第34話 侵略者たちのマーチ
~魔法使い『学者』~
「これが『ニヴルヘイム』……」
私の隣で、レオンがしばし放心したように呟いた。
「なあ、俺は夢でも見てるのか?俺達は森の中の洞窟に入って、延々と地下に潜ってたはず……だったよな?なんで空があるんだ」
ザックは狐にでもつままれたような顔で目を丸くしている。
「なるほどな……これが、“異空間”ってやつか」
一方、ジェラルドはある程度は理解しているようだった。
「……ここはさながら“地下世界”といったところでしょうか。……道理で今まで見つからなかった訳です」
私はそう答えた。
単に“異空間”ではなく“地下世界”と評したのは、広大な森の中にあった『路』の先は、ザックが言うように延々と地下洞窟を下っていたからだ。
もっとも、その途中で異空間に入っている訳だから、この場所が本当に地下にあるとも言い難い。
むしろ、こことそっくりな場所が、おそらくあの広大の森を真っすぐ抜けた先の地上にもあるのだろう。
しかしそれは、似て非なる場所。
ここであって、ここではない場所だ。
「……綺麗だな」
そのときそう言ったレオンの横顔は、まるで無防備な幼子のようなものであったことを、私は今でも鮮明に覚えている。
リコの母親の毒の病が治ってから、二週間が経過していた。
あの時は姿が隠れていた月も、今宵はその美しい全身を夜空に晒すはずだ。
「……見かけだけはな。だが油断するなよ。住んでいるのは魔族の末裔だ」
ジェラルドは頷きつつも鋭い瞳で眼下の街を見下ろした。
「ああ。なにせ大昔には人間から魔剣を盗んで、ついこの間はリコを殺そうとした奴らだぜ。あそこにはそいつらと、そいつらの親玉の魔王ってのがいるんだからな」
ザックもすでに険しい表情に戻っている。
「……あの小瓶に魔力を込めた者は、今はあそこにはいないようです」
二人の言葉を肯定も否定もしなかったのは、その時すでに、私の心には多少なりとも迷いがあったからかもしれない。
私は小瓶を手に握りしめたまま、事実のみを彼らに伝えた。
私が行使した探知魔法は二つ。
物に込められた魔力の残滓を追う魔法と、物が持つ“記憶”の断片を追う魔法。
後者は俗にサイコメトリーと言われるものだ。
その二つを組み合わせて、私は広大な森の中に隠されたこの国への“路”を暴き、レオン達を導いてここまで来た。
だが、あの小瓶にリコの母親の命を救う魔法を込めた者は、今はあの国にはいない。
“彼ら”は言った。
「決行は満月の日の翌日にせよ」と。
その日は何かの儀式で、敵は戦力を分散するのだと。
つまり魔法の小瓶の持ち主は、もう一つの“塔”のほうにいるということだ。
それが何を意味するのか、私には皆目見当もつかないが……
「……そっちはあいつらの仲間が行く手筈だ」
レオンは感情の籠らない声で答えた。
直接対峙しないで済むのは、私たちにとっては都合が良かった。
いっときの気まぐれにせよ、人間をからかっているにせよ、その魔人がリコの母親の命を救ったのは、紛れもない事実だったからだ。
その個体がいないとなれば、今あの国にいるのは、私たちとは何の関わりもない、ただの悪魔の末裔。
人類に仇なす邪悪の塊。
いずれ我々の将来を脅かす者たち――の筈だ。
いずれ――私たちはまだ何もされてはいないが。
私は言いようのない不安にかられ、意味のないことを口にしていた。
「……今さらですが、やはり彼らを信用して大丈夫でしょうか。私はどうにも……」
「信じてなんかいないさ」
レオンは私の言葉を遮って静かにそう言った。
「……でも、このままでは滅ぶしかないおれ達に、もとから選択肢なんてない」
「そうさ。上等じゃねえか、やってやろうぜ。盗っ人魔族どもに、人間の底力ってやつを見せてやるんだ」
ザックが頷き、
「ああ、その通りだ。これは正真正銘のバケモノ退治。俺達は魔王を倒して、英雄として帰還する」
ジェラルドもそれを力強く肯定した。
レオンは少しの間、胸に手を当てて、目を瞑った。
「……これからおれたちが臨むのは、『星の民』の存亡をかけた戦いだ。ここで勝たなければ、『星の民』は滅亡する。相手は人間じゃない。悪魔の末裔――人類の、敵だ」
それは私たちに言っているようで、誰よりも自分自身に言い聞かせているようだった。
レオンは今、胸の奥にうずく疑念を必死に封じ込めている。
そのために、彼は敢えて仲間たちに向かってひと際大きな声で叫んだ。
「いいか、みんな!遥か昔、悪しき魔族に奪われし王者の証を、今日おれ達の手で取り返す!そして『黄金の魔剣』の旗印のもと、この呪われた戦乱の世におれ達が終止符を打つんだ!」
レオンの背後に整列する二千の兵が一斉に鬨の声を上げた。




