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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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33/52

第33話 魔王が滅ぼした街

生命炉を壊す。


魔王アベルは、


迷いなくそう言った。


俺は迷った。


「壊したらどうなる」


最初の質問。


アベル。


「王国が支配している魔力供給網は停止する」


「具体的に」


「結界」


ミレイア。


「治癒魔法」


「農業用魔導設備」


「都市給水」


ユリウス。


「魔物封印も」


アベル。


「一部は止まる」


「一部?」


「全てではない」


「じゃあどれが止まる」


「正確には分からない」


俺は椅子にもたれた。


「駄目じゃん」


リゼルが睨む。


「何がだ」


「何が止まるか分からないもの、いきなり壊すの?」


「壊さなければ人が殺され続ける」


「それは分かってる」


「なら!」


「二択にするな」


少し強く言った。


アベルを見る。


「生命炉を残すか」


「壊すか」


「その二つしかないの?」


「少なくとも私は、他の方法を五十年探した」


重い。


五十年。


「見つからなかった?」


「見つからなかった」


俺はミレイアを見る。


彼女も答えられない。


          ◇


会議。


という言葉が一番近かった。


魔王。


勇士。


魔族。


人間の騎士。


同じ机。


妙な光景。


でも。


話している内容は、


俺が知っている会議より何倍も重い。


「現状整理しよう」


俺は紙を出した。


リゼル。


「なぜお前が仕切る」


「誰も仕切らないから」


「魔王様がおられる」


アベル。


「続けろ」


リゼルが黙った。


俺は少しだけ勝った気がした。


「生命炉を残す場合」


一。


死刻による犠牲が続く。


二。


王国の評価値操作も続く可能性。


三。


魔法文明は維持。


「破壊した場合」


一。


死刻による収奪は止まる可能性が高い。


二。


魔力供給が大幅低下。


三。


結界、治癒、農業などに被害。


四。


死者数は不明。


書く。


「アベル」


「何だ」


「壊した直後に、一万人死ぬ可能性は?」


「ある」


「十万人」


「否定できない」


フィーネの顔が強張る。


「それでも壊す?」


「ああ」


即答。


俺はアベルを見る。


「何人までなら?」


静かになる。


「何が」


「犠牲」


「一万人?」


「十万人?」


「百万人?」


リゼルが怒る。


「異邦人!」


「聞いてる」


アベルは答えた。


「今後数百年、死刻によって奪われる命より少ないなら」


俺は椅子から立たなかった。


ただ。


「ああ」


と呟いた。


「分かった」


「何がだ」


「考え方」


この男。


命を数字にすること自体は、


生命炉と近い。


目的が違う。


誰かを選ぶ方向も違う。


でも。


大勢を救うために、


少数を切り捨てる。


そこは同じ。


アベルにも分かったらしい。


顔が硬くなった。


「高城」


セラが小さく呼ぶ。


俺は彼女を見る。


セラは、


知っていた。


この男がこうなることを。


          ◇


「見せろ」


セラが言った。


アベル。


「何を」


「まだ隠す気かい」


二人。


視線。


長い。


アベルが先に逸らした。


「リゼル」


「はい」


「記録庫からクレイナの記録を」


リゼルの顔が変わる。


「しかし」


「持ってこい」


          ◇


クレイナ。


四十七年前。


人口。


八千四百十二人。


王国北部。


魔王領との境界に近い都市。


俺は初めて聞く名前だった。


レオン。


ユリウス。


ミレイアは知っていた。


「クレイナ消失事故」


ユリウス。


「魔王軍の攻撃で滅んだ都市です」


アベル。


「違う」


「では?」


「私が滅ぼした」


空気が止まった。


リゼルが目を伏せる。


グラムも。


知っていた。


「何人」


俺が聞く。


アベル。


「確認された死者、三千百九十四」


フィーネが口元を押さえる。


「何をした」


          ◇


四十七年前。


アベルは、


生命炉の中継施設の一つを発見した。


クレイナ地下。


巨大な魔力導管。


毎年、


多数の死刻犠牲者から集められた魔力が、


王都へ送られていた。


「私は」


アベル。


「中継施設を破壊した」


「住民は?」


「事前に避難させるつもりだった」


「できなかった」


「王国軍に計画が漏れた」


中継施設を守るため、


王国軍が都市を封鎖。


アベル側と戦闘。


その最中。


施設を維持していた魔力が暴走。


結界消失。


近くの魔物封印も解除。


街へ魔物が流入。


火災。


混乱。


三千人以上。


死亡。


「撤退できた?」


俺が聞く。


アベル。


沈黙。


「途中で」


「できたんだろ」


「……できた」


「でも続けた」


「ああ」


リゼルが声を上げる。


「魔王様があそこで退けば、施設は修復されていた!」


「リゼル」


「また何万人も死刻で――」


「分かってる」


俺は言う。


「だから聞いてる」


アベル。


「私は」


長い時間。


「三千人を犠牲にしてでも、中継施設を破壊すべきだと判断した」


三千。


数字。


でも。


その中には。


家族。


子供。


老人。


全部いた。


「結果」


ミレイア。


「施設は?」


「半年後」


アベル。


「王国が別の場所に再建した」


誰も話さない。


つまり。


三千人死んだ。


でも。


仕組みは止まらなかった。


セラが目を閉じた。


「だから私は離れた」


初めて。


理由を知った。


五十年前。


勇者仲間。


同じ目的。


でも。


クレイナ。


そこで別れた。


「私は」


セラ。


「生命炉を止めたかった」


「今もそう思ってる」


「でも」


アベルを見る。


「クレイナの人間を、お前が勝手に代金にすることは許せなかった」


アベルは反論しない。


          ◇


俺は会社のことを思い出した。


数字のために、


無理な目標。


人員削減。


休日出勤。


でも。


会社と三千人の死。


同列にはできない。


それでも。


一つだけ。


知っている感覚がある。


目標が大きくなるほど、


現場の一人が小さく見える。


売上百億。


利益十億。


何千人。


その中で、


一人の残業。


一人の退職。


一人の不満。


数字に埋もれる。


俺も。


何度か埋もれさせた。


「アベル」


「何だ」


「三千人の名前」


魔王の目が動く。


「覚えてる?」


リゼルが怒る。


「そんなもの全員――」


「リゼル」


アベルが止める。


少しだけ。


静か。


「全員は覚えていない」


正直だった。


「そう」


俺は紙を見る。


「俺は、それが怖い」


「何が」


「人数が増えると、人は数字になる」


アベルの表情が変わる。


「百人なら顔を想像する」


「一万人になると、“一万人”っていう一個の数字になる」


俺は自分の手を見る。


「会社でも似たことあった」


「人を一人減らす」


一人。


その人には家族がいる。


でも資料では、


一名。


「だから」


アベルを見る。


「生命炉が人を数字にするのが嫌なら」


少し間。


「あんたも同じことするな」


リゼルが立ち上がる。


「貴様!」


アベルが手を上げる。


今度も止める。


「高城修一」


「何」


「ではお前ならどうする」


来た。


「生命炉を残せば、毎年人が死ぬ」


「ああ」


「壊せば、別の人間が死ぬ」


「うん」


「どちらを選ぶ」


俺は答えられない。


アベルの目。


逃げ場がない。


「分からない」


言った。


リゼルが嘲るように笑う。


「結局それか」


「うん」


俺は認める。


「今は分からない」


「なら我々を批判する資格など」


「あるよ」


リゼルが止まる。


「分からないことと」


俺は言う。


「分からないまま三千人を殺していいことは別だ」


部屋が静まる。


アベルだけが、


ほんの少し。


笑った。


苦い笑い。


「セラ」


「何だい」


「こいつは面倒だな」


「今頃気づいたか」


俺は二人を見る。


何だか腹が立つ。


「褒めてないよね?」


「褒めてない」


二人同時。


昔の仲間。


少しだけ。


その頃の空気が戻ったように見えた。


          ◇


会議が終わったあと。


アベルが一人、


窓際にいた。


俺も出ようとした。


「高城」


呼ばれる。


「何」


「クレイナのことを知っても」


「まだ私と行動するか」


俺は考えた。


「する」


リゼルなら驚いただろう。


アベルは驚かない。


「なぜ」


「目的が同じ部分はある」


「信用は?」


「してない」


「……」


「王国も」


俺は言う。


「魔王も」


「どっちか完全に正しいって決めるのやめた」


アベルがこちらを見る。


「面倒な生き方だ」


「課長だったから」


「それは関係あるのか」


魔王にまで言われた。


俺も最近、


関係ない気がしてきた。

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