第30話 敵に捕まる
第30話 敵に捕まる
魔王軍が王都を攻めてきた。
そう見えた。
王国兵たちもそう思った。
「魔族襲撃!」
「北門へ!」
「結界を上げろ!」
命令。
混乱。
俺たちへの包囲が崩れる。
ガイル。
「今だ!」
走る。
「どこへ!」
俺。
「知らん!」
「それで走るな!」
「止まったら捕まるだろ!」
正しい。
悔しい。
◇
王都北側。
市場。
人が逃げる。
店。
馬車。
兵士。
完全な混乱。
でも。
変だった。
魔王軍。
入ってきていない。
城壁の外。
騒いでいるだけ。
結界への攻撃。
大きい。
派手。
でも、
壊す気があるように見えない。
「ミレイア!」
俺は走りながら聞く。
「結界の損傷は?」
彼女が魔力を見る。
「ほとんどありません!」
「やっぱり」
レオン。
「何がです?」
「攻めてない」
「でも攻撃を!」
「音だけ大きい」
会社で。
会議で。
声が大きい人ほど、
実際には何も決めていないことがある。
いや。
違う。
今はそれじゃない。
「陽動だ!」
ユリウスが先に気づいた。
「何のための?」
俺たち全員。
止まる。
ユリウスの顔。
「……あなた方です」
「人気者だな、俺たち」
「喜んでいる場合ですか!」
◇
北門へ近づいた瞬間。
結界の一部が開いた。
内側から。
ミレイアが驚く。
「王国式の解除符?」
「魔王軍が持ってる?」
「あり得ません!」
開いた隙間。
グラム。
入ってくる。
一人。
巨大な体。
王国兵が殺到。
「止まれ!」
槍。
グラムは斧を抜く。
でも。
刃ではなく、
柄。
兵士を弾く。
盾を壊す。
人を殺さない。
「グラム!」
ガイルが叫ぶ。
獣人の目がこちらへ向く。
「バルド」
「何しに来た!」
「迎えだ」
「誰を!」
グラムの視線。
俺。
「異邦人」
「俺?」
「魔王がお前を待っている」
周囲。
全員。
一瞬静か。
俺だけ。
「何で?」
グラム。
「私が知るか」
知らないのかよ。
◇
「行くな!」
ユリウス。
剣を構える。
「魔王軍だ!」
グラム。
「王国の犬か」
「第一騎士団副団長だ!」
「同じだ」
ユリウスの眉が動く。
ガイルが少し笑う。
「今のは俺もちょっと思った」
「ガイル!」
でも。
問題。
グラムについていく?
魔王。
人類の敵。
ただし元勇者アベル。
死刻を調べていた。
一方。
王国。
死刻対象の評価値を操作している。
俺たちを拘束した。
どっちが安全。
どっちも危険。
「修一さん」
レオン。
「どうします」
また俺。
最近。
みんな本当に俺を見る。
嫌になる。
「何で俺?」
ガイル。
「こういうの決めるの得意だろ」
「得意じゃないって何回言えば」
「でも決めろ」
ひどい部下たちだ。
俺は周囲を見る。
王国兵。
増えている。
グラム。
一人。
外には魔王軍。
ノア。
フィーネ。
セラ。
ここで戦えば。
被害。
大。
王国側へ戻れば。
再拘束。
記録没収。
死刻。
俺。
残り。
たぶん八日。
時間もない。
魔王。
元勇者。
五十年前。
同じ謎を追った。
「グラム」
「何だ」
「魔王に会ったら、俺たち殺される?」
「知らん」
「そこは知っといて」
「少なくとも」
グラムが斧を背へ戻す。
「殺すつもりなら、迎えには来ぬ」
それはそう。
「全員?」
「全員だ」
ノア。
「飯ある?」
「ある」
「行こうぜ」
「決めるな」
◇
王国兵。
前へ。
ユリウスが立ちはだかる。
「待て!」
指揮官。
「副団長、退いてください!」
「十二勇士は私の管轄だ!」
「すでに監察局命令が――」
「王命は私が確認する!」
板挟み。
また。
俺はユリウスを見る。
「ユリウス」
「何です!」
「来る?」
彼が止まる。
「魔王領へ?」
「うん」
「私は王国騎士です」
即答。
やっぱり。
「じゃあ残る?」
今度は答えない。
王国。
仲間。
どちら。
彼にとって。
一番残酷な質問かもしれない。
俺は昔。
部下から聞かれたことがある。
《課長は、会社と僕たち、どっちの味方なんですか》
困った。
会社員なら会社側。
上司なら部下側。
どちらも本当。
どちらかだけ選べと言われても無理だった。
「ごめん」
俺は言った。
「今の質問なし」
「何?」
「決めるのは自分で」
ユリウスが俺を見る。
「時間ありませんよ」
「知ってる」
「あなたはいつもそうです」
「何が」
「最後に人へ決めさせる」
少し責める口調。
俺は胸に刺さった。
そうかもしれない。
決断を尊重する。
聞こえはいい。
でも。
責任を本人へ返しているだけのこともある。
課長時代。
部下へ、
「どうしたい?」
と聞きすぎて、
《課長の意見はないんですか》
と言われたことがある。
「じゃあ俺の意見」
ユリウスを見る。
「来てほしい」
彼の目が少し開く。
「王国のこと知ってる」
「戦える」
「面倒だけど仕事できる」
「最後は余計です」
「それと」
少しだけ。
「仲間だと思ってる」
ユリウスが黙った。
後ろ。
王国兵。
前。
魔王軍。
数秒。
彼は剣を鞘へ戻した。
「一時的です」
「何が」
「同行は」
「はいはい」
「魔王と話した後、私は王都へ戻ります」
「生きてたらな」
「不吉なことを言わないでください!」
決まった。
◇
グラムの陽動。
北門突破。
外。
森。
魔王軍。
獣人。
魔族。
数十。
俺たちは完全に囲まれた。
ガイルが盾を構える。
「話が違うぞ」
グラム。
「何が」
「迎えっていう人数じゃねえ」
「逃げられると困る」
「捕まえる気じゃねえか!」
「結果は同じだ」
「違う!」
俺もそう思う。
魔族の女性が前へ出た。
長い銀黒の髪。
額に小さな角。
冷たい目。
「人間ども」
第一声。
歓迎されていない。
「武器を預けろ」
レオン。
「断れば?」
女性。
「ここで死ぬ」
グラムが、
「リゼル」
と低く言う。
「何だ」
「魔王は傷つけるなと言った」
「死なせるなとは言われた」
怖い。
フィーネが小声。
「この人、苦手かも」
女性――リゼルの耳が動く。
「聞こえている」
「ごめんなさい!」
早い。
◇
結局。
武器を預けた。
また。
今日二回目。
「俺の短剣も?」
リゼル。
「使えるのか」
「ほぼ」
「なら要らんだろう」
グラムと同じこと言われた。
傷つく。
森を進む。
王都が遠ざかる。
人間領。
魔王領。
境界へ。
セラはずっと無言。
アベル。
昔の仲間。
五十年。
何を考えているのか。
俺には分からない。
ガイルはグラムを何度も見る。
話したい。
でも話せない。
そんな顔。
フィーネはリゼルを気にしている。
リゼルは無視。
ノアだけ平気。
魔族の尻尾を見ている。
「触るなよ」
俺。
「触ってねえ」
「触りそうな顔」
「どんな顔だよ」
◇
夜。
魔王軍の野営地。
食事が出た。
普通。
肉。
スープ。
パン。
ノアが三杯食べた。
「敵の飯なのに」
俺。
「うまいもんはうまい」
強い。
グラムが向かいへ座る。
ガイルも。
二人。
無言。
長い。
俺が耐えられなくなる。
「何か話せば?」
「高城」
ガイル。
「黙ってろ」
グラム。
「異邦人」
「何」
「余計な口を挟むな」
両方から怒られた。
課長時代を思い出す。
部下同士の仲を取り持とうとして、
《今は課長入ってこないでください》
と言われたことがある。
似ている。
俺はスープを飲んだ。
黙る。
少しして。
ガイル。
「バルド村」
グラムの手が止まる。
「八年前」
「覚えているか」
グラム。
長い沈黙。
「ああ」
ガイルの目が変わる。
「お前、いたのか」
「ああ」
空気。
一気に張る。
ガイルが立つ。
「じゃあ――」
グラム。
「私は、お前の妻と子を殺していない」
ガイルの拳が止まる。
「何で」
声。
震える。
「何で知ってる」
グラムは答えなかった。
その代わり。
「魔王に会え」
と言った。
「全てではない」
「だが」
獣人の目。
「お前たちが人間の国で聞かされてきた話よりは、多くを知ることになる」
俺は焚き火を見る。
王国が隠していたこと。
魔族が知っていること。
そして。
魔王。
元勇者アベル・クロイス。
俺は手帳を返してもらっていた。
開く。
自分。
高城修一
死刻――八日後
八日。
残り八日。
魔王領へ向かう。
俺をこの世界へ呼んだ理由。
俺の死刻。
生命炉。
誰が、
人の死を決めているのか。
全部の答えが、
少しずつ同じ場所へ集まり始めていた。
その夜。
眠る直前。
グラムが言った。
「明日の夕刻には魔王城へ着く」
俺は、
「そう」
とだけ答えた。
そして少し考え。
「魔王って怖い?」
グラムは真顔で言った。
「機嫌が悪い日はな」
「機嫌いい日ある?」
「知らん」
やっぱり。
不安しかなかった。




