第11話 武器を持たない者は殺さない
ノアをどうするか。
それが、その日の夕方までに決めなければならない問題になった。
本人は当然のように言った。
「俺も行く」
「駄目」
ミレイアも当然のように即答した。
「何でだよ」
「十歳程度の子供を魔王討伐へ連れていけるわけがありません」
「十歳か分かんねえって言っただろ」
「なら九歳かもしれません」
「何で減らすんだよ!」
宿場町の食堂。
俺たちは丸いテーブルを囲んでいた。
ノアは腕を組み、ミレイアは眉一つ動かさない。
横ではフィーネが心配そうに二人を見比べている。
レオンは口を挟む機会を探している。
ガイルは肉を食べていた。
「ガイル」
「何だ」
「お前も考えろ」
「俺に振るな」
こういう光景は知っている。
会社でもよくあった。
営業は今すぐやれと言う。
製造は無理だと言う。
経理は予算がないと言う。
誰も間違ったことを言っていない。
だから困る。
意見が割れたとき、課長だから正解を知っているわけではない。
むしろ逆だった。
自分にも分からないのに、
「で、どうします?」
と最後には全員から見られる。
あの瞬間が俺は昔から嫌いだった。
「ノア」
俺は聞いた。
「ここに残ったらどうする?」
「適当に生きる」
「具体的に」
「食い物盗む」
「却下」
「何でだよ」
「それを具体的な生活設計とは言わない」
ノアが睨む。
「じゃあ、孤児院は?」
フィーネが提案した。
ノアの顔が露骨に曇った。
「嫌だ」
「どうして?」
「嫌だから」
何かある。
だが今聞いても話さないだろう。
「王都まで」
俺は言った。
ミレイアがこちらを見る。
「王都まで同行させよう」
「高城さん」
「王都なら、この町より保護できる場所も多いだろ」
「危険です」
「ここに残して盗みを続けさせるのも安全じゃない」
「しかし――」
「俺たちの目的は礼拝堂を調べて王都へ行くことだ。ノアを魔王討伐に連れていくって決めるわけじゃない。王都までの一時同行。それなら?」
ミレイアは黙る。
ノアが口を挟んだ。
「俺のことなのに勝手に決めるな」
「じゃあ意見」
「ついてく」
「採用」
「高城さん」
「聞いたの俺だけど、決めるのは全員」
そこでレオンが初めて口を開いた。
「俺は賛成です」
フィーネ。
「私も」
ガイルは肉を飲み込んだ。
「どうせ勝手についてくるだろ」
「それは賛成なのか?」
「知らん」
全員がミレイアを見る。
数秒。
彼女は深いため息をついた。
「王都までです」
ノアが笑った。
「決まり!」
俺は思わず苦笑した。
五人だったのが六人になった。
俺が会議をすると、なぜか仕事が増える。
異世界でも変わらないらしい。
◇
翌朝。
セラに教えられた古い礼拝堂へ向かった。
宿場町から東へ。
森へ入る。
昨日の飛竜騒ぎが嘘のように静かだった。
ノアはフィーネの隣。
ずっとしゃべっている。
「魔法って俺も使える?」
「魔力があれば」
「どうやって分かる?」
「あとで測りましょうか?」
「でっかい火とか出せる?」
「最初からそんなものは無理です」
「じゃあフィーネは?」
「治癒術です」
「地味」
「置いていきますよ」
いつの間にか仲がいい。
俺は少し後ろから眺めていた。
「気になるか?」
ガイルが横に来る。
「何が」
「坊主」
「ああ」
「拾った犬みてえな目で見てるぞ」
「そんな目してない」
「してる」
昨日から何度言われるんだ。
「子供を職場に連れていく上司の気分だ」
「何言ってるか分からん」
「俺も言ってから違うと思った」
礼拝堂までは、もう一刻ほど。
そのときだった。
ガイルが足を止めた。
俺も止まる。
前を歩いていたレオンが振り向いた。
「どうしました?」
ガイルは答えず、大盾へ手を伸ばす。
「匂う」
「何が?」
「獣じゃねえ」
剣を抜く。
「血だ」
◇
少し先。
街道脇に荷馬車が横転していた。
車輪が外れている。
荷物が散らばっていた。
人はいない。
血だけがある。
レオンがしゃがむ。
「襲撃?」
ミレイアが周囲の魔力を探る。
「反応があります」
「魔獣?」
「違う……これは」
声が止まる。
茂みの向こう。
大きな影が立ち上がった。
最初、熊かと思った。
違う。
二本足。
人間より二回り大きい。
全身を黒褐色の毛が覆っている。
頭には獣の耳。
右手には巨大な斧。
左腕には金属製の籠手。
「獣人」
フィーネが小さく言った。
男の後ろから、さらに三人。
同じような獣人。
そして胸に付いている黒い紋章。
ガイルの顔が変わった。
「魔王軍」
斧を持った獣人がこちらを見る。
低い声。
「勇者か」
レオンが剣を抜く。
「魔王軍ですね」
「そう呼ばれている」
不思議な言い方だった。
「荷馬車を襲ったのはお前たちか!」
ガイルが前へ出る。
「ガイル」
レオンが止めようとする。
だが遅い。
ガイルはもう盾を構えていた。
獣人が首を傾げる。
「荷馬車?」
「とぼけるな!」
ガイルが突進した。
「待て!」
俺の声は届かなかった。
衝突。
盾と斧。
地面が震える。
ガイルが押し戻された。
初めて見た。
ガイルが力負けしている。
「この野郎……!」
「力はある」
獣人が言った。
「だが、前しか見ていない」
斧が横から振られる。
レオンが割って入る。
剣で軌道をそらす。
火花。
そのまま獣人の懐へ。
速い。
しかし獣人も速かった。
籠手で剣を受け止める。
「レオン!」
ミレイアの氷が地面を走る。
他の獣人三人も動いた。
「ノア、下がれ!」
俺は少年を木の陰へ引く。
「俺も戦える!」
「何でそうなる!」
「何かあるだろ!」
「ない!」
俺にもない。
フィーネが後方へ。
ミレイアが中央。
ガイルが正面。
レオンが獣人の大男。
相手は四人。
こっちは戦闘要員四人。
数だけなら同じ。
でも。
違和感。
魔王軍は攻めてきている。
しかし殺しに来ていない。
レオンの首を狙えるところで剣を弾く。
ガイルが倒れても追撃しない。
フィーネの前まで来た獣人も、彼女が杖を構えた瞬間だけ攻撃する。
何だ。
「高城!」
ガイル。
見る。
背後から別の獣人。
盾で防ぐには遅い。
「右!」
ガイルが体を捻る。
斧が肩をかすめる。
「くそっ!」
フィーネが治癒。
俺は全体を見る。
四対四。
違う。
四対三だ。
大男以外の三人は、何かを守るように動いている。
後ろ。
倒木。
その陰。
小さいものが見えた。
「レオン!」
「何です!」
「攻めるな!」
「え?」
「こいつら、後ろを守ってる!」
大男の視線が一瞬俺に向いた。
当たりだ。
「ミレイア、攻撃止めろ!」
「ですが!」
「十秒!」
会社でこんな言い方をしたら怒られる。
根拠を説明しろと言われる。
だが現場で設備事故が起きたとき、説明より先に止めなければならないこともあった。
全部分かってから判断する。
そんな時間がない場面もある。
「十秒だけ俺にくれ!」
ミレイアが氷の槍を消した。
レオンも距離を取る。
ガイルだけが、
「何でだよ!」
と怒鳴った。
「いいから!」
俺は倒木へ走った。
走るというほど速くない。
大男が動く。
レオンが構える。
だが獣人は俺を追わない。
倒木の向こう。
いた。
人間の少女。
七、八歳。
足を負傷している。
その横に荷馬車の御者らしい男。
生きている。
「……何だよ」
ガイルの声。
大男が斧を下ろした。
「我らが来たときには、空飛ぶ魔獣に襲われていた」
昨日の飛竜か。
「人間二名を保護した」
フィーネが走る。
「怪我を見ます!」
獣人たちは止めない。
少女の治療。
御者も気を失っているだけだった。
レオンがゆっくり剣を下ろす。
「では、なぜここに?」
「それを貴様らに話す必要はない」
ガイルはまだ盾を構えていた。
「信用できるか」
「ガイル」
「こいつら魔王軍だぞ」
「今、人間を助けてた」
「だから何だ!」
大男の耳が動く。
そしてガイルを見る。
「その盾」
「何だ」
「バルド式か」
ガイルの顔が変わった。
「何で知ってる」
大男は答えなかった。
代わりに斧を背中へ戻す。
「グラム」
「何?」
レオン。
「私の名だ」
魔王軍幹部。
獣将グラム。
後で知ることになる。
そのときの俺は、ただの大きな獣人だと思っていた。
グラムが俺を見る。
「異邦人」
「分かるのか?」
「魔力がない」
「最近よく言われる」
「武器もまともに扱えぬようだな」
「それもよく言われる」
ノアが笑った。
余計なところで笑うな。
グラムは俺の腰を見る。
短剣。
「それは武器か」
「一応」
「使えるのか」
「ほぼ使えない」
「なら持つな」
ひどい。
「戦場で武器を持てば、戦士として扱われる」
グラムは言った。
「武器を捨てた者、戦えぬ者、子供は殺さぬ」
ガイルが鼻で笑う。
「魔族が騎士道でも語るのか」
その瞬間。
初めてグラムの目が険しくなった。
「人間だけが誇りを持つと思うな」
空気が張った。
だがグラムたちは戦わなかった。
森の奥へ消えていく。
ガイルは最後まで背中を睨んでいた。
俺は落ちていた短剣を拾う。
さっき走ったとき、抜け落ちたらしい。
持ち上げると、グラムの言葉を思い出す。
戦場で武器を持てば、戦士として扱われる。
「これ」
俺は鞘へ戻した。
「やっぱり怖いな」
フィーネが振り向いた。
「短剣が?」
「持ってる俺が」
前にも言った気がした。
だが今回は、意味が少し違っていた。




