第9話 セラの宿
その夜。
俺たちは食堂の一番奥に集まった。
客はいない。
宿の入口には《本日満室》の札。
実際には俺たちしか泊まっていない。
「商売大丈夫なのか?」
ガイルが聞く。
セラは酒瓶を机へ置いた。
「余計なお世話だ」
「いや、客一組で満室って」
「今日は満室なんだよ」
「部屋余ってたぞ」
「うるさいね」
ガイルが黙った。
強い。
剣も魔法も使っていないのに強い。
俺は手帳を机へ置いた。
「これについて知ってるんだな」
セラは椅子へ座る。
「何が見える?」
「人による」
「例えば?」
「赤い文字」
「何て書いてある」
俺は迷った。
だが、もう隠しても仕方がない。
「死刻」
その瞬間。
セラの目がわずかに細くなった。
「いつ死ぬかが出る」
「お前にも?」
「ああ」
「あと何日」
フィーネたちが俺を見る。
俺は答えた。
「二十五日」
セラは何も言わない。
ただ酒を自分の杯へ注いだ。
「驚かないんだな」
「驚くほど若くないんでね」
「そういう問題じゃない」
「なら何だい」
「知ってるんだろ」
俺は身を乗り出した。
「死刻が何なのか」
セラは杯を口へ運ぶ。
すぐには答えない。
「昔ね」
やがて言った。
「同じものを追いかけた馬鹿がいた」
「誰?」
「勇者」
レオンが反応する。
「歴代勇士ですか?」
「そう呼ばれる前の話だ」
「何年前?」
「五十年」
ミレイアが眉を寄せた。
「五十年前といえば、第二次北方遠征……」
「難しい名前つけるのは学者の仕事だ」
セラは面倒そうに手を振る。
「当時も魔王を倒せば世界が平和になるって、みんな信じてた」
「違った?」
俺が聞く。
セラは俺を見る。
「それを今ここで教えたら、お前は何を信じる?」
「何?」
「私の話を信じるのかい?」
「情報次第だ」
「じゃあ王様が違うことを言ったら?」
「比べる」
「魔王が違うことを言ったら?」
俺は答えなかった。
セラが少し笑う。
「それでいい」
フィーネが首を傾げる。
「何がです?」
「誰か一人の話だけで敵を決めるなってことさ」
ガイルが腕を組んだ。
「魔王は人を殺してる」
「そうだね」
「魔族も村を襲う」
「そうだね」
「じゃあ敵だろ」
「だから?」
「だからって……」
セラがガイルを見る。
「敵が悪人とは限らないし、味方が善人とも限らない」
空気が少し重くなる。
レオンが静かに聞いた。
「五十年前の勇者は、死刻を調べてどうなったんです?」
セラの指が止まった。
ほんの一瞬。
「消えたよ」
「死んだ?」
「王国の記録ではね」
言い方が引っかかった。
「実際は?」
「今日はそこまで」
「待ってくれ」
「一晩で全部知ろうとするんじゃないよ」
「俺には二十五日しかない」
「だから何だ」
声が変わった。
小さい老婆とは思えない。
「二十五日しかないから、目の前に出された答えに飛びつくのかい?」
俺は黙る。
セラは杯を置いた。
「死ぬ日が見えるようになった人間はね、自分が未来を知った気になる」
「違う?」
「違う」
即答だった。
「あんたが見てるのは未来じゃない」
心臓が跳ねた。
「じゃあ何だ」
「さあね」
「そこまで言って?」
「自分で確かめな」
腹が立つ。
だが。
マーラを救えた。
フィーネの死刻は予定時刻前に消えた。
ダリオへ移った。
そしてセラは、
未来ではないと言う。
もし本当なら。
死刻は予言じゃない。
誰かが設定した予定
なのかもしれない。
「セラ」
ミレイアが口を開いた。
「あなたは、天命録についても知っていますね」
セラの目が彼女へ向く。
「なぜそう思う?」
「高城さんは街の天命録で初めて死刻を見ました。あなたが同じ現象を知っているなら、無関係とは思えません」
「頭のいい嬢ちゃんだ」
「答えを」
「嫌だね」
ミレイアの眉が動いた。
面白い。
この二人は相性が悪そうだ。
セラが立ち上がる。
「明日、北へ行くんだろ」
「王都へ」
レオン。
「なら途中に古い礼拝堂がある」
「礼拝堂?」
「地下に昔の記録が残ってる」
「何の?」
「知りたいものの」
それ以上は言わない。
セラは食器を片づけ始めた。
俺も手帳をしまう。
そのとき。
セラが背中を向けたまま言った。
「おっさん」
「何」
「一つだけ覚えときな」
手が止まる。
「天命録に刻まれたものを」
セラは振り返らなかった。
「神様が決めた運命だなんて思うんじゃないよ」
◇
夜中。
眠れなかった。
手帳を開く。
俺。
死刻――二十五日後
バルナ。
死刻――十二日後
知らない場所で普通に暮らしている男。
今も予定は減っている。
助けるべきなのか。
助ければ誰かへ移る。
何もしなければ死ぬ。
正解が分からない。
会社でなら。
問題を分解する。
分からないものを一つずつ潰す。
まず確認するべきこと。
死刻は何なのか。
どうやって人を選ぶのか。
死んだ人間と魔力の関係。
なぜ俺に見えるのか。
なぜ俺の名前が天命録にあるのか。
そして。
セラが知っている、
五十年前の勇者。
俺は項目を書き出した。
一番上。
丸で囲む。
誰が、人の死を決めている?
これが全部の中心だ。
そんな気がした。




