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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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第6話 死は移る

フィーネの死刻まで、あと一日。


その事実を知ってから、俺たちは王都へ向かう予定を取りやめた。


昨日マーラを助けた神殿。


同じ場所。


同じ部屋。


同じように結界を張る。


違うのは、ベッドに座っているのが十六歳の少女だということだけだった。


「シュウおじさん」


フィーネが俺を見る。


「そんな怖い顔しないでください」


「してない」


「してます」


「生まれつきだ」


「昨日まで普通でしたよ」


こういうときだけ鋭い。


フィーネはベッドの上で膝を抱えていた。


明るく振る舞っている。


だが、時々指先を強く握っていることに俺は気づいていた。


怖いに決まっている。


俺だって三十日後と言われただけで、昨夜まで何度も目を覚ました。


それが明日なら。


まして十六歳なら。


「フィーネ」


レオンが扉の近くから声をかけた。


「絶対に助ける」


「はい」


「昨日と同じだ」


「はい」


フィーネは笑った。


その笑顔を見た瞬間、胸の奥が重くなる。


昨日と同じ。


本当にそうなのか。


マーラを助けた直後にフィーネの死刻が現れた。


もし死が消えずに移ったのなら。


フィーネを助ければ、次は誰だ。


「高城さん」


ミレイアが俺を見ていた。


「何か考えてますね」


「顔に出てる?」


「かなり」


「困ったな」


会社ではもっと隠せていたはずなんだが。


俺は窓の外を見る。


神殿の庭では子供たちが遊んでいる。


その向こうには市場。


さらに遠くに城壁。


何百、何千という人間が普通に暮らしている。


もしフィーネを救ったとき、その中の誰かへ死が移るなら。


どうすればいい。


フィーネを救わない?


十六歳の少女を前にして?


無理だ。


だが救えば知らない誰かが死ぬかもしれない。


それを知ったまま治療を続けるのは、何が違う。


「考えても答え出ねえだろ」


ガイルだった。


大盾を壁に立てかけている。


「そうだけどな」


「だったら目の前のガキを助ける。今はそれでいい」


フィーネがむっとした。


「ガキじゃありません」


「十六はガキだ」


「三十五歳に言われたくありません」


「何でだよ」


「おじさんです」


ガイルの眉が動く。


俺は吹き出した。


「仲間が増えたな」


「高城、お前と一緒にすんな」


フィーネまで笑った。


ほんの数秒。


部屋の空気が軽くなった。


だが。


机の上の紙には赤い文字が残っている。


フィーネ・ラティス

死刻――本日


時間は止まってくれなかった。


          ◇


夕方。


表示が変わった。


死刻――一刻後


「あと一時間くらい」


俺が告げる。


全員の表情が引き締まった。


昨日と同じ配置。


ミレイアが部屋全体に防護結界。


レオンが入口。


ガイルが廊下。


フィーネ自身も治癒魔法を使えるよう準備する。


神殿からは二人の治癒術師にも来てもらった。


俺はベッド脇。


これだけやっても、何から守ればいいのか分からない。


昨日マーラに起きたのは、病気でも毒でもなかった。


突然、生命力そのものが奪われた。


防げたのはフィーネの治癒魔法が強かったからだ。


「自分で自分を治せるのか?」


俺が聞く。


「できます」


フィーネが胸に手を当てる。


「でも、昨日みたいなのは初めてだったので……」


「無理はするな」


「死ぬよりは無理します」


「それはそうだ」


あと三十分。


何もない。


二十分。


十分。


俺は紙を見る。


死刻――十六分後


もう時間単位ではなく、分になっている。


「十六分」


フィーネが小さく息を吸った。


五分。


三分。


一分。


部屋の中にいる全員が彼女を見る。


フィーネ自身も目を閉じる。


「来ます」


ミレイア。


「いつでも治癒を」


治癒術師たちが杖を構える。


三十秒。


十秒。


俺は紙から目を離さない。


五。


四。


三。


二。


――その瞬間。


赤い文字が消えた。


「え?」


フィーネは何も起きていない。


呼吸も。


顔色も。


普通だ。


「消えた」


俺は立ち上がった。


「何がです?」


「死刻」


フィーネが目を見開く。


「まだ時間前だ」


ミレイアが近づく。


「間違いありませんか?」


「ない」


昨日のマーラのときは、死刻が零になってから生命力を奪われた。


今回は違う。


予定時刻を迎える前に消えた。


「助かった……?」


レオンが呟く。


ガイルも息を吐く。


フィーネは胸に両手を当てた。


「何ともないです」


「本当に?」


「はい」


「気分は?」


「お腹空きました」


それを聞いて、俺も笑いそうになった。


そのとき。


神殿の外から鐘が鳴った。


一回。


二回。


三回。


けたたましい音。


「何です?」


フィーネが振り向く。


廊下を誰かが走ってくる。


扉が開いた。


若い神官が息を切らしていた。


「治癒術師を!」


「どうしました?」


「広場で人が倒れました! 突然……!」


俺の背中を嫌な汗が流れた。


「名前は?」


神官が戸惑う。


「何を?」


「倒れた人の名前!」


「確か……ダリオです。ダリオ・ベルン。南門の荷運びをしている――」


紙を引き寄せる。


俺は名前を書く。


ダリオ・ベルン。


赤い文字が出た。


いや。


出たのは一瞬だった。


死刻――零


そして消えた。


「行くぞ!」


俺は走った。


          ◇


神殿前の広場。


人だかり。


中央に一人の男が倒れている。


四十代くらい。


作業着。


大きな手。


周囲には荷物が散らばっていた。


治癒術師が駆け寄る。


フィーネも膝をつく。


「まだ温かい!」


胸へ手を当てる。


白い光。


反応がない。


「フィーネ!」


「やってます!」


昨日のマーラと同じ。


外傷はない。


苦しんだ形跡もない。


ただ生命だけがなくなっている。


フィーネの光が強くなる。


しかし男は動かない。


神官が首を横へ振った。


「……もう」


「待って!」


フィーネが叫ぶ。


それでも誰も止めなかった。


一分。


二分。


やがてミレイアがフィーネの肩へ手を置く。


「フィーネ」


「まだです」


「もう亡くなっています」


「昨日は戻せました!」


「昨日とは違います」


「でも!」


「フィーネ!」


ミレイアの声が強くなる。


フィーネの両手から光が消えた。


彼女は動かなくなった男を見つめていた。


人だかりの向こうから女性が走ってきた。


「ダリオ!」


妻なのか。


その後ろに小さな男の子。


「父ちゃん?」


フィーネが顔を伏せた。


俺は何も言えなかった。


今なら分かる。


フィーネの死刻が消えた時間。


ダリオに死刻が現れた時間。


同じだ。


偶然なんかじゃない。


マーラからフィーネへ。


そしてフィーネからダリオへ。


「修一」


レオンが初めて俺を名前で呼んだ。


顔を見る。


彼も分かっていた。


俺は小さく頷いた。


「死は……消えてない」


口にすると、もっと重くなった。


「移ってる」


フィーネが振り返った。


泣いていた。


「じゃあ」


声が震える。


「この人が死んだのは……私が助かったから?」


誰も答えられなかった。


赤い文字はもうどこにもない。


でも俺には、


ダリオの名前の横にあった、


死刻――零


が焼きついたままだった。

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