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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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第35話 セラの最後の言葉

刺客は、


王国の人間だった。


それだけはすぐ分かった。


魔導監察局所属。


隠密部門。


命令書は持っていない。


自害用の毒も。


フィーネがそれを止めた。


「死なせません」


リゼルが、


「吐かせるためか」


と聞く。


フィーネは首を振った。


「死ぬ必要がないからです」


リゼルは何も言わなかった。


刺客の目的。


俺。


そして。


セラ。


どちらが本命か。


まだ分からない。


でも。


今はどうでもよかった。


          ◇


治療。


三刻。


終わらない。


俺たちは廊下。


アベルも来た。


魔王。


何も言わず壁際に立つ。


グラム。


リゼル。


レオン。


ガイル。


ミレイア。


ユリウス。


ノア。


誰も話さない。


やがて。


扉。


開く。


フィーネ。


顔。


見た瞬間。


分かった。


「……意識が戻りました」


誰も喜ばない。


その言い方。


「でも」


フィーネの声。


震える。


「傷が深すぎます」


アベルの拳が握られる。


「あと」


フィーネ。


言えない。


ミレイアが代わりに。


「長くはありません」


静か。


ノアが、


「治せないの?」


フィーネ。


泣きそう。


「ごめん」


「何でフィーネが謝るんだよ」


「……」


「治せるんだろ!」


ノアの声が大きくなる。


「いつも治してるじゃん!」


誰も止められない。


「ノア」


俺。


「嫌だ」


「ノア」


「嫌だって!」


少年が走っていく。


フィーネが追おうとする。


俺は止めた。


「今は」


「でも」


「一人にしよう」


自分で言って。


本当にいいのか迷った。


でも。


ガイルが、


「俺が遠くから見とく」


と言った。


助かった。


「頼む」


          ◇


セラの部屋。


最初。


俺。


アベル。


二人だけ入った。


セラが目を開ける。


「……何だい」


声。


小さい。


「死人みたいな顔して」


「誰のせいだ」


俺。


「お前の方が死刻近いだろ」


「今それ言う?」


少しだけ。


笑った。


痛そう。


アベルは何も言わない。


セラが横を見る。


「アベル」


「……ああ」


「老けないねぇ」


「またそれか」


「腹立つんだよ」


アベルの口元が、


少し動いた。


笑った。


本当に少し。


「セラ」


「何だい」


「クレイナ」


アベルが言う。


「今さら謝るなよ」


先回り。


アベルが止まる。


「五十年遅い」


「……」


「それに」


セラ。


「私が欲しかったのは謝罪じゃない」


「何だ」


「やめてほしかった」


アベルの目。


揺れる。


「お前が」


セラ。


「一人で世界を救おうとするのを」


俺は、


黙って聞いていた。


「昔から」


セラ。


「何でも自分で決めた」


「そんなことは」


「ある」


即答。


「人の話聞く顔して」


「最後は自分で決める」


アベルが黙る。


俺の胸にも。


刺さる。


人の話を聞く。


部下の意見を聞く。


でも。


最後は課長として判断。


それ自体は悪くない。


誰かが決める必要もある。


ただ。


何でも。


自分が背負う。


自分が決めた方が早い。


そうなると。


いつの間にか、


周りは考えなくなる。


「高城」


セラが俺を見る。


「何」


「お前も似てるよ」


嫌な予感。


「俺?」


「アベルに」


「それは嫌だ」


アベル。


「私もだ」


「何でそっちも嫌がるんだよ」


セラが笑う。


咳。


血。


笑いが止まる。


俺も止まる。


「お前」


セラ。


「人に任せるの上手そうに見えるけど」


「……」


「最後の責任は全部自分で取る気だろ」


何も言えなかった。


「部下に」


昔。


言った。


《責任は俺が取るからやって》


格好いいと思っていた。


課長らしいとも。


でも。


責任を全部取る。


本当はできない。


失敗した本人が感じるもの。


周り。


会社。


家族。


全部を一人で引き受けることなど無理。


「背負うなとは言わない」


セラ。


「でも」


俺を見る。


「背負わせろ」


「誰に」


「仲間に決まってるだろ」


レオン。


フィーネ。


ガイル。


ミレイア。


ユリウス。


ノア。


みんな。


「お前一人が正解出そうとするな」


「……」


「四十八年生きても分からないんだろ?」


俺は少し笑う。


「よく分かってるな」


「聞いてりゃ分かる」


          ◇


セラがアベルを見る。


「お前もだ」


「ああ」


今度は。


反論しなかった。


「百人殺して百万救う」


セラ。


「昔のお前なら、そんなこと言わなかった」


アベルの声。


低い。


「昔は現実を知らなかった」


「違う」


「何が」


「昔は」


セラがゆっくり息を吸う。


「百人の顔を見てた」


その一言。


アベルが動かなくなる。


「今は」


「百人って数字しか見てない」


俺も。


何も言えなかった。


同じことを、


自分がさっき言った。


でも。


セラの言葉は、


もっと重かった。


五十年間。


この男を知っている人間だから。


          ◇


「皆を呼んで」


セラが言った。


レオン。


フィーネ。


ガイル。


ミレイア。


ユリウス。


リゼル。


グラム。


ノア。


全員。


ノアは最後まで入ろうとしなかった。


ガイルが連れてきた。


目が真っ赤。


セラを見る。


「婆さん」


「何だい、泥棒小僧」


「もう盗ってねえ」


「一回盗っただろ」


「……」


「次から」


セラ。


「盗むならもっと上手くやりな」


俺。


「教えるな」


「冗談だよ」


ノアが泣きながら笑う。


フィーネは、


セラの手を握る。


「ごめんなさい」


「何でお前が謝る」


「治せなくて」


セラ。


「馬鹿だね」


「でも」


「人間は死ぬ」


静かに。


「治せない日もある」


フィーネの涙。


落ちる。


「それを」


セラ。


「お前の失敗にするんじゃないよ」


フィーネが頷く。


何度も。


          ◇


ガイル。


セラ。


「魔族を全部許す必要はない」


ガイルが驚く。


「……」


「憎い奴は憎め」


「でも」


「ちゃんと相手を見てからにしな」


グラムを見る。


グラムは何も言わない。


ガイルも。


ただ。


少しだけ。


頷いた。


          ◇


ミレイア。


「親はね」


セラ。


「間違えるよ」


ミレイアの目が揺れる。


「はい」


「子供も間違える」


「はい」


「だから」


「親が間違ったからって」


セラ。


「全部捨てなくていい」


ミレイアは、


泣かなかった。


でも。


唇を噛んでいた。


          ◇


ユリウス。


「お前は真面目すぎる」


「よく言われます」


初めて。


ユリウスがそんな返しをした。


「たまには命令破れ」


「すでにかなり」


俺たちを見る。


「破らされています」


「人のせいにするな」


俺。


ユリウス。


「あなたが言いますか」


セラが笑った。


少しだけ。


部屋にも笑いが生まれた。


          ◇


最後。


レオン。


「勇者ってのはね」


セラ。


「正しい奴のことじゃない」


レオン。


「では」


「間違えたあと」


セラ。


「逃げない奴だよ」


レオンの目から、


涙。


「はい」


一言。


          ◇


リゼル。


セラは少し考えた。


「お前は」


「何だ」


「もう少し笑いな」


リゼルの顔。


完全に不満。


「それだけか」


「十分だろ」


フィーネが泣きながら笑う。


「私もそう思います」


「フィーネ」


「はい」


「黙れ」


いつもの二人。


でも。


リゼルは、


少しだけ口元を緩めた。


たぶん。


本当に少し。


          ◇


そして。


アベル。


セラが手を伸ばす。


魔王が近づく。


手。


握る。


「今度こそ」


セラ。


声。


弱い。


「間違えるなよ」


アベルはすぐ答えなかった。


「約束はできない」


セラが笑う。


「そういうとこは変わらないね」


「だが」


アベル。


「一人で決めない」


セラの目。


少し細くなる。


満足したのか。


「それでいい」


          ◇


呼吸が。


ゆっくりになる。


フィーネが気づく。


手を握る。


でも。


治癒魔法は使わない。


セラが望まなかった。


「高城」


最後。


俺を呼ぶ。


「何」


「赤い日付」


「うん」


「最後まで」


一度。


息。


「信じすぎるんじゃないよ」


俺は手帳を見る。


セラ・ヴァンクロフト。


名前だけ。


死刻なし。


「分かってる」


「本当かい」


「今日分かった」


「遅いね」


「悪かったな」


「まあ」


セラ。


「お前らしい」


目を閉じる。


「セラ?」


返事。


ない。


フィーネが、


手首へ触れる。


長い。


沈黙。


やがて。


小さく首を横へ振った。


誰も声を出さなかった。


アベルは、


セラの手を握ったまま。


動かない。


魔王でも。


勇者でもない。


ただ。


五十年前の仲間を失った男に見えた。


          ◇


その夜。


魔王城の高台に、


小さな墓を作った。


人間式。


魔族式。


どちらでもない。


セラが好きだった酒。


弓。


一本だけ矢。


ノアが赤い果物を置いた。


「それ好きだった?」


俺が聞く。


「知らねえ」


「何で」


「何か置きたかった」


「そう」


それでいい。


フィーネ。


リゼル。


並ぶ。


ガイルとグラム。


少し離れて。


レオン。


ユリウス。


ミレイア。


アベル。


最後まで何も置かなかった。


代わりに。


首元。


銀の首飾りを外す。


五十年前。


セラからもらったもの。


墓へ置こうとする。


でも。


手が止まる。


セラの声が聞こえた気がした。


そんなもの置いたら承知しないよ。


アベルが小さく笑う。


首飾りを戻した。


「持ってろって?」


俺が聞く。


「たぶん」


「そういう人だな」


「ああ」


          ◇


夜。


一人。


俺は手帳を開いた。


高城修一


死刻――六日後


そして。


別の紙。


セラ・ヴァンクロフト。


何もない。


俺はその名前の横へ、


自分の手で一行書いた。


死亡――本日


赤い文字ではない。


普通の黒いインク。


初めて。


死刻ではない死を、


自分で記録した。


そして分かった。


俺が追っているものは、


死そのものじゃない。


人は。


生命炉がなくても死ぬ。


病気でも。


事故でも。


誰かの剣でも。


いつかは。


誰でも。


死ぬ。


俺が知りたいのは。


どうして、


本来まだ生きている人間の死を、誰かが先に決めているのか。


そこだった。


セラの名前の下。


俺はもう一度書く。


誰が、人の死を決めている?


最初から追い続けてきた問い。


でも今は。


意味が少し違っていた。


そして。


その答えは。


魔王ですら、


まだ持っていなかった。

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