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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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第3話 赤い死刻

能力。


そんな言葉を使うのは少し恥ずかしかった。


四十八歳にもなって、


「俺には特殊能力がある」


などと真顔で言う日が来るとは思わなかった。


だから翌朝まで、誰にも話さなかった。


自分で確かめることにした。


宿の一階。


受付の横には宿帳がある。


昨日泊まった客たちの名前。


俺は朝食を食べながら、それとなく眺めた。


何も見えない。


一人。


二人。


三人。


十人ほど確認しても、普通の文字だけ。


「何してるんです?」


背後から声がして、肩が跳ねた。


フィーネだった。


「驚かせるな」


「さっきから宿帳をずっと見てるから」


「人の名前を見てる」


「それは見れば分かります」


意外と鋭い。


俺はパンをちぎった。


「昨日、言っただろ。赤い文字が見えるって」


フィーネが向かいに座る。


「はい」


「確かめてる」


「何を?」


俺は少し迷ってから、紙を一枚もらった。


「正式な名前を教えてくれるか」


「私の?」


「そう」


「フィーネ・ラティス」


知っているが、一応本人から聞いた。


俺は紙に書く。


フィーネ・ラティス。


じっと見る。


何も出ない。


「何か見えます?」


「いや」


「残念」


「残念がるところじゃないと思う」


次にレオン。


ミレイア。


ガイル。


全員本人から正式な名を聞き、紙へ書いた。


何も出ない。


「どういうことだ?」


ミレイアも興味を持ったらしく、隣で観察している。


「昨日の店主には見えたんですよね」


「ああ」


「天命録ではあなた自身にも」


「ああ」


「条件があるのでしょうか」


「死亡予定がある人間だけとか」


口にしてから、自分で嫌になった。


死亡予定。


まだ仮説だ。


だが他に言いようがない。


「昨日の店主の名を書いてみてください」


バルナ・ロッソ。


書く。


数秒後。


紙の上に赤い文字が滲んだ。


死刻――十七日後


昨日は十八日後。


一日減っている。


背中が冷えた。


「見える」


「私には名前だけです」


ミレイアが紙を覗き込む。


フィーネも。


やはり赤い文字は俺にしか見えない。


「店主本人に聞いてみるか」


レオンが立ち上がった。


          ◇


バルナは元気だった。


五十四歳。


妻と二人で露店を営んでいる。


病気はなし。


最近魔物に狙われたこともなし。


借金もなし。


敵も思い当たらない。


俺たちは適当な理由をつけて話を聞いた。


さすがに、


「十七日後に死ぬ予定です」


とは言えなかった。


店を離れてから、ガイルが腕を組む。


「間違いじゃねえのか?」


「それなら俺のも間違いだとありがたい」


「天命録にある三十日後か」


「ああ」


ミレイアが考え込んだ。


「他に確認できる対象が必要ですね」


「対象って言うと実験みたいだな」


「実際、検証しなければ何も分かりません」


正しい。


だが気分はよくない。


人の死を使って検証する。


その言葉だけで重い。


宿へ戻る。


受付に座っていた主人が、帳簿を整理していた。


昨日は気づかなかった別の宿帳が机に置かれている。


宿泊客ではない。


従業員の勤務記録らしい。


名前が並んでいる。


その中の一つ。


赤い。


俺の視線が止まった。


マーラ・エーデン


死刻――二日後


二日。


思わず立ち上がった。


「どうしました?」


レオン。


俺は帳簿を指差した。


「いる」


「誰が?」


「二日後」


声がうまく出ない。


「二日後に死ぬ人がいる」


          ◇


マーラ・エーデンは宿の従業員ではなかった。


週に数回、洗濯物を引き取りに来る女性だった。


街外れの小さな家。


三十九歳。


夫を数年前に亡くし、一人暮らし。


俺たちは夕方、彼女の家を訪ねた。


「王都の勇者様が私に?」


マーラは困惑していた。


当然だ。


突然若い勇者四人と、よく分からない中年男が家に来た。


怪しい。


「少し聞きたいことがあります」


レオンが穏やかに話す。


体調。


恨み。


最近の事故。


変わったこと。


全部聞いた。


何もない。


マーラは健康だった。


庭で一人で薪を割るくらいには。


「本当に何なんです?」


最後には不審そうな顔をされた。


俺は彼女の名前を書いた紙を見る。


死刻――二日後


「マーラさん」


「はい」


「明日と明後日、予定あります?」


「予定?」


「できれば、一人にならないでもらいたい」


マーラが笑った。


「まさか勇者様が護衛してくださるの?」


冗談だと思っている。


「そうしてもらえると助かります」


笑いが消えた。


「何かあるんですか?」


答えられなかった。


怖がらせるだけかもしれない。


それでも。


もし本当に死ぬなら。


俺は二日前から知っていたことになる。


その人が死んだあと、


「やっぱり本当だった」


で済ませられる気はしなかった。


「まだ分かりません」


正直に言った。


「だから、確かめたいんです」


「私で?」


「……すみません」


マーラはしばらく俺を見ていた。


やがてため息をつく。


「勇者って、もっと偉そうな人たちかと思ってました」


「俺は勇者かどうかも怪しい」


「それは見れば何となく」


「そんなに?」


後ろでフィーネが笑いをこらえている。


マーラも少し笑った。


その普通の笑顔を見て、


二日後。


という文字が急に重くなった。


未来の話ではない。


明後日だ。


帰り道。


レオンが俺の隣へ並んだ。


「高城さん」


「ん?」


「もし本当に彼女が……」


最後まで言わない。


「分からない」


俺は答えた。


「だから、死なせない方法を探そう」


「運命を変える?」


運命。


その言葉に違和感があった。


俺は紙に浮かぶ赤い文字を思い出す。


「まだ運命だって決まったわけじゃない」


二日後。


何が起きるのか。


俺たちはまだ知らない。


ただ一つ。


時間だけは、確実に減っていた。

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