第27話 並び立つ聖女
泡まみれの高位神官が、よろよろと立ちあがった。
顔は、屈辱でゆがんでいる。
「小娘が……!! なにが、なにが洗濯聖女だ! こんなことをして、ただで済むと思うな。教会を敵に回して、生きていけると——!」
でも、その声は、もう誰にも届いていなかった。
まわりを囲む、おおぜいの目。
さっき、あの黒いものの中身を、いっしょに感じてしまった人たちだ。
白くなった子どもたちと、まっ黒な水の桶を、見くらべている。
なかには、ベールを脱いで青ざめた貴族もいた。自分の黒いものを、エルフリーデさまに“浄化”してもらったことが、あるのかもしれない。
もう、誰も、この神官をかばわない。
礼拝堂の大きな扉が開いて、よろいを着た一団が踏みこんできた。
王宮の、騎士たちだ。
ただごとでない騒ぎを、聞きつけたらしい。
先頭の騎士が、高位神官に剣を向ける。
「神妙にされよ。事と次第によっては、王家がじきじきお話を伺うことになる」
高位神官は、王宮の騎士を見あげて、すがるような顔をした。
でも、その冷たい目を見て、すうっと青ざめる。
助けに来たんじゃない。むしろ、その口を、はやく閉じさせに来た。そんな目だった。
そのまま、なにか言いかけて。力なく、口を閉じる。
わたしは、その横顔をじっと見た。
この人も、黒い。石鹸水やサボン水で表面的な穢れは落ちてる。それでも、ずいぶん溜めこんでいる。
でも、よく視ると、おかしかった。
黒の奥に、別の匂いが、しみついている。
もっと上等な香。もっと冷たい、誰かの気配。
この黒は、この神官のものだ。でも、ずっとそばで、もっと黒い誰かに従ってきた匂いがする。
服が、着た人の暮らしを覚えているみたいに。
……誰だろう。
この人を、こんなに深く染めるほど、すぐそばにいた人は。
あやつっている、もっと黒いのが——まだ、どこかにいるってこと?
その気配を追いかけるうちに、わたしの目は、神官を連れていく王宮の騎士たちで止まった。
……騎士団たち。白くなった子にも、桶の黒い水にも、目もくれない。用があるのは、神官さまひとりだけ、みたいに。
うまく言えないけど、なんだか、しっくりこない。もっとこう、エルフリーデさまに手を差し伸べるとか、騒ぎを起こしたわたしに何か言うとか。
……なにか、今。大変なことに気づいたような。
でも、とにかく。
神官さまのあれを落とすには、もっと準備がいる。
どんな汚れなのか、よく調べて。合う洗剤を選んで、落とし方を決めて。
頑固なやつほど、そういう下ごしらえが、ものを言う。
けど、それは今じゃない。
ふりむくと、ノラちゃんが、こっちへ駆けてきた。
白くなった手で、わたしの手を、ぎゅっとにぎる。
「おねえちゃん。……からだ、ぽかぽかする」
ほかの子たちも、おそるおそる寄ってくる。
みんな、もう、まっ黒じゃない。それだけで、胸がいっぱいになった。
エルフリーデさまは、ユーリさんに支えられて、弱々しくも起きていた。大きなタオルに包まれてるけど、今まで見た中で一番、清らかな乙女に見えた。
わたしと目が合うと、ちいさく口を動かす。
口の形が、ありがとう、と動いた。
声にならないその言葉が、ちゃんと届いた。
マリーとリリが、ぐったりしながら、笑いかけてくる。
まっ黒な桶を見おろして、ひとつ、息をついた。
……一世一代の、丸洗いだ。本当によく落とした。
いちばん大きな汚れも、ちゃんと落ちた。
あとの頑固なやつは、また、おいおいだ。
わたしは、ふらつくエルフリーデさまに、そっと肩を貸した。
立ちあがった彼女を支えて、いっしょに、みんなのほうを向く。
わあっ、と、礼拝堂いっぱいに喝采があふれた。
子どもたちも、参列の人たちも、声をかぎりに。
エルフリーデさまと、並び立つ聖女。
こういうのなら、悪くないかもしれない。
わたしは、ちょっと照れて、それでも胸をはった。




