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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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第10話 名前のない少年

翌朝。


セラは普通に朝食を出した。


昨日の話などなかったような顔。


「礼拝堂の場所」


俺が聞く。


「北街道を半日。赤い橋を越えて東」


「案内は?」


「年寄りを働かせるな」


「元気そうだけど」


「客に言われる筋合いはない」


終始こんな調子だった。


出発するとき。


フィーネだけセラから小さな袋を渡された。


「何です?」


「菓子」


「ありがとうございます!」


俺には何もない。


「差がひどくない?」


「おっさんには知恵をやった」


「ほぼ何も教えてないだろ」


セラは笑った。


「生きて帰ってきたら続き教えてやる」


その言葉だけが妙に残った。


          ◇


北街道。


昼前。


小さな宿場町へ入った。


礼拝堂へ向かう前に食料を補給する。


市場は混んでいた。


フィーネが果物を見ている。


ガイルは肉。


レオンとミレイアは道具店。


俺は荷物番。


平和だ。


――と思った。


腰の革袋が軽くなった。


「ん?」


振り向く。


小さな影。


少年。


十歳くらい。


俺の金袋を持って走っている。


「おい!」


逃げる。


速い。


当然だが四十八歳より速い。


「待て!」


追う。


三十秒で後悔した。


息が切れる。


少年は市場の人混みを器用に抜ける。


「シュウおじさん?」


フィーネが気づいた。


「あいつ!」


指差す。


フィーネが走る。


速い。


十六歳。


勝てない。


少年は路地へ入った。


俺たちも追う。


袋小路。


少年が振り返る。


痩せている。


髪はぼさぼさ。


服も汚れている。


手には俺の金袋。


「返せ」


少年は首を横へ振る。


「それ俺のじゃないけど、返さないとガイルが怖いぞ」


「高城!」


後ろから声。


ガイルが来た。


少年の顔色が変わる。


「ほら」


「脅すな!」


ガイルが怒る。


少年が壁をよじ登ろうとする。


そのとき。


地面が揺れた。


ドン。


市場の方から悲鳴。


「何だ?」


レオンが振り向く。


建物の屋根を越えて、大きな影が見えた。


鳥。


いや。


翼のある爬虫類。


二体。


一体が市場へ降りる。


「飛竜の幼体です!」


ミレイア。


「何で街中に!」


「考えるのは後!」


レオンが走る。


ガイルも。


フィーネ。


ミレイア。


少年はその隙に逃げようとした。


俺は腕を掴む。


「離せ!」


「今走るな」


「離せ!」


「外見ろ!」


飛竜が市場の屋根を破壊した。


人々が逃げる。


二体目が上空を旋回。


少年の顔が固まる。


「地下に入れる場所あるか?」


「知らねえ!」


「この街の子だろ」


「……教会の裏」


「案内して」


「何で俺が!」


「死にたくなければな!」


少年が黙る。


          ◇


戦闘は市場中央。


レオンが一体の注意を引く。


飛竜が爪を振り下ろす。


剣で受ける。


火花。


「重っ……!」


初めてレオンが押された。


ガイルが横から盾を叩き込む。


飛竜がよろめく。


「鳥みてえな見た目のくせに重いな!」


「飛竜です!」


ミレイアが叫ぶ。


空中の一体が口を開く。


赤い光。


「火が来ます!」


結界。


ミレイアの前に青い壁。


炎がぶつかる。


爆音。


フィーネが逃げ遅れた人を教会へ誘導。


俺と少年も手伝う。


「こっち!」


少年が叫ぶ。


「地下があります!」


意外と役に立つ。


俺は周囲を見る。


上空。


二体目。


何度か旋回している。


攻撃する角度が毎回同じ。


なぜ。


「ミレイア!」


聞こえるか分からない。


「何です!」


「上のやつ、右からしか来てない!」


「だから?」


「左の翼がおかしい!」


よく見る。


左右の羽ばたきが違う。


左翼の根元。


傷。


「飛べるけど急旋回できない!」


ミレイアが意図を理解した。


「レオン! 次の突進、左へ誘導して!」


上空から飛竜が降下。


レオンが立つ。


ギリギリまで待つ。


俺なら失神する。


「今!」


レオンが左へ跳ぶ。


飛竜は曲がれない。


そのまま地面近くまで降下。


ガイル。


「待ってたぞ!」


盾を下から突き上げる。


飛竜の頭が跳ねる。


ミレイアの氷槍。


翼を地面へ縫い止める。


一体。


残る一体が怒った。


咆哮。


口の中に炎。


レオンたちは一か所にいる。


「散れ!」


俺が叫ぶ。


炎。


ガイルが盾を構える。


「俺の後ろ!」


レオンとフィーネが入る。


ミレイアも。


炎が盾を包む。


「ぐっ……!」


ガイルの足が地面を削る。


「ガイル!」


「うるせえ! この程度――!」


盾が赤くなる。


フィーネが背後から治癒。


ミレイアが杖を地面へ突く。


氷が盾の周りを覆う。


炎が弱まった。


レオンが飛び出す。


走る。


飛竜の前脚。


背中。


首。


一気に駆け上がる。


剣を振り上げた。


一閃。


角が折れた。


飛竜が地面へ倒れる。


市場に静寂。


数秒遅れて。


歓声。


俺はその場に座り込みそうになった。


戦っていないのに疲れた。


少年が隣を見る。


「おっさん」


「何」


「弱そうなのに、すげえな」


「弱そうは余計だ」


          ◇


負傷者の治療。


市場の片づけ。


飛竜は殺さず、街の外へ運ぶことになった。


幼体が人里へ来た理由は分からない。


ミレイアは、


「通常ならここまで南下しません」


と首を傾げていた。


また一つ違和感が増えた。


そして。


少年。


逃げなかった。


金袋も返した。


「名前は?」


俺が聞く。


「ノア」


「名字は」


「ない」


「家族は?」


「いない」


「住んでるところ」


「適当」


孤児らしい。


フィーネがすでに心配そうな顔をしている。


嫌な予感。


「何歳?」


「知らねえ。たぶん十」


「出生記録は?」


ミレイアが聞く。


ノアは意味が分からない顔。


「神殿で登録されてないの?」


「知らねえよ」


俺は何となく手帳を開いた。


ノア。


と書く。


何も出ない。


当然かもしれない。


死刻がない人は何も表示されない。


だが。


ミレイアが近くの役所へ行き、しばらくして戻ってきた。


表情がおかしい。


「どうした?」


「ノアという名前の十歳前後の男子」


「うん」


「この町にも周辺地域にも、出生記録がありません」


「孤児ならあるんじゃない?」


「孤児であっても出生登録は残ります」


ミレイアがノアを見る。


「少なくとも、この国で生まれた人間なら」


ノアが警戒して一歩下がる。


「何だよ」


俺はもう一度名前を見る。


ノア。


赤い文字はない。


それだけじゃない。


不思議な感覚。


他の人の名前を見ると、赤い文字がなくても、


そこに何かが存在するような感じがある。


ノアには。


何もない。


空白。


「シュウおじさん?」


フィーネ。


俺は手帳を閉じた。


「ノア」


「何だよ」


「お前」


少し迷う。


「この国にいないことになってるらしいぞ」


ノアは数秒黙った。


それから、


「だったら何だよ」


と吐き捨てた。


その声だけが妙に強かった。


名前はある。


本人もここにいる。


話す。


食べる。


走る。


盗む。


怒る。


笑う。


なのに記録には存在しない。


俺はふと思う。


もし、


死刻が誰かによって決められているのなら。


最初から存在しない人間の死は、誰が決める?


その答えを知るのは、


まだずっと先のことだった。

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