第32話 俺を呼んだのは魔王
魔王城は、
黒かった。
そこだけは想像通りだった。
ただし。
禍々しいというより、
石そのものが黒い。
巨大な山を削って作った要塞。
城壁。
塔。
門。
上空には翼を持つ魔族。
地上には獣人兵。
「帰っていい?」
俺が言った。
グラム。
「駄目だ」
「即答」
ノアは楽しそうだった。
「でけえ!」
「お前怖くないの?」
「何が?」
子供は強い。
◇
城内。
意外と明るい。
赤い絨毯もない。
骸骨もない。
普通の兵士。
書類を運ぶ魔族。
食料。
武器。
傷病兵。
「役所みたい」
俺が言う。
ミレイア。
「魔王城ですよ」
「会社より整理されてる」
「それは高城さんの会社に問題があったのでは?」
可能性はある。
廊下の途中。
グラムが止まる。
「ここから先は魔王の間だ」
「急だな」
俺は服を見る。
旅装。
汚れている。
「着替えとか」
「必要ない」
リゼル。
「死にに来たわけではない」
言い方。
「俺の死刻、まだ七日くらいあるから今日死なないと思うけど」
セラがこちらを見た。
「その考えは捨てな」
声が強い。
俺は黙る。
そうだった。
死刻は、
予定された死。
それ以外の死まで防いでくれるわけではない。
たぶん。
◇
扉が開く。
広い部屋。
一番奥。
男がいた。
玉座。
でも座っていない。
窓際。
背中を向けている。
黒い長髪。
長身。
黒い外套。
剣。
振り返る。
左頬。
細い傷。
首元。
銀色の首飾り。
肖像画と同じ。
ただ。
五十年分、
歳を取っていないように見える。
三十代。
せいぜい四十。
「アベル」
セラが言った。
魔王の目が、
初めて大きく動いた。
「……セラ」
五十年。
その二人の間に、
何があったのか。
俺には分からない。
でも。
誰も口を挟めなかった。
「随分」
魔王――アベルが言う。
「歳を取ったな」
セラの眉が跳ねる。
「最初に言うことがそれかい」
「事実だ」
「お前が変わらなすぎなんだよ!」
矢を撃ちそうな勢い。
五十年ぶりの再会。
もう少し感動的なものを想像していた。
フィーネが小声で、
「仲良いんでしょうか」
と聞く。
「分からん」
俺にも。
◇
アベルの視線が俺へ。
「高城修一」
「はい」
名前を知っている。
嫌な感じ。
「ようやく来たか」
「待ってたらしいですね」
「ああ」
「何で?」
「私がお前を呼んだからだ」
部屋。
静まる。
俺は。
意味が分からなかった。
「呼んだ?」
「ああ」
「ここへ?」
「ああ」
「日本から?」
「ニホンという名は知らなかった」
心臓が、
一回大きく鳴った。
「ちょっと待って」
俺は手を上げる。
「俺がこの世界へ来たの」
「私の召喚術だ」
「……」
フィーネ。
レオン。
ガイル。
全員俺を見る。
ノアだけ、
「魔王すげえ」
と言った。
今そこじゃない。
「じゃあ」
俺はアベルを見る。
「元に戻せる?」
一番最初に聞いた。
アベルは少し黙った。
「現状では」
嫌な予感。
「難しい」
「そう」
思ったより、
声が普通だった。
もっと怒ると思った。
殴る。
怒鳴る。
何で勝手に。
でも。
何も出ない。
たぶん。
期待していなかったから。
ここへ来てから、
戻る方法を考えないようにしていた。
だから。
突然可能性を出されて、
すぐ消されても、
感情が追いつかなかった。
◇
「なぜ修一さんを?」
レオン。
アベル。
「生命炉を破壊するためだ」
ミレイアが反応。
「生命炉を?」
「この世界の人間にはできない」
アベルは自分の胸へ手を置く。
「生まれた瞬間から、全ての人間と魔族は生命炉の系統へ接続される」
「魔族も?」
俺。
「ああ」
「じゃあ死刻の対象にも?」
「なる」
リゼルも。
グラムも。
例外ではない。
「生命炉は自分へ接続された存在からの破壊行為を検知する」
アベル。
「一定以上の干渉を行えば、魔力を封じられる」
「なら魔力を使わず壊せば」
ガイル。
「近づくことすらできない」
生命炉の中枢。
接続者を拒絶。
だから。
外部の人間。
この世界に生まれていない者。
「俺」
「そうだ」
アベル。
「生命炉に登録されていない存在が必要だった」
ノアが手を上げる。
「俺も登録されてないぞ」
全員が見る。
アベル。
初めてノアをじっと見る。
「お前は王国に登録されていないだけだ」
「違うの?」
ミレイア。
「ノアは出生時の王国識別紋を持たない。しかし生命炉そのものとの接続は別なのでしょう」
アベルが頷く。
「その通りだ」
ノアが残念そう。
「じゃあ俺じゃ駄目か」
「世界救いたかったの?」
俺。
「ちょっと格好いいじゃん」
子供。
◇
「待って」
俺は戻す。
「生命炉に接続されてない人間が必要だった」
「ああ」
「それは分かった」
「なら」
「何で俺?」
部屋が静かになる。
ここ。
重要だった。
俺は四十八歳。
会社員。
課長。
剣も使えない。
魔法もない。
異世界人なら、
もっといるだろ。
若い。
強い。
勇敢。
そういう人間。
アベルが答える。
「偶然だ」
「……何?」
「召喚対象を指定する術ではない」
理解するまで、
少し時間がかかった。
「つまり」
「条件は一つ」
アベル。
「別世界の人間であること」
「それだけ?」
「ああ」
「年齢も?」
「知らなかった」
「能力も?」
「知らなかった」
「性別も?」
「どちらでもよかった」
「……」
ガイルが横を向いた。
肩が震えている。
「笑うな」
「悪い」
「笑ってるだろ」
「いや」
完全に笑っている。
フィーネまで。
「シュウおじさん、選ばれし勇者じゃなかったんですね」
「分かってたけど、言葉にされると傷つく」
レオンが気を使う。
「でも修一さんだったからここまで――」
「今は慰めなくていい」
余計悲しくなる。
アベルは真面目だった。
「私も最初、お前を見たときは失敗したと思った」
「言わなくていい!」
全員笑った。
魔王の前。
なのに。
少しだけ。
張っていたものが抜けた。
◇
ただ。
一つ。
笑えないことが残っている。
「俺の死刻」
俺は手帳を出す。
名前。
高城修一
死刻――七日後
「これもあんた?」
アベルの顔が変わった。
「違う」
即答。
「本当に?」
「私には死刻を書き込む権限などない」
「召喚できるのに?」
「別の術だ」
「じゃあ」
「おそらく」
アベルが俺を見る。
「生命炉がお前を異物として検知した」
背中が寒くなる。
「異物」
「ああ」
「排除対象として」
「死刻を与えた」
俺は自分の名前を見る。
三十日。
最初。
なぜ。
今。
ようやく理由らしいものが見えた。
「つまり」
俺。
「この世界に来た瞬間」
「生命炉に見つかった」
アベル。
「そして」
「三十日以内に死ねって?」
「そう考えるのが自然だ」
自然。
嫌な自然だ。
「どうして三十日」
ミレイア。
「分からない」
アベル。
「過去に異世界人を召喚した記録はない」
「俺が初めて?」
「少なくとも私が確認できる限りでは」
俺は笑えなかった。
選ばれた英雄ではない。
偶然。
無作為。
たまたま。
その結果、
家族から離され。
異世界へ。
三十日後には殺される予定。
腹が立ってきた。
やっと。
「アベル」
俺は呼び捨てにした。
魔王の周囲の兵士が反応する。
本人は気にしない。
「何だ」
「俺さ」
少し考える。
「課長だったんだ」
アベルの眉がわずかに動く。
「何の話だ」
「部下を異動させるとき」
俺は続けた。
「本人に説明なしで決める上が一番嫌いだった」
「……」
「適性あるから」
「人が足りないから」
「会社の都合だから」
理由はいくらでもある。
でも。
異動する本人には、
生活がある。
家族。
通勤。
仕事。
未来。
「俺を呼ぶ前に聞けとは言わない」
無理だから。
「でも」
アベルを見る。
「勝手に呼んだことを、世界を救うためだった、で済ませるな」
部屋が静かになる。
リゼルが怒った顔。
「魔王様はこの世界を――」
アベルが手を上げる。
止めた。
そして。
俺を見る。
「済ませるつもりはない」
「じゃあ」
「すまなかった」
驚いた。
魔王。
頭は下げない。
でも。
はっきり言った。
「お前の人生を」
アベル。
「私の目的のために変えた」
「それは私の罪だ」
セラがアベルを見る。
どこか。
悲しい顔。
俺はすぐには答えられなかった。
謝られたから、
許す。
そんな簡単ではない。
「分かった」
それだけ言った。
「許してはいないけど」
「ああ」
アベルも、
それ以上求めなかった。
その態度だけは。
少し。
信用してもいいと思った。
その直後。
彼は言った。
「だが、生命炉は破壊する」
冷たい声。
「そのために」
「お前の力が必要だ」
俺は手帳を閉じた。
力。
剣でも。
魔法でもない。
この世界につながっていない。
ただそれだけ。
偶然選ばれた、
四十八歳の会社員。
それが、
魔王が欲しかった切り札らしい。




