第19話 妹の名前
王都まで、あと二日。
街道沿いの大きな宿場へ着いた。
この辺りまで来ると人が多い。
旅人。
商人。
兵士。
王都へ向かう馬車。
宿も三階建て。
俺たちは久しぶりにまともな部屋へ泊まれた。
風呂まである。
異世界へ来て、
最も文明を感じた瞬間かもしれない。
「風呂って大事だな」
俺が言うと、
フィーネが、
「何を今さら」
と呆れた。
◇
夕食前。
宿の受付へ王国の伝令が来た。
「レオン・アルヴァート殿へ」
手紙。
差出人。
セリア・アルヴァート。
「妹です」
レオンが少し嬉しそうに言った。
「妹いるんだ」
「十九歳です」
「王都?」
「北西のルーデンで暮らしています」
王都とは少し方向が違う。
レオンが封を切る。
俺は何気なく封筒を見た。
差出人の名前。
セリア・アルヴァート
視界の端。
赤。
体が固まる。
嫌だ。
見たくない。
でも見える。
セリア・アルヴァート
死刻――七日後
「……」
「修一さん?」
レオンが気づく。
俺はすぐ答えられなかった。
最近、
この反応だけで仲間には分かるようになってきた。
ミレイアが俺を見る。
フィーネも。
ガイルは黙っている。
レオンの笑顔が消える。
「誰です?」
聞かれる。
言わなければならない。
分かっている。
それでも口が重い。
「修一さん」
もう一度。
「誰の名前に見えたんですか」
俺は封筒を見る。
レオンも見る。
気づく。
「……まさか」
「七日後」
声が少し掠れた。
「セリアさんに死刻が出てる」
レオンは動かなかった。
手紙を持ったまま。
数秒。
十秒。
誰も声をかけられない。
「見間違いでは」
「ない」
「同姓同名」
「正式な名前だろ」
「はい」
「ならたぶん」
レオンが手紙を見る。
内容を読む。
目が速く動く。
何か。
病気。
怪我。
異常。
探しているのだと思う。
でも。
手紙の内容は普通だったらしい。
母親の畑。
近所の祭り。
兄への心配。
最後。
《魔王なんか早く倒して、ちゃんと帰ってきてね》
レオンの手が震えた。
「元気です」
「うん」
「何も書いてない」
「死刻の人はだいたいそうだった」
言いたくなかった。
でも事実だった。
◇
レオンはすぐに立ち上がった。
「ルーデンへ行きます」
ユリウスが反応。
「待ってください」
「妹が七日後に死ぬんです」
「分かっています」
「なら!」
「王都まで二日です。まず王城へ到着し、正式な対応を――」
レオンがユリウスの胸ぐらを掴んだ。
初めて見た。
普段穏やかなレオンが、
完全に感情で動いている。
「正式な対応?」
「レオン」
ガイルが立つ。
「七日しかないんだぞ!」
「落ち着け!」
「離してください」
ユリウスは抵抗しない。
「王都には最高位の神官と魔導士がいます。死刻についての情報も――」
「それで間に合わなかったら?」
ユリウスが黙る。
レオンの拳に力が入る。
俺は二人の間に手を入れた。
「レオン」
「修一さん」
「離せ」
「でも!」
「今ユリウス殴っても妹は助からない」
レオンは動かない。
「離せ」
もう一度。
ゆっくり手が落ちた。
ユリウスが服を直す。
怒らない。
それも少し意外だった。
◇
部屋を変えた。
全員で集まる。
レオンは立ったまま。
俺は地図を見る。
現在地。
王都。
ルーデン。
王都まで二日。
ルーデンまで三日。
王都へ行ってから戻れば、
最低でも五日。
余裕は二日。
しかも死刻を救う方法は分かっていない。
マーラのときはフィーネが生命力を補った。
セリアにも同じことができるか。
分からない。
「直接行く」
ガイル。
「俺もそう思う」
フィーネ。
ミレイアは黙っている。
ユリウス。
「反対です」
レオンが睨む。
「理由を聞け」
俺が言う。
「でも――」
「聞いてから怒れ」
会社の会議でも、
結論が違う相手の話ほど先に聞く。
簡単そうで難しい。
レオンが座る。
ユリウス。
「王都には死刻に関する資料があります」
「見せてもらえる保証は?」
俺が聞く。
「私が申請します」
「何日?」
「……分かりません」
「駄目」
ユリウスがこちらを見る。
「七日のうちに承認が出る保証がない」
「では無断で機密情報へ?」
「それも候補」
「高城殿」
「冗談半分」
「残り半分が怖いです」
少しだけ空気が緩む。
でもレオンは笑わない。
俺は地図へ線を引く。
「ルーデンへ直接なら三日」
「はい」
レオン。
「死刻まで残り四日になる」
「それでも行きます」
「行ったあとどうする?」
止まる。
「助けます」
「どうやって」
「フィーネに治癒を」
フィーネを見る。
彼女も答えられない。
「同じ方法が効く保証はない」
「なら何でもします」
「レオン」
俺は少し声を落とした。
「助けられたとして」
言いたくない。
でも。
ここを避けたら駄目だ。
「次に誰かへ移る」
部屋の空気が変わる。
レオンの目も。
「分かってます」
「本当に?」
「分かってます」
「妹を助けた結果、別の子供が死んでも?」
レオンの顔が歪む。
「修一さん」
フィーネが止めようとする。
俺も嫌だった。
でも。
上司をやっていると、
言いたくないことを言う役目が回ってくる。
大丈夫です。
何とかします。
そう言えば、その場は丸く収まる。
でも後で困るのは、
何も知らされなかった人たちだ。
だから。
「考えておけ」
俺は言った。
「現地に着いてからじゃ遅い」
レオンは何も答えなかった。
その夜。
彼は一人で外へ出た。
俺は追わなかった。
こういうとき、
一人にした方がいいこともある。
少なくとも。
会社ではそうしてきた。
ただし。
完全には放っておかない。
一時間後。
戻ってこなければ探しに行く。
それが俺なりの距離だった。




