第8話 赤い文字を知る老婆
王都へ向かうことになった。
本来ならもっと早く出発する予定だった。
マーラ。
フィーネ。
ダリオ。
三人の死刻をめぐる出来事で、数日遅れた。
俺自身の死刻は、
死刻――二十六日後
になっていた。
当たり前だが減っている。
毎朝見るたびに嫌になる。
「見なければいいじゃないですか」
フィーネに言われた。
「見ない方が気になる」
「面倒な性格ですね」
「よく言われる」
フィーネは少しずつ以前の調子に戻っていた。
ただ、治癒魔法を使うたびに一瞬だけ手が止まることがある。
ダリオのことを考えているのだと思う。
俺も考えている。
全員、口に出さないだけだ。
◇
王都まで徒歩で五日。
馬車も使えるが、街道の一部が崩れているため途中から歩かなければならないらしい。
一日目。
特に何もなし。
二日目。
ガイルに剣を持たされた。
「一応振ってみろ」
「嫌だ」
「何でだよ」
「絶対才能ないから」
「やる前から決めんな」
渡された。
重い。
想像の倍は重い。
振る。
剣に振り回される。
フィーネが笑った。
「シュウおじさん、剣に負けてます」
「見れば分かる」
レオンは優しい。
「最初はみんなそんなものです」
「君は?」
「八歳から訓練してます」
参考にならない。
結局、護身用の短剣だけ持つことになった。
戦闘要員への道は遠い。
というより、道そのものがない気がする。
三日目。
道中、小さな集落で休憩。
人々は勇者一行を見ると歓迎してくれた。
果物。
パン。
水。
「魔王を倒してください」
「息子が兵士として北にいるんです」
「魔族を追い払ってください」
何人も同じことを言う。
レオンは一人ずつ真剣に答える。
「必ず」
俺は少し離れて見ていた。
魔王。
魔族。
当然のように敵として語られる。
俺もこの世界に来た初日はそう思っていた。
でも。
森の魔獣と人の死。
結界。
まだ何もつながっていない。
ただ、
「魔王を倒せば全部解決」
という話ではない気がしていた。
◇
夕方。
街道沿いの森を歩いていると、ミレイアが突然手を上げた。
「止まって」
全員が止まる。
「どうした?」
「魔力反応」
茂みが揺れる。
三人の男が出てきた。
剣。
粗末な革鎧。
人間。
「勇者様御一行だな」
先頭の男が笑う。
「金と食料を置いていけ」
俺は一瞬戸惑った。
魔物ではない。
盗賊だった。
ガイルがため息をつく。
「三人で?」
「何だと」
「人数間違えてねえか?」
男たちの後ろ。
茂みがまた揺れる。
一人。
二人。
さらに出てくる。
最終的に九人。
ガイルが少しだけ頷いた。
「それなら分かる」
「納得してどうする」
俺が言う。
「高城、後ろ」
またそれか。
戦闘が始まった。
レオンは速い。
剣を抜く。
だが斬らない。
相手の剣を弾き、柄で腹を打つ。
ガイルは盾で二人まとめて転がす。
ミレイアは足元を凍らせる。
フィーネは――。
「左!」
俺は叫んだ。
木の上から男が一人降りてきた。
十人目。
弓。
フィーネを狙っている。
レオンは遠い。
ガイルも。
考えるより先に動いた。
フィーネを突き飛ばす。
矢が俺の肩のすぐ横を通過した。
「シュウおじさん!」
「痛っ」
地面に転がる。
転んだだけで腰が痛い。
四十八歳。
その隙にミレイアの氷が弓の男を木へ縫い止めた。
戦闘終了。
十人。
全員生きている。
「怪我は?」
フィーネが俺の腕を触る。
「ない。腰が」
「それは治癒魔法で治すものですか?」
「できるなら頼む」
「加齢は無理です」
冷たい。
盗賊たちは衛兵へ引き渡すことになった。
ガイルが俺を見る。
「おっさん」
「何」
「戦えねえくせに飛び出すな」
「フィーネが撃たれそうだった」
「だから俺らに言え」
「間に合わなかっただろ」
「だからって――」
ガイルが言葉を止めた。
少し困った顔。
「……まあ、助かった」
「素直に言えるんだな」
「今の取り消すぞ」
やっぱり面倒な男だ。
◇
その夜。
街道沿いの小さな町へ入った。
宿を探す。
レオンが一軒の建物を見つけた。
古い。
看板も傾いている。
《銀の鹿亭》。
「ここ、空いてそうです」
フィーネ。
扉を開ける。
「いらっしゃい」
低い声。
カウンターの奥に老婆がいた。
白髪。
背は小さい。
だが目だけは妙に鋭い。
「五人」
レオンが言う。
「部屋はありますか?」
老婆は俺たちを順番に見る。
レオン。
ミレイア。
ガイル。
フィーネ。
そして俺。
その視線が、俺の腰に下げた革鞄で止まった。
中には、
死刻を記録している手帳が入っている。
「あるよ」
老婆は言った。
「勇者様なら安くしとくよ」
「ありがとうございます」
「ただし」
老婆が俺を見た。
「そこのおっさん」
「俺?」
「夜中まで紙と睨めっこするなら、灯り代は別だ」
俺は固まった。
なぜ分かる。
フィーネが笑う。
「シュウおじさん、どこでもバレますね」
違う。
そういう意味じゃない。
老婆は鍵を取り出す。
そして、俺にしか聞こえないくらいの声で呟いた。
「赤い日付ばかり見てると、目が腐るよ」
俺は動けなくなった。
「……今、何て?」
老婆は何事もなかったように鍵をカウンターへ置く。
「部屋は二階だ」
「待ってくれ」
「何だい」
俺は彼女を見る。
「赤い日付って言ったか?」
老婆の顔から笑みが消えた。
そして、
「セラ」
とだけ言った。
「この宿の主人の名前さ」
それから俺の目を真っ直ぐ見て、
もう一度言った。
「知りたいなら、夜まで待ちな」




