第26話 王国の鎖
聖リオナ神殿を出たのは、翌朝だった。
俺の死刻。
残り十一日。
正確には、
高城修一
死刻――十日後
朝になったから、一日減っていた。
毎朝確認するたびに気分が悪い。
でも見ないという選択肢もなかった。
「十日ですか」
隣からミレイア。
「見てた?」
「顔で分かります」
最近そればかりだ。
「十日」
俺は手帳を閉じる。
「短いですね」
「会社員なら有給と土日合わせて、かなり長い休みだけどな」
「またよく分からない例えを」
「俺には分かる」
街道へ出る。
今日こそ王都へ向かう。
何度目の、
今日こそ、
か分からない。
ユリウスなど、朝から妙に機嫌がよかった。
「予定どおりなら明日の夕刻には王都です」
「予定どおりならな」
俺が言う。
「不吉なことを言わないでください」
「この旅で予定どおりだった日ある?」
ユリウスが黙る。
勝った。
「高城」
ガイル。
「そういうこと言うから何か起きるんじゃねえのか」
「俺のせい?」
「半分くらい」
ひどい。
◇
何かが起きたのは、
昼過ぎだった。
前方。
王国旗。
騎兵。
一列。
二列。
三列。
街道を塞いでいる。
人数。
ざっと三十。
「お迎えにしては多いな」
俺が言う。
ユリウスの顔が硬い。
「第一騎士団ではありません」
「味方じゃない?」
「王国軍です」
「味方じゃん」
「……そうなのですが」
歯切れが悪い。
先頭の騎士が馬から降りた。
青銀の鎧。
胸に白い円形紋章。
ミレイアが息を止める。
「王城直属魔導監察局」
「知り合い?」
「父の管轄です」
嫌な単語が出た。
父。
「ミレイアのお父さんって何してる人?」
今さら聞いた。
彼女は少し間を置く。
「王国魔導院の次席長官です」
「偉い?」
フィーネ。
「かなり」
「何で今まで言わなかった」
ガイル。
「必要ありませんでしたので」
「今めちゃくちゃ必要な気がする」
俺は前を見る。
監察局の騎士。
手には巻物。
「十二勇士各位」
声が響く。
「王命を伝達する」
ユリウスが前へ出る。
「第一騎士団副団長ユリウス・エーベルハルトである。命令書を確認する」
巻物。
封蝋。
王国印。
ユリウスが読む。
顔が変わった。
「何だ?」
レオン。
ユリウスはすぐ答えなかった。
「ユリウス」
俺が呼ぶ。
「読み上げて」
「……」
「俺たちにも関係あるんだろ」
長い沈黙。
そして。
「高城修一」
俺の名前。
「ミレイア・ノール」
彼女。
「ガイル・バルド」
「フィーネ・ラティス」
「レオン・アルヴァート」
次々。
「以上五名を、王国機密情報への不法接触、および禁制記録の持ち出し容疑により、一時拘束する」
ノアが、
「俺は?」
と聞いた。
今そこ気にする?
騎士は続けた。
「同行している無登録児童についても保護対象とする」
ノアの顔が変わる。
「保護って何だよ」
俺は嫌な予感がした。
「セラ・ヴァンクロフトについては事情聴取」
セラが鼻で笑う。
「五十年前も似たようなこと言ってたね」
最後。
ユリウス。
名前がない。
レオンが彼を見る。
「ユリウスは?」
騎士。
「エーベルハルト副団長には、十二勇士を王都へ護送する任を命じる」
空気が変わった。
ガイルが一歩前へ出る。
「なるほどな」
「最初からこれが目的だったってわけか」
「違う」
「どうだか」
「私は知らなかった!」
珍しくユリウスが声を荒げた。
剣に手を置く者が増える。
王国軍。
こちら。
レオンも。
ガイルも。
セラも。
いつ戦闘が始まってもおかしくない。
「待って」
俺は言った。
誰も聞かない。
「ガイル」
「邪魔すんな」
「レオン」
「でも修一さん」
「二人とも剣から手を離せ」
「なぜです!」
レオン。
「ここで王国兵三十人と戦うの?」
「拘束されるくらいなら」
「勝てる?」
「……」
「勝てたとして、そのあとどうする?」
王国兵を倒した勇者。
反逆者。
魔王を追うどころではなくなる。
しかも。
目の前の兵士たちは、
命令を持ってきただけかもしれない。
「一回」
俺は手を上げた。
「情報整理」
ガイルが睨む。
「今かよ」
「今だから」
会社でもそうだった。
トラブルが大きくなったとき。
怒っている人間は、
全部を一度に話す。
誰が悪い。
前にもあった。
聞いてない。
今すぐ何とかしろ。
そのまま動くと大体失敗する。
だから。
事実。
推測。
感情。
分ける。
「事実その一」
俺は指を立てる。
「王命で俺たちを拘束する」
「そうだ」
ガイル。
「二」
「ユリウスは知らなかったと言ってる」
「本人が言ってるだけだ」
「だから事実は『本人が知らなかったと言った』まで」
ガイルが嫌そうな顔。
「面倒くせえ」
「三」
俺は王国軍を見る。
「向こうはまだ攻撃してない」
「だから?」
「今こっちから剣抜いたら、反逆したのは俺たちになる」
ユリウスが言った。
「高城殿の判断が正しい」
ガイル。
「お前が言うと余計怪しいんだよ!」
「ガイル」
俺は止める。
ユリウスを見る。
顔が硬い。
何か。
昔見た顔に似ていた。
上から、
部下に伝えづらい指示を押しつけられたときの管理職。
上には逆らえない。
下には説明できない。
どちらからも疑われる。
中間管理職。
「ユリウス」
「……はい」
「一つだけ答えて」
「何を」
「俺たちを王都へ連れていく?」
「王命です」
「それじゃなく」
俺は彼を見る。
「連れていったあと、見捨てる?」
ユリウスの眉が動く。
「質問の意味が分かりません」
「じゃあ言い方変える」
少し考える。
「今でも俺たちを十二勇士だと思ってる?」
沈黙。
長かった。
「……思っています」
「ならいい」
ガイルが俺を見る。
「何がいいんだ」
「今は」
俺は両手を上げた。
「従おう」
「高城!」
「ただし」
王国騎士を見る。
「ノアは俺たちと一緒にする」
騎士。
「無登録児童は別途――」
「駄目」
「これは王命だ」
「拘束対象は俺たちだろ」
「児童は保護――」
「十歳の子供を知らない大人だけの場所へ連れていくのを保護とは呼ばない」
ノアが俺を見る。
「おっさん」
「黙ってて」
「何でだよ」
「今ちょっと格好いいこと言ったから」
フィーネが吹き出した。
緊張していた空気が、
ほんの一瞬だけ緩んだ。
先頭の騎士が、
「エーベルハルト副団長」
とユリウスを見る。
判断を押しつけた。
俺には分かった。
嫌な瞬間だ。
上が決めず、
中間に責任だけ落とす。
ユリウスは少し考えた。
「ノアは高城殿の同行者として同室扱いとする」
「副団長」
「責任は私が負う」
言い切った。
騎士が黙る。
俺は少しだけ笑った。
「何です」
ユリウス。
「いや」
「また成長したなどと言ったら殴ります」
「騎士が殴っていいの?」
「今だけです」
◇
俺たちは拘束された。
魔力を封じる腕輪。
俺には何の効果もない。
そもそも魔力がない。
「便利なのか悲しいのか分からないな」
フィーネが笑う。
馬車。
格子。
完全に囚人だった。
ミレイアはずっと黙っている。
俺は気づいていた。
王国軍が現れてから。
一度も、
父について話していない。
「ミレイア」
「何です」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
またその言葉。
「信用しないよ、それ」
「今は放っておいてください」
珍しい。
はっきり言った。
「分かった」
俺はそれ以上聞かなかった。
全部聞き出すことが上司の仕事じゃない。
話さないと決めた人間に、
「何でも相談して」
と言い続けるのも、
時には暴力になる。
ただ。
困ったとき、
戻って来られる場所だけは残す。
それくらいしかできない。
俺は窓の向こうを見る。
遠く。
王都の巨大な城壁が見え始めていた。
やっと。
王都へ着く。
こんな形で来るとは思わなかった。
手帳。
高城修一
死刻――九日後
残り九日。
そのとき。
隣でミレイアが小さく呟いた。
「間に合わないかもしれない」
「何が?」
彼女は答えなかった。
ただ。
王城だけを見ていた。




