゃねえ」
「これでも心配しているんだ。目的がない。夢もない。そんなことは今時珍しい事じゃないじゃないが、いつまでも何もしないなんてわけにはいかないだろう。就職も進学もしないならばニートにでもなるつもりか?」
「最近ネオニートっていうのがいるらしいな」
「それって株とか投資とかで儲けている奴らの事だろ? お前なんかやってんのかよ?」
「やってるように見える?」
「見えねえから俺らに言われてんだろ。このままじゃお前ガチでやべえぞ」
「あー、はいはいわかってるわかってる」
二人の話はこれ以上聞く気はないというアピールに目を瞑る。
何もしないってわけにはいかない。そんなことはわかっている。それこそ三年前から。
一誠はAO入試で専門学校の進学が決まっている。
竜蔵も指定校推薦でわりと有名な東京の大学へと進学。
・・・・・・将来が見えている奴らには何も見えない奴の気持ちなんて分からないさ。
内心毒づきながら息を吐き出して穏やかな風を感じていると、やがてゆっくりと意識に靄がかかってくる。
(あー、嫌な予感だな・・・・・・)
浅く沈んでいく意識の中でそんなことを思う。
それから思い出されるのはいつもの悪夢だ。――俺を縛り付ける声と景色と結果だ。
赤く染まったアスファルト。
誰かの泣き叫ぶ声。
野次馬の足音。
けたたましいサイレンの音。
「残念ですが――あなたは――先――その腕で――を――できない――」
そんな誰かの言葉で夢が途切れて。
息を荒くして飛び起きる。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
予感がした辺りで無理にでも意識を起こせばよかった。
・・・・・・最悪な気分だ。
「おう、大丈夫かー?」
「その様子だといつもの悪夢といった感じだな」
一誠と竜蔵から声を掛けられる。
二人の前でこうなるのは初めてのことじゃない。初めの頃は心配もされたが、今は慣れた様子でいつものように接してくれる。
「ああ、大丈夫・・・・・・」
返事をしながら腕時計の時間を確認すると、今は二限の授業の半ばくらい。だいたい一時間くらい眠っていたらしい。
「思いの外寝てたな・・・・・・」
「あー、あるよな。俺もよくやるわ。ドンマイドンマイ」
起きていたはずのこいつらは何故授業に行っていないのか、まあまあ気になるところであったが、気にしないようにしておく。
「しかし、悪夢を見続けるのは考え物だな。やはり病院など行った方がいいんじゃないのか。何か改善するかもしれないぞ」
「おいおい考えるよ」
「そう言って既に二年近く経っているんだが、まあいいか」
悪夢を見るようになってから、どこか病院に行った方がいいというのは竜蔵だけじゃなくいろんな人から言われている。俺もカウンセリングやらで解決するならば・・・・・・と思うことはあるのだが。
(俺は)
・・・・・・俺はこの悪夢を忘れてはいけないのだ。
「あ、そうだ! ネガティブなときに聴くと最高に上がるやつがあるぜ!」
そう言って一誠はパーカーのポケットぁらスマホを取り出し、イヤホンをこっちに渡してくる。
「なんだよ、お経か?」
「ちげえよ。何も上がらねえだろそれ」
「じゃああれか。エロいやつか。なんちゃら音声ってやつ」
「ちげえよ! そんなもん街中で聴きながら歩いてたら、俺変態じゃねえか!」
「ちぇっ、違うのか」
言いながらイヤホンを受け取りつつ、片耳にいれた。
そうして流れてきた曲は朝にも聴いた美しい声で、思わず顔をしかめる。
「セイレーンさ、デビュー当時からずっと大ファンなんだけどさ、今回の新曲もやばいのなんのって!」
「たしかに。私も今回の新曲は今までよりも胸に来るものを感じている。彼女の歌は恋をテーマにしたものが多いのだが、その喜び、楽しさ、悲しさ、切なさ、テーマとした感情の一つ一つを感じることができる。今回はたしか『恋人との再会』がテーマだったか。白井にしてはいい選曲だな」
そんなことを言いつつハイタッチする二人。
俺はイヤホンを外して一誠に返した。
「あれ、お前ってセイレーンに興味ない感じ?」
「流行りのものにはハマらないタイプなんだよ」
「それはもったいない。歌姫の曲はどれも素晴らしいんだ!」
「そうだぜ! 白いドレスと相性抜群の長い水色の髪、ミステリアスな雰囲気と大人びた表情。ビジュアルも完璧! 歌声も最高! これでハマらなかったら何にハマるんだよ!」
「好みは人それぞれだろ」
「え、もしかしてお前って・・・・・・そっち?」
「柵から投げ落とすぞテメェ」
まったく失礼極まりない奴だ。
「冗談冗談。いやさ、でも本当に最高なんだよ。あー、お近づきになりたい。彼女、同い年なんぜ俺達と」
「握手会とか参加すればちょっとくらい話せるんじゃね」
「いや、無理だな」
竜蔵がすぐさま否定する。
「なんでだ」
「単純にやっていないのだ」
「やってない?」
「そそ、コンサートやライブ以外はごく稀にテレビのショートインタビューに答えるだけで、基本的にはファンに向けてのイベントはしてないんだよ。私生活も謎だし、マスコミもスクープを取れない。だから尚のことミステリアスな歌姫ってイメージが定着してるんだ。ま、そういう事務所の意向かもなぁ」
「へえー」
「興味なさすぎだろ」
「いや、そんなことないけど」
多少なりともファンサービスはしているのかと思っていたが、そんなことはないのか。
つまり彼女は本当に歌だけで、しかもたったの三年ほどで今の地位を築き上げたということになる。
「・・・・・・やっぱりとんでもないやつだな」
「お、歌姫のすごさがわかってきたのか?」
「いいや、どちらかというと再確認だ」
俺の言葉に「なんだそら」と一誠は首をかしげる。
「こっちの話だよ」
適当に返事をしたところで、スマホにメッセージ着信音がポケットから聴こえた。
「マナーモードくらいしておけよ。本当に内申点やべえぞ」
「ほとんど鳴らねえんだよ」
自分で言っていて虚しくなるが、それが事実である。
こうやってつるんでいる竜蔵や一誠とも休みの日まで日常的に話すことはない。
何かとお節介を焼いてくるやつは連絡を入れる前に俺の住んでいるアパートにくるし、なんなら合鍵で勝手に部屋に上がってくる。
他に親しい奴もいない奴もいないから、スマホが鳴ることなんて滅多にない。マナーモードにし忘れてしまうというのも仕方のないことなのだ。
「さてさて、一体誰ですかね」
ポケットからスマホを取り出して確認してみると、
「・・・・・・げ」
ほとんど見ることのない懐かしい名前からだった。
「なんか重要な件だった感じ?」
「・・・・・・いや」
重要ではないけど面倒臭いことだった。
「誕生日とか正月とか、それくらいにしか連絡を入れてこない、そんな奴からだ」
そんな奴から、もう着くから迎えにこいという連絡。
そういえば近々帰ってくるなんて話をされた気がする。そうか、今日だったのか。いよいよ学校に来るんじゃなかったと思ってしまう。
しかし、だ。
無視するとそれはそれで面倒なのは目に見えていた。アイツはそういう奴なのだ。
「はあぁぁ・・・・・・」
溜息を零しつつ立ち上がる。
「どうした、三限まではすこし時間があるが?」
「授業じゃねえよ、ただの野暮用」
授業の方がずっと楽だった気がするが、もう運が悪かったと思うしかない。
未だにぐだぐだしている二人に「お前らも授業出とけよ」と一言残してから、枕にしていた鞄を左手で拾おうとして――落とした。
「お、大丈夫か?」
「手、滑らしただけ」
何やってるんだかと右手で拾い直し、今度こそ呼び出された場所まで向かう。
といっても大した場所でもない。この学校の地下にあるただの駐車場だ。
ただ地下駐車場というだけあって、職員の一部が使っているだけでほとんど目立つことはないし、アイツにとっては都合のいい場所だろう。
屋上から階段を下り続けてその場所まで着くと、そこにはすでに顔見知りの非常勤の教師である鈴本亮がいた。
「お、亮セン」
亮センというのはこの男のあだ名だ。身長百八十八センチと少し大柄で、かといって鍛えているような体格ではない。顎の無精髭の何とも似合う男だ。彼とは昔馴染みで普段はアニキと呼んでいるのだが、ここの教師とのことで亮先生を略してそう呼ぶようにしている。
「駿太郎――じゃなくて、相模。ここではちゃんと先生って呼べって」
「今更だろ、そんなの。それに今は俺とアニキしかいねえだろ」
「そらたしかに――じゃなくて、でも一応学校なんだからさ」
「まま、そう堅苦しいこと言うなって。俺達の仲だろ?」
「そりゃそうなんだが・・・・・・はあ・・・・・・まあいいや。で? もちろんお前も呼ばれたからここに来たんだよな?」
アニキの言葉に頷く。
「じゃなかったら別の場所でサボってるよ」
「おい、サボるのは良くないぞ」
「あー、はいはい。今のは言葉の綾だ。お前もってことは、アニキも呼ばれたんだろ」
「ああ、直々のご指名だよ。まったくアイツは強引なんだから」
「昔から成長してないよな」
「してないしてない。する気もないだろ」
そんな会話をしていると、一台の車が入ってきて俺達は口を閉じる。
見るからに高そうな黒い車は俺達の傍へ停まって、それから後部座席が開くと、
「あー、やっと着いたかよー」
聞き覚えのある気だるげな声と共に一人の少女が姿を現す。
外国人である祖父母譲りの肩まで伸ばした金色の髪。
お世辞でも高いとは言えない百五十センチ前後の背丈。
黒いパーカーから覗く派手な柄ティーシャツに青いショートジーンズ、靴は黒のブーツというコーディネート。
アニキと俺を呼びつけた張本人の登場だ。
「だりぃ・・・・・・」
ぼりぼりと、服の中に手を入れて腹を掻きつつ欠伸をかましている。顔が整っている美人なだけにその仕草はあまりにも浮いていた。
そうして少女は俺達の方に視線を移して、
「おー、久しぶり。先生、シュンタロー。一人足りねえけど。涼音は?」
「涼音なら授業中だ。あんま無茶言うなよ。俊太郎がここにいるのもコイツが不真面目なだけなんだ」
アニキが答える。
「ああ、そっか。なら仕方ねえか。涼音は昔から真面目だもんなー」
少女は納得するように頷いて、
「お前らの顔だけでも真っ先に見られてよかったよ、久しぶり。先生」
「おう」
「シュンタローも久しぶり」
「どうも」
にへへと笑う女に溜息で返す。
「しかし随分豪胆だな。お前の正体がばれると困るだろ、歌姫セイレーンさん?」
「・・・・・・ああ?」
ギロリと睨みつけてきて、
「どうせバレねえよ。誰も素のあたしを見たって誰も信じないだろ」
そりゃそうだ。こんな不良に片足突っ込んだちんちくりんな奴がそうだとは俺も思いたくない。
「もちろん今の話を録音なりされてると困るけど」
「してねえよ」
――まったくもって信じがたいことだが、本当に信じられない話なのだが。
朝のワイドショーで紹介された歌姫。
竜蔵と一誠が絶賛した歌姫。
世界で評価される歌姫。
服のセンスも、言葉遣いも、全てが真逆な奴。そんな女が歌姫の正体。
幼馴染で、才能に溢れていて、誰の手にも届かない場所へたった一人で上り詰めた女。――天ケ瀬アリスという人間だ。
「それよりさ、シュンタロー」
「なんだよ」
「せっかく久しぶりに会ったんだ。ギター聴かせてくれよ」
無邪気な笑顔で盛大に地雷を踏み抜いてくる。
「あたしは天下のセイレーン様だからな。プロのギタリストだって何人も間近で聴いてきたんだ、あたしが今のお前のレベルを評価してやるよ」
「あ、アリス、それは・・・・・・」
アニキが間に入ろうとしてくれるが、俺はそれを手で制する。
なんとなくこうなるんじゃないかとも予想はしていた。だから、返答も決めてある。
「やめた」
「あ?」
「やめたんだよ。あんなの。どれだけやっても上手くならねえし、先の未来もまったく見えやしない。下らないことに時間も使ってられねえよなと思ってさ」
「・・・・・・あ?」
「お前は違うかもしれねえけど、いつまでも夢ばっかり見てられねえだろ。知ってるか? 音楽で成功するなんて一握りなんだよ。いや、一握りもいねえ。一粒がせいぜいだ。皆が皆、お前のように成功するわけじゃない。売れるわけじゃない。そんなこと続ける意味がどこにあるんだ?」
言い切ってみせる。ぶたれるだろう、蹴られるかもしれない。
そう思って身構えたが、アリスの反応はまったく違って、
「あっそ」
ただ一言だった。
「じゃあ、新しい趣味でも探そうぜ。あたしと一緒に遊べるやつ」
「ああ? ああ・・・・・・」
これといって気にする様子もない彼女に俺が困惑した。
「・・・・・・絶対キレると思ってた」
アニキも同じ感想だったようで、小声で話しかけてくる。
「俺もそう思っていたんだが・・・・・・」
「ま、プロになったわけだし、アマチュアの奴になんか興味がないんだろうな」
俺がそう結論づけると、アニキはどこか曖昧に、
「それは、たしかに、あるかもな」
「なーにコソコソ話したんだよ」
腹を殴られる。げほっと思わずむせつつ、
「お、お前、そこで殴るのかよ・・・・・・」
「あ? 人前でコソコソしてるからだろ」
それはたしかに不愉快だったかもしれないが、言葉の前に拳が飛んでくるところはまったくアリスらしい。
「さて、いくぞ。どうせ校長やらに挨拶しなきゃならねんだろ」
「あ、ああ、案内する」
アリスとアニキは歩いて行って俺は一人残される。
「・・・・・・さて」
俺は屋上に戻るか。用件は済んだ。
「なにやってんだ! お前もついて来るんだよ!」
「ええぇ・・・・・・」
どうやら解放されたわけではないらしい。
しかし、だ。
俺が付いていったところで、
「何故一般生徒がここにいるのかね!」
「さあ、なんででしょうかね・・・・・・」
場所は校長室。
校長と同席していた教頭から怒声をぶつけられる。
細身で頭頂部の髪が怪しい教頭は怒り心頭だが、対照的に丸っこい体が特徴の校長はのほほんとした様子で小さく手を振っている。
「ああ、彼は彼女の関係者――というほどでもないですが、知り合いでしてね・・・・・・」
「ただの! 知り合いでしょう! 今の時間は授業中ですよ! 鈴本先生、非常勤であろうとも一教師として生徒を指導することは当然だと思いますがっ?」
「あ、はい、そうっすね。すみません」
アニキのフォローも意味なく、むしろアニキが怒られる結果となってしまった。
「しかも、その顔・・・・・・見覚えがあると思えば相模俊太郎じゃないですか」
「ああ、はい。お久しぶり・・・・・・でもないっすかね」
「ええ、久しぶりではないですね。君の生活態度の件で呼び出しをしたのが一週間前、それには顔を出さなかったのに、こんなことには顔を出すんですか?」
「あー、そいえばそんなことも」
そう言えば呼び出しを受けていたような気もする。普通に寝過ごしてサボってしまったわけだが、その後に再呼び出しもなかったしラッキーだなんて思っていた。そして今まで忘れていた。
「・・・・・・お前、それはまずいだろ」
「いやいや、だって」
「だってじゃない」
アニキも説教モードに入りそうだ。
俺はそれを誤魔化すように、
「そ、それよりもだろ」
「あん?」
「アリスの話題になってないじゃないか」
転入生――しかも天下の歌姫様がこうしてわざわざ挨拶に来たのだというのに、このままじゃ俺の説教で時間が使われてしまう。
アリスもこの学校に良い印象も持たないだろうし、もしかして彼女ならこのまま転入を取りやめると言い出しても何ら不思議じゃない。
「まあまあ、教頭先生。お説教はその辺で」
のほほんとした声が間に入ってくる。
「校長・・・・・・」
「説教よりも優先するべきことがあるでしょう?」
「で、ですが・・・・・・」
「今はいいじゃないですか。それよりも、天ヶ瀬さん」
「あ、ああ、はい」
当然名前を呼ばれたアリスが前に一歩出る。
「ようこそ、我が校、藤ヶ峰高等学校へ」
校長はあくまでものほほんとした様子で立ち上がり、アリスに向かって軽く頭を下げる。
「校長の山田です」
「あーっと、天ケ瀬アリスです。その、ええっと」
「ああ、大丈夫。事情も諸々事前に聞いております。ですので、ここでは学校の一生徒として勉学に励み、友人と遊び、そうですね、青春というものを満喫してください」
「は、はい、よろしくお願いします」
アリスも深々と頭を下げた。
「では、教頭先生、鈴本先生、職員室で天ヶ瀬さんに細々した説明と諸々の手続きをお願いします」
「わ、わかりました」
「わかりました」
「相模君の生徒指導は私が受け持ちましょう。ここでお話です」
「・・・・・・はい、了解っす」
面倒くせぇ。
校長先生の指示に皆散っていき、俺と校長だけが残った。
「相模君」
名前を呼ばれて少しだけ姿勢を正す。
「は、はい」
「随分とやんちゃしているようだね」
「あー、いや、そんなつもりはないんすけどね」
「もちろん感心できることじゃない。私は君にも天ヶ瀬君と同じ言葉を贈ったよ」
「・・・・・・勉学に励み、友人と遊び、青春を満喫しろ――ですか」
入学式だったかなんだったか、そんなことを言っていた気もする。
「君はどうも青春を満喫できていないように見える」
「そうすっかね。勉学も結構やばいと思いますけど」
「では、両方頑張りなさい、相模君」
校長はお茶を啜って、
「以上。私からの生徒指導は終わりです。次の授業はちゃんと出るのですよ」
「随分緩いんすね」
「君はきつく言っても反省するタイプではないでしょう」
「・・・・・・そ、そりゃまあ、そうかもしれないっすけど」
「それならこれくらいでいいでしょう。さあ、そろそろ三限も終わります。君も行きなさい」
「あ、はい、失礼しましたー」
校長室を出てボリボリと頭を掻く。
話が分かりすぎるというか、なんか優しすぎるというか、もちろん普段なら反省文を書かされるところがこの程度で済んでラッキーだとも思うのだが。
「さすがに次の授業は出席するか・・・・・・」
今日はもう全部サボってもいいかという心境だったが、それに対して罪悪感を抱かせるとはある意味すごい先生なのかもしれない。
「いや、考えすぎか」
自分の心境に突っ込みつつ、俺は自分の教室へ向かった。




