第20話 俺は妹を選ぶ
一時間経つ前に、
レオンは戻ってきた。
俺は宿の入口にいた。
「待ってたんですか」
「たまたま」
「嘘ですね」
「最近みんな俺の嘘に気づくな」
レオンは隣へ座った。
外は暗い。
宿場の灯り。
遠くに王都方面へ続く街道。
「修一さん」
「うん」
「課長って」
「急だな」
「部下が困っていたら助けるんですよね」
「場合による」
「助けないことも?」
「ある」
「どうやって決めるんです」
俺は少し考える。
「仕事なら」
部下が忙しい。
別の人も忙しい。
一人を助ければ別の誰かへ仕事が移る。
そういうことはよくあった。
「誰か一人だけ楽にするんじゃなくて、全体を見る」
「やっぱり全体ですか」
「でも」
俺は続ける。
「全体だけ見てると、人が壊れる」
一人。
毎日残業。
でも部署全体の残業時間は基準内。
数字では問題なし。
だから放置。
結果、その一人が辞めた。
俺が課長になって二年目。
今でも覚えている。
面談で言われた。
《課長はみんなのこと見てますけど、僕のことは見てませんでしたよね》
痛かった。
その通りだった。
全体を見ていた。
つもりだった。
平均を見て、
個人を見ていなかった。
「正解は分からない」
俺は言う。
「またそれですか」
「悪い」
レオンが少し笑った。
「でも、課長になって覚えたことはある」
「何です?」
「全体を守るって言葉で、目の前の一人を見なくなるな」
レオンは黙った。
「ただ逆もある」
「逆?」
「目の前の一人しか見えなくなると、他の人に全部押しつけることになる」
「……」
「だから面倒なんだよ」
俺は空を見る。
異世界の星。
日本より多い。
「どっちも見るしかない」
「それで決められるんですか」
「決められない日もある」
「でも今回は」
レオンが自分の手を見る。
「決めないといけない」
「そうだな」
長い沈黙。
そして。
レオンが言った。
「俺は妹を選びます」
予想していた。
それでも重かった。
「知らない誰かとセリアなら」
レオンは言う。
「俺はセリアを助けます」
「子供でも?」
「……はい」
「その人にも家族がいても?」
「はい」
声が震えている。
「自分勝手なのは分かっています」
「うん」
「勇者として間違ってるのも」
「それは知らない」
レオンがこちらを見る。
「怒らないんですか」
「何で」
「修一さんなら、駄目だって言うと思ってた」
「俺だって家族ならどうするか分からない」
妻。
家族。
日本。
突然思い出す。
こっちへ来てから、
考えないようにしていた。
俺が消えたあと。
会社。
家。
連絡。
警察。
行方不明。
どうなっている。
もし。
俺の家族の名前に死刻が出たら。
知らない誰かと引き換えに助けられるなら。
綺麗なことを言えるか。
分からない。
たぶん。
言えない。
「ただ」
俺はレオンを見る。
「選ぶなら忘れるな」
「何を」
「代わりに死んだ人がいたら、その人のこと」
レオンの表情が変わる。
「仕方なかった」
「妹だったから」
「勇者だから」
理由はいくらでも作れる。
でも。
それで相手の死が軽くなるわけじゃない。
「自分で選んだってことだけは忘れるな」
レオンはゆっくり頷いた。
「はい」
◇
翌朝。
全員へ方針を伝えた。
「ルーデンへ行きます」
レオン。
ユリウスは反対する。
分かっていた。
「王命違反です」
「俺一人でも行きます」
「それでは十二勇士として――」
「ユリウス」
俺が止める。
「レオンは行く」
「だから止めるべきでしょう」
「止まらない」
「なら拘束してでも」
レオンが剣へ手をかける。
ユリウスも。
「待て待て待て」
俺は二人の間。
「何で毎回最後はそこになるんだ」
ガイル。
「剣士だからだろ」
「そういう問題じゃない」
ミレイアが地図を広げる。
「別案があります」
全員が見る。
「ルーデンへ向かいながら、途中の王国神殿から王都へ緊急照会を送る」
「緊急照会?」
「通常の書状より早い魔導通信です」
「そんな便利なのあるなら早く教えて」
「高額です」
「払う」
俺には金がない。
言ってから気づく。
ミレイア。
「誰が?」
「勇者予算とか」
ユリウスが眉を押さえた。
「あります」
「あるんだ」
「乱用しないでください」
「命かかってるから今回はいいだろ」
結局。
ルーデンへ向かう。
同時に王都へ問い合わせ。
必要なら王都側の専門家を途中合流させる。
完全ではない。
でも。
今できる選択肢を増やす。
昔。
部下から相談されると、
すぐ答えを出そうとしていた。
課長なんだから答えなければ。
そう思っていた。
途中から考え方を変えた。
正解を一つ出すより、
選べる案を三つ作る。
それだけで人は少し冷静になれる。
異世界でも、
その程度なら役に立つらしい。
◇
出発。
王都へ続く北街道から外れる。
西。
ルーデン方面。
ユリウスは最後まで不満そう。
でもついてくる。
「本当にいいの?」
俺が聞く。
「よくありません」
「じゃあ王都へ行けば」
「あなた方だけにすれば、さらに問題を増やすでしょう」
「信用ないな」
「経験による判断です」
反論できない。
ノアが前を走る。
フィーネが追う。
ミレイア。
ガイル。
セラ。
レオン。
その背中を見る。
昨日まで。
彼は、
誰かを助ける勇者だった。
今日。
初めて。
誰かを助けるために、誰かを犠牲にするかもしれない勇者
になった。
そして俺たちは、
その選択を止めなかった。
手帳を開く。
セリア・アルヴァート
死刻――六日後
その下。
俺自身。
高城修一
死刻――十八日後
二つの赤い文字。
時間だけが、
平等に減っていく。
誰が偉くても。
誰が弱くても。
家族がいても。
いなくても。
それだけは同じだった。
俺は手帳を閉じる。
「修一さん」
レオンが振り返る。
「必ず助けます」
俺は答えなかった。
代わりに聞いた。
「そのあとも、一緒に考えよう」
レオンは少しだけ迷って、
「はい」
と答えた。
俺たちはルーデンへ向かった。
妹を救うために。
そして。
まだ名前も知らない誰かの死へ、
近づいているのかもしれないまま。




