第17話 魔王は、勇者だった
「戻る」
俺が言うと、
ユリウスは本気で嫌そうな顔をした。
「どこへです」
「セラのところ」
「逆方向です」
「知ってる」
「王都は北です」
「地図は読める」
「ならなぜ戻るのです」
「五十年前にも同じものを追った勇者がいた」
セラが言っていた。
あのときは、
今ほど意味が分かっていなかった。
でも。
死刻が選定。
人の死が魔力へ。
そして、
死ぬ人間には偏りがある。
ここまで来れば、
五十年前の勇者が何を知ったのか聞かない方がおかしい。
「一日半の遅れです」
ユリウス。
「分かってる」
「あなた自身の死刻も減っているのでしょう」
俺は手帳を見る。
高城修一
死刻――二十日後
「だから急ぐ」
「王都へ?」
「答えに」
ユリウスは目を閉じた。
たぶん頭の中で何かを我慢している。
部下なら、
「課長、また思いつきで予定変えるんですか」
と言われていたところだ。
俺も昔は嫌いだった。
上司が、
「やっぱりこっち優先で」
と言うやつ。
現場は昨日の指示で動いている。
予定変更は簡単でも、
変更される側は簡単じゃない。
だから。
「全員聞いて」
俺は言った。
レオンたちが集まる。
「セラの宿へ戻れば往復で一日半遅れる」
「行きたいです」
レオン。
「俺も」
ガイル。
ミレイアは少し考え、
「五十年前の情報は価値があります」
フィーネ。
「私は行きたいです」
ノア。
「宿の飯うまかった」
理由が違う。
ユリウス。
全員が見る。
「……私は反対です」
正直だ。
「でも多数決なら五対一」
俺が言う。
「ノアを数えるなら六対一」
「俺も数えろ!」
「あなた方は軍隊ではないのですか」
「俺だけ違う」
「そのあなたが最も指揮しているように見えるのですが」
俺は少し黙った。
それは否定しづらくなってきた。
「じゃあ決まり」
ユリウスがため息。
「戻ります」
「いいの?」
「私は十二勇士を王都へ連れていく任務です。あなた一人を放置するわけにはいかない」
「すまん」
「本当にそう思っていますか」
「七割くらい」
「残り三割は?」
「助かったと思ってる」
「でしょうね」
少しだけ。
ユリウスの扱いも分かってきた。
◇
《銀の鹿亭》へ戻ったのは翌日の昼だった。
扉を開ける。
セラが皿を拭いていた。
俺たちを見る。
「忘れ物かい?」
「そう」
俺は椅子へ座る。
「答え」
「置いていった覚えはないね」
「五十年前の勇者」
セラの手が止まる。
「何を調べてた」
「前にも言っただろ」
「死刻だけじゃない」
俺は礼拝堂で見つけた記録の写しを机へ置いた。
死亡。
魔力回収。
結界配分。
さらに村でまとめた、
死刻対象者の傾向。
セラは一枚ずつ見る。
表情が変わる。
「ここまで見つけたか」
「人が死ぬと魔力になる」
俺は言った。
「しかも死ぬ人間は無作為じゃない」
セラが俺を見る。
「五十年前の勇者もここまで知ったんだろ」
長い沈黙。
やがて。
セラは立ち上がった。
「待ってな」
二階へ。
しばらくして戻ってくる。
古い木箱。
鍵を開ける。
中に入っていたのは、
一枚の絵だった。
古びた肖像画。
六人。
若い。
剣士。
魔導士。
神官。
大男。
弓を持った女性。
そして中央。
黒髪の青年。
「これ」
フィーネが弓の女性を指す。
「セラさん?」
「昔は腰も曲がってなかったんだよ」
「かわいい」
「余計なお世話だ」
ガイルが笑いそうになって、
肖像の中央を見て止まった。
青年。
長剣。
首元に銀色の首飾り。
左頬。
細い傷。
「名前は」
レオンが聞く。
セラの声が低くなる。
「アベル・クロイス」
ミレイアが反応した。
「知っています」
「有名?」
俺。
「五十年前の勇者です」
王国史。
魔王軍との大戦。
勇者アベル・クロイス。
魔王討伐へ向かい、
死亡。
遺体は見つからなかった。
「死んだことになってる」
俺が言う。
セラ。
「そうだね」
「実際は?」
「死んでない」
部屋が静まった。
ガイルが立ち上がる。
「何で分かる」
セラは肖像画を指す。
首飾り。
「これ」
銀。
円形。
中央に黒い石。
「五十年前、私が渡した」
「それが?」
「今の魔王が持ってる」
ガイルの椅子が倒れた。
「ふざけるな」
「ふざけてない」
「魔王ヴァルゼインが?」
レオン。
セラが頷く。
「それだけじゃない」
左頬の傷。
剣の構え。
癖。
そして。
「一度だけ」
セラは言った。
「二十三年前、戦場で顔を見た」
「直接?」
「ああ」
「話した?」
俺が聞く。
セラの目が少し遠くなる。
「一言だけ」
何と言ったのか。
誰も聞かなかった。
セラが自分から言った。
「まだ、そっちにいるのか」
俺は意味が分からなかった。
セラは苦い顔で笑う。
「五十年ぶりに会った相手の第一声がそれだ」
「セラは何て?」
フィーネ。
「矢を撃った」
「え」
「外したけどね」
やっぱりこの老婆強い。
レオンが肖像画を見つめる。
「では」
声が震えている。
「現在の魔王ヴァルゼインは」
セラが答える。
「アベル・クロイス」
「五十年前の勇者だよ」
誰も言葉を出せなかった。
魔王は人類の敵。
勇者は魔王を倒す者。
この世界へ来てから、
当たり前のように聞かされてきた。
その前提が、
一枚の古い絵でひっくり返った。
ノアだけが肖像へ顔を近づける。
「勇者が魔王になったってこと?」
誰も答えない。
たぶん。
その通りだった。




