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天命録に、俺の死は三十日後と刻まれている  作者: asnt2026


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第14話 正しい犠牲

ユリウスが加わって二日目。


俺たちは小さな村に立ち寄った。


住民は百人ほど。


村の外には古い防護柱が四本立っている。


魔物を遠ざける結界らしい。


そのうち一本が壊れていた。


「修理には半日かかります」


ミレイア。


王都を急ぐなら放置してもいい。


村の神官は、


「これまで三本でも問題ありませんでした」


と言う。


ユリウスも、


「先を急ぎましょう」


と判断した。


そのとき。


森の方から魔物の遠吠え。


一度。


二度。


近い。


ガイルが顔を上げる。


「数いるぞ」


ユリウス。


「騎士を四名残す」


「それで十分?」


俺が聞く。


「通常の群れなら」


通常。


最近、その言葉ほど信用できないものはない。


飛竜も通常なら南下しなかった。


魔獣も通常とは違う動きをした。


「修理しよう」


俺は言った。


ユリウスが即座に反対。


「王都への到着がさらに遅れます」


「半日」


「すでに予定から遅れている」


「遅れたら誰が困る?」


「王国全体です」


「結界壊れたまま魔獣が来たら?」


「村人です」


「何人?」


ユリウスが黙る。


その沈黙で答えは出ていた。


          ◇


結局、修理することになった。


ユリウスは納得していなかった。


だがレオンも、


「残ります」


と言った。


ミレイアが防護柱の修理。


フィーネとノアは村人を中央へ避難。


ガイルとレオン、ユリウスが外周警戒。


俺は――


「シュウおじさんは?」


フィーネ。


「人を数える」


「数える?」


「こういうとき一番大事」


避難者名。


家族。


高齢者。


子供。


逃げ遅れ。


会社で避難訓練を何度もした。


訓練では、


全員無事でした、


で終わる。


実際の災害で一番怖いのは、


誰がどこにいるか分からないことだ。


「家族単位で固まって!」


俺は村人へ声をかける。


「隣の家の人がいるか確認して!」


最初は誰も聞かない。


勇者の格好でもない中年男。


当然だ。


だから村長を捕まえる。


「俺が言うより、あなたから言って」


「わ、私が?」


「みんなあなたの顔なら知ってる」


会社でも同じだった。


役職があるからといって、どんな場でも自分が前へ出ればいいわけじゃない。


現場で一番信用されている人に任せた方が早い。


村長が叫ぶ。


住民が動き始める。


人数。


九十六。


村長の記録は九十八。


二人足りない。


「誰?」


「オルグ爺さんと孫のリナが……」


森側の家。


最悪だ。


俺が走ろうとする。


ユリウスの騎士が止めた。


「危険です!」


「二人残ってる」


「我々が!」


その瞬間。


外から咆哮。


魔物の群れが来た。


          ◇


狼型の魔獣。


十数頭。


レオンたちが迎え撃つ。


ユリウスの戦いを初めて見た。


強い。


派手ではない。


無駄がない。


一撃。


一歩。


必要なところへ剣を置く。


レオンが速さなら、


ユリウスは正確さ。


「左を空けるな!」


騎士へ指示。


同時に自分は中央。


ガイルが押し返した魔獣を、ユリウスが仕留める。


息が合っている。


初めて組んでいるとは思えない。


「高城!」


ガイル。


「二人は!」


「まだ!」


俺は周囲を見る。


村の家。


森側。


今行ったら確実に邪魔になる。


でも待ったら。


嫌な記憶が出てきた。


数年前。


工場で設備トラブルがあった。


俺の部署ではなかった。


だが応援を頼まれた。


部下の一人が、


「現場見に行ってきます」


と言った。


危ないから待て。


専門担当が来てからにしろ。


俺は止めた。


結果的には正しかった。


事故は起きなかった。


なのにあのとき、


もし中に人が取り残されていたら?


俺は同じ判断をできたのか。


管理職になると、


行けと言う責任と、


行くなと言う責任、


両方を背負う。


どちらを選んでも、


何かあれば、


自分が決めた


という事実だけ残る。


「ユリウス!」


叫ぶ。


彼がこちらを見る。


「二人残ってる!」


「場所!」


「森側の家!」


一秒。


ユリウスが戦場を見る。


そして騎士二人へ。


「右を維持!」


レオンへ。


「中央を任せる!」


ガイルへ。


「十秒持たせろ!」


「命令すんな!」


そう言いながらガイルが前へ出る。


ユリウスはこちらへ走ってきた。


「案内を」


「俺も?」


「場所を知っているのでしょう」


「村長から聞いただけ!」


「では村長を!」


合理的だ。


俺は村長を呼ぶ。


ユリウスと騎士一人が家へ。


数分。


長い。


魔獣が結界の隙間へ。


ミレイア。


「あと少し!」


壊れた防護柱が光り始める。


ガイルが一頭を盾で吹き飛ばす。


レオンが三頭の間を走る。


最後の結晶。


ミレイアがはめ込む。


光。


四本の防護柱がつながった。


青い壁。


魔獣たちが弾かれる。


森へ逃げる。


静かになった。


少しして。


ユリウスが戻った。


背中に老人。


騎士が少女を抱いている。


生きている。


村人から声が上がった。


俺は力が抜けた。


          ◇


夜。


村人から食事を振る舞われた。


ユリウスが一人で外にいた。


俺も水を持って出る。


「どうぞ」


「酒ではないのですか」


「勤務中だろ」


「あなたは私の上官ではありません」


「知ってる」


水を渡す。


少し間。


「今日は助かりました」


俺が言う。


「任務です」


「命令では王都を急ぐことになってた」


「状況が変わった」


「そういう判断できるんだな」


ユリウスが俺を見る。


「どういう意味です?」


「命令書を額に貼って歩く人かと思ってた」


「失礼ですね」


「悪い」


しばらく黙る。


ユリウスが村の結界を見る。


「兄がいます」


突然だった。


「兄?」


「幼い頃、魔獣に襲われました」


胸に大きな傷。


治癒魔法がなければ死んでいた。


王都の結界。


治癒術。


豊富な魔力。


それらによって兄は助かった。


「だから」


ユリウスは言う。


「魔法を維持するために一定の代償が必要なら、私は受け入れるべきだと考えています」


俺は彼を見る。


「人の死でも?」


「もし、その死によって何千人も助かるなら」


言葉が重い。


「一人と千人なら?」


俺が聞く。


「千人です」


即答。


「一人が子供でも?」


一瞬だけ遅れた。


「……千人です」


「知り合いでも?」


「同じです」


「兄でも?」


今度は沈黙。


ユリウスは答えなかった。


俺も追わなかった。


簡単な問題じゃない。


会社でも、


「全体最適」


という言葉をよく使う。


会社全体のため。


部署全体のため。


百人を守るために一人を異動させる。


業績を守るために誰かの仕事を増やす。


予算を守るために現場へ我慢してもらう。


俺も言ったことがある。


「全体を考えて」


便利な言葉だ。


たいてい、


我慢する人は“全体”の中で一番弱いところにいる。


「俺さ」


ユリウスを見る。


「課長ってのをやってた」


「カチョウ」


「偉くはない。でも部下はいる」


「中間指揮官?」


「近い」


「それが?」


「上からは数字を達成しろって言われる。下からは無理ですって言われる」


ユリウスは黙って聞く。


「どっちも正しいことがある」


「ではどうするのです」


「毎回困る」


ユリウスがこちらを見る。


「答えになっていません」


「そう。ずっと答えなかった」


俺は笑う。


「課長になったら正解が分かると思ってた。全然だった」


「それでは組織は動かない」


「だから決めるんだよ」


水を飲む。


「分からないまま」


ユリウスが少しだけ表情を変えた。


「怖くないのですか」


「毎回怖かったよ」


誰かの評価。


異動。


残業。


仕事の配分。


大したことではないかもしれない。


命に比べれば。


でも俺には、その人の生活が後ろにあることくらいは分かっていた。


「だから」


俺は言う。


「必要な犠牲って言葉は、俺はあんまり好きじゃない」


「なぜ」


「必要って言う側が、犠牲になる側じゃないことが多いから」


ユリウスは何も答えなかった。


遠くで村人が笑っている。


今日救われた九十八人。


もしこの九十八人を救うために、


一人を差し出せ、


と言われたら。


俺は何を選ぶ。


答えは出なかった。


その答えを迫られる日が、


思っていたより早く来ることになる。

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