第16話 世界は人を数字にする
オルラが死んだ翌日。
俺たちは、予定よりもう一日だけ村に残った。
ユリウスは当然反対した。
「王都への到着がさらに遅れます」
「分かってる」
「ではなぜ」
「確認したいことがある」
「何を?」
俺は村の神殿を指した。
「過去に死刻どおり死んだ人間」
ユリウスの表情が変わった。
「それを調べてどうするのです」
「オルラさんが死んだあと、誰にも死刻は移らなかった」
「それはすでに分かっています」
「違う」
俺は手帳を開く。
「知りたいのは、その前だ」
マーラ。
三十九歳。
一人暮らし。
夫は死亡。
フィーネ。
十六歳。
そしてダリオ。
四十二歳。
妻子あり。
オルラ。
七十八歳。
孫と二人暮らし。
一見、共通点はない。
でも。
もし死刻が誰かによって選ばれているのなら。
選ぶ基準があるはずだ。
会社員として二十年以上。
課長になってからも何度も見てきた。
数字。
評価。
順位。
優先度。
予算を削る部署。
残す仕事。
延期する案件。
人間が何かを選ぶとき、
本人は感覚で選んでいるつもりでも、
後から並べると意外と法則が出る。
だから調べる。
「神殿に死亡記録がある」
ミレイアが言った。
「過去二十年程度なら」
「死刻が出た人まで分かる?」
「神官の記録に残されていれば」
「それを見る」
ユリウスが眉を寄せる。
「高城殿」
「何」
「あなたは王命に従うと言いました」
「従ってる。王都には行く」
「独自調査は中止せよ、とも」
「だから今日で最後」
「そういう問題では――」
「ユリウス」
ガイルが口を挟んだ。
「諦めろ」
「なぜ私が」
「このおっさん、こういう顔になったら聞かねえ」
「どういう顔だよ」
「面倒くさい上司の顔」
会社でも言われたことがある。
少し傷ついた。
◇
神殿の記録庫。
古い紙。
革表紙の冊子。
石板。
神官が過去の記録を持ってくる。
幸い、この村では死刻を、
《天命の徴》
として記録していた。
本人へ伝えられた例。
伝えられないまま死亡した例。
治癒術を試した例。
全部ではないが、三十七人分。
俺は紙を広げた。
「ミレイア」
「はい」
「年齢」
「私が?」
「字が速い」
「それは褒めています?」
「かなり」
「……分かりました」
「レオン。家族構成」
「はい」
「フィーネ。職業」
「分かりました」
「ガイル」
「嫌な予感するな」
「死因」
「何で俺だけ死人担当なんだ」
「似合う」
「高城」
睨まれた。
「冗談」
「半分本気だろ」
ユリウスが腕を組んでいる。
「私は?」
俺は少し考えた。
「記録の不備を見つけて」
「なぜ私が」
「一番向いてそう」
「……」
文句を言いながら、結局全員やる。
ノアだけは暇そうだった。
「俺は?」
「数字読める?」
「馬鹿にすんな」
「じゃあ人数数えて」
「子供扱いすんな!」
「じゃあ重要な仕事」
「何」
「みんなが間違ってないか横から見る」
ノアが少し考え、
「分かった」
と偉そうに頷いた。
フィーネが笑っている。
「シュウおじさん、ノアの扱い上手ですね」
「年下の部下もいたからな」
「俺、部下じゃねえ!」
聞こえていた。
◇
三時間。
三十七人。
紙の上に数字と情報が並んだ。
最初は分からなかった。
だが。
「これ」
レオンが言った。
「高齢者が多くないですか?」
三十七人中。
六十歳以上が二十一人。
「身寄りのない人も」
フィーネ。
一人暮らし。
孤児。
家族が遠方。
「職業も」
ミレイアが紙を指す。
「王国の重要職に就いている人間が一人もいません」
農民。
荷運び。
炭焼き。
無職。
小さな商店。
傭兵。
そして。
軽犯罪歴のある者が四人。
「偶然じゃない」
俺は呟いた。
ユリウスが資料を見る。
「三十七件だけでは統計として不足しています」
「分かってる」
「なら断定は」
「断定してない」
俺は紙を並べ直した。
「でも偏ってる」
誰かが死ななければならない。
そのとき。
老人。
身寄りが少ない。
社会的な役割が小さい。
犯罪歴がある。
そういう人間が多く選ばれている。
「何だよ、それ」
ガイルが低く言った。
「死んでも困る人間が少ないやつを選んでるってことか?」
誰も答えない。
言葉にすると最悪だった。
でも。
たぶん近い。
「社会への影響」
俺は呟いた。
昔、会社で人員整理の資料を見たことがある。
俺が決めたわけではない。
もっと上だった。
部署ごとの必要人数。
年齢。
技能。
代替可能性。
人件費。
俺は課長として、
「この人が抜けると業務にどんな影響がありますか」
と聞かれた。
名前の横に、
A。
B。
C。
記号を書いた。
たった一文字。
でも。
その一文字の向こうには家族がいた。
住宅ローンがあった。
子供の学費があった。
俺は知っていた。
それでも資料を作った。
「修一さん?」
レオンの声で戻る。
「何でもない」
言いながら、
何でもなくなかった。
「もし」
俺は紙を見る。
「死刻を決めてるものが、人間の価値を計算してるとしたら」
フィーネの顔が強張る。
「価値?」
「こいつが死んだら、どれくらい困る人がいるか」
「そんなの……」
「分かってる」
俺も嫌だった。
命の価値。
家族。
職業。
年齢。
全部数字にする。
でも。
会社ではそれに似たことをしてきた。
仕事だから。
組織を守るため。
全体のため。
言い方はいくらでもあった。
「高城殿」
ユリウス。
「それが事実なら、むしろ合理的では?」
ガイルが睨む。
「何だと」
ユリウスは目を逸らさない。
「誰か一人が必ず死ななければならない。仮にその前提が変えられないなら、被害を最小にするのは合理的です」
「七十八の婆さんなら死んでいいってか」
「そうは言っていない」
「同じだろ!」
「違います!」
レオンが間に入ろうとする。
俺は手を上げた。
「二人とも」
止まる。
「ユリウスの言ってることは分かる」
ガイルがこちらを見る。
「高城」
「分かるだけだ。賛成とは言ってない」
俺は資料を指した。
「問題はもう一個ある」
「何です?」
ミレイア。
「これを誰が決めた」
沈黙。
「人間なら責任を取らせられる」
国王。
神官。
魔導士。
誰でもいい。
でも。
もし人ではない何か。
仕組みそのものが選んでいるなら。
「誰に文句言えばいいんだろうな」
俺が言うと、
誰も笑わなかった。
そのとき。
ノアが一枚の記録を持ち上げた。
「これ変じゃね?」
「何が?」
「こいつ」
名前。
年齢二十九。
王国軍の兵士。
妻。
子供二人。
俺たちが見つけた傾向から外れている。
「死刻どおり死亡」
ミレイアが読む。
「ただし死亡当日、部隊を離脱予定……」
「離脱?」
「負傷による退役です」
俺は記録を見る。
退役。
つまり。
死ぬ時点では、
王国軍にとって重要な兵士ではなくなる。
「未来まで見てる?」
フィーネが呟いた。
背筋が寒くなった。
単純に今を評価しているのではない。
もし選ぶ何かが、
この先その人間が社会に与える影響まで計算しているなら。
人は生まれてから死ぬまで。
ずっと。
見られている。
評価されている。
俺は紙の上に書いた。
死刻=予言ではない。
その下。
選定?
さらに。
基準――社会的影響?
最後。
大きく。
誰が計算している?
その文字を見ていると、
昔の人事評価表より何倍も嫌なものに見えた。




