第27話 ミレイアの裏切り
王都は、
想像していたより大きかった。
城壁。
塔。
石造りの建物。
空中を走る青白い魔力線。
浮遊する街灯。
水路には魔法で水が流れ、
遠くには巨大な結界塔。
俺が最初に思ったことは、
すごい、
ではなかった。
どれだけ魔力を使ってるんだ。
だった。
ダリオ。
ヨルン。
オルラ。
ガイルの家族。
死者から魔力が生まれる。
そう知ってしまったあとでは、
街中の光が違って見える。
美しい。
でも。
その光のどこかに、
誰か一人分の命が混じっているのではないか。
「おっさん」
ノアが窓へ顔をつける。
「でけえな」
「ああ」
「盗むもんいっぱいありそう」
「その発想やめろ」
◇
俺たちが連れていかれたのは、
王城ではなかった。
その地下。
魔導監察局。
石の廊下。
窓なし。
扉。
何重もの結界。
「会社のコンプライアンス室より怖いな」
「何です、それ」
フィーネ。
「呼ばれたくない部屋」
「シュウおじさん、呼ばれたことあるんですか?」
「二回」
「何したんです?」
「俺じゃない」
「怪しい」
何でだ。
◇
荷物を全部取り上げられた。
手帳も。
それだけは抵抗した。
「これは俺の私物」
監察官。
「記録物として押収します」
「返ってくる?」
「審査後に」
その言葉。
返ってこないやつだ。
でも。
俺は手を離した。
礼拝堂で資料を見つけたとき。
一か所に集めるな。
そう決めた。
原記録。
ミレイアの写し。
俺の手帳。
さらに途中から。
重要部分だけ、
レオンとユリウスにも一部覚えてもらっていた。
完璧ではない。
でも。
全部は取られない。
会社でもバックアップは三か所。
大事。
本当に。
◇
牢。
と言っても、
普通の地下牢とは違う。
鉄格子ではない。
青白い魔法壁。
俺。
レオン。
ガイル。
フィーネ。
ノア。
セラ。
ユリウスだけは外。
ミレイアもいない。
「ミレイアは?」
フィーネ。
監察官は答えない。
ガイルが壁を殴る。
「くそ」
魔法壁が揺れる。
「やめろ」
俺。
「壊せる」
「そのあと?」
「またそれか」
「またそれ」
一時的に逃げても、
地上は王都。
王国兵だらけ。
ノアもいる。
フィーネも。
セラも。
力で突破するなら、
目的地と出口が必要だ。
課長時代、
問題が起きると、
「とにかく謝りに行きましょう」
「とにかく止めましょう」
という人がいた。
気持ちは分かる。
でも。
とにかく、の次に何をするか
まで考えないと、
だいたい二度手間になる。
今は待つ。
悔しいが。
◇
一刻ほどして。
足音。
ユリウス。
その後ろ。
初老の男。
五十代半ば。
銀髪。
細身。
長い魔導衣。
目元が、
ミレイアに似ていた。
その横。
ミレイア本人。
「父です」
彼女が言った。
男が俺を見る。
「セヴェリン・ノール」
「高城修一です」
「知っている」
歓迎されてはいない。
「娘が世話になったようだ」
「逆です」
「何が」
「俺の方が世話になってる」
セヴェリンは反応しない。
ユリウスよりさらに笑わない。
ノール家はそういう家なのか。
「ミレイア」
俺は彼女を見る。
「大丈夫?」
また聞いた。
彼女は俺を見ない。
「はい」
短い。
嫌な感じがした。
セヴェリンが机へ資料を置く。
俺の手帳。
礼拝堂の写し。
バルド村記録。
全部。
「あなた方は」
セヴェリン。
「王国の最重要機密へ不法に接触した」
「人が死んでる話を秘密にしてるから調べた」
「あなた方に判断する権限はない」
「死ぬ人には?」
少し間。
「何?」
「自分が何で死ぬか知る権限もない?」
セヴェリンの目が細くなる。
「感情論だ」
「人の命の話で感情抜く方が難しい」
「だから一般人には扱えない」
「扱える人が隠してるじゃん」
ガイルが、
「言え言え」
と後ろから言う。
「煽るな」
俺。
セヴェリンは苛立たない。
むしろ。
こういう人は面倒だ。
感情で崩れない。
「ミレイア」
父が呼ぶ。
「はい」
「お前から説明しろ」
何を?
彼女は一歩前へ。
牢の向こう。
俺たちを見る。
「今回の独自調査は」
声が冷たい。
「高城修一の提案によって拡大しました」
俺は動かなかった。
ガイル。
「おい」
ミレイアは続ける。
「彼は死刻という現象に固執し、王命に反して行程を何度も変更しました」
事実。
「礼拝堂の禁制記録を複製するよう指示したのも高城です」
事実。
「バルド村、聖リオナ神殿での調査継続も」
事実。
全部。
俺が言った。
「結果として」
ミレイア。
「十二勇士の本来任務は大幅に遅延しました」
フィーネ。
「ミレイア……?」
彼女は見ない。
セヴェリン。
「つまり?」
「調査の主導者は高城修一です」
空気が凍った。
ガイルが魔法壁へ近づく。
「てめえ」
「ガイル」
俺が言う。
「でも!」
「黙って」
自分でも驚くくらい、
冷静だった。
いや。
冷静なふりをした。
腹の中は違う。
ミレイア。
最初から一緒にいた。
森。
マーラ。
ダリオ。
礼拝堂。
フィーネ。
全部。
その彼女が。
「高城さん」
レオンが俺を見る。
俺はミレイアだけ見た。
「それで?」
彼女が初めて俺を見る。
一瞬。
本当に一瞬。
何かが見えた気がした。
迷い。
いや。
分からない。
「王国の調査へ協力します」
ミレイア。
「こちらが所有する記録も、すべて提出します」
ガイル。
「ふざけんな!」
魔法壁を殴る。
「お前も見ただろ!」
「見ました」
「じゃあ何で!」
「だからこそ、専門機関へ任せます」
「今さら!」
「ガイル!」
俺が怒鳴る。
彼が振り向く。
「何で止める!」
「今言っても変わらない」
「高城、お前は腹立たねえのか!」
「立ってるよ」
声が思ったより低かった。
俺自身が驚いた。
「でも」
ミレイアを見る。
「本人が決めたなら、今は聞く」
彼女の表情がわずかに動く。
俺は昔を思い出した。
部下が突然、
異動願いを出した。
俺には何も相談しなかった。
そのとき。
正直、腹が立った。
何で先に言わない。
俺の何が悪かった。
相談くらい。
そう思った。
でも後で気づいた。
部下の人生は、
俺の承認を取って決めるものじゃない。
上司は、
信頼されていると勝手に思いやすい。
相談されるのが当然だと。
違う。
「ミレイア」
俺は言った。
「一つだけ」
「何です」
「自分で決めた?」
数秒。
「はい」
「分かった」
それだけ。
彼女が目を逸らした。
「高城さん!」
フィーネ。
「いい」
「でも!」
「今は」
自分へも言った。
今は。
◇
セヴェリンがミレイアを連れて去る。
ユリウスは残った。
顔が険しい。
ガイルが睨む。
「お前も行けよ」
「私は――」
「王国側だろ」
「ガイル」
「高城、お前甘すぎるぞ」
「そうかも」
自信はない。
ユリウスが俺を見る。
「高城殿」
「何」
「私は」
言葉を探している。
「知りませんでした」
拘束。
ミレイア。
王国の動き。
全部。
「うん」
「信じるのですか」
「まだ判断しない」
「なぜ」
「判断材料足りないから」
ユリウスが、
ほんの少しだけ息を吐く。
「あなたは」
「何」
「疑うと言いながら、妙なところで人を信じますね」
「逆」
俺は壁にもたれる。
「信じたいから確認するんだよ」
「……」
「信じたくない相手なら、確認する必要もない」
ユリウスは何も答えなかった。
その夜。
俺はほとんど眠れなかった。
手帳もない。
死刻も確認できない。
初めてだった。
あと何日。
あと何時間。
分からない。
妙に落ち着かない。
朝方。
廊下から声が聞こえた。
セヴェリン。
そして。
ミレイア。
「本当に協力するのだな」
父の声。
「はい」
「では望みを言え」
少し遠い。
聞き取りづらい。
ミレイアの声。
「死ぬ人間を選んでいる場所を」
俺は目を開けた。
「見せてください」
足音が遠ざかった。
俺は起き上がる。
ガイルが隣で寝ている。
レオンも。
誰も聞いていない。
俺だけ。
たぶん。
「……あいつ」
思わず笑いそうになった。
でも。
まだ分からない。
本当に何をするつもりなのか。
ただ。
一つだけ。
ミレイアは、
俺たちを捨ててはいないのかもしれない。




