第28話 死者を選ぶ部屋
翌日。
何も起きなかった。
ミレイアは戻らない。
ユリウスも来ない。
飯だけ運ばれる。
ガイルの機嫌は、
時間とともに悪くなった。
「いつまで待つ」
「分からん」
「昨日もそれだ」
「仕方ない」
「ミレイアが戻ってこなかったら?」
「そのとき考える」
「高城」
「何」
「お前、会社でもそんな曖昧だったのか」
「課長は『検討します』が得意なんだよ」
「最低だな」
「自覚ある」
フィーネは笑わなかった。
ずっと扉を見ている。
ミレイアを心配している。
裏切ったと思っても。
それでも。
仲間だった。
◇
昼過ぎ。
魔法壁が消えた。
全員が立ち上がる。
扉。
開く。
ミレイア。
一人。
「走ります」
最初の言葉がそれだった。
ガイル。
「は?」
「説明は後」
「昨日の――」
「ガイル!」
俺が止める。
ミレイアは小さな黒い石を俺へ投げた。
受け取る。
「何これ」
「記憶晶です」
「何?」
「見たものと音を一時的に保存できます」
「そんな便利なものあるの?」
「高価です」
最近この世界、
便利なものは全部高い。
「どこへ行く」
レオン。
「まずここを出ます」
「どうやって?」
ミレイアがノアを見る。
「彼なら」
ノア。
「俺?」
「この監察局の魔法錠は、王国民の登録魔力を基準に作られています」
全員がノアを見る。
本人だけ分かっていない。
「つまり?」
フィーネ。
「ノアは登録されていない」
俺が言う。
ミレイア。
「はい」
「魔法錠からすると」
「存在しない人間です」
ノアがむっとする。
「またそれかよ」
「今回は役に立つ」
「俺、そういう役ばっかりじゃね?」
◇
その前に。
ミレイアは記憶晶を壁へ当てた。
光。
映像。
粗い。
でも見える。
長い廊下。
ミレイアの視点。
セヴェリンが前を歩いている。
声。
『これ以上深入りすれば、お前も戻れなくなる』
ミレイア。
『もう戻るつもりはありません』
ガイルが映像を見ながら、
「言うじゃねえか」
と呟いた。
誰も突っ込まない。
階段。
地下。
さらに地下。
王城の真下。
巨大な扉。
扉が開く。
部屋。
壁一面に、
名前。
数。
光。
何千。
何万。
人間の名前。
その横に数字。
俺は息を止めた。
「これ……」
ミレイアが言う。
「死刻候補者の評価値です」
映像の中。
セヴェリン。
『候補者であって、死亡者ではない』
『何が違うのです』
『生命炉が必要量に応じて最終選定する』
生命炉。
初めて聞く言葉。
「止めて」
俺。
映像が止まる。
「生命炉って?」
ミレイア。
「私も初めて正式名称を知りました」
再生。
父娘。
『王国が死ぬ人間を決めているのではないのですか』
『違う』
セヴェリンの声。
『生命炉が選ぶ』
画面。
名前。
年齢。
職業。
家族構成。
健康状態。
居住地。
納税。
犯罪歴。
魔力。
さらに。
社会維持影響値。
俺の胃が痛くなった。
第16話。
予想したもの。
本当にあった。
人の価値を、
数字にしている。
でも。
さらに問題。
名前の横。
一部だけ。
数字の色が違う。
金。
青。
赤。
ミレイア。
『この補正値は?』
セヴェリンが答えない。
『お父様』
『国家運営上、必要な調整だ』
『誰が調整するのです』
沈黙。
そして。
『我々だ』
映像が止まった。
部屋。
誰も声を出さない。
「王国も決めてるじゃねえか」
ガイル。
ミレイアが首を振る。
「直接ではありません」
「同じだろ!」
「違う」
俺が言った。
ガイルを見る。
「たぶん、もっと悪い」
「何?」
映像を指す。
「死ぬ人間を直接選ぶなら、少なくとも誰が選んだか分かる」
「……」
「でも王国は数字だけ変えてる」
生命炉。
仕組み。
そこへ、
この人は死なせるな。
この人は優先度を下げろ。
それだけ入力する。
最後に誰が死ぬかは、
「機械が決めた」
と言える。
会社でもあった。
評価制度。
人事システム。
数値化。
最終的に、
「基準に照らして決まりました」
と言う。
でも。
その基準を作ったのは人間だ。
入力したのも人間だ。
「責任を薄められる」
俺は呟いた。
ミレイアを見る。
「補正されてたのは?」
彼女は答える。
「王族」
「高位貴族」
「軍上層部」
「高位魔導士」
「重要な技術者」
レオン。
「つまり選ばれにくくしている」
「はい」
「その分は?」
ミレイアの表情が硬くなる。
「どこかへ移る」
誰かを下げれば、
誰かが上がる。
ガイル。
妻。
息子。
辺境。
貧しい人。
身寄りの少ない人。
第16話で見つけた偏り。
全部。
自然な計算だけではなかった。
人間の手が入っている。
フィーネが小さく言う。
「お金のある人は、死ににくいんですか」
ミレイアはすぐ答えなかった。
「結果としては」
それが一番重かった。
◇
映像。
最後。
ミレイア。
『これは正しいことだと思っていますか』
セヴェリン。
長い沈黙。
『正しいかどうかで国は動かない』
その言葉に、
俺は妙な痛みを覚えた。
聞いたことがある。
形は違う。
《理想だけでは会社は回らない》
《現場の事情だけでは経営できない》
《全員を救うことはできない》
俺自身。
何度も言った。
『誰かが決めなければならない』
セヴェリン。
『ならせめて、国を支える者を残す』
ミレイア。
『辺境の老人より、王都の医師を?』
『そうだ』
『孤児より、魔導技師を?』
『そうだ』
『お父様より、知らない農民を?』
映像の中。
初めて。
セヴェリンが答えなかった。
ユリウスと同じ。
自分や家族を置いた瞬間、
計算は止まる。
映像終了。
黒。
◇
ガイルがミレイアを見る。
「昨日は悪かった」
急だった。
「何がです」
「裏切ったって」
「実際、そう見えるようにしました」
「でも」
「なら成功です」
ガイルが言葉に詰まる。
フィーネが、
ミレイアへ抱きついた。
「ちょっ」
「よかった……」
「フィーネ、苦しいです」
「いいです」
「よくありません」
顔は嫌そう。
でも離そうとはしない。
レオンも安堵している。
俺は、
「ミレイア」
「はい」
「怖かった?」
彼女が止まる。
「何が」
「父親にあそこまで言うの」
しばらく。
「……怖かったです」
初めて。
素直に言った。
「そう」
それだけ。
「何です、その反応」
「怖くないふりされたら面倒だから」
「高城さんは本当に」
少しだけ。
ミレイアが笑った。
◇
「で」
俺は言う。
「どう逃げる?」
全員がノアを見る。
「何で俺なんだよ!」
今回。
本当に。
この十歳くらいの少年が、
唯一の鍵だった。




