第21話 死亡予定まで四日
ルーデンまでは、普通に進めば三日。
レオンは、
「二日で行きます」
と言った。
「無理」
俺は即答した。
「できます」
「馬が先に死ぬ」
「途中で替えます」
「俺が死ぬ」
「修一さんは馬車で」
「腰が死ぬ」
ガイルが横で笑った。
「結局死ぬじゃねえか」
笑い事ではない。
王国の駅馬制度とやらを使い、できる限り急ぐことになった。
ユリウスの肩書きはこういうとき便利だった。
街道の各所にある騎士団詰所で馬を替えられる。
俺とノア、フィーネは小型の馬車。
レオンたちは騎馬。
セラだけは七十二歳とは思えないほど普通に馬へ乗っている。
「何で俺より元気なんだ」
「若いころの鍛え方が違うんだよ」
「俺だって毎日会社行ってた」
「それを鍛錬って言うのかい?」
たぶん違う。
◇
問題はレオンだった。
休まない。
食べない。
寝ない。
馬を替えるたび、
「まだ行けます」
と言う。
一日目の夜。
さすがに止めた。
「今日はここで寝る」
「修一さん、あと二刻進めます」
「進まない」
「でもセリアは」
「だから寝ろ」
レオンの顔が険しくなる。
「四日しかないんです」
「分かってる」
「なら――」
「急ぐことと、休まないことは違う」
言いながら、
昔の自分を思い出していた。
納期前。
トラブル。
月末。
部下が、
「今日徹夜すれば間に合います」
と言う。
若いころの俺なら、
頼む、
と言っていた。
課長になって数年したころ。
三日連続で遅くまで働かせた部下が、翌朝会社へ来なかった。
病院だった。
過労。
大事には至らなかった。
それでも上司から言われた。
《高城、お前は本人が大丈夫って言ったから大丈夫だと思ったのか?》
返す言葉がなかった。
本人が、
できます。
大丈夫です。
と言っても、
止めるのが上に立つ側の仕事だった。
俺はそのとき初めて知った。
「レオン」
「……はい」
「今のお前に『大丈夫か』って聞いたら、大丈夫って言うだろ」
「大丈夫です」
「ほら」
「ですが――」
「判断力落ちた状態でセリアさんのところへ着いてどうする」
レオンが黙る。
「妹を助けたいなら、寝ろ」
少し強く言った。
ガイルが焚き火へ薪を放り込む。
「おっさんの言う通りだ」
「珍しいな」
「余計なこと言うな」
ミレイアも、
「睡眠不足は反応速度を低下させます」
と言った。
ユリウス。
「明朝、夜明け前に出ます。それが最短です」
レオンは全員を見た。
やがて。
「……分かりました」
諦めた。
「すみません」
その言葉に少し腹が立った。
「何で謝る」
「俺の家族のために、皆を付き合わせています」
「それは俺たちが決めた」
「でも」
「レオン」
俺は焚き火を見る。
「部下が有給取るたびに課長へ謝ってきたら、課長の方が嫌になる」
「ユウキュウ?」
「休み」
「休むと謝るんですか?」
「そういう人は多かった」
「変な世界ですね」
フィーネが言う。
俺もそう思う。
「だから謝るな」
レオンは少しだけ笑った。
「はい」
◇
翌日。
昼前。
街道が塞がれていた。
崖崩れ。
巨大な岩。
その向こうから商人たちが困っている。
「迂回すれば半日」
ユリウス。
レオンの顔が変わる。
「岩を壊せませんか」
ミレイア。
「可能ですが、崖そのものが不安定です」
「どれくらい?」
「強い魔法を撃てば、さらに崩れる可能性があります」
「だったら手でどかすか」
ガイル。
岩は人間より大きい。
「手で?」
俺が聞く。
「何日かかる」
「俺一人でやると思うな」
通れない。
迂回すれば半日。
無理に壊せば危険。
また選択。
最近ずっとこんなことばかりだ。
俺は周囲を見る。
商人。
荷馬車。
騎士。
勇士。
人手はある。
「全部どかさなくていい」
俺が言った。
「何?」
ガイル。
「馬車一台通れる幅だけ作ろう」
「岩がでかすぎる」
「下の小さい石を先にどける。ミレイアは崖を固定できる?」
「一時的なら」
「ガイルと騎士は大きい岩。商人には荷物を下ろして馬車軽くしてもらう」
ユリウス。
「崩落した斜面の右側は地盤が弱い。左へ寄せるべきです」
「採用」
「採用?」
「そっちの方が詳しい」
レオン。
「俺は?」
「一番焦ってるから何もしない」
「え?」
「冗談。ガイルの補助」
「はい」
フィーネ。
「私は?」
「怪我人出たら頼む」
ノア。
「俺は?」
「小石」
「子供扱い!」
「俺もやる」
「ならいい」
結局、一刻もかからなかった。
仕事を細かく分ける。
誰に何をやってもらうか決める。
それだけ。
別に特殊能力でも何でもない。
会社で毎日やっていた。
ただ。
ガイル一人で岩を動かすより、
全員で一つずつ片づけた方が早い。
そんな当たり前のことを、
異世界へ来てから何度も思い出していた。
◇
夕暮れ。
丘の向こうに町が見えた。
石壁に囲まれた大きな都市。
ルーデン。
レオンが馬を止めた。
「あそこです」
声が少し震えていた。
俺は手帳を開く。
セリア・アルヴァート
死刻――四日後
間に合った。
まだ四日ある。
城門へ近づく。
警備兵がこちらを見て、
突然目を丸くした。
「レオン様?」
「久しぶりです、ヨルンさん」
知り合いらしい。
四十歳前後の男。
日に焼けた顔。
口髭。
門番というより、
近所の気のいいおじさんに見える。
「本物か!」
ヨルンと呼ばれた男が笑った。
「勇者になったって聞いてたが、本当に帰ってくるとは!」
レオンの肩を叩く。
「急にすみません」
「妹さんなら元気だぞ。昨日も市場で見た」
その言葉に、
全員が一瞬黙る。
ヨルンは気づかない。
「そっちの子は?」
ノアを見た。
「俺はノア」
「元気いいな」
ヨルンが懐から赤い果物を一つ出す。
「ほら」
「いいの?」
「娘用に買ったんだが、もう一個買えばいい」
ノアは迷わず受け取る。
「ありがと」
「ちゃんと礼言えるじゃないか」
笑う。
普通の人だった。
俺は何となく、
彼の胸元を見る。
制服に名前札。
ヨルン・フェルド
赤い文字はない。
当然だ。
何もない。
「修一さん」
レオンが呼ぶ。
「行きましょう」
「ああ」
門を通る。
振り返る。
ヨルンは次の旅人へ笑顔で声をかけていた。
このときの俺には、
それが特別な光景には見えなかった。
◇
レオンの実家は、
町の中心から少し離れた住宅街にあった。
大きすぎない二階建て。
庭。
畑。
窓が開く。
「お兄ちゃん?」
女性の声。
レオンが止まった。
玄関が開く。
十九歳の少女が出てくる。
明るい茶髪。
レオンと目元が似ていた。
「……セリア」
「え?」
少女の顔が輝く。
「お兄ちゃん!」
走ってくる。
レオンへ抱きついた。
レオンも抱きしめる。
「何でいるの!」
「ちょっとな」
「魔王は?」
「まだ」
「倒してから帰ってきなさいよ!」
言いながら笑っている。
健康そのもの。
顔色もいい。
声も大きい。
俺は手帳を見る。
セリア・アルヴァート
死刻――四日後
現実と文字が、
まるでつながらない。
セリアがこちらを見る。
「そちらの方たちは?」
レオンが紹介していく。
ガイル。
ミレイア。
フィーネ。
ユリウス。
セラ。
ノア。
そして。
「高城修一さん」
「どうも」
「異世界から来た勇者さん?」
「勇者かどうかはまだ揉めてます」
セリアが笑った。
「面白い人ですね」
「よく言われます」
たぶん褒め言葉ではない。
レオンが妹を見ている。
笑っている。
でも。
その目の奥に、
恐怖がある。
四日後。
この少女は死ぬ。
本人だけが、
まだ知らない。




