第13話 王都から来た六人目
礼拝堂を出たときには、もう夜だった。
地下で見つけた記録。
死亡者。
魔力回収量。
結界への配分。
何度読み返しても、意味は変わらなかった。
人間が死ぬ。
魔力が生まれる。
それが何かに使われる。
まだそれしか分からない。
だが、
それだけでも十分すぎた。
「王都へ持っていきますか?」
レオンが聞いた。
俺は返事をしなかった。
「高城さん?」
「誰に?」
「王城へ」
「王城の誰?」
レオンが困る。
俺も意地悪で聞いているわけではない。
会社でもよく言われた。
「本社へ報告しましょう」
本社の誰だ。
課長か。
部長か。
法務か。
品質保証か。
経営層か。
相手によって報告の意味はまるで違う。
情報は、
渡した瞬間から自分の手を離れる。
しかも今回は会社の不具合とは違う。
人の死が関係している。
「まず複製する」
俺は言った。
「複製?」
「記録を一か所にまとめない」
ミレイアが理解した。
「王国側に没収される可能性を考えている?」
「考えるだけ」
「王国を疑っているんですか?」
レオン。
「疑うことと敵だと決めることは別」
俺は金属板を三つに分けた。
原本。
ミレイアが作る写し。
俺の手帳。
「同じ情報を三人で持とう」
フィーネが感心したように言った。
「シュウおじさん、こういうの慣れてますね」
「書類をなくすと怒られる仕事を二十年以上してきたからな」
「勇者より大変そう」
「種類が違う」
◇
翌日。
王都へ向かう街道。
昼過ぎ。
前方から騎馬隊が来た。
十数騎。
王国旗。
中央に白い鎧の男。
三十歳前後。
整った顔。
姿勢が異様にいい。
馬を降りる動作まで教科書みたいだった。
「レオン・アルヴァート殿」
「はい」
「ミレイア・ノール殿。ガイル・バルド殿。フィーネ・ラティス殿」
順番に名前を呼ぶ。
そして俺。
少し間。
「高城修一殿」
「はい」
「なるほど」
何がなるほどなのか分からない。
男は胸へ手を当てた。
「王国第一騎士団副団長、ユリウス・エーベルハルト」
そして、
「十二勇士の一人でもある」
六人目。
俺以外の勇士が新たに加わった。
◇
ユリウスは優秀だった。
十五分話しただけで分かった。
こちらの状況を確認。
王都までの距離。
食料。
怪我人。
魔物の情報。
全部順序立てて聞く。
余計な質問がない。
話も短い。
会社にいたら仕事のできるタイプだ。
そして、
たぶん俺とは合わない。
「予定より六日遅れています」
最初にそれを言った。
「色々あって」
俺が答える。
「色々、では報告になりません」
ほら。
合わない。
「魔獣襲撃二回。死亡予定者の保護。礼拝堂の調査」
ミレイアが淡々と答える。
ユリウスは頷く。
「報告を受けています」
「なら聞かなくても」
俺が言う。
「当事者からの確認は必要です」
「それはそう」
正しい。
正しい人は面倒だ。
ユリウスが俺を見る。
「あなたについても報告を受けています」
「ろくな内容じゃなさそうだな」
「魔力なし」
「はい」
「剣術経験なし」
「はい」
「異世界人」
「たぶん」
「飛竜戦では直接戦闘せず」
「そこ強調する?」
「事実です」
俺はレオンを見る。
少し笑いを堪えている。
あとで覚えてろ。
ユリウスは続ける。
「なぜあなたが十二勇士に選ばれたのか、理解できません」
「それは俺も知りたい」
「少なくとも現時点では、戦力として数えることはできない」
「それも同意」
ユリウスが少しだけ戸惑った。
反論されると思ったらしい。
「ただし」
俺は言った。
「戦力じゃなくても人数には数えて」
「何の話です」
「置いていかれると困る」
フィーネが吹き出した。
ユリウスは笑わない。
本当に合わない。
◇
問題は、その後だった。
ユリウスが王城からの命令書を出した。
ミレイアが受け取る。
読む。
顔が硬くなった。
「何が書いてある?」
レオン。
彼女が読み上げる。
要約すると、
死刻および天命録に関する独自調査を中止。
十二勇士は速やかに王都へ集結し、魔王討伐を最優先とする。
だった。
「どうして王城が死刻を知ってる?」
俺が聞いた。
ユリウス。
「知っていて不思議ですか?」
「俺たちはまだ正式に報告してない」
「各地の神殿から報告があります」
「どこまで?」
「機密事項です」
嫌な言葉だ。
会社でも、
「それは上の方で決めています」
と同じくらい嫌いだった。
課長というのは変な立場だ。
上からは、
「現場をまとめろ」
と言われる。
現場からは、
「上は何を考えてるんですか」
と聞かれる。
知らない。
でも、
「俺も知らない」
だけでは済まされない。
情報は降りてこないのに、
説明責任だけは降りてくる。
何度、
もう少し下にも説明してくれ、
と思ったか分からない。
俺は命令書を見る。
この世界でも同じ匂いがした。
「理由は?」
「魔王軍の活動が活発化しています」
ユリウス。
「勇士が本来の任務を離れ、正体不明の現象を追う余裕はない」
「正体不明だから調べてる」
「それは神官と研究者の仕事です」
「その研究者から結果は?」
「機密です」
またか。
ガイルが苛立った。
「だったら勝手にやらせろ」
「王命だ」
ユリウスの声が一段低くなる。
二人が睨み合う。
レオンが間へ。
「落ち着いてください」
「レオン」
ユリウス。
「あなたは勇士の中心となる人間だ。規律を乱す側へ立つべきではない」
レオンの顔が曇る。
こういう言い方も知っている。
若いリーダーへ、
「君がしっかりしないと」
と言う。
便利な言葉だ。
責任だけ渡せる。
昔、俺も部下へ言ったことがある。
後になって後悔した。
「ユリウス」
俺は呼んだ。
「何でしょう」
「レオンを使って俺たちを黙らせるな」
空気が止まった。
「そのような意図はありません」
「なら本人じゃなく俺たち全員に言え」
「高城さん」
レオンが止めようとする。
俺は手を上げる。
「こいつが代表でも、全員の考えまで同じじゃない」
ユリウスの目が細くなる。
「組織には指揮系統が必要です」
「知ってる。俺もそういうところにいた」
「なら理解できるでしょう」
「理解できるから嫌なんだよ」
上の命令。
現場の事情。
どちらも分かる。
そして両方から、
「お前はどっちなんだ」
と見られる。
課長になってから何度経験したか。
「命令を守らないとは言ってない」
俺は言う。
「でも、理由を知らずに従えって言われたとき、一番困るのは真ん中にいる人間だ」
ユリウスは黙った。
「俺たちは王都へ行く。予定どおり」
「調査は?」
「道中で目を閉じろとは命令書に書いてないだろ」
ガイルが笑った。
ミレイアもわずかに口元を緩める。
ユリウスだけ笑わない。
「詭弁ですね」
「会社では調整って言ってた」
「カイシャという組織は随分と厄介らしい」
「それは否定しない」
その夜。
野営地。
ユリウスは俺たちと少し離れたところで休んでいた。
ノアが聞く。
「あいつ嫌なやつだな」
「聞こえるぞ」
「別にいい」
「簡単に決めるな」
「おっさんも嫌いだろ」
俺はユリウスを見る。
「嫌いかどうかはまだ決めてない」
「何で?」
「仕事できるから」
「関係ある?」
「仕事できる嫌なやつが一番扱い難しいんだ」
フィーネが笑った。
そのとき。
ユリウスがこちらを見る。
目が合う。
笑っていなかった。
たぶん全部聞こえていた。




