第7話 死者から生まれる光
ダリオ・ベルンの葬儀は、その翌朝に行われた。
俺たちは少し離れた場所から見ていた。
家族へ事情を説明することはできなかった。
あなたの夫は、
あなたの父親は、
十六歳の少女が死ななかった代わりに死にました。
そんなことを言って、何になる。
証明する方法もない。
そもそも死刻そのものが俺にしか見えない。
フィーネは葬儀が終わるまで一言も話さなかった。
宿に戻っても食事を取らない。
「昨日から何も食べてないぞ」
俺が言う。
「お腹、空いてません」
「昨日は空いたって言ってただろ」
「昨日とは違います」
「そうだな」
俺はそれ以上勧めなかった。
部屋を出る。
廊下にレオンがいた。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫じゃないだろうな」
「……ですよね」
「でも、大丈夫じゃないままでいい」
レオンが俺を見る。
「無理に立ち直れって言っても意味ないだろ」
「高城さんは」
少し間があった。
「こういうとき、どうするんです?」
「会社なら?」
「はい」
「放っておく」
意外だったらしい。
「放っておくんですか?」
「飯食ったかとか、眠れてるかとかは見る。でも『元気出せ』は言わない」
「どうして?」
「元気出せるなら、とっくに出してるからな」
レオンが少し笑った。
「変な勇者ですね」
「勇者じゃなくて管理職だ」
「それ、まだよく分かりません」
俺もこの世界で説明する気はない。
◇
昼。
ミレイアが俺たちを神殿へ呼んだ。
昨日ダリオが死亡した広場。
中央の石畳には、小さな魔法陣が残っている。
「これを見てください」
「何?」
「魔力残滓です」
まったく見えない。
正直に言うと、ただの石畳だ。
レオンとフィーネには淡く光って見えるらしい。
ミレイアが杖の先を近づける。
青い光が浮かんだ。
「昨日、ダリオさんが死亡した直後、この地域の魔力濃度が急激に上昇しています」
「死んだから?」
「断定はできません」
「でもそう考えてる」
ミレイアは黙った。
図星らしい。
「さらに」
彼女が街の外周を指した。
「ほぼ同じ時間、南側の防護結界が一時的に強化されています」
「何だ、それ」
ガイルが眉を寄せる。
「人が死んだら結界が強くなるって言いてえのか?」
「現象だけなら」
「ふざけんな」
ガイルの声が低くなる。
「人間一人殺して壁を強くしてるって?」
「まだそうとは――」
鐘が鳴った。
昨日と違う。
低く。
連続して。
街の空気が変わる。
門の方から兵士の声。
「魔獣だ!」
「南門へ!」
ガイルが盾を取った。
レオンも剣を抜く。
フィーネが立ち上がる。
俺は、
「俺は?」
と聞いた。
ガイルが即答した。
「邪魔になるから後ろ」
「言い方」
「事実だ」
否定できない。
◇
南門。
城壁の向こうに、黒い影が何体も走っていた。
昨日森で見た角のある狼。
それより一回り大きい。
六頭。
いや。
「八だ」
俺が言った。
「何?」
レオン。
「右の茂みに二頭いる」
少し遅れて、黒い影が飛び出した。
ガイルが舌打ちする。
「本当に目だけはいいな!」
「褒められてる気がしない!」
結界が青白く光る。
魔獣が跳びかかり、弾かれる。
一頭。
二頭。
三頭。
だが四頭目が爪を振るった瞬間、結界の一部が激しく揺れた。
「さっき強化されたんじゃないのか?」
「強化は一時的です!」
ミレイアが杖を構える。
「下がって!」
氷の槍が三本。
一頭へ突き刺さる。
レオンが城門の隙間から飛び出した。
速い。
昨日も見たが、改めて現実離れしている。
魔獣の横をすり抜け、一閃。
角が飛ぶ。
ガイルは真正面から一頭を盾で受け止めた。
「軽い!」
あれを軽いと言う人間とは喧嘩しない方がいい。
フィーネは後方。
負傷した兵士へ治癒を飛ばしている。
俺は城門内。
本当に何もできない。
……いや。
違う。
一頭だけ動きがおかしい。
戦っている仲間たちを見ていない。
森の方向を何度も振り返る。
最初のときと同じ。
「レオン!」
俺は叫んだ。
「倒すな!」
「え?」
「一頭残せ!」
レオンが剣を止める。
その瞬間、ガイルの後ろから別の魔獣が跳んだ。
「ガイル、後ろ!」
ガイルが振り向く。
間に合わない。
巨大な牙。
だがレオンが横から体当たり。
二人とも地面を転がる。
「危ねえだろ!」
「修一さんが言わなかったら噛まれてましたよ!」
「そっちじゃねえ!」
言い合いながら戦う余裕があるらしい。
最後の一頭。
レオンが剣を突きつける。
魔獣は逃げた。
森の方向へ。
「追う?」
ミレイア。
「少しだけ」
俺が言う。
「何かある」
「おっさんが決めるのか?」
ガイル。
「嫌なら残ってていいぞ」
「行く」
素直じゃない。
◇
森の入口。
逃げた魔獣は、倒れていた。
殺されたわけではない。
地面に何かがある。
黒い液体。
いや。
石のようなもの。
ミレイアがしゃがみ込む。
「魔力結晶……?」
「何それ」
「高濃度の魔力が固まったものです。でも、こんな自然発生の仕方は――」
彼女が言葉を止める。
結晶から、昨日の広場と同じ青白い光。
「同じ?」
俺が聞く。
「似ています」
「ダリオが死んだあとに残ったものと」
ミレイアはゆっくり頷いた。
森から魔獣が来た。
街の結界は、一時的に強くなった。
その直前。
人が一人死んだ。
偶然なのか。
それとも。
「死んだ人間の何かが」
俺は呟く。
「魔法に使われてる?」
誰も否定しなかった。
遠くで街の結界が、青く光っていた。
俺にはその光が、
昨日死んだダリオの命そのものに見えた。




