第4話 明日死ぬ女
翌日。
マーラはまだ生きていた。
当たり前だ。
死刻は明日。
だからといって安心できるわけではない。
俺たちは朝から彼女の家にいた。
「本当に一日中いるんですか?」
マーラが呆れている。
「できれば」
「仕事があるんですけど」
「休めない?」
「休んだら誰が食べ物を買ってくれるんです」
もっともだった。
異世界でも生活は現実的だ。
結局、マーラの仕事へ全員でついていくことになった。
洗濯物を集める。
川で洗う。
干す。
勇者四人と俺が手伝う。
「何してるんだろうな、俺たち」
ガイルが大きなシーツを絞りながら言った。
「人助けでしょう」
フィーネは楽しそうだった。
「魔王討伐へ向かう勇者が洗濯か」
「似合ってるぞ」
俺が言う。
「おっさん、後で覚えてろ」
怖い。
ただ、少し空気が軽くなった。
マーラも笑っていた。
死ぬ人には見えない。
やはり間違いでは。
何度もそう思う。
そのたびに紙を見る。
マーラ・エーデン
死刻――明日
消えていない。
◇
翌朝。
とうとう日付表示が変わった。
死刻――本日
さらに昼を過ぎると、
死刻――四刻後
こちらの時間単位は一刻がおよそ一時間らしい。
カウントダウンまで始まった。
「何時です?」
ミレイア。
「あと四時間くらい」
全員の空気が変わる。
事故か。
魔物か。
毒か。
誰かに狙われているのか。
マーラを街の神殿へ移すことにした。
頑丈な石造り。
結界。
治癒術師。
人も多い。
一人にしない。
食事も俺たちが確認。
水も。
部屋も。
窓も。
徹底した。
「私、犯罪者みたいですね」
マーラがベッドに座って苦笑した。
「悪い」
「いいですよ。ここまでされると逆に気になります」
レオンが扉の前。
ガイルが廊下。
ミレイアが結界。
フィーネがマーラの隣。
俺は窓際。
あと一時間。
何もない。
三十分。
何もない。
十分。
マーラが緊張した顔で俺を見る。
「あと?」
「……十分くらい」
「そう」
初めて彼女が怖そうに見えた。
「高城さん」
「何?」
「もし本当に死ぬなら、苦しくないといいな」
そんなことを言われると思っていなかった。
「死なせないためにいる」
「勇者みたいですね」
「一応名前だけは」
五分。
三分。
一分。
全員が身構える。
魔物は来ない。
暗殺者も。
天井も落ちない。
マーラが胸に手を当てた。
「……何か」
フィーネが顔を上げる。
「どうしました?」
「寒い」
マーラの唇から血の気が消える。
「マーラさん?」
彼女の体が傾いた。
フィーネが受け止める。
「脈が――」
光がフィーネの両手から溢れた。
治癒魔法。
ミレイアも駆け寄る。
「毒?」
「違います!」
「病気は?」
「分からない!」
マーラの呼吸が弱くなる。
外傷はない。
毒でもない。
病気でもない。
ただ、
生命そのものが抜けていく。
そんな感じだった。
俺は紙を見る。
赤い文字。
死刻――零
「フィーネ!」
「やってます!」
少女の額に汗。
白い光が激しくなる。
「もっと……!」
マーラの手が冷たい。
レオンが握る。
「戻ってこい!」
ガイルまで叫ぶ。
何秒経ったのか。
一分。
二分。
赤い文字は零のまま。
マーラの胸が止まりかける。
フィーネが歯を食いしばる。
「嫌です」
小さく呟いた。
「死なせません!」
光が部屋を埋めた。
次の瞬間。
マーラが大きく息を吸った。
「――っ!」
咳。
何度も咳き込む。
脈が戻る。
フィーネがその場に座り込んだ。
「……生きてる」
レオンが呟く。
誰もすぐには喜べなかった。
俺は紙を見た。
さっきまであった赤い文字。
消えている。
完全に。
マーラ・エーデン。
名前だけ。
「消えた」
「何が?」
ミレイア。
「死刻」
俺は笑った。
たぶん、この世界へ来て初めてちゃんと笑った。
「消えた」
レオンが息を吐く。
ガイルが壁にもたれた。
フィーネは泣きながらマーラに抱きついている。
マーラも何が起きたのか分からないまま笑っていた。
変えられた。
運命かどうかは分からない。
でも、
三十日後に死ぬと刻まれた俺にも、
初めて希望が見えた。
死刻は絶対じゃない。
救える。
だったら俺だって。
そう思った。
そのときは。




