第40話 父が選んだ死
ミレイアは、
王都へ戻ると言った。
「一人で?」
俺が聞く。
「はい」
「反対」
「高城さん」
「理由」
「父と話します」
それで。
少し黙った。
「それなら」
「一人で行きます」
「危ない」
「分かっています」
「捕まるかも」
「分かっています」
「父親に――」
「高城さん」
遮られた。
珍しい。
「私の父です」
声。
静か。
「私が話します」
俺は口を閉じた。
昔なら。
同行。
護衛。
説明役。
何か付けたと思う。
心配だから。
でも。
それが本人の仕事を奪うこともある。
「分かった」
俺は言った。
「帰ってこなかったら迎えに行く」
ミレイアが、
ほんの少し笑う。
「それは止めても無駄そうですね」
「よく分かってる」
◇
王都。
魔導院。
ミレイアは、
正面から入った。
逃亡者。
本来なら拘束。
でも。
ノール家。
父。
セヴェリンの命令で通された。
部屋。
二人。
父娘。
長い沈黙。
最初に口を開いたのは、
セヴェリンだった。
「魔王側へついたのか」
「いいえ」
「では王国へ戻る気になったか」
「いいえ」
父の眉。
わずかに動く。
「どちらでもありません」
ミレイア。
「私は私が正しいと思うことをします」
「子供の言葉だ」
「そうでしょうか」
「国は個人の正義では動かない」
「知っています」
「なら」
「だから聞きに来ました」
ミレイアが机へ一枚の紙を置く。
生命炉。
選定補正。
「お父様は」
「何人の補正値を変えましたか」
セヴェリンの顔が硬くなる。
「答える必要はない」
「あります」
「ない」
「では質問を変えます」
ミレイア。
「その結果」
「何人が死んだと思っていますか」
「分からない」
初めて。
父が短く答えた。
「生命炉が最終選定する」
「だから自分は選んでいない?」
「事実だ」
「違います」
声。
強い。
「選ばれにくくする人間を選んだ時点で」
「その分」
「誰かが死にやすくなる」
父は黙る。
◇
セヴェリンが窓の外を見る。
王都。
巨大な結界塔。
「お前は」
静かに。
「十五年前の赤熱病を知らない」
ミレイアは黙る。
幼い。
覚えていない。
感染症。
王都。
数万人。
治癒師。
魔力不足。
セヴェリンは、
当時。
生命炉管理の下級官。
「治癒師の魔力が尽きた」
「患者は廊下まで溢れた」
「子供が」
言葉。
止まる。
「毎日死んだ」
ミレイアの顔が変わる。
父が。
こんな話をするのは初めてだった。
「生命炉の供給量を上げた」
その期間。
死刻選定数。
増加。
しかし。
治癒魔法。
維持。
感染者の死亡率。
下がる。
「私は」
セヴェリン。
「そのとき学んだ」
「何を」
「全員は救えない」
ミレイア。
「だから選んだ?」
「ああ」
「医師」
「治癒師」
「水路技師」
「兵士」
「国を維持する者を守った」
「彼らが死ねば」
「さらに多くが死ぬ」
論理。
明確。
「では」
ミレイア。
「何も役職のない老人は?」
セヴェリン。
答えない。
「仕事のない若者」
「辺境の農民」
「孤児」
「彼らは」
一歩。
「誰かを救う可能性がないと?」
「そうは言っていない」
「ではなぜ」
「優先度を下げたのです」
父の声が強くなる。
「数字でしか判断できないからだ!」
初めて。
感情。
ミレイアが止まる。
セヴェリン。
「一万人を一人ずつ知ることなどできない!」
「誰が将来何をするか」
「誰が誰を愛しているか」
「誰が明日何を生み出すか」
「分からない!」
「だから」
息。
「分かる情報で判断するしかない!」
年齢。
職業。
家族。
社会的役割。
犯罪歴。
数字。
「では」
ミレイア。
静か。
「数字に出ないものは」
「ないことにするのですか」
セヴェリンは答えない。
◇
ミレイアが紙をもう一枚。
二つの名前。
仮定。
一人。
王都の医師。
三十四歳。
妻。
子供二人。
多くの患者を診る。
もう一人。
七十一歳。
無職。
独居。
「どちらか一人が死ななければならない」
ミレイア。
「お父様なら?」
セヴェリン。
すぐに。
「老人だ」
「なぜ」
「医師が死ねば、その先に救えた患者まで死ぬ」
「合理的ですね」
「ああ」
「では」
ミレイア。
「その老人に」
一拍。
「聞きましたか」
セヴェリンの目が動く。
「何を」
「死んでもいいか」
「……」
「医師にも」
「老人の代わりに生きたいか」
「聞きましたか」
「そんなことを聞けば判断できなくなる」
「そうです」
ミレイア。
「だから」
「聞かないまま決めている」
父。
「それが管理する者の責任だ」
「違います」
即答。
「私は」
ミレイア。
「その二人に聞かず」
「お父様が決めることだけは」
ゆっくり。
「間違っていると思います」
沈黙。
◇
セヴェリンの顔。
怒り。
悲しみ。
どちらか分からない。
「ならどうする」
父。
「二人に聞いて」
「両方が生きたいと言ったら」
ミレイア。
答えられない。
「ほら」
セヴェリン。
「正しさでは決められない」
「最後には誰かが選ぶしかない」
「だから私たちは選んだ」
ミレイア。
長い沈黙。
「分かりません」
父が少し笑う。
勝ったような。
でも。
娘は続ける。
「分からないから」
「一人で決めない方法を探します」
笑み。
消える。
「何?」
「生命炉を変えます」
「不可能だ」
「五百年前なら」
「今は違う」
「何を考えている」
ミレイアは答えない。
代わりに。
父を見る。
「お父様」
「何だ」
「一時間」
「王都から魔法が消えたら」
セヴェリンの顔色が変わった。
「何をする気だ」
「質問です」
「答えろ!」
「その一時間」
ミレイア。
「魔法なしで」
「人を守れますか」
セヴェリンが立つ。
「生命炉に触れるつもりか!」
「お父様なら」
「どうします?」
父。
言葉が止まる。
「水」
「治癒」
「結界」
「全部」
ミレイア。
「魔法が止まったときの準備をしてください」
「なぜ私が」
「国を守る人だからです」
セヴェリンの目。
揺れる。
「私たちを止めても構いません」
「でも」
ミレイア。
「止める前に」
「一度だけ」
「生命炉がなくても人が人を助けられるか」
「見てください」
◇
ミレイアが戻ったのは、
夜だった。
一人。
無事。
俺は入口で待っていた。
「遅い」
第一声。
「迎えに来ると言っていたでしょう」
「あと半刻で行くところだった」
「危なかったですね」
「誰が」
「お互いに」
正しい。
「父親は?」
俺が聞く。
「協力するとは言いませんでした」
「止める?」
「分かりません」
「そう」
「ただ」
ミレイアが小さな紙を出す。
王都。
非常時対応。
給水。
治癒院。
騎士配置。
父の筆跡。
「これは?」
「机に置いてありました」
「誰が」
「父しかいません」
俺は笑った。
「素直じゃないな」
「誰かに似ています」
「俺?」
「さあ」
絶対俺。
◇
部屋へ戻る。
全員。
資料を囲む。
王都。
魔王領。
辺境。
一時間。
準備がつながり始める。
俺は手帳を見る。
高城修一
死刻――一日後
あと一日。
昔。
仕事の締切が明日なら、
まだ一晩ある、
と思った。
今は。
その感覚にはなれない。
一日後。
俺は死ぬ。
でも。
その前に。
やることがある。
生命炉を壊す前に、
確かめる。
この世界が。
一時間だけでも。
誰か一人の死に頼らずに、
生きられるのか。
それができなければ。
俺たちの考えていることは、
ただの理想だ。
できたなら。
初めて。
次へ進める。
俺はみんなを見る。
「明日」
声にする。
「魔法を止めよう」
誰も笑わなかった。
誰も反対しなかった。
ただ。
ユリウスが言った。
「高城殿」
「何」
「あなたの死亡予定も明日です」
「知ってる」
「随分と忙しい一日になりそうですね」
「会社員の最終日みたいだな」
「最後まで仕事をするつもりですか」
俺は少し考えた。
「昔なら」
「たぶん」
「今は?」
俺は仲間を見る。
「みんなに働いてもらう」
ガイル。
「それが課長か」
「たぶん」
ミレイア。
「今さらですか」
「今さら」
フィーネが笑う。
レオンも。
ノア。
リゼル。
グラム。
ユリウス。
少しずつ。
その笑いが広がった。
明日。
世界から、
一時間だけ魔法が消える。
そして。
俺の命にも、
時間切れが来る。
それでも。
一人で背負わなくていいなら。
昨日までより。
少しだけ。
怖くなかった。




