第37話 壊すだけでは救えない
「生命炉を破壊する」
アベル。
「反対」
俺。
会議開始から、
十秒だった。
リゼルが立ち上がる。
「貴様!」
「毎回立たなくていい」
「魔王様に対して――」
「リゼル」
アベルが止める。
もう慣れた。
机。
人間側。
魔族側。
その中央。
ミレイアが見つけた古い研究書。
「理由を言え」
アベル。
「昨日も言った」
「三日しかないのだろう」
「だから急いで壊せ?」
「ああ」
「嫌」
アベルの目が細くなる。
「自分が死ぬ可能性が高いのだぞ」
「知ってる」
「生命炉を停止すれば、お前への死刻も消える可能性がある」
正直。
揺れた。
ものすごく。
壊せば助かる。
そう聞こえる。
三日。
怖い。
死にたくない。
今すぐ壊してほしい。
そんな自分が、
確かにいる。
だからこそ。
今決めるのが怖い。
「俺が死にそうだから壊すのは」
少し間。
「判断として一番信用できない」
アベル。
「なぜ」
「自分が当事者すぎる」
会社でも。
自分の部署が絡む判断。
予算。
人員。
評価。
公平に見ているつもりでも、
自分の都合が混じる。
だから他部署。
上司。
第三者。
見てもらう。
「今の俺は」
自分の胸を指す。
「生きたいっていうバイアスが強すぎる」
ノア。
「バイアスって何」
「都合」
「最初からそう言え」
すまん。
◇
俺は紙を広げた。
生命炉停止時の影響。
ミレイアとアベルの資料。
「一個ずつ確認」
一。
王都の上水設備。
停止。
井戸はある。
ただし人口を全部支えられない。
二。
農業用水路。
一部停止。
手動切り替え可能。
三。
治癒院。
高位治癒術の大半が使用不能。
薬。
外科的処置。
残る。
四。
結界。
都市によって違う。
魔物の多い辺境は危険。
五。
封印施設。
最悪。
「これ」
俺は指す。
「何体?」
グラム。
「大型だけで二十七」
「一気に出たら?」
「かなり死ぬ」
「かなりって」
「数は読めん」
アベル。
「だから私は軍を配置する」
「全箇所に?」
「可能な限り」
「可能じゃない場所は?」
沈黙。
そこ。
「ほら」
「なら待てというのか」
アベルの声が強くなる。
「待つ間にも死刻は人を殺す!」
「知ってる!」
俺も声が大きくなった。
「俺が一番知ってる!」
三日。
手帳を机へ。
赤い文字。
アベルも見る。
「でも」
俺は言う。
「壊して何万人死ぬか分からないのに、今すぐやれって言えない」
「なら」
アベルが立つ。
「お前は死刻で死ぬ者に待てと言うのか」
「違う」
「同じだ!」
「違う!」
二人。
立っている。
何か。
嫌だった。
この構図。
また。
二択。
生命炉を壊す。
壊さない。
アベルか。
王国か。
どちら。
「一回やめよう」
俺は座った。
アベルは立ったまま。
「何を」
「喧嘩」
「していない」
「してる」
リゼルが、
「魔王様は――」
「してる」
グラムまで言った。
アベルが渋々座る。
◇
「目的確認」
俺は紙へ書く。
死刻による強制的な死を止める。
「異論?」
誰もない。
次。
魔法停止による大量死を避ける。
アベルが少し黙る。
でも。
「異論はない」
「じゃあ」
俺は二つを丸で囲む。
「壊すか残すかじゃなく」
「両方満たす方法を探す」
リゼル。
「五十年見つからなかった」
「知ってる」
「三日で見つけると?」
「見つからないかも」
「なら!」
「でも候補はある」
研究書。
ミレイア。
生命経路転移。
分散供給。
フィーネが母から受けた術。
「一人を殺して大きな魔力を取るんじゃなく」
俺。
「大勢から少しずつ」
アベルが研究書を取る。
読む。
表情が変わる。
「古い理論だ」
「知ってる?」
「知っている」
「何で試さなかった」
「当時は不可能だった」
「今は?」
ミレイア。
「魔導網が発達しています」
「王都から地方へ魔力を送るため作られた導管は」
少し間。
「逆方向にも使えるはずです」
つまり。
王国が中央へ集めるため作った仕組み。
それを。
人々から少量ずつ集める網へ変える。
アベル。
「膨大な人数が必要だ」
「うん」
「同意を得られると思うか」
「分からない」
また。
でも。
「聞いてもいないのに無理って決めるのは違う」
◇
会議はそこから長くなった。
必要人数。
一人あたりの負荷。
送電――ではない。
送魔効率。
地域差。
魔族でも参加可能か。
可能。
王国の識別登録がない者は?
別方式。
ノアが、
「俺も出せる?」
と聞く。
ミレイア。
「生命炉自体には接続されていますから」
「少しなら」
フィーネ。
「痛い?」
「たぶん疲れる程度」
「なら俺やる」
簡単に言う。
俺は止めなかった。
自分で決めた。
それでいい。
ただ。
「子供の量は少なく」
ミレイア。
「当然です」
ノア。
「子供扱い!」
そこはする。
◇
夕方。
一枚の大きな地図。
俺は全員に役割を振った。
「ミレイア」
「術式」
「はい」
「アベル」
「魔王領の供給点確認」
「ああ」
「ユリウス」
「王国側の結界、治療院、給水」
「分かりました」
「グラム、ガイル」
二人を見る。
「何だ」
同時。
「封印施設と魔物出現地点」
ガイル。
「何でこいつと」
グラム。
「こちらの台詞だ」
「仲良くしろとは言ってない」
俺は紙を渡す。
「仕事して」
二人とも嫌そう。
でも受け取る。
「フィーネ」
「はい」
「治癒院。魔法なしで何ができるか調べる」
「分かりました」
「リゼル」
「なぜ私がお前の命令を」
「フィーネと一緒」
「聞け!」
フィーネが、
「よろしくお願いします」
と笑う。
リゼル。
完全に嫌そう。
でも行く。
「レオン」
「何をします?」
俺は少し考えた。
昔なら。
一番優秀。
一番動ける。
何でもできる人へ、
一番大きい仕事を渡した。
今は違う。
「全体の連絡」
「俺が?」
「各班を回って進捗確認」
「戦闘ではなく?」
「今は戦わない方が重要」
レオンは少し意外そう。
でも。
「分かりました」
「ノア」
「俺は?」
「俺と一緒」
「何する?」
「地図に印つける」
「地味!」
「大事」
本当に。
大事。
◇
全員が動き始める。
俺だけ。
部屋に残る。
ノアが地図に丸をつける。
「おっさん」
「何」
「おっさんは何すんの?」
「全体見る」
「それだけ?」
少し刺さる。
「それだけ」
昔の俺なら。
自分も一班を持った。
資料作成も。
現場確認も。
全部。
その方が仕事している気がした。
でも。
今。
全員が動いている。
俺が手を出したら、
たぶん邪魔になる。
課長の仕事。
自分が一番働くことじゃない。
全員が働ける状態を作ること。
四十八歳。
異世界へ来て。
ようやく少し。
分かった気がした。
ノアが地図へ印をつける。
「ここ?」
「そこ」
「次」
「青」
「多いな」
「世界だから」
本当に。
仕事の規模だけは、
会社員時代と比べ物にならなくなっていた。




