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第9話 あなたを背負うとは約束しない

第9話 あなたを背負うとは約束しない


雪解けが始まると、北方の道は白ではなく茶色になった。昼には屋根から水が落ち、夜には再び凍るため、別邸の軒先には細長い氷柱が何本も並んでいる。庭の隅では黄色い水仙が咲き、そのそばでハンナが泥のついた長靴を片方ずつ脱いでいた。


公職停止から三か月が過ぎても、アデライドは王宮へ戻らなかった。朝はマルタの畑へ行き、昼は別邸の修繕を手伝い、夕方には村の子どもたちと読み書きの練習をする。国の書類へ署名することはできないが、誰かの許可がなくても、薪を運び、豆を選り分け、破れた靴下を繕うことはできた。


その日のアデライドは、生成り色のシャツに焦げ茶色の作業着を重ね、髪を赤い布で結んでいた。膝には泥がつき、右の長靴にはハンナが踏んだ小さな足跡が残っている。王宮で着ていた絹のドレスより重かったが、裾を気にせず畑へしゃがめた。


「種は、指の第一関節くらいの深さでよいよ」マルタは麦の種を一粒つまみ、土へ押し込んで見せた。頭には古い紫色の頭巾を巻き、腰の籠には昼食用の茹で卵と黒パンを入れていた。


「浅すぎませんか? 鳥に食べられてしまいます」


「深く埋めれば、芽が地上へ出る前に力を使い切る」


「去年の記録では、積雪量を考慮して二倍の深さに――」


「ここは畑だよ。紙の上じゃない」


アデライドは指を止めた。目の前の畝には、すでに種を深く埋めた穴が十個ほど並んでいる。これまでなら、誰にも気づかれないうちに掘り返し、正しい深さへ直しただろう。


「マルタさん、申し訳ありません」アデライドは土のついた手を膝へ置いた。爪の間には黒い土が入り、謝る前にきれいにしたくなったが、そのまま頭を下げた。


「教えていただいたことより、自分の記録を優先しました。最初の十粒を深く埋めすぎました」


「なら、掘り出してやり直そう」


「怒らないのですか?」


「種はまだ芽を出していない。今なら直せる。黙っていたなら、芽が出ない春に怒るところだったよ」


ハンナが小さな木匙で土をすくい、埋められた種を探した。三粒目まではすぐ見つかったが、四粒目は匙で土を散らしすぎ、隣の穴まで崩してしまう。少女は唇を尖らせ、アデライドを見た。


「ごめんなさい。どこがアデライド様の穴か、分からなくなりました」


「では、二人で探しましょう。私の印のつけ方も分かりにくかったのです」


「私も謝ったから、半分ずつ悪いですか?」


「悪さを半分にする必要はありません。私は私の間違いを直します。ハンナはハンナの分を直してください」


二人は膝を並べ、土の中から種を探した。昼になる頃には、アデライドの手袋の指先が破れ、ハンナの鼻にも泥がついていた。マルタは畑の端へ布を広げ、茹で卵と黒パン、それに酢漬けの小さな胡瓜を並べた。


春の風には、湿った土と、近くの家で燃やしている藁の匂いが混じっていた。茹で卵の殻をむくと、ハンナは黄身だけを先に食べ、白身を最後まで残した。アデライドは以前なら行儀が悪いと注意しただろうが、今日は自分の卵へ塩を振ることにした。


「公爵様は、今日も来ないのですか?」ハンナは口いっぱいに卵の黄身を入れたまま尋ねた。マルタが背中を軽く叩くと、少女は慌てて水を飲んだ。


「国境の見回りだと聞いています」


「昨日も一昨日も、見回りでした」


「魔獣の動きが増えているのでしょう」


そう答えながら、アデライドは別邸の食卓に残された三日分の夕食を思い出した。ガレスのために用意した豆の煮込みは、最初の日には冷め、次の日にはマルタの家へ分け、昨夜の分は今朝のスープへ作り直した。報告書には問題なしと書かれていたが、彼の机には薬師から処方された煎じ薬が手つかずで残っていた。


午後、別邸へ戻ると、玄関脇に黒い軍馬がつながれていた。鞍には乾いた血がつき、革袋の口から折れた矢が何本ものぞいている。アデライドは泥だらけの長靴も脱がず、執務室へ走った。


ガレスは机へ向かい、部隊の配置図を見ていた。黒い軍服の肩には裂けた跡があり、自分で縫ったのか、赤い糸が不揃いに並んでいる。窓辺の赤い野薔薇には水が与えられておらず、葉の先が下を向いていた。


「戻っていたのですか」アデライドは息を整え、扉の取っ手を握った。ガレスは顔を上げず、地図の上へ駒を一つ置いた。


「いま戻った」


「お怪我は?」


「ない」


「その肩の血は誰のものですか?」


「魔獣の血だ」


アデライドは机へ近づいた。ガレスの右手は地図の上で震え、唇は色を失っている。軍服の襟元へ触れると熱があり、彼は振り払おうとしたが、椅子から立った瞬間に机へ手をついた。


「熱があります」


「寝れば下がる」


「三日も食事を取らず、煎じ薬も飲んでいませんね」


「見回りが続いただけだ」


「どうして誰にも交代を頼まなかったのですか!」


声が大きくなり、壁に掛けた鍋が振動で鳴った。ガレスは眉を寄せ、椅子へ座り直した。机の端には朝に渡されたらしい固焼きパンが丸ごと残り、乾いた表面へ地図の墨が一滴ついていた。


「副官は妻の出産が近い。ほかの隊長は再生農場の警備に出ている」


「だから、あなたが三日眠らずに働いたのですか?」


「公爵が弱音を吐けば、兵が不安になる」


「あなたが倒れる方が、もっと不安になります!」


ガレスは口を閉じた。窓の外で、屋根から落ちた雪の塊が地面へぶつかった。水仙の黄色い花が揺れ、庭にいたハンナが驚いて別邸を見上げた。


アデライドは机の上の地図を取り上げようとした。自分が代わりに配置を決め、補給を手配し、ガレスを寝かせればよい。手を伸ばしたところで、彼が地図の端を押さえた。


「触るな」


「いまのあなたには判断できません」


「だからといって、君が代わりに決めるな」


「では、誰が決めるのですか!」


「副官を呼ぶ。各隊長へも状況を知らせる」


「それを最初からなさればよかったでしょう!」


アデライドは机を強く叩いた。墨壺が倒れ、地図へ黒い染みが広がった。慌てて布を取ろうとしたが、ガレスが先に地図を持ち上げ、床へ落ちる墨を受けるため、自分の外套を下へ敷いた。


「それは公爵家の外套です!」


「洗えばいい」


「染みは落ちません」


「では、染みのある外套として着る」


何でもないように答えるガレスへ、アデライドはさらに腹が立った。目の前の男は、自分へ助けを求めろと言いながら、自分は倒れるまで黙っていた。正しいことを言うだけで、自分だけは守られる側へ回ろうとしない。


「私に助けを求めろと言いながら、あなたは何も言わないのですね」アデライドは倒れた墨壺を起こした。指へ黒い墨がつき、手袋の破れた場所から爪の周りまで染まった。


「君には公職停止処分が出ている。軍務へ関わらせるつもりはない」


「仕事を代わることだけが、助けることではありません!」


「なら、何を頼めばいい」


「疲れたと言えばよいでしょう。食事を運んでほしい、薬師を呼んでほしい、今日だけ話を聞いてほしいと、それくらい言えないのですか!」


ガレスは椅子の背へ身体を預けた。額へ浮かんだ汗を袖で拭い、机の上の固焼きパンを見た。しばらくして、彼はパンを半分に割ろうとしたが、力が入らず床へ落とした。


「誰かを頼れば、見捨てられると思っていた」ガレスは床のパンを拾わず、両手を膝へ置いた。初めて、震えを隠そうとしなかった。


「母は、父が戦場で倒れたあと公爵家を出た。家臣も半分が別の後継者へついた。私は十四歳で、助けを求めれば領地まで奪われると思った」


「だから、一人でできるふりをしたのですか?」


「そうだ。兵にも、弱い公爵だと思われたくなかった」


アデライドは床へ落ちたパンを拾った。墨のついた部分を小刀で削り、皿へ戻す。ジークハルトに嫌われないため失敗を隠してきた自分と、ガレスの姿が重なった。


「私もです」アデライドは椅子を引き、彼の向かいへ座った。怒鳴ったため喉が痛み、息をするたび胸が細かく上下した。


「役に立たなければ、捨てられると思っていました。だから誰かが困る前に動いて、必要とされ続けようとしました」


「今も、そう思うのか?」


「思います。毎朝です」


ガレスは初めて、机から地図を離した。副官を呼ぶための鐘へ手を伸ばしたが、指が届く前に身体が傾いた。アデライドは立ち上がりかけ、それから自分で支える代わりに、廊下へ向かって声を上げた。


「誰か来てください! 公爵閣下が倒れます!」


兵士と使用人が入り、ガレスを寝室へ運んだ。薬師が診察し、三日間の安静を命じる。副官と隊長たちは地図を囲み、ガレスの説明を聞きながら配置を決めた。


ガレスが眠っている間にも、北方軍は動いた。副官は子どもの誕生を見届けてから戻り、若い隊長は再生農場の警備を別の者へ任せた。翌朝までに魔獣の進路は封鎖され、一人の負傷者も出なかった。


三日後、ガレスは別邸の庭へ出た。黒い上着ではなく、マルタが貸した濃緑色の毛織り服を着ている。袖が短いため手首が大きく出ていたが、本人は気にせず、ベンチへ座って温かい林檎茶を飲んでいた。


庭では、アデライドとハンナが種をまいていた。水仙の隣には白いクロッカスが咲き、解けた雪の下から去年の枯れ葉が現れている。ハンナは土のついた手で焼き芋を食べ、頬へ黄色い中身をつけていた。


「アデライド、話がある」ガレスは空になった茶の器をベンチへ置いた。まだ顔色はよくなかったが、自分で立ち上がり、彼女の前まで歩いた。


「今度は、倒れる前に話してくださるのですね」


「努力している」


「三日分の努力として、聞きます」


ガレスは上着のポケットから、小さな木箱を取り出した。蓋を開けると、北方の青い鉱石を磨いた指輪が入っている。飾りは少なく、石を留める金具も少し不揃いだった。


「私はこれからも間違える。君も間違えるだろう」ガレスは指輪を見せたまま、アデライドの手を取らなかった。ハンナは焼き芋を食べる手を止め、マルタから背中を押されて畑の向こうへ連れていかれた。


「だから、君を一生背負うとは約束しない。君にも私を背負わせない。それでも、私と結婚してほしい」


アデライドは指輪を見つめた。ジークハルトとの婚約が決められた日は、返事を尋ねられなかった。ガレスは今、彼女の指へ勝手にはめず、答えを待っている。


「あなたを愛しています」アデライドは両手を土のついた前掛けで拭いた。それでも爪の間の泥は取れず、白い指輪の箱へ落ちそうになった。


「でも、結婚したら、また何もかも世話してしまいそうで怖いのです。あなたが少し疲れただけで仕事を奪い、失敗する前に正解を押しつけるかもしれません」


「そのときは、やめろと言う」


「嫌われるのが怖くて、嘘をつくかもしれません」


「私も、疲れていないと嘘をつくかもしれない」


「それでは、安心できません」


「では、怖いまま考えよう」


ガレスは木箱の蓋を閉じた。断られたとも、承諾されたとも決めつけず、指輪をポケットへ戻す。アデライドはすぐに彼を安心させなければという衝動に襲われ、口を開きかけた。


「今夜、返事をする必要はない」ガレスはそれだけ言い、空の茶器を持って別邸へ入った。庭には、焼き芋の甘い匂いと湿った土の匂いが残った。


その夜、アデライドは寝台へ入っても眠れなかった。棚には母が使っていた花柄の櫛が置かれ、椅子の背には洗ったばかりの赤い髪紐が干してある。窓を開けると、ガレスの部屋の灯りはすでに消えていた。


返事をしなかったことで、彼が考え直すかもしれない。朝になれば馬も荷物もなく、別邸から去っているかもしれない。アデライドは何度も寝台から起き上がり、そのたびに裸足のまま扉の前まで歩いた。


けれど、扉を開けなかった。今夜は答えないと言われたのだから、自分の答えを急いで相手へ差し出さなくてもよい。枕の端を握り、明け方になってようやく目を閉じた。


翌朝、庭から斧の音が聞こえた。アデライドは寝間着の上へ灰色の肩掛けを羽織り、髪もとかさず外へ出た。白い息を吐きながら、ガレスが切り株の前で薪を割っていた。


彼の馬は厩舎にいた。荷物も、濃緑色の上着も、昨夜の茶器もそのままだった。返事を待たせたのに、ガレスはどこにも行かなかった。


「おはよう」ガレスは斧を下ろし、額の汗を腕で拭った。足元には割った薪が積まれ、その横へ朝食用の焼き林檎が二つ、皿に載せて置かれていた。


「返事は、決まったか?」


アデライドは首を振った。喉まで出かかった謝罪を飲み込み、焼き林檎の一つを手に取った。皮は少し焦げていたが、指へ伝わるほど温かかった。


「まだ考えています。もう少し、待ってください」


「分かった」


ガレスは再び斧を持ち上げた。それ以上尋ねず、次の薪へ刃を振り下ろす。乾いた木が二つに割れ、朝の冷たい空気へ音が響いた。


アデライドは焼き林檎を一口食べた。酸味のあとから、ゆっくり甘さが広がった。待たせても見捨てられなかった朝を忘れないよう、彼女は焦げた皮まで残さず食べた。


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