第46話 世界から魔法が消えた一時間
生命炉が止まった瞬間。
最初に聞こえたのは、
静けさだった。
王都には、ずっと音があった。
水路を動かす魔導機。
街灯。
塔。
結界。
目には見えなくても、魔力が流れる低い振動。
それが全部。
消えた。
「停止を確認!」
ミレイアの声。
地下の制御室。
十二の紋章だけが、かろうじて淡く光っている。
「経過時間!」
「三十秒!」
ユリウスは床に座っている。
顔色は悪い。
でも。
生きている。
「フィーネ!」
俺が魔導通信を見る。
映像が乱れていた。
生命炉停止と同時に、通信まで弱くなっている。
『聞こえてます!』
フィーネ。
治癒院。
後ろでは治癒師たちが走っている。
「ユリウスは?」
『生命力、安定してます!』
俺は手帳を見る。
ユリウス・エーベルハルト
赤い文字はない。
消えたまま。
そして。
新しい死刻も現れていない。
「成功……?」
レオン。
「まだ」
俺は言った。
世界が持つか。
そこまで含めて初めて成功だ。
◇
停止から三分。
王都。
夜だったなら、
もっと混乱しただろう。
昼でも問題は起きた。
噴水。
止まる。
上層区。
蛇口から水が出ない。
昇降機。
停止。
空中輸送路。
止まる。
市場では冷却魔法が切れ、
魚屋が叫んでいる。
《氷を持ってこい!》
「氷?」
若い店員。
《井戸水で樽を冷やせ! ぼさっとするな!》
人間。
意外とすぐ別の方法を探す。
◇
治癒院。
魔法が消えた瞬間。
患者が騒いだ。
「治癒術が!」
「落ち着いてください!」
フィーネが叫ぶ。
普段なら、
怪我人へ手を当てれば光が出る。
今は。
何もない。
若い治癒師が震えている。
「私たち、何もできない……」
「できます!」
フィーネ。
薬。
布。
水。
「傷を洗ってください!」
「でも治癒術が」
「使えないもの数えてる暇ありません!」
十六歳。
その言葉に。
治癒師たちが動き始めた。
「出血してる人を先に!」
「骨折は固定!」
「呼吸がおかしい人はこっち!」
リゼルが魔族の薬を並べる。
「これは止血用」
「量は?」
「人間なら半分」
「分かりました!」
フィーネは、
いつものように笑ってはいなかった。
でも。
止まらなかった。
魔法がない。
だから何もできない。
そうならなかった。
◇
停止から七分。
北西封印施設。
咆哮。
大地が揺れる。
「来るぞ!」
ガイル。
巨大な石門。
その隙間から。
黒い腕。
大型魔獣。
封印が弱まっている。
王国兵。
魔族兵。
一瞬。
互いを見る。
昨日まで敵。
その間を。
グラムが歩く。
斧。
肩へ。
「我々が正面」
ガイル。
「何でお前が決める」
「なら貴様が正面へ行け」
「上等だ」
二人。
前へ。
王国兵が叫ぶ。
「待て! 陣形が――」
ガイル。
「後ろ頼む!」
魔族兵。
「誰に言っている!」
グラム。
「全員だ!」
黒い腕。
壁を破る。
巨大な頭。
角。
牙。
ガイルの盾へ激突。
「ぐっ!」
グラムの斧。
横。
首ではない。
角。
叩き折る。
「殺さないのか!」
王国兵。
グラム。
「封印し直すなら生かしておいた方がいい!」
合理的。
ガイルが笑う。
「気が合うじゃねえか!」
「気色の悪いことを言うな!」
二人。
少し楽しそうだった。
◇
停止から十五分。
問題発生。
南部給水所。
手動ポンプの一つが破損。
予定では、
三つで供給を維持する。
一つ止まった。
地下へ報告。
俺は地図を見る。
「代替」
セヴェリン。
「西地区の非常井戸」
「遠い」
「荷車で運ぶ」
「足りる?」
「最低限なら」
ユリウスが立ち上がろうとする。
「私が騎士団を――」
「座って」
「しかし」
「今倒れたら仕事増える」
ユリウスが悔しそう。
でも座る。
俺は通信。
「レオン」
『はい!』
「避難所の人員から運搬手伝える人」
『募ります』
「強制しない」
一瞬。
『分かっています』
十分後。
報告。
百二十人。
自分から手を上げた。
老人も。
商人も。
普段は魔法で水が届く家に住む貴族の使用人も。
荷車。
桶。
人の手。
水が運ばれる。
遅い。
重い。
不便。
でも。
届いた。
◇
停止から二十七分。
俺の手帳。
高城修一
死刻――二刻後
時間は減っている。
生命炉を止めても。
俺の死刻はまだ消えない。
「何で」
ミレイア。
「ユリウスのは消えたのに」
「俺のは停止前に設定されたから?」
「ならユリウスも同じです」
分からない。
嫌な予感。
エルディオ。
生命炉が停止しても、
あの意識まで消えたわけじゃない。
◇
停止から三十五分。
王都東区。
火災。
魔法式消火装置。
動かない。
屋根。
炎。
「水!」
住民が列を作る。
桶。
隣へ。
隣へ。
隣へ。
子供。
老人。
全員。
魔法なら、
一人の魔導士が数秒で消せた。
今は。
何十人。
何百人。
時間もかかる。
俺は通信越しに見る。
遅い。
非効率。
でも。
火は少しずつ弱くなる。
「昔なら」
俺は呟いた。
「何です?」
ミレイア。
「効率悪いって言ってたかも」
仕事。
十人でやる作業。
機械なら一人。
当然。
機械を選ぶ。
でも。
効率がいいことと、
それだけに頼っていいことは別だった。
◇
四十六分。
北西封印施設。
大型魔獣。
突破寸前。
ガイルの盾。
ひび。
グラム。
肩から血。
「あと十四分!」
王国兵。
「長えな!」
ガイル。
グラム。
「泣くな!」
「泣いてねえ!」
魔獣。
突進。
二人。
同時に受ける。
盾。
斧。
足が地面へ沈む。
その後ろ。
人間と魔族。
一緒に綱を引く。
魔法がない。
だから。
重い封印扉を。
人力で閉じる。
「引け!」
誰か。
どちらの種族か分からない。
全員。
引く。
扉。
少し。
閉じる。
魔獣が抵抗。
ガイル。
「もうちょい!」
グラム。
「貴様こそ押せ!」
最後。
石門。
閉まる。
金属杭。
打ち込む。
静か。
ガイルがその場へ倒れる。
グラムも座る。
「生きてる?」
ガイル。
「貴様よりはな」
「なら大丈夫だ」
「何がだ」
どちらも。
笑っていた。
◇
五十五分。
治癒院。
重傷者。
一人。
馬車事故。
胸部損傷。
普段なら高位治癒魔法。
今はない。
フィーネの手。
震える。
「あと五分」
若い治癒師。
「待てません!」
患者。
呼吸。
弱い。
リゼル。
「切開する」
「できますか」
「戦場で何度もした」
「私、補助します」
フィーネ。
魔法なし。
刃。
薬。
手。
血。
怖い。
でも。
やる。
◇
五十九分。
地下。
十二の紋章が激しく点滅。
エルディオの声。
『停止限界』
『即時再稼働を要求』
ミレイア。
「あと一分!」
『死亡確率上昇』
俺。
「分かってる!」
『すでに三百八十二件の重大事故リスク』
「実際の死者は?」
沈黙。
「エルディオ!」
『……確認中』
「何人!」
数秒。
『現時点』
息。
『零』
誰も。
すぐには理解しなかった。
「ゼロ?」
レオンの通信。
聞こえている。
「死者」
ミレイア。
「ゼロです」
怪我人。
多数。
火災。
設備損傷。
封印危機。
水不足。
不便。
混乱。
でも。
一時間。
誰も死ななかった。
完全じゃない。
たまたまもある。
次も同じとは限らない。
それでも。
ゼロ。
◇
六十分。
ミレイア。
「再稼働します!」
俺は、
一瞬だけ迷った。
このまま止めれば。
死刻は。
でも。
違う。
準備は一時間分。
それ以上は、
こちらが勝手に人を危険へ置く。
「戻そう」
十二勇士。
権限。
解除。
生命炉。
再始動。
世界へ。
魔力。
流れる。
街灯。
光る。
水路。
動く。
治癒院。
フィーネの手から。
白い光。
戻る。
「今!」
傷口。
塞ぐ。
患者。
呼吸。
戻る。
フィーネが泣きながら笑った。
◇
王都。
歓声。
というより。
安堵。
魔法。
戻った。
俺は。
喜べなかった。
手帳。
見る。
高城修一
死刻――一刻後
一時間。
世界は持った。
でも。
俺の時間だけ。
止まっていなかった。
「修一さん」
レオン。
「うん」
「あと」
「一時間くらい」
全員。
黙る。
俺は。
深く息を吐いた。
証明はできた。
魔法が消えても。
世界はすぐには終わらない。
人間も。
魔族も。
自分で動ける。
でも。
一時間以上続けるには。
今の仕組みでは足りない。
だから。
次。
生命炉を止めるのではない。
変える。
俺たちに残った時間は。
一時間だった。




