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第10話 背負わなくても、手はつなげる

第10話 背負わなくても、手はつなげる


一年後、北方再生農場では、最初の麦が収穫の日を迎えていた。夏の終わりの空は高く、畑の向こうに並ぶ山々には、薄い雪が残っている。金色に色づいた穂が風に揺れるたび、乾いた葉の触れ合う音が広がった。


アデライドは生成り色のシャツに焦げ茶色の作業着を重ね、赤い布で髪を結んでいた。公職停止の一年を終えたが、王宮へは戻らなかった。今は地方監査制度の顧問として、農民、運送業者、会計官、料理人が同じ帳簿を確認し、一人の判断だけでは予算を動かせない仕組みを作っている。


収穫祭の会場には、焼きたての平パンと豆の煮込みが並んでいた。長机の端では、マルタが形の崩れたパンを布籠の下へ隠し、ハンナが見つけて自分の皿へ載せている。畑の柵には赤い七竈の実が飾られ、子どもたちは麦藁で作った冠をかぶって走っていた。


「アデライド様、目を閉じてください」ハンナが両手を背中へ隠して近づいてきた。去年より背が伸び、借り物だった長い袖も、今では手首までの長さになっている。


「顔へ泥を塗るつもりではありませんね?」


「一度しかしていません」


「その一度を覚えているのです」


アデライドが目を閉じると、掌へ軽いものが置かれた。目を開けると、そこには七本の麦を赤い糸で束ねた小さな花束がある。穂の一部は曲がり、一本だけ長さが違っていた。


「私が育てました」ハンナは胸を張った。けれど次の言葉を口にする前に、麦束の先を何度も指で整えた。


「王太子様の約束は、守られなかった。でも、みんなで種を残せたよ。私も、枯れた苗を一本だけ植え直しました」


アデライドは麦束を握ったまま膝をついた。ハンナの赤い前掛けには麦粉がつき、首元からは、朝食に食べた焼き林檎の甘い匂いがした。アデライドは少女を抱き締め、顔をその肩へ押しつけた。


「ごめんなさい。私は、あの人の失敗を隠すことが、国を守ることだと思っていました」


「もう隠さない?」


「隠しません。私が失敗したときも、隠しません」


「また種を深く埋めても?」


「その日のうちに申告します」


ハンナは声を上げて笑った。アデライドも笑おうとしたが、息が途中で詰まり、涙が少女の前掛けへ落ちた。ハンナは何も言わず、麦束を持っていない方の手で、彼女の背中を二度叩いた。


共同厨房では、マリアンヌが百人分の麦と豆の粥を作っていた。茶色の作業着の袖を肘までまくり、髪を覆う布の端には、小麦粉が白くついている。鍋の横には水量を書いた木札を置いていたが、塩の量は目分量で入れてしまった。


「しょっぱい」味見をしたジークハルトが顔をしかめた。彼も灰色の作業着を着ており、麦袋を運んだ肩には、赤い擦り傷ができていた。


「昨日は薄いと言ったでしょう」


「薄い粥と、海水のような粥の間があるはずだ」


「では、明日はあなたが作りなさい」


「分かった。ただし、豆の戻し方を教えてくれ」


二人はしばらく鍋を見つめた。以前なら、料理人を呼びつけて最初から作り直させただろう。しかし倉庫にある麦には、冬まで食べる分と、来春にまく分がある。


マリアンヌは水を足し、ジークハルトは残っていた麦を量った。勝手に増やさず、厨房責任者へ使用量を報告する。二人で木匙を動かすと、塩気は少しずつ和らいだ。


「まだ、少ししょっぱいわね」マリアンヌは味見用の匙を洗った。窓辺には、労働者が摘んできた薄紫色の秋咲きクロッカスが、空き瓶へ二輪挿してあった。


「働いたあとなら食べられる」


「それは料理を褒めていません」


「明日は私が作ると言っただろう」


昼食のあと、ジークハルトは収穫された麦袋を倉庫へ運んだ。以前は二人がかりでも持ち上げられなかった袋を、今は背中へ載せて歩ける。ただし十袋目になると足元がふらつき、無理をせず隣の労働者へ声をかけた。


「反対側を持ってくれないか」ジークハルトが頼むと、労働者は黙って袋の端を持った。二人で倉庫へ運び、積み上げたあと、それぞれの作業表へ一袋分の印をつけた。


畑の端では、点滴管から水が一定の間隔で落ちていた。ジークハルトは腰を下ろし、泥のついた指で一滴を受け止めた。掌の中央に小さな水溜まりができ、指の間から土へこぼれた。


「一滴を軽く扱わない」ジークハルトは誰に聞かせるでもなく口にした。近くで管を点検していたバルドが顔を上げたが、何も答えず次の畝へ進んだ。


「それだけは、もう忘れない」


夕方、アデライドはガレスと別邸へ戻った。二人は春に村の礼拝堂で結婚したが、母が残した古い家を壊さず、村人たちと少しずつ修理して暮らしている。屋根の穴は塞がり、井戸には新しい滑車がついたものの、台所の扉だけは湿気で膨らみ、強く引かなければ開かなかった。


食卓には、収穫祭でもらった平パンと、マルタの酢漬け胡瓜が置かれていた。窓辺では赤い野薔薇の実と白い秋明菊が揺れ、椅子の背には洗った二人分の靴下が干されている。ガレスは酢漬け胡瓜を一つつまもうとして、アデライドに夕食前だと手の甲を叩かれた。


「一つだけだ」


「一つ食べると、二つ目も食べます」


「君も昼に焼き菓子を二枚食べただろう」


「一枚目はハンナの試作品です。二枚目は比較のためです」


「では、私も胡瓜を二本比較する」


ガレスは笑いながら庭へ逃げた。薪を割るため斧を振り下ろした瞬間、乾いた音がして柄が中央から折れた。刃は切り株の上へ落ち、折れた柄だけが彼の手に残った。


アデライドは椅子から立ち上がり、物置の工具箱へ向かいかけた。新しい柄に使える木材を選び、鍛冶屋を呼び、明日の薪まで準備する手順が頭の中へ並ぶ。しかし途中で足を止め、ガレスを振り返った。


「手伝いましょうか?」


「頼む。私は古い柄を外す。君は新しい木を選んでくれ」


二人は物置の木材を庭へ運んだ。ガレスは斧の刃に残った柄を抜き、アデライドは節の少ない木を探す。一本目は太すぎ、二本目は乾燥が足りず、三本目を削り始めたところで空から白いものが落ちてきた。


北方の早い初雪だった。雪は薪の上ですぐに溶け、木の皮を濃い茶色へ変えた。アデライドは作業を続けようとしたが、ガレスが道具を布へ包んだ。


「続きは明日だ」


「あと少し削れば終わります」


「暗いところで刃物を使えば、指まで削る」


「明日の薪が足りません」


「マルタの家から借りる。返すときに、酢漬け胡瓜を一本添えよう」


二人は工具を物置へ戻し、軒下の椅子へ並んで座った。ガレスが一枚の大きな毛布を持ってきたため、アデライドは以前の癖で、彼の肩へ全部掛けようとした。だが毛布の端を持ったまま、手を止めた。


「半分ください」アデライドは毛布を自分の肩まで引き寄せた。ガレスの右肩が少し出たので、二人は椅子を近づけて隙間をなくした。


「寒いのか?」


「寒いです。あなたも寒いでしょう」


「少し」


「強がらなくなりましたね」


「三日前に強がって鼻水を垂らし、ハンナに笑われた」


庭の土へ、雪が薄く積もり始めた。アデライドはガレスの肩へ頭を載せず、自分の椅子へ背を預けた。それでも二人の腕は、毛布の下で触れ合っていた。


「私の優しさは、皆を駄目にするのでしょうか」アデライドは落ちてくる雪を見た。婚約を破棄された夜から、何度も胸の中で繰り返した言葉だった。


「使い方を誤れば、そうなる」ガレスは毛布から出ていた肩を引き寄せた。アデライドの分までは取らず、ちょうど半分のところで手を止めた。


「否定してくださらないのですね」


「君を正しいだけの人間にはしない。私も、強いだけの人間にはならない」


「私が歩けなくなった日は、どうしますか?」


「背負える距離なら背負う」


「一生ではないのですね」


「一生は無理だ。遠くへ行くなら、誰かを呼ぶ」


アデライドは声を立てて笑った。笑っている途中で涙が出たが、袖で急いで拭かなかった。ガレスも慰める言葉を探さず、毛布の中から手を差し出した。


「一人で全部できなくても、一緒に生きてよいのでしょうか?」


「背負わなくても、手はつなげる」


アデライドは、その手を握った。ガレスの掌には薪割りでできた硬い豆があり、自分の指先には麦の穂でついた小さな傷がある。どちらの手もきれいではなかったが、相手の重さをすべて背負わなくても、離れずにいられた。


足元には、直しかけの斧が布に包まれていた。今日中に完成させなくても、明日になれば鍛冶屋へ相談できる。薪が足りなければ借り、返すときには、自分たちが持っているものを少し添えればよい。


雪の下では、収穫のあとにまかれた冬麦が春を待っていた。アデライドはもう、国を一人で支える完璧な令嬢ではなかった。失敗すれば謝り、できなければ助けを求め、寒ければ毛布を半分もらう一人の人間だった。


優しさとは、誰かの人生を代わりに背負うことではない。転びそうな日に手を差し出し、立ち上がったあとは、その人の足で歩くのを隣で見守ることだった。アデライドはガレスの手を握ったまま、明日、斧の修理を鍛冶屋へ頼みに行こうと口にした。


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